4-12.逆転の一手
グレイフェザーの知らせた情報は正確だった。ターミナスの拠点への入口をミカヅチ達三人は難なく発見し、侵入する事に成功した。施設内に設置された迎撃装置やラースゴレーム達は断続的に現れるが、装備も数も不十分で、ミカヅチ達を止める事はできない。カーシアとターミナスを見つける為、三人は施設の最奥部へと進んでいた。
「なんか意外とヨユーじゃない?ここ。もっととんでもないヴィラン共がくるのかと思ったのにさァ」
「おそらく市内の襲撃にほとんどを費やしたんでしょう。カーシアとしては遺物を奪った後はターミナスを復活させてしまえば、それこそシュラナ=ラガに帰還するなり、ラースゴレーム達に巨神の加護を与えるなり、後はどうにでもなるつもりだったのだろうしね」
「それなのに変に余裕を見せて、ティターニアに絡んだのが運の尽きってとこだ!」
ミカヅチの力任せの裏拳が、背後から走り寄ってきたラースゴレームの顔面を砕いた。周囲の敵がいなくなったところで、ミカヅチは気配を探る為、軽く深呼吸する。
巨神の力が出す波動が波のように伝わり、ミカヅチの五感を刺激する。一番近く、大きいのはティターニア。そして近くに一つ、カーシアの気配。そのカーシア傍に、先程まで気付かなかった、小さく、いままで感じたことのない波長の波を放つ、もう一つの気配があった。
妙な気配に顔をしかめていたのだろう、ティターニアが視線を向けた。
「どう。何か感じる?」
「うん。カーシアだけじゃなくて、もう一つ 何かの気配がする。それも何か、だんだん気配が変わってきてる。カーシアが何かやろうとしてるのは間違いないよ」
クロウもミカヅチの方を向き、口を尖らせた。
「もう一つの気配って、どういう事なのさ、それ。ターミナスも巨神と関係あるって事?」
「俺に聞くなよ。ただ、これはティターニアともカーシアとも違うけど、巨神の力が出す気配によく似てるよ」
「どっちでもいいわ。ここで全てを終わらせてやる。ミカヅチ、その気配はどっち?」
ミカヅチの指示に従って、三人は入り組んだ通路を駆けていった。
果たして勝てるだろうか、と不安がミカヅチの頭をよぎった。逆転の手を考えている、そうカーシアは言っていた。敗北して逃走したとは言え、カーシアとターミナスのコンビ、今の地球上で考え得る最悪の組み合わせならば、どんな事が待っていても不思議ではない。
「……わ、っと」
不意に膝が崩れて、ミカヅチはバランスを取ろうと走るのを止めた。いきなりバランスを崩した事に自分でも驚いて、しっかり立とうと両足を踏みしめると、体が震えている事に気付いた。体の芯が堅くなり、痺れるような感覚に、全身の動きが鈍っているのが感じ取れた。
「ミカヅチ?」
「大丈夫?」
ミカヅチの異変に気付き、ティターニアとクロウが顔を向ける。笑って返そうとするが、上手く笑顔も作れなかった。
ミカヅチの心の奥底に封じ込められていたものが、拠点に入ってからずっと、本人も気付いていない内に染み出てきていた。廊下の色やデザイン、拠点内に流れる空気が、大の幼い頃の記憶を刺激してくる。同じシュラナ=ラガの技術によって作られたものなのだから当然だが、カーシアが逃げ込んだここは、かつて大自身を作り替えた場所とよく似ていた。
「あんたこそ『呪われ子』よ」
先程カーシアに言われた言葉が耳にこびりついていた。偉大なる巨神が自分を認め、加護を与えてくれた。そう思い、ティターニアのようになろうと思い戦う事を決意した。だが今、カーシアの言葉によってその信じていたものが揺らいでいる。そしてその信じていたものを壊す原因と、自分はこれから向き合う事になる。
