4-6.ティターニアの危機
タワー周辺の状況は激変した。ラースゴレームの群れもレリックスマッシャーの増援も、グレイフェザーの指揮の下で動くヒーロー達に押され、各個撃破されていった。
グレイフェザーの指示は完結でかつ的確だった。破壊力のある者は敵に突撃し、力のない者は補助にあたる。そういうヒーロー達の長所を引き出す配置を流れるように組ませ、連携を取れるようにした。そうしながら自らは必要に応じて能動的にヒーロー達の援護にまわり、こちらの弱い点を補強し、相手の弱い点を突いて混乱させた。
単体の集まりだったヒーロー達が軍団となって敵を撃破していく。先ほどまでの必死に戦ってきた状況が嘘のように変化する。人との連携が上手くいけばこうも違うものかと、ミカヅチは今までに感じたことのない興奮を味わっていた。
グレイフェザーは軍人ではない。だが十五年の戦いと、超人の管理と保護に努めてきた中で築いてきた知識と経験によって、状況を判断し、人を指揮する事に関しては一流の実力者となっていた。
三十分としないうちに、タワー周辺の混乱は急速に収まっていた。襲撃は続いていたが、その対処を他のヒーロー達に任せ、ミカヅチとクロウはグレイフェザーに連れられてタワーの内部の状況を確認する為に内部に入った。タワー内にまだ敵が残っている可能性を考慮したのと、遺物が奪われたかどうかを確認しなくてはならなかった。
タワーの内部に入ると、不思議と下の階では被害もほとんどなかった。外の状況が片付けばすぐにでも業務を再開できそうな程だ。だが、ある程度階を上がったところから突然、破壊の跡が見られるようになっていた。部屋が荒らされ、レリックスマッシャーがその巨体を何度もぶつけたらしく、廊下は穴だらけになり、天井もみみずがのたくったようにコンクリートが削れた跡がそこかしこに見られた。中には天井に完全に大穴が開き、そこから上階に上がったと見られるような箇所もあった。
「一体どうやって、あのミミズ頭達はタワーに入ったんだろうね」
足場を粉砕された階段を空を飛んで渡りながら、クロウは疑問を口にした。何気ない疑問だったのだろうが、確かに被害の様を見ていると、まるでタワーの中に突然怪物が生まれて暴れだしたかのように見える。
「レリックスマッシャーの中から出てきたのさ」
上階に向かって黙々と歩くグレイフェザーが答えた。おなじみの半鳥半人の姿で歩く姿は自信に満ちている。
ミカヅチは跳躍して、階段の穴を飛び越えて上階の踊り場に着地した。
「どういう事なんです?」
「君がティターニアと組んで捕まえたレリックスマッシャーだが、昨日、奴から情報を掴む為に詳細な調査が必要として、タワー内に連行していた。奴の体には対魔術に関する術式が全身に刻まれていたが、おそらくその中に転送用の結界回路が組み込まれていたんだよ。遠隔操作で発動し、奴を生贄に回路が発動する。そうやって別のスマッシャー達を奴の拠点から送り込んだんだろう」
目的の階に辿り着き、グレイフェザーは中に入った。ミカヅチとクロウも後に続く。
「カーシアの作った者を安易にタワーに入れた。俺のミスだ」
苦々しげに口にするグレイフェザーの後を歩くミカヅチを、クロウが肘でつついた。
「ねェねェ、前から気になってたんだけどさ」
「何さ」
「グレイフェザーって鳥になる超人なわけだけど、今の格好ってどこまでが能力でどこまでが自前の装備なんだろね」
ミカヅチはグレイフェザーに目をやった。クロウの言うとおり、グレイフェザーは自分の体を鳥へと変える事ができる鳥人だ。その力の使い方は様々で、辺りを飛んでいる鴉に化ける事もあれば、戦闘の為に一瞬で軽飛行機並みに巨大な鳥へと姿を変える事もあるが、今は体の一部だけを鳥へと変えた、半鳥半人の姿を取っている。頭部の上半分は艶やかな灰色の羽毛に覆われ、それと連なって鳥の翼のようなマントが体を覆っている。足の爪の鋭さは禍々しい程だ。全身は灰色の戦闘服に覆われている。
有名なグレイフェザーのこの鳥人の姿は、どこまでが能力で作られているのか、そもそも鳥に変身した時に服や身の回りの物はどうなっているのか、というのはファンの間でよく議論されている内容だった。大が子供の頃に何度か見た記憶や映像化された記録では手持ちの装備をよく使っていた事もあって、自作のスーツと能力を組み合わせて使っているのではないかとよく言われるが、グレイフェザー本人は語らないので詳細は不明である。だが仮に今この時も翼の裏に爆弾を隠し持っていると言われても、ミカヅチは驚かない。
「多分いつも着てる灰色のスーツがさ、掛け声一つで戦闘服に変わるんだと思うんだよね。フェザーゴー!って感じで」
「何だよ、その昔のアニメみたいな掛け声。せっかくだから聞いてみたら?答えてくれるかもよ」
「後にしてくれ。今は忙しいんだ」
グレイフェザーに鉄の口調で言われ、クロウとミカヅチが思わず背筋を伸ばした。
三人は目的地の扉をくぐった。遺物の保管された研究室、正確には元研究室と言うべき部屋は完全に破壊され、砕けた机や機械類が辺りに散乱している。室内には数人の職員が怪我の治療を受けていた。
砕けた机の下から床に赤い液体がたらたらと流れているのが見え、思わずミカヅチは顔をしかめた。数人のレリックスマッシャーが室内に乱入し、遺物を奪い取ったのだ。そして中にいた職員達は被害にあった。
