4-9.決着
ミカヅチは走った。クロウの声も気にしていられなかった。最短距離を一直線に突っ切る。
ティターニアの下まで辿り着くのにどれだけかかるだろう。一分か、二分か。その前にティターニアはカーシアに殺される。
クロウもティターニアへ向けて飛んでいるのが音で分かった。クロウの魔術はあそこまで届くだろうか。少なくとも、ティターニアに危害を加えずに、カーシアに当てる程の技術はないらしい。
カーシアが手を天に掲げるのが見えた。握っていた黄金の棍が形を変えていく。剣の刃が陽の光を浴びて、妖しくきらめいた。
鼓動が早まる。まずい。このままだとティターニアが殺される。何かできる事はないか、必死に頭を働かせる。
ミカヅチの武器はあそこまで届かない。遠投で棍でも投げるか?仮に届いても命中させる自信はない。大声で叫んで気をそらすか?馬鹿げている。せいぜい数秒時間が延びても、カーシアはむしろ喜んでティターニアの殺害をミカヅチに見せ付ける事だろう。
心中で思わず毒づいた。何もできる事がない。ティターニアが動けないのはやはり遺物によって力を奪われているからだろうか。近くによればよるほど、ティターニアから巨神の加護が失われている事が分かった。いつもの力をもってすれば、ティターニアならあの状況からでも逆転する事は可能なはずなのに。
「――ッ!」
閃きが強烈な輝きとなって脳内を駆け巡った。やれる。この状況を打破する方法がある。だがこの距離で可能だろうか。そもそも遺物によって制限がかかった状態で、ティターニアに効果があるだろうか。不安はいくらでもある。だが今はこれしか思いつかない。
ミカヅチは走りながら手をティターニアに向けて伸ばした。これ自体には別に意味はない。この方が集中できるからだ。
疑念と不安は全部無視して、ただ集中する。全身を巡る偉大なる巨神の力に願う。
そして叫んだ。
「ティターニア!」
そして、刃は突き下ろされた。
刃が突き刺さった。数瞬、世界が固まってしまったかのように、全ての音が消えた気がした。
「な……」
カーシアの顔が驚愕に固まるのを、ティターニアは両の瞳で見た。黄金の剣がティターニアの顔をかすめて、地面に深々と突き刺さっている。ティターニアの左腕によって弾かれた刃が軌道を反れ、目標を外した事に気付いてカーシアが動き出すより、ティターニアの動きの方が速かった。
胸元を踏みつけていた足首を左腕で掴み、一気に振り回す。カーシアはバランスを崩して肩口からアスファルトに転がった。
「なにが、なんで!」
ティターニアは立ち上がり、先刻までとは一転して混乱に陥ったカーシアの頬に拳を打ち下ろす。血と唾液が混じったものを吐き散らしながら、カーシアは右手に持ったままの黄金の剣を突き出す。だが混乱で動きに精彩を欠いた突きをティターニアは体を捻ってかわし、両腕で手首を掴んで捻り上げた。激痛にカーシアが身をよじり、叫び声を上げた。
「嘘よ、なんであんたがぁ……!」
そのまま手首から放した右拳を腰に構え、エネルギーを一点に集中し、ティターニアは全身全霊の一撃を放った。
「タイタン・ブロウ!」
胸に叩き込んだ一撃が、カーシアの肉体を守護する巨神の力を突き抜ける。胸骨の折れる感触を拳に伝えながら、カーシアは先ほど弾き飛ばした車に衝突して更に宙へ跳ね転がり、先にあった駐車場を転がり、ようやく止まった。
ティターニアは大きく息を吐いた。カーシアが自信に溢れて話した通り、遺物によってティターニアへの巨神の加護は完全に奪われていた。なんとか逆転できたのは、剣が突き下ろされる瞬間、理由は分からないがティターニアの全身に巨神の力が戻ったからだ。もし一瞬でも力が戻るのが遅ければ、カーシアの宣言通りになっていた事だろう。
ティターニアはカーシアの下へと歩き出した。負傷の状況を探る為に体を軽く動かすと、全身がきしむ。ティターニアでいる限りは何とか動けそうだ。
首を動かしていて、ティターニアは視界に入った人影に気付き、笑顔を見せた。偉大なる巨神の加護を取り戻してくれたのが、誰か分かったからだ。
彼に向かって軽く頷くと、ティターニアはカーシアの下へ走った。
「ぐ、うぅぐ、ぐるぇえ……」