かつて見たターミナスの姿が脳裏に浮かび、叫びと共に恐怖を吐き出しそうになって、ミカヅチは口元を手で押さえた。
(俺はターミナスを恐れてる)
「大ちゃん」
優しい声に、ミカヅチは顔を上げた。ティターニアがいつもの戦士の瞳ではなく、慈愛に満ちた綾の瞳でミカヅチを見つめていた。
「不安なの?」
「そんな事、ないよ」
「そう?」
ティターニアがミカヅチの右手を取った。戦いとなれば棍を握り、無数の敵を拳で砕く手だが、お互いの指を絡めて握るその手は滑らかで柔らかく、暖かい。
「不安はみんなある。大事なのは不安を認めて動く事よ。勝てないかも、って考えるんじゃなくて、どうすれば勝てるかを考えなさい」
「……うん」
「大丈夫。落ち着いて。偉大なる巨神と、私がついてる」
「サブリーダーはヒーロー初心者だからね。こういう時こそ経験豊富な先輩やリーダーを頼りなよ」
クロウに茶化されて、ミカヅチは思わず笑みがこぼれた。よほど怯えた表情をしていたのだろうかと思う。だが笑顔のおかげで、自然と気合が入った。
(やってやる)
一瞬で頭の中を切り替え、不安と恐怖を押しのけて、そのスペースに戦意と闘志を溜め込む。たとえ最悪の事が起きても、親友と、愛する女だけは守りきらなければならない。その為にやる事をやる。
ミカヅチはティターニアと手を放し、胸を張った。
「大丈夫、行こう。奴はすぐそこだよ」
ミカヅチは率先して走り出した。既に気配の主がいる部屋まで数十メートルとない。
目的の部屋の扉に近づいた刹那、危険と恐怖の気配が絶対零度の剃刀となって、三人の背を切り裂いた。
「伏せろ!」
「伏せて!」
ミカヅチとティターニアが叫ぶと同時に、三人が転がるようにその場に伏せる。次の瞬間、轟音と共に粉砕された扉と壁が、三人の頭上を飛び越えて周囲にぶつかり跳ね返った。
「っ……二人とも、大丈夫?」
「だ……大丈夫です。ちょ、ちょっと痛いけどたいした事ないかな」
「それより、あれ!」
ミカヅチが指差した先、先ほど破壊された壁を挟んで向かい側の部屋に、目当ての二人がいた。
カーシアは短時間に、変貌を遂げていた。見れば男が触れずにいられなかった艶やかな肌は燃えつくした灰の色へと変わり、金属を思わせる質感を見せていた。だが代わりに全身には精気が満ち、先程の戦いで追った傷は完全に癒え、欠片ほども残っていない。
そんなカーシアの背後で、開放されたカプセルの中に横たわっていた男の姿があった。胸には剣へと姿を変えた黄金の棍が突き刺さり、枯死したの花のようにやつれ、衰えた肉体と乾いた肌に、数時間前まで残っていた威容を見出す事のできる者はいまい。
「カーシア……ターミナス……!」
「ターミナスが巨神の力に興味を持っていた理由が、何故だか分かる?」
ティターニアが目を見開き、茫然とした表情で呟いた。ミカヅチも目の前で起きている事が信じられなかった。危険視し、追いかけていたターミナスは既に死を迎え、カーシアは目の前で何かを得ている。
「ターミナスは自分の持つ力と、巨神の力の類似性に気付いていた。タイタナス人が偉大なる巨神と呼ぶ存在、並みの人間には感知できない高次元のエネルギーに接触し、神にも等しい力を手に入れているのは、巨神の子もターミナスも同じ原理だった。いわばターミナスは、シュラナ=ラガの巨神を支配していたのよ」
「カーシア……」
「逆転の一手が、決まったわ」