これほどの被害が出る前に、ひょっとしたら何かできていたかもしれない。そう思うと辛かった。
「グレイフェザー!」
室内にいた男性職員の一人が上司の姿に気付き、グレイフェザーに駆け寄った。
「状況は?」
「申し訳ありません。タワーの侵入者によって遺物は奪われました。被害者は重傷者二十八名、死者は八名。回路による拠点調査、通信は共に現在復旧中です」
「やはりか」
グレイフェザーが唇を噛んだ。
そしてこの戦いで最大の目的だった遺物の死守に失敗した事が大きかった。今となっては例え目の前の敵の軍団を全て倒しても、このままカーシアを放っておけばカーシアの勝利に終わる。
「どうすればいいんです、これから。あの遺物を使ってカーシアが巨神の力を奪っちゃうんでしょ」
「取り返しに行くしかない」
ミカヅチの声に、グレイフェザーとクロウが目を向けた。
「ずいぶん、タフな事を言うようになったな」
「でもそうするしかないでしょう?」
「取り返すって行ったって、カーシアの場所はわかんないよ」
「そんなの分かってるよ。みんなでどうにかして探す方法を考えるんだ」
そうは言ったものの、特に策がある訳ではなかった。だからといってここで他の人に改善策を任せて自分達は休憩、という訳にもいかない。今この時、市内の誰もがそれぞれの方法で戦っているのだ。
グレイフェザーが両腕を組んで思案の形となった。
「タワーの機能が復旧するまでまだ時間がある。何とか急がせて、拠点の位置を早期に掴むしかないな」
「でもグレイフェザー、そんな事してる間にティターニアのニセモノ軍団ができちゃいますよォ!」
「そうだよ、ティターニアだよ!」
ミカヅチが叫んだ。シンプルな答えに、全身に電流が走ったような気分だった。何故今まで気付かなかったのかと、思わず歯噛みすらしたくなる。
耳をかきながらクロウが非難の声を上げる。
「なんだよォ、いきなり」
「カーシアはティターニアを狙ってた。本当に遺物によって偉大なる巨神の力を操れるなら、奴はティターニアの力も操ろうとするはずだ!」
「あ……」
クロウが絶句した。グレイフェザーも仮面の下で息を呑んでいるのが分かった。
ミカヅチの言葉がありうる事だと、皆感じていた。カーシアがティターニアに尋常でない執着を見せている事は、グレイフェザーにも分かっている。ティターニアの正体を知る友人として、それこそ大以上に知っているし、実際に目の当たりにしてきた事だろう。
そして単身で戦うティターニアは、自分が今、最も危険な状況にいるという事を知らない。
ミカヅチはグレイフェザーに向き合った。
「すぐにティターニアのところに行かないと。絶対にカーシアはティターニアを狙うはずです。ひょっとしたらカーシアが直々にティターニアを狙いに行くかもしれません。そこを俺達で倒します」
「確かに奴はティターニアに執着している。その可能性は十分あるだろう。だがどうやって行く。俺がタワーに着く前に援護を送らせる予定だったが、通信妨害でそれもできなくなった。今あいつは一人だ。居場所も掴めん」
「俺ならティターニアの所まで行けます。ティターニアが出す偉大なる巨神の力の波長を探知できる。今ならまだ間に合うはずです」
「しかし危険だ」
「危険な事を他のヒーローに任せて待つのは十年前にやりました。あんな事はもうやりたくありません」
グレイフェザーは意志を確かめるように、ミカヅチを見据えていた。ミカヅチも目を反らさなかった。
やがてゆっくりと顔を上げて、グレイフェザーは自分に言い聞かせるように言った。
「俺はな。さっきティターニアと別れる前、あいつに頼まれたんだ。お前が無茶をしないように手助けしてほしいとな」
「はい」
「ここでお前にティターニアを助けに向かわせるのは、正直危険なのではないかと思う。だが、あいつを一番助けられるのも恐らくお前だろうと思う」
「じゃあ」
「行って来い。ただし無茶をはするな。相手を全て倒そうなんて欲を出すな。全員生き延びる事だけを考えるように」
「はい!」
力強く応えたミカヅチに軽く頷き、グレイフェザーはクロウの方を向いた。
「クロウ、君も行け。他にも援護を送るつもりだが、今はこれ以上手を割くのは難しい。二人で冷静に状況を判断して、全員が助かる道を選ぶんだ。」
「もちろん! いいんですね?」
「君達はチームなんだろう?組んだ方がいい仕事ができるだろう。ティターニアが育てた君達を信じる。だからそれに応えてくれ」
「やった! そうこなくちゃ!」
ガッツポーズまでとりながらテンションを上げて盛り上がるクロウを見て、グレイフェザーが不安そうに首を傾げるのをミカヅチは見た気がしたが、とりあえず置いておくことにした。今ここでそんな事を言っても仕方のない事だ。
ミカヅチは二度三度拳をぶつけて気合を入れて、背筋を伸ばした。
「行こう、リーダー」
「オッケー、サブリーダー!」
二人は出口に向かって歩き出した。
十年前の大は子供だった。嵐が来れば震えながら耐えるしかできなかった。綾がどれだけ危険に立ち向かっていたかも知らず、仮に知っていても力になれる事は何もなかった。
だが今は違う。今なら嵐に立ち向かえる。
(俺はミカヅチ。偉大なる巨神の御使い)
昔と同じままでいるつもりはない。