4-10.最後の戦いに向けて
カーシアの笑いを止めるように、ティターニアはカーシアに近づいた。倒れたカーシアを見下ろし、両手に握られた棍はカーシアに向けられ、動きに対応できるように神経を張り詰めている。その気配は隣にいるミカヅチまで肌が痺れる程だ。
「もう終わりよ、カーシア。あなたはここで終わり。また力を失って、一生退屈な牢獄で暮らす事ね」
「は、はは……冗談。ここから逆転の手段を考えてたところよ」
「もう十分遊んだでしょう。教えなさい。ターミナスはどこにいるの?」
ティターニアの詰問を鼻で笑い、カーシアは地面に右手を突いて、体を持ち上げた。すぐさま、ティターニアの手が伸び、肩口を棍で押さえ込む。
「動かないで。私達は今、これ以上あなたに関わっている暇はないの。ターミナスはどこ?答える前にまた立ち上がろうとしたら、その前にお前の肩を砕いてやるわ」
「ははっ、あんたってほんと怖い。安心しなさいよ。立ち上がるんじゃなくて、これを投げたかっただけだから」
腰にあてていた左手を気だるげに上げて、カーシアは何かを放った。まるで邪魔なゴミをゴミ箱に放り投げるような気軽さに、全員が一瞬戸惑う。投げられたペンライトのようなものが、四人の頭上に上がった瞬間、点滅し、耳障りな電子音を鳴らし始めた。
「っ!」
「ちょ、何これ!」
「くっ!」
顔をしかめ、ティターニアが地面に落ちた機械をブーツの踵で踏み潰す。破壊されて音は消え、機能は停止したようだが、既に機械の効果はあったようだった。
周囲から砂が流れるような音が鳴り、どんどん大きくなっていったと思った次の瞬間、先程の比ではない騒音へと変化して、無数のラースゴレームが周囲の建物を飛び越えて飛来した。
「わ!この、Beware,My Order!」
「だっ!くそ、おりゃ!」
カーシアの投げた発信機に引き寄せられたラースゴレームの群れに、各々が各々の手段で対抗した。殴り、蹴り飛ばし、斧で砕く。時には魔の光が貫く。だが、敵の数は大量だった。同時に二体のラースゴレームを蹴り飛ばすミカヅチの目に、傷を抑えてこの場から去ろうとうするカーシアの姿が入った。
「くっ、カーシア!」
カーシアに向けて走り出したティターニアの前に、空から降下してきたラースゴレームが襲い掛かる。
棍で鍔迫り合いを行うティターニアを尻目に、カーシアは振り向いて口元を吊り上げつつ去っていった。
「っ……!そこを、どけぇ!」
ティターニアの怒りの右ストレートがラースゴレームの頭を砕いた。そのまま腕を掴み、旗のように振り回す。ミカヅチは慌てて被害が及ばない後方に跳んだ。振り回すラースゴレームも、ぶつけた相手も、まるでミキサーにかけられた根菜のように砕け散っていった。
「すごい……」
思わずミカヅチは驚嘆と畏怖が入り混じった声を漏らした。ミカヅチが操作して以降、ティターニアの力が増大すらしている気がする。彼女と争うラースゴレームやカーシアが不憫に思えてきた。
「ボク、今度からこの人の前じゃ気をつけて冗談言うことにするよ」
しみじみと言うクロウにミカヅチは同意した。
二人が唖然とする中、ティターニアの手によって一分と経たずにラースゴレームは一掃されていた。ティターニアは大きく息をつくと、周囲をぐるりと見回して敵影とカーシアの姿を確認するが、既にカーシアの姿は見当たらない。
「カーシアは?」
「分からない。あの傷ならそこまで遠くには行ってないと思うけど」
「あんたならカーシアの気配が読めるんじゃないの?」
クロウに痛いところをつかれて、ミカヅチは渋面を作る。
「やってはみるけど、ティターニアと違ってあいつのは変な感じで読むのが難しいんだよ。時間がかかるかも」
「それでも奴を逃がすわけにはいかないわ。ここで全て決着をつけないと」
ティターニアの言葉に二人が頷いたとき、耳元の通信機から電子音が鳴った。
『……ア、ティターニア、無事か?』
耳元からの声に、ティターニアは荒い息を整えて応答のスイッチを入れた。
「グレイ!そっちは大丈夫?」
『ああ。やっと通信妨害を解除できた。君達の場所も大体分かっている。そっちはどうだ?』
「こっちも大丈夫。クロウとミカズチが来てくれたもの。あなたが呼んでくれたんでしょう?」
『間に合ったか。よくやった』
「いやいやァ、たいした事ないですよォ。ボクらがキッチリ、ティターニアのピンチを救いましたんで!」
