「遭遇しました」 僕side
お金って、つくづく大事だなって思う。
それがなければ生活はもちろんのこと、自分の好きなことも存分にできないし、バスや電車にも乗れない。もっとも、僕の通学手段は徒歩だけど。
学校帰り、ちょっと寄り道してスイーツを買って帰るのが僕の密かな楽しみだ。慣れないバイトを続ける理由の半分はこれだったりする。
じゃあもう半分はなにか? その答えは、今のこの状況。
「チッ……こんだけかよ」
僕の財布から諭吉さんを一枚取り出したその人は、面白くなさそうに財布を地面に落とした。
派手な金髪が目立つその人の左右には、ピアスを開けた人とか、髪の毛がない人とか、とにかく大柄な人とかエトセトラエトセトラ……。
建物と建物の隙間、いわゆる路地裏で、いわゆる不良の方々に僕は取り囲まれていた。真夏日だというのに膝が小刻みに震えている。
「もっと持ってこいって言ったよなぁ?」
ピアスの人が僕を覗きこんで言った。蛇みたいな顔が怖い。
「ごめん……」
「あ? ごめんですんだら警察いらなくね?」
胸ぐらをつかまれ引き寄せられる。そのはずみで僕のポケットから一葉さんが舞い落ちた。
「あっ……!」
「ん? ……お前、隠してたわけ?」
一葉さんを拾い、金髪の人が睨み付けてくる。
ああ、今日殴られる日か……。僕は心の中でため息をつく。
金髪の人がポキポキと指を鳴らす。それに続いて、ほかの不良の方々も僕に接近してくる。
「……なにやってるの?」
ふと、透き通る声がした。僕を囲んでいる不良の方々が、みんなして後ろを振り返った。
逆光の中に佇んでいたのは、僕と同じ高校の制服を身にまとった女の子だった。艶やかな長い黒髪、端正な目鼻立ち、透き通るような白い肌――――。
「夜野さん……?」
「なに? あれお前のカノジョ?」
ブンブンと首を横に振る。付き合うどころか、僕は夜野さんと話したことすらない。
でもそんなことお構いなしに、大柄な不良の人がにやつきながら夜野さんに近寄っていった。
「ヨノサンっていうんだ? どう? 俺らと遊ばね?」
「そうそう! 少ねぇけど、臨時収入もあったし」
金髪の人が諭吉さんと一葉さんを見せびらかす。
夜野さんは訝しげに僕と不良の方々を見比べたあと、静かに首を振った。
「そんなカタイこと言うなよ!」
と、大柄な不良の人が夜野さんの肩に手を置いた、そのときだった。
夜野さんはその手を払うと、自分の鞄を思いきり振り回してその人の顔面に叩きつけた。
「がっ……!?」
鼻から血を流し、大柄な不良の人が倒れる。
僕の聞き間違いでなければ、殴った瞬間、鈍い音がした気がした。
不良の方々は一瞬唖然としたあと、その顔に怒りの表情を表した。
「テ……テメェ! なにしやがるっ!?」
一斉に襲いかかる不良の方々。ピアスの人も僕から手を離して夜野さんの方へ。僕は思わず目をつぶった。
聞こえてくる鈍い音。五、六発あったあと、恐る恐る目を開けると、襲いかかったはずの人たちが夜野さんのまわりに倒れ伏していた。
たくさんいた不良の方々のほとんどがノックアウトされた。残っているのは、リーダーらしい金髪の人だけだった。
「なっ……なんなんだよお前っ!?」
その金髪の人も、目の前で起こった出来事に理解が追いついていないみたいだった。真夏日だというのに足が激しく震えている。
逃げようにも、ここは行き止まりで逃げ場はない。金髪の人は僕をちらりと見てから、手に持った二枚のお札を夜野さんへ差し出した。
「こ、これやるから! なあ!?」
見事に腰が引けていた。手の震えでお札がパタパタと揺れている。
夜野さんは盛大にため息を吐いた。
「……一人になった途端にこれかよ」
容姿に似合わない横暴な言い方でお札を取り上げると、夜野さんは鞄を地面に落とした。ガツン、と重い金属の音が鳴る。
「寄ってたかってつまんねぇことしてんじゃねぇよ!」
「ヒィッ!?」
「二度とすんな! 次見かけたらディノポネラの餌食だかんな」
よくわからないけど、物騒だってことだけはよくわかる。
金髪の人は半べそをかきながら一人で逃げていった。
僕はしばらく呆然としていた。こんなことになるなんて想像もしてなかったから、どう反応すればいいのかわからない。そんなとき、夜野さんの目が僕を向いた。
「お前さ」
「は、はイ!?」
声が裏返る。歩み寄ってくる夜野さんに冷や汗が止まらない。僕もディノなんとかの餌食にされてしまうのだろうか。
身体が硬直する。そんな僕の胸に、夜野さんはお札を押し付けてきた。
「男ならもっとしっかりすれば?」
「へ……?」
「今のあんた、超カッコ悪いよ」
夜野さんはそれだけ言うと踵を返した。自分の鞄を拾い上げ、足早に路地裏から去っていった。
突然足の力が抜けて、僕は地面にへたりこんだ。手には二枚のお札。周囲には夜野さんに倒された不良の方々が伸びている。
「……超、カッコ悪い……」
反芻した言葉がズシリと心にのしかかる。それと同時に、夜野さんの勇姿に心が震えたのを、僕は確かに感じていた。