あーや先輩
本日履修している講義が全て終わったので、研究室へと向かう。今日この時間は確かあーや先輩しかいない。
そういえば、ここに来るのが日常となっているもののまだ日が浅く、三人の先輩たちについてあまり深く知らないことを思い出した。他の人がいると話しづらいこともあるだろうし、こういう時にお互いのことを知ることも重要かもしれない。コミュニケーションを大事にする俺、できる男。
「おう、おはよう」
研究室に入ると、あーや先輩がソファーで横になりながら携帯ゲームに勤しんでいた。相変わらずジャージ姿であり、部活後に自宅でゴロゴロする中学生のようだ。
「おはようって、もう3時ですよ」
「馬鹿者。おはようという挨拶は朝に限ったものではない。便利であり、いろんな意味があるのだぞ」
「はぁ、例えば?」
「そもそも、おはようという挨拶のルーツは『お早いお着きご苦労様です』と先に仕事場へ来ている者へ対しての労いの言葉なのだ」
「それなら先に研究室にいたあーや先輩が挨拶するのは違うのでは」
あーや先輩の眉がピクっと動くが、話を続ける。
「仕事などの始まりを一日の始まりとして、おはようと挨拶するんだ」
「俺、講義もう終わりなんですが」
先輩が持つ携帯ゲーム機からミシッ、という音が聞こえる。今度は一拍置いて話を再開する。
「また、こんにちは、こんばんはと違っておはようという挨拶のみ『ございます』を付けることができる。相手を敬いつつ挨拶する言葉として一番適切なのだ」
「『ございます』って言ってないし俺のこと敬ってないじゃないですか」
「さっきからなんだ貴様はぁ!!」
とうとう怒りゲージがマックスに到達したらしい。なるほど、今後のボーダーラインとしてこの感覚を大事に覚えていこう。
「不出来な後輩に知識の継承をしてやろうというのにネチネチと重箱の隅を突っつきよって!姑か!!」
「すいません!すいませんってば!!」
想像以上に鋭い蹴りが脛に炸裂する。意外とフィジカル面が強かった。
「はぁ……はぁ……まったく、これ以上寝起きの体を動かさせるんじゃない。分かったか」
先輩がさっき起きたばかりだから自然と「おはよう」って言っただけじゃないか!
「イエス、マム」
そんなことは口が裂けても言えない。先輩の怒りも限界かもしれないがこちらの脛も限界だ。長い物には締め付けられてもいいから巻かれた方がよい。
「ていうか、寝てたんですか?」
「昨日はちょっと遅かったからな。そのせいで一応朝の九時にはここにいたんだが、寝落ちしてた。おかげでゲームの充電が切れてセーブしてなかったデータがまたやり直しだ」
「講義はどうしたんです?」
「今日は何も履修しとらんぞ」
「え、じゃあここへは、何しに?」
「どこにいてもやることは変わらんしな。それに、私がいないとお前が一人で暇だろう?感謝するんだぞ」
先輩は「ワハハハ」と一つ笑ってゲームを再開する。
子供っぽいし自由に見えるけど、周りのことを考えられる人なんだなぁ。と思っているとドアが開く。
「もう優吾君も来てたのか」
「感心」
七瀬先輩、続けて沙羅先輩が入室する。
「おはようございます」
そんな挨拶をする俺の隣で、あーや先輩が笑ってた。