「カーシアがティターニアを襲おうとしてたんですけど、なんとか間に合いました」
通信機の奥でグレイフェザーの安堵の溜息が聞こえた。
『正直君達を行かせて上手くいくか、不安だったんだがな。とにかく無事でよかった』
「それはいいんだけど、グレイ。私、あなたにこの子達が無茶しないよう見ててって言ったはずだけど」
『あのなぁ、一番無茶してる君が言うか? 元はと言えば君が危険だとミカヅチが気付いて、自分以外に助けられないと言うから彼を送ったんだぞ。君がもうちょっと自重すればだな』
「まあ、そこを言い出してもキリがないわ。後にしましょう」
『おい』
ティターニアはいたずらを咎められた子供のように拗ねた顔になった。戦っている時にこんな柔らかい表情を見せるとは知らなくて、ミカヅチとクロウは思わず苦笑した。
『今何か笑ったか?』
「いえ、なんでもないです。なんでも」
グレイフェザーの声とティターニアの視線に、二人は真顔に戻って応対する。クロウがからかいの目を向けるのを、ミカヅチも非難混じりの視線でやり返した。
二人の争いを知らないグレイフェザーは、話を続けていく。
『君の無茶振りに関しては後で話をするとして、状況報告だ。通信が復旧したおかげで、各員が見つけた結界回路の位置と波長のデータが揃った。ラースゴレームを回路から送り出していた拠点を発見した。その入口が、君達の近くにある』
「市内に拠点があったって事?うそォ」
クロウが驚きの声を上げた。
「拠点自体は別の場所にあるんじゃないか。シュラナ=ラガの技術なら空間転移くらい可能だろ」
「どっちにしても、カーシアはそこに逃げ込んだ、と見るべきね。グレイ、入口の位置は?」
『そっちに座標を送る。だが落ち着けよ、ティターニア。他にも仲間を呼ぶから』
「分かった。まず私達が先鋒を務めるわ。到着次第援護させて」
『だから待て。そうやってさっき痛い目にあったばかりだろうが』
「時間がないわ。ターミナスの復活は目前だとカーシアは言っていた。今奴を止めないと、どうなるか分からない」
情報を確認しながら、ティターニアは言った。その険しい表情が、様々な感情を口にせず語っていた。その気持ちはミカヅチにも痛い程分かる。意志、怒り、悲しみ、誇り、これまでの確執が生むあらゆる感情が、彼女をその場に止める事を禁じている。
「カーシアとターミナスを止めない限り、この状況は変わらない。やらなければならないなら、私は奴等を殺す。ターミナスを地獄に落とせるなら、例え外道に落ちても構わない」
『ティターニア……』
「私は先に行くわ。二人はここで皆の到着を待ってて」
「駄目だよ」
一人拠点の入口に向かおうとするティターニアの手首を、ミカヅチは握った。止められたティターニアの非難の目に思わずすくむが、ここで手を放すわけにはいかなかった。
「ミカヅチ」
「ティターニア一人に行かせるわけにはいかない。俺も行くよ」
ミカヅチの言葉に、ティターニアが目を丸くした。
「俺はティターニアと一緒に戦う為にここまで来たんだ。駄目だって言われてもついていくよ」
ミカヅチにとってもこの戦いは重要な戦いだった。かつての無力だった自分はもういない。自分の力で愛する人を守り、かつて自分の身の回りに起きた悲劇、それを全て清算しなくてはならない。
「ミカヅチ……」
「それに、ティターニア一人でどうするのさ?俺がいなきゃ、またカーシアに巨神の加護を奪われるかもしれないだろ?」
「ボクも行きますよ。ここまで来て置いてけぼりにされても困るもん」
出番を取られてなるかと、クロウが自分を指差してアピールする。
「……ありがとう」
ティターニアの微笑みに、ミカヅチは力強く頷いた。
『……まったく、勝手に話を進めるなよ』
耳元でグレイフェザーが諦め気味の溜息をついた。
『分かった。とりあえず三人で先鋒を務めてくれ。危険だと判断したら後退して援護を待て。ミカヅチ、クロウ。お前達がまずいと思ったら、ティターニアの首根っこを掴んででも連れてこい』
「普通逆でしょう?私が判断したらじゃないの?」
『お前に判断させたら突き抜けるまで突進するだろう』
「もう……」
ティターニアは心外だと言いたそうだったが、状況が推している為だろう、ひとまず了承した。手早くグレイフェザーから伝えられた入口の位置を確認する。
「行きましょう」
ティターニアの声に応じて、ミカヅチとクロウは頷いた。
これが最後の戦いになる。否、そうしなくてはならない。