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4-17.そしてこれから

『――あの事件から十日が経った。偉大なるタイタンのご加護により、私も大ちゃんも体の傷は大分癒えてきている。事件が終わって二、三日は全身が痛み、今でもまだ節々が痛む時がある。だが、一歩間違えば命を落とすような大事件を潜り抜けて、私達だけ巨神(タイタン)のご加護によって元通り快復しようとしている今、これ以上を求めるのは贅沢というものだろう。

 凜も数日は休養に引きこもっていたが、今では完全に回復している。街の復旧にその力を使っているようだ。人混みの中にいると、良くも悪くもあの子は目立つ。


 カーシアは現在拘置所に収容されている。ラースゴレームの襲撃によって拘置所は一部破壊されたそうだが、機能はなんとか保っているようだ。襲撃の際に脱走者もいたと聞いている。どうか大きな事件に繋がらない事を祈るだけだ。


 カーシアが長年かけて築き上げた復讐計画の為にどれだけの罪を重ねてきたのか、全て突き止めて起訴するにはまだまだ時間がかかるらしい。彼女は完全に意気消沈し、美しかった姿は見る影もない。きっと彼女は私を見たくないだろうが、許されるなら一度、会いに行きたい。あんな末路を迎える前に、私達の関係はどこかで変える事はできなかったのだろうか。時々そう思う。


 彼女が使用していたシュラナ=ラガの基地に残されていたターミナスの死体は、複数の機関による調査の後、埋葬される予定らしい。協力しているグレイによると、彼は長年脳死状態のまま、肉体だけ生かされ保存されていたのではないかという事だ。


カーシアが自らの夢を取り戻す切り札として手に入れたターミナス。彼を甦らせる為、カーシアはあらゆる手段を試したのだろう。シュラナ=ラガの遺物をかき集め、復活を試みた。だが既に死んだ者を甦らせることは、彼女にも、シュラナ=ラガの技術にもできなかったのだ。最終的にカーシアは諦観と怒りからターミナスを殺害し、ターミナスの肉体を利用して、シュラナ=ラガの巨神(タイタン)の力を手に入れた。これはカーシアの言葉から考える私の勝手な推量であり、果たしてどのような方法を用いたか、私には知る由もない。


 カーシアが街につけた傷跡は大きい。現在人々は復興に全力を尽くしている。アイの管理する超人達、私も大ちゃんも凜も、ヒーローとして、一個人として、自分達にできる限りの形で協力をするつもりだ。

 この街の人は強く、そして優しい。きっと全てを乗り越える事ができるだろう。


 そして、私達の関係もあの事件からより深まったように思う。

 カーシアに偉大なる巨神(タイタン)のご加護を奪われ、蹂躙された時、正直に言って私は恐怖した。それでも戦えたのは、大ちゃんが心にいたからだ。殺されそうになった時、あの子が私を助けに来た瞬間の事を、私は一生忘れないだろう。強く、雄雄しく、自信と決意に満ちたあの立ち居振る舞い。贔屓目と言われそうだが、まさに巨神(タイタン)の子の名に恥じない力強さだった。


 あの子はこれからどうなっていくのだろう。あの子と私の関係はどうなっていくのだろう。今の私は、それを最も楽しみにしている――』


 綾は書き終えた日記帳を畳み、両手を組んで背筋を伸ばした。固まっていた筋肉がほぐされて、体中に加わる刺激が心地いい。

 立ち上がって日記帳を本棚の端に置く。自室に一人でいると、耳が痛くなるほど静かだった。綾は窓に近づいてカーテンを開け、外を覗いた。外を通る車は少なく、街明かりも以前に比べて酷く寂しい。その代わりとばかりに、澄み渡るような夜空に月が眩しく輝いていた。


 葦原市は急ピッチで復旧が進められてはいるが、ラースゴレームのインフラ破壊の影響は大きく、車両が通行できる道路が限られているのが現状だ。ただ市内でも綾達の住むマンションの周辺は比較的被害が少なく、綾と大は今の所、普段どおりの生活を送る事ができていた。被害にあった人には申し訳なく思う反面、幸運に感謝する気持ちもある。


 綾は立ち上がり、台所に向かった。だいぶ夜も更けてきている。体を休めて早く傷を癒す為にも、水分を補給して、早めに眠った方がいいだろう。

 ドアを開けると、リビングの照明は消え、台所の明かりだけがついている。台所に向かうと、歯を磨いていたのだろう、ちょうど大が洗面所から出てくるところだった。新しいパジャマに身を包んだ清潔感のある姿は、ほんの数週間前よりどこか大人びて見えた。

「大ちゃんももう寝るところ?」

「うん。今日はもう速く寝ようと思って」


 大の笑顔を見ると、気持ちが穏やかになっていくのを綾は感じた。

 カーシアとの決着の後初めての連休で、二人はあまり外にも出ず、お互いに支えあい、傷をいたわるような生活を送っていた。だが明日には大は大学に、綾も仕事に戻ることになる。

 今後綾がティターニアとして活動を再開するかどうか、それは綾も考えていなかった。だが大はミカヅチとして、レディ・クロウとチームを組むつもりでいるらしい。少しずつ独り立ちしている姿を見ると、嬉しいような、寂しいような半々の気持ちだ。