カーシアは倒れ伏して、痛みに涙を流しながら全身を痙攣させていた。獣のように唸り、時折吐かれる胃液にむせながらうずくまるカーシアを、ティターニアは見下ろす形で対峙した。
「な、何であんたが、巨神の力を使えるの……。あなたの力は、完全に奪い取ったはずなのに……!」
「今のあなたにターミナスがいるように、私には最高のパートナーがいる」
ティターニアが上空に目をやると、その先に二人の影がいた。宙を舞うレディ・クロウと、高速で走ってきていたミカヅチが、ティターニアの近くに着地した。
「ティターニア! 間に合ってよかった!」
駆け寄ったミカヅチの肩を寄せて、ティターニアは軽く抱き締めた。ミカヅチの持つ巨神の加護を取り戻してくれたのはミカヅチの力によるものだと、ティターニアにも感じ取る事ができた。
「ありがとう、ミカヅチ」
「お前は……!ティターニアの弟子のガキが、いったい……!」
「あなたは知らなくて当然よ。この子が私に偉大なる巨神のご加護をもう一度与えてくれた。あなたがやった巨神の力の操作は、この子にもできる」
「な……」
目の前の男の姿が信じられないと言いたげに、カーシアは痛みも忘れたように目を見開いた。
賭けが成功し、ミカヅチは心中で大きな溜息をついていた。確かに二人きりの時、ティターニアの持つ巨神の力を操作した事は何度もある。だがそれもトレーニングの時や夜の室内でコスチュームのデザインを変えたり、無理矢理変身させたり、その程度の事だ。あれほどの長距離で成功するかどうか、自信はなかった。
「かっこいいとこ取っちゃってさァ。ずるいぞ、サブリーダー」
いつの間にか隣に立っていたクロウが茶化すが、その顔は尊敬する相手が危機を脱した安心と喜びにあふれている。
いまや状況は完全に逆転した。三人のヒーローを前にして、倒れたカーシアは屈辱に顔を歪め、ミカヅチを指差していた。
「お前が……お前……!」
「お前じゃない。俺はミカヅチ。偉大なる巨神の御使い」
「馬鹿を言え! ふざけるな!」
カーシアが叫び、ミカヅチとクロウは思わず後ずさった。カーシアの目は血走り、渦巻く心中を上手く吐き出せないように、荒く息をしている。
「お前が、お前が巨神の子なわけないでしょう。お前みたいなガキが……!」
「カーシア。もう止めなさい。これ以上他人を侮辱してもあなたが惨めになるだけよ」
「違う。残っていたシュラナ=ラガの記録にあった……。リバースタイタン計画の初期、巨神の力を操作する方法を模索していた時期。拉致してきた地球人を対象に、当時の技術で改造実験を行った事がある……!」
「……十三年前。私達がターミナスと初めて遭遇した事件……」
ティターニアが呻くように声を出した。ミカズチもあの日の事は忘れた事がない。両親を殺され、シュラナ=ラガの兵隊に捕えられ、気付いた時には妙な装置に繋がれていたところを、ティターニア達ジャスティス・アイが現れ救ってくれた。
あの時こそミカズチ――大が、ティターニア――綾に憧れを抱いた最初の瞬間だった。
だが今、重要な事はそれではない。カーシアが言いたい事はミカヅチにも分かった。心臓の鼓動が高まり、血が巡り、全身が熱くなる。
「巨神の力を操作できたって事は、お前が、その時の実験体の一人だったわけね。何が『偉大なる巨神の御使い』よ。お前こそ私以上の『呪われ子』じゃない」
あの時既に、大はシュラナ=ラガによって巨神の力を操作できるように、超人への改造を受けていたのだ。ティターニアへの偉大なる巨神の加護を操る事ができたのも、すべてはそのせいだった。
「く、くく、あはは……ふざけないでよ」
耐えられないとばかりに、カーシアは哄笑した。
「何年もかけて準備して、ついにあんたに勝ったと思ったのに、まさかそこのガキが、その時の実験体で、実験が成功していて巨神の力を操れるようになって。しかもそれがあんたの相棒?こんなのある?こんなふざけた偶然で、何年もかけた計画がパー。あんたの偉大なる巨神はここまで私をコケにしたいの?」
笑いはいつ終わるとも知れずに続いた。
笑いの中で時折入る嗚咽と目尻に滲んだ涙が、果たして痛みだけのものなのか。ミカヅチには分からなかった。