ポッキリ、ニッコリ
俺は秋山 優吾、大学二年生。本来は三年生から研究室配属が決定するのだが訳あってとある研究室への配属が確定されている。一応まだ仮配属だが、講義が終わればその研究室に行くのが日課となっている。研究室に行ったところでやることがあるわけでもなく、課題のレポートを済ませたり漫画を読んだりしているだけで特別なことはない。
今日もいつものように研究室へ行き、特に変わらない日常を過ごしていた。
「チューチューのことなんて呼んでる?」
ソファーで寝そべりながらアイスをかじる少女がそう尋ねてきた。
彼女は小斉平 綾、通称『あーや先輩』。あーや先輩は大学三年生、つまりは俺の先輩……なのだがどう見ても年上には見えない。中学校のジャージ(本人曰く一張羅)に身を包んでおり、大学生どころか高校生かも怪しいが学生証に刻まれた生年月日は間違いなく俺の一つ上であることを示している。
「チューチューってなんですか?」
「これ」
突き出されたのはあーや先輩が現在進行形でかじっているアイスだった。ソーセージのような形状のプラスチック容器に入っていて、真ん中で折るタイプのやつだ。
「それってチューペットじゃないんですか?」
「は?なんだチューペットって」
「いや、小さい頃からチューペットって呼んでますけど」
「吸う音だからチューチューだろう。『ペット』はどこから来たんだ」
「吸うって、あーや先輩めっちゃガリガリかじってるじゃないですか」
「うーん、一票ずつか。ナナは?」
ルービックキューブをガチャガチャといじっていた人物はキューブを一色も揃えないまま机に置く。彼女の名前は月川 七瀬。あーや先輩と同じ大学三年生。ショートボブの髪型と落ち着いた喋り方からはとても大人びたオーラを感じるが、あーや先輩と同い年。
「ポッキンアイス」
「なにそれ可愛い」
「チューチューも似たようなものだと思いますけど。ていうか急にどうしたんです?」
「いや、これの呼び方が人によって異なるって聞いたんだけど、本当なんだなーって」
「ほほう、今のうちに大学内でアンケートを取って来るべき卒業研究のテーマにしよう」
「小学生の自由研究以下レベルじゃ単位はもらえないでしょう……」
「ふむ……ならば二駅隣の大学にもアンケートを取るか」
「統計量の問題じゃないんですけど!?」
大人っぽい口調とは正反対の内容で話されるものだから、温度差で風邪ひきそう。
「また割れたか。沙羅は?」
呼ばれたのは沙羅 ウィリアムズ。赤い右目と緑の左目のオッドアイと、銀色の長い髪が特徴的なイギリスと日本のハーフ。彼女もあーや先輩と同じくらい小柄だが大学三年生で俺の先輩にあたる。
「ポキニコ」
「えっ」
「ポキニコ」
「ぽきにこ」
あーや先輩が固まる。沙羅先輩はというと部屋の天井の角、何も無い空間をボーっと見つめ始めた。
「ポキは……まぁ、ポッキンアイスのポッキンと同じようなものなんだろうけど……ニコ?え、ニコって何」
「うーん……食べたらニッコリするからニコ?」
「あ、なんかそれっぽい!……でも結局四人全員呼び方がキレイに割れたなぁ~、ポッキンアイスだけに」
うまいこと言って締めましたみたいな顔をして再びアイスにかじりつくあーや先輩。
多分『ポキ』っと割って『二個』になるから『ポキニコ』なんだろうなぁと思いながらも口には出さず、俺も冷蔵庫からチューペット(緑色)を一本拝借した。