4-4.タワー防衛戦
葦原市全域に突如として出現したラースゴレームの群れにより、市内は混乱状態に陥った。主要な交通網は破壊され、市民の退避や警察、消防の活動にも遅れが生じていた。加えてラースゴレーム達は市内全域で破壊活動を行っている為、どこも人手不足となっている。街は完全に機能を停止しようとしていた。
蹂躙される市内の混乱に対抗する為に、各所で活動するヒーローの姿が見られた。アイの管理する超人達は、警察内に所属しているヒーローから自警活動家まで、戦える者は各所で応戦している。そうでない者も市民の救助や避難の整理など、様々な形で協力をしているが、敵の数が多すぎて焼け石に水といったところだ。
この混乱の中で最も激戦区となっていたのは市内にあるアイの管理する40階建ての高速建築、通称アイ・タワーの周辺だった。
「Beware My Order!」
宙に浮いたクロウの気合と共に、前に突き出した両の掌から、空気が渦を巻く。うなりを上げて飛んで行く烈風に巻き込まれた三体のラースゴレーム達が、勢いの強さに負けて動きを止める。
その内で最も近くにいる一体が、クロウに向けて右腕を突き出す。黒い岩のような手が粘土のように滑らかに形を変えていき、巨大な銃身へと姿を変えた。
だが撃つことはできなかった。
「残念!」
クロウの起こした風は、ただの風ではなかった。ラースゴレームの突き出した右腕が凍りつく。手だけではなく足も、胴も、渦に巻き込まれた三体全て凍りついていく。
クロウが大きく腕を振り回すと、渦は動きを変えた。氷の塊となったラースゴレーム達は宙に吹き飛ばされる。そのまま勢いをつけて落とされ、皆叩きつけられた氷細工のように砕け散った。
「どーだい!これがレディ・クロウ様の実力さ!」
ガッツポーズするクロウを見ていられなくて、ミカヅチはクロウに向けて腕を伸ばした。
手に持った棍は縄へと姿を変えて、5メートルは離れた位置にいたクロウの体に巻きつく。
「わァー!」
クロウの声に耳を貸さずにそのまま引っ張ると、先ほどまでクロウのいた場所目掛けてラースゴレームが急降下する。腕の剣が突き刺さる。
「周りをちゃんと見ろ!」
勢い良く胸元に飛び込んできたクロウを脇に抱え、自分が相対していたラースゴレームの剣を空いている手の棍で防ぐ。再度剣を打ち込もうと腕を振り上げるのにあわせ、ミカヅチは胸元に足刀を打ち込んだ。
胴鎧にひびが入る一撃に、ラースゴレームは地面と水平に吹き飛ぶ。ピンボールのように後方にいた一体と衝突し、互いに砕けた。
「くそ、数が多いな」
「ちょっとォ、いい加減離してよ」
避難の声にまだクロウを抱えたままだと気付いて、ミカヅチはクロウを解放した。
「周囲を見てくれよリーダー。そんなんじゃ周りのヒーローに笑われるぞ」
「あのくらい、手助けしてくれなくてもへーきだったもん」
子供のようにむくれるクロウに苦笑しながら、ミカヅチは目で合図した。以心伝心、同じタイミングで二人が体を捻る。同時に打ち込んだ蹴りは二人に突進してきたラースゴレームに直撃し、砲弾のような勢いで吹き飛んだ。
タワー前の駐車場は今や超人達の戦場となっていた。灰堂の指示によってタワー内に保存されている遺物の防衛に多くのヒーローが当たっている。ミカヅチとクロウもそのメンバーだった。
今も周囲に名の知られたヒーローが共に戦っていた。雷を放ちラースゴレームを貫くサンダークラウド。鉄球を振り回す巨漢のバンカーバスター。全身を光に包んで縦横無尽に空を舞い踊るクラッシャー・レイは、空から襲撃を図るラースゴレームを体当たりで破壊して回っている。他にも有名人からあまり知られていない人間まで、アイに所属した武闘派の超人がその力を見せている。
クロウではないが、こうも人が大勢集まれば、ミカヅチも負けていられないと張り合いたくなってしまう。この中ではおそらく一番キャリアの短い新人だ。
そう思いつつ頑張ってはいるが、敵の数は倒しても倒しても一向に減らず、収まるところを見せなかった。
背中合わせで構えたクロウがミカヅチに問いかける。
「どーよサブリーダー。まだ体力残ってる?」
「当然だろ。やらなきゃいけない事はたくさんあるんだ。ここで倒れてられないよ」
「だよね。さっさとこいつらを倒して、ティターニアの所に行かなきゃ!」
ミカヅチは頷いた。灰堂から連絡を受けた際に、綾はティターニアとして単身敵陣に向かったと連絡を受けている。ティターニアならどうにかなるし、無茶はしないと信頼してはいるものの、相手はカーシアだ。何が起きるか分からない。どうにかして力になりたかった。
