「エンカウント」 あたしside
お金はつくづく大事だなと思う。
これがなければ生活していけないし、自分の好きなことも満足にできない。……もっともあたしは、自分の好きなことしたせいで今苦しんでるわけだけど。
慎重にレバーを倒す。ガラスの向こうでアームが鈍重な動きで進む。
祈る想いで隣のボタンを押す。アームが垂直に下降するのを食い入るように見つめた。
爪が箱にひっかかる。あたしの胸の中で期待が膨らんだ次の瞬間、爪はあっけなく箱からはずれた。手ぶらのアームがゆっくり定位置に戻っていく。
「……はぁぁぁぁ」
深いため息と共に、額をガラスにぶつける。ガラスを挟んだ数センチ先には、目当てだった景品が何事もなかったかのように鎮座している。
千円札が七枚――――百円玉に直すと七十枚が、目の前の機械に飲み込まれた。あたしの財布はもう十分寒い。
それだけ挑戦したというのに、手に入ったのは数本のキャラ水筒だけ。ゴリラとウサギを掛け合わせたような、意味不明な生き物が描かれている。女の子向けだろうけど、全然可愛くない。こんなものに七千円もつぎ込んだかと思うと、馬鹿馬鹿しく思えてくる。
あたしは未練たらたらにゲームセンターを出た。水筒をいくつも詰め込んだ鞄はかなり重い。
帰っても特にやることはない。ただモヤモヤしたものを胸の底に抱えながら早足に歩く。
ふと横道が目に留まった。普段はほとんど通らない路地裏。かなり汚れた道だが、近道になることは知っていた。
気晴らしにそっちへ足を向ける。なにか面白いものあればいいな、程度の気持ちで細い道を進む。
その願いはある意味で実現した。路地裏の行き止まりに、ガラの悪い高校生がたむろしている。
「……なにやってるの?」
声をかけると全員が振り返った。ほとんどが他校の知らない男ども。その中に、見覚えのある小柄な男子がいた。
いまいちぱっとしない、ひ弱そうな男子。名前は確か……御手洗だったか。どういうわけかあたしを見て驚いた顔をしてる。
ひ弱な御手洗と、御手洗を取り囲む不良ども……どうも、あまりよくない現場に遭遇したらしい。
でかい図体の不良が一人、あたしに近寄ってきた。
「ヨノサンっていうんだ? どう? 俺らと遊ばね?」
「そうそう! 少ねぇけど、臨時収入もあったし」
金髪の不良が万札と五千札を見せびらかしてくる。隣の御手洗は今にも泣きそうな目をしていた。
やっぱりカツアゲか……。あたしは無言で首を振った。こんなやつらと遊ぶなんて死んでもごめんだ。
「そんなカタイこと言うなよ!」
あたしは何も言っていない。が、でかい不良があたしの肩に手を乗せてきた。
瞬間、ちぎれる我慢の緒。
そいつの手を振り払い、水筒が入った鞄を思いきり顔面に叩きつけてやった。
「がっ……!?」
鼻血を吹き出しながら倒れる不良。見た目よりずっとずっとザコかった。
「テ……テメェ! なにしやがるっ!?」
他のやつらが一斉にかかってくる。普段のあたしなら絶対勝てないだろうけど、今日に限っては負ける気がしない。
なぜなら、今のあたしは超機嫌が悪い。
手加減なく鞄を振り回す。顎、みぞおち、股間……一撃を入れた不良からバタバタと地面とハグする。
ウサギゴリラが思った以上に強い。気づけばほとんどの不良があたしの周りに寝転がっていた。
「な……なんなんだよお前っ!?」
金髪の不良が無様に震えていた。残る不良はそいつ一人。逃げ道はない。
そいつは一瞬だけ御手洗を気にした後、バンビみたいな足であたしに一万五千円を差し出してきた。
「こ、これやるから! なあ!?」
――――反吐が出る。群れてたときの威勢はどうした。
「……一人になった途端にこれかよ」
くしゃくしゃになった一万五千円をひったくる。重い鞄を地面に捨てると、金髪バンビの肩が跳ねた。
「寄ってたかってつまんねぇことしてんじゃねぇよ!」
「ヒィッ!?」
「二度とすんな! 次見かけたらディノポネラの餌食だなんな」
不良が青ざめる。ダサい悲鳴を上げながら、仲間を置いて一目散に逃げていった。
軽く息を吐く。不良どもには灸を据えた。だがあたしの腹の虫はまだ収まらない。
アホみたいに口を開けてる御手洗を睨んだ。
「お前さ」
「は、はイ!?」
御手洗の声は情けなく裏返った。ぎこちない気をつけをし、頬に汗を垂らしている。
ビビる御手洗の胸に、あたしは紙幣を突きつけた。
「男ならもっとしっかりすれば?」
「……へ?」
「今のあんた、超カッコ悪いよ」
言いたいことだけ言ってその場を去る。乱暴に拾い上げた鞄が腕にズシリと来る。
未だにモヤモヤする。気晴らしに来た路地裏でイライラが増えるとは思わなかった。ゲーセンのストレスと相まって、今のあたしは近年稀に見る不機嫌さだ。
あと少しで取れたはず。そう思えば思うほど悔しくなる。あの瞬間、もっと冷静になっていれば――――。
「……ああもうムカつく!!」
通りに出ると同時に限界が来た。周囲の通行人から奇異の目を向けられる。
もうなにも考えない。ただひたすら帰路を歩くことに徹する。
帰ったらゴライアスバードイーターの等身大ぬいぐるみをもふもふしよう。それを思いついた瞬間、あたしの頬は勝手に綻んだ。