カーシアが瞳から赤い光を迸らせながら、邪悪な笑みを浮かべた。喉奥から快感の唸り声を漏らしている間に、まるで砂が流れるが如く滑らかに、カーシアの姿形が変わっていく。
淫魔の如く過激だった衣装は崩れ、全身は黒い鎧に包まれている。長い手足の先端が肥大化し、皮膚が硬質化していく。どこか骨格も歪になっていき、筋肉が太く、強靭になっていく。ダークブロンドの髪が伸びて膨れた様は、どこか獅子の鬣を思わせる。最早女とも男とも分からない肉体の内側から力の奔流が漏れ出るように、肌から赤紫の残光が走り、カーシアの周囲を包んでいた。
「なんなの、こいつ……!」
全身の産毛が静電気で痺れるような威圧感に、レディ・クロウが唸るように呟いた。
「気配が変わってる。俺には分かるよ。どうやったか知らないけど、奴がターミナスの力を奪ったんだ」
答えながら、ミカヅチは気付いた。カーシア、否、数十秒前までカーシアの姿を保っていたものの今の姿は、幼少期に見たターミナスの姿によく似ていた。
背筋が寒くなった。知らない内に、手が震えていた。先程押しのけたはずの恐怖があっさりと膨れ上がり、ミカヅチの内側から心臓を鷲づかみにしていた。
「そう。ターミナスはもういない。今死んだ。私が、お前に勝つ為に!」
カーシアだったものが吼えた。ミカヅチが気付いた時には、カーシアの姿が目の前にあった。反応が遅れた事に気付いた。次の攻撃は防げない。
「危ない!」
一番反応の早かったティターニアが棍でカーシアの喉を突く。だが喉に届くよりも速く、、カーシアの掌底がティターニアの顎を直撃する。
「ぐぅッ!」
「ティターニア!」
ティターニアの体が砲弾のように飛び、激突した壁が砕ける。向かいの部屋へと吹き飛んだティターニアを、カーシアが追いかけようと構えた。
そうはさせない、とミカヅチ達が突っかかる。
「この!」
「Beware My……」
「うるさい!」
空中から落下しながら放ったミカヅチの拳が届くより速く、カーシアの拳がカウンターとなりミカズチの顔面に打ち込まれる。そこから背後を見ずに放たれた後ろ蹴りが、雷撃を唱えようとしたクロウの胸を貫いた。
「がッ!」
「ぎゃん!」
二人ともお互い別々の方向に飛んでいく。ミカヅチの体は先ほどまでカーシアがいた室内へと飛んで行った。青白い床の上を何度も転がる度に全身が悲鳴を上げ、最後には室内にあった槽の一つにぶつかって停止した。痛みに呻きながら顔を上げると、星がちらつく視界の中、カーシアは大袈裟に指の骨を鳴らした。カーシアの更に奥、ふらつきながらも立ち上がろうとするティターニアの下に向かっていく。
「最っ……高の気分よ。もっと早くこうしていれば良かった」
「……っ!」
ティターニアは萎えそうになる足元に喝を入れ、ダッシュからの右ストレートを放つが、カーシアの左掌にたやすく阻まれる。カーシアの握力が手の骨をきしませ、ティターニアが呻き声をあげた。
「ティターニア!」
ミカヅチは泣きそうな声を上げた。
ほんの数分前の事が嘘のようだ。今のカーシアは単純な腕力だけでも、ティターニアの力を遥かに上回っている。最早疑いの余地はない。いかなる方法を取ったのか、遺物の応用なのか、カーシアは長年の研究を応用し、ターミナスの肉体に宿るエネルギーを自分のものとしたのだ。
カーシアが口を耳まで裂いて、赤い舌を見せながら嘲笑した。
「覚悟なさい。あなたの言う外道が、偉大なる巨神の傲慢を正してやる!」
「カーシアーッ!」
二人の拳と拳が、金属塊を叩き合うような音を立てる。戦士と悪鬼の、最後の激突が始まり、赤い残光を漂わせて、二人の姿は瞬く間にミカヅチの視界から消えた。