ミカヅチは突進した。相手が放ってくる光弾を、双棍と手甲を巧みに動かして相手の両腕を弾く。石のような皮膚にひびが入り、焦れたラースゴレームが動きを止めて手を斧へと変える隙に、ミカヅチはラースゴレームの喉に棍を突き刺した。岩がぶつかるような音がラースゴレームの口からこぼれ、一気に動きが緩慢になる。そのまま蹴り飛ばすと、完全に動きを止めた。ラースゴレームは人造兵士だ。頭部と胸部にある臓器と、それらを連結するパイプ以外に奴らを止める方法はない。
後何体相手にすればいいんだ、とミカヅチは前方に目をやった。街の中心地である駅前の大通りに面したタワーの周辺は、勢いが落ちる事なくラースゴレームが群れを為して行動している。
戦いはまだ先が長そうだった。
ヒーロー達の戦いはまだまだ先が長そうだった。
「勘弁してくれよ、これじゃ帰れねえじゃねえか……」
タワーの中程の通路で、窓に顔を押しつけながら男はぼやいた。
市内で有数の高層建築であるタワーの上階になると、窓から市内を一望する事ができる。タワー内の警備員である男にとっては見慣れた建物が並ぶ光景だが、今の市内は火と轟音が支配していた。空を舞う黒い石の兵士が街中を襲い、あちこちから火の手が上がっている。
南の窓の外に広がる駐車場と大通りには、ラースゴレームの群れとそれを押し止めようとする警官隊やヒーローの姿があった。近くのラースゴレーム達がタワーを狙っているのは、誰から見ても明らかだった。
「なんで俺がこんな目に……」
ほとんど意識せずに弱音が漏れる。手足より口が動く、と子供の頃からからかわれていたが、この癖だけはどうしても抜けない。
目の前で猛威を奮うラースゴレームの姿は、男も若い頃シュラナ=ラガの侵略の際に見た事があった。その恐ろしい暴力によって、周囲の人間が何人も死んだ。男が初めて目の当たりにした戦場の恐怖の象徴といってもよかった。それが今街中に広がり、タワーに向かって攻撃を行っている。
はっきり言って、こんな危険なところからは逃げ出したかった。男がタワー内の警備を担当しているのは、単に会社から派遣されたからだ。超人の管理だなんだとという大層なお題目には興味はないし、ましてやその為に命をかけるつもりもない。
ふと前を向くと、空を飛んでいたラースゴレームの一体が、男に向けて顔を向けた。腰が抜けて倒れると、ラースゴレームは男に向かって一直線に飛んでくる。体当たりで壁を壊す気だ。
「ひぃ!」
男は逃げる事もできず、情けない声を挙げて身をすくませる。ラースゴレームの腕から生えた大きな爪が窓に触れる寸前、流星のように降ってきた閃光がラースゴレームのを粉砕した。
窓越しの轟音と、ちぎれて辺りに吹き飛んだ欠片が窓に当たる音に、男は手足を使って這うように後ずさりをした。流星はその身を輝かせながらジグザグに軌道を買え、別の敵を見つけてば突撃し、粉砕していく。
名前は思い出せないが、アイ所属のヒーローだ。男も何度か挨拶をかわす事があった。その勇ましい活躍に比べると、自分が着ている警備員の制服が酷く弱弱しく、情けなく見えた。
「脅かしやがって!」
男は窓から離れ、階段に向かって走った。思わず毒づく。感謝よりも先ずは自分の身の安全が最優先だ。仕事なんぞかまうものか、自分はヒーローではない、殴れば血も出る一般市民だ。
階段を降りていく途中で、タワーの職員とも何度かすれ違ったが、皆自分の身の安全を考えているのか、男を気にもとめない。
爆音がした。タワーの外からだというのに、壁越しにも伝わる爆音と振動にバランスを崩して倒れそうになる。汚い罵りの言葉を吐きながら、男は何も考えずに近くのドアにカードキーを当ててロックを解除し、中に飛び込んだ。
壁に背をつけて、へたり込んだ。動けば敵に気付かれ、狙われそうな気がした。自分がそれほど大層な人間ではないと分かってはいるが、恐怖にそんな理屈は通用しない。両手で頭を抱え、震えて嵐が過ぎるのを待つ以外になかった。
ふと、妙な振動音が聞こえて、男は顔を上げた。勢いに任せて自分がどこの部屋に入ったのかも気付いていなかった。
自身の力を制御できない超人がコントロールの方法を覚える為に、周囲に被害を与えないように設計された訓練室だ。タワー内部でも作りはかなり頑丈になっている。そんな天井の高い部屋の中央に、無色透明の巨大な箱のが置かれていた。
軍用車両の窓にも使用される強化プラスチックで囲まれた箱の中央で、青黒い肌をした3メートルを越える巨漢が両膝をつき、全身の痛みに苦しむように、震えながらうなりをあげている。
男はゆっくりと立ち上がった。先日警察に逮捕された超人が、現在進行中の事件に関わりがあるとして、調査の為にアイに協力を求めて護送してきたのは昨日だった。調査の間、ちょうどいい拘留場所として、この部屋を利用しているという連絡も受けていた。確か名前はレリックスマッシャーといったか。
ラースゴレームの襲撃によって職員は退避し、彼が一人だけ残されたのだろう。
「び、びびらせやがって」
室内の防音のおかげで大分落