 ティターニアとミカヅチとの関係は一旦は落ち着いたが、綾と大との関係はこれからが本番だと、綾は漠然と感じていた。

 どう変わっていくかは分からない。だが少なくとも、いい方向に変わっていきたい。二人ならきっと上手くいくはずだ。これだけお互いを大事に思いながら、共に過ごしてきたのだから。


「それじゃ、おやすみ」

「うん、おやすみ」


 軽く挨拶をして、大は綾の隣を横切り寝室に向かう。その横顔に、綾の胸の奥が疼いた。先程まで日記に大の事を書いていたせいだろうか、酷く愛らしく思えて、子供っぽい欲求を満たしてみたくなる。

 その欲求を満たした後について考えるより早く、綾は声をかけていた。


「ねえ、大ちゃん」

 大は振り向いた。一体どうしたのかと言いたげで、その顔には疑問符が浮かんでいる。

 綾の心臓が高鳴った。言う前から頬が熱くなっている。頭に浮かんだ事を言おうか、数瞬迷った。言えば二人の関係に一気に踏み込み、もう戻れない気がする。だが結局、胸の奥に生まれ始めた独占欲が勝った。

 これが綾が大との関係を持ってから、初めて綾からしたお願いだと、綾は言葉にしてから気付いた。


「おやすみのキス、してくれる?」

 大は目を見開き、綾に負けずにも顔を真っ赤にした。数秒言どう答えるか忘れてしまったように口をぱくぱくと開いた後、何度も勢い良く頷いた。

 二人はどちらからともなく、お互いを抱き締めた。強靭さを秘めた筋肉の熱に、綾の心は口付ける前に体中がとろけた。

 キスだけで終わると、二人とも思ってはいなかった。

 おそらく明日は寝不足になる事だろう。




 昼間の大通りを、男は目的もなく歩いていた。髭を伸ばし放題にしたむさくるしい顔で、瞳は退屈そうにだらけきっている。

 人の往来は激しく、皆忙しない。綺麗に舗装された道路と無数に並べられた大小様々な建築物は面白みに欠けるが、日本どこでも見られる光景に、先日の大事件を知る者の心を落ち着かせる。男は葦原市から電車で三十分ほどの距離を離れただけだが、それだけでも全くの別世界に来たような心地がした。


 周囲の人々は誰も男に気付かなった。拘置所で過ごしていた間に髭と髪を伸ばし、量販店で適当に誂えた服装で歩く、休日の独身中年男性といった風情の装いと、以前にテレビに映った姿にギャップがありすぎるせいだろう。人間の記憶力と認識能力というのは、意外とあやふやなものだ。


 カーシアによるラースゴレームの襲撃の際、市内にあった拘置所も襲撃された。男はつい、そのどさくさにまぎれて逃げ出した。逃げたところでやる事があるわけでもなかったのだが、いい加減休暇にも飽きてきたところだったのも事実だ。


 これからどうしたものか、男はそれを考える為に歩いていた。少なくとも金はある。隠し口座は複数用意しているし、友人は多い。何もしなくても十年は暮らせるだろう。だがそれだけだ。興奮も、スリルも、勝利の為に肉体を苛め抜く快感も、自分の求めるものは何一つ手に入らない、ぬるま湯の毎日だ。

 自分の体を持て余す苦痛は常人には分かるまい。全力で走りたいのに皆と歩を揃えるなど、男にはできなかった。


「ん……?」


 歩いていた先の信号が赤になり、男は足を止めた。顔を上げると、目の前の建物の壁に設置されているプロジェクタに民放のニュースが映っている。ニュースの内容は当然、葦原市の襲撃事件で持ちきりだった。

 カーシアが集めたシュラナ=ラガの兵による襲撃、ジャスティス・アイの活躍、ティターニアの復活。そしてティターニアの弟子として新たなヒーローの登場を、レポーターは伝えていた。


「ははぁ……」


 男は感心の声を漏らした。腕を伸ばし、指で髭をこする。信号が青に変わったのにも気付かず、映像に目を奪われていた。男を雇ったカーシアとティターニアの戦う姿、そしてティターニアの窮地を救う、ティターニアと同じ巨神(タイタン)の子の戦装束に身を包んだ、ミカヅチを名乗る青年の姿。それが何とも輝いて見えた。


 レポーターは新たな英雄の登場を興奮気味に伝えていた。歩道を渡る周囲の人々も、笑顔で嬉しそうにヒーロー達の事を語っていた。気付かない内に、男の顔もにやけていた。しかし男の笑顔の理由は、周囲とは違った。


 ミカヅチとは恐らく、この間の自分とティターニアとの戦いの際に、ティターニアを救った男だろう。どうやら彼女は弟子を一人前に育てたらしい。


「やるな、お嬢ちゃん」


 横断歩道を渡り、男は歩き出した。その動きは力強かった。彼を見ていた人がいたら、その背が一回り膨らんだように見えたかもしれない。

 世の中には新たなヒーローが生まれている。なら自分と張り合う相手もきっと生まれる事だろう。それを楽しみに待つとしよう。なんならティターニアと同じ様に、自分も弟子を取るのもいいかもしれない。


 フェイタリティの名で呼ばれる男は先程までと違い活力に満ちた顔で、これからどうするか考えつつ、歩を進めるのだった。

ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。

ストーリーに一区切りがつき、当初考えていた分の内容を書き終えましたので、一旦完結とします。


まだ予定は未定ですが、今後は別作品を書いて投稿する予定です。

ですがこれに関しても、そのうち続きを書こうと思っています。

次回作も読んでいただけると嬉しいです。

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