カタツムリ?エスカルゴ?
静まりかえった研究室。締め切った窓から、しとしとと降る雨音が聞こえてくる。
「雨だなー」
「ですねー」
ソファーで横になり、ぐでーっとした様子のあーや先輩。どうやら雨だとエンジンがかからないみたいだ。
「折りたたみ傘は常備してたから難を逃れたけど、やはり小さいね。腕が少し濡れてしまう」
七瀬先輩が服の肘部分をハンカチで拭いていく。傘の幅が小さいと、肘あたりが濡れるのはすごい分かる。
「持ち運びには便利だけど、小さいから本来の役割を果たしてくれないことが多くて困りますよね。あーや先輩くらいならちょうどいいんでしょうけど」
「おい、誰が小さくて可愛いだって?」
プンスカと怒っている自意識過剰なあーや先輩を尻目に、窓の外に目を向けた。すると、すぐそばにある木の枝にカタツムリがゆっくりと木を登っていた。
「あ、カタツムリいますよカタツムリ」
「お、ホントだ。久しぶりに見た気がするな」
「雨が久しぶりだったからね、ずっとカラっとした天気だったし」
「そういえば、カタツムリってなんで雨の時しか出てこないんでしょうね。雨が好きなんですかね?」
「ある意味正解で、ある意味不正解だな。カタツムリは体が濡れていないといけないから湿気を好むが、肺呼吸だから水に沈まない位置まで移動する習性がある。普段目にしないのに雨の日にはよく目にするのは、物陰などで生活しているカタツムリが水から逃げようとしているからなんだ」
ほー。流石あやペディア。専門分野でもないのによく知ってるなぁと感心してしまう。
「とりあえずエスカルゴのアヒージョにして食べよう」
「オシャレなもの作ろうとしないでください。ていうかエスカルゴじゃなくてカタツムリでしょ」
「知らないのか?カタツムリもエスカルゴも同じなんだぞ。だから遠慮なくアヒージョしよう」
「マジですか。俺エスカルゴ食べたことないんですよね」
「同じだけど、ちゃんと衛生管理が行き届いた環境で飼育されたのがエスカルゴで、野生のものがカタツムリじゃなかったかな?多分カタツムリは寄生虫とか雑菌だらけで大変だと思うよ」
「全然違うじゃないですか!殺す気ですか!?」
「ちゃんと火通せば大丈夫だって。コンクリートとかも食べるらしいから優しい環境で怠けたエスカルゴより栄養あるかもしれんぞ」
「加熱でどうにかなる問題じゃないでしょ!」
「これだから最近の若いのは……少しは不衛生な物を摂取して免疫力を付けるべきだと思うぞ」
一歳違いでジェネレーションギャップを感じられても困るのだが。
「しかし、逃げ場もなさそうだし、かわいそうだから少し入れてやろう。沙羅、そっちにこの前買ってきたキャンディー缶があったろ。あれを……あ、あれ。カタツムリがいな……」
先ほど木の枝の先っちょに到達したカタツムリの姿がなかった。また、知らない間に沙羅先輩が窓に手をかけて外を眺めていた。
ゴリ、ゴリ……。
耳を澄ませると、沙羅先輩から固い物の租借音が聞こえた。
「う、うわぁぁぁ!は、吐きだせ沙羅!!」
「げ、下剤を……それより医務室まで連れて行った方が!?」
慌てふためくあーや先輩と七瀬先輩。
俺はというと、沙羅先輩が食べた残骸であろう机の上に散らばったキャンディーの包み紙をゴミ箱に捨ててからキャンディー缶の中に緊急避難しているカタツムリを眺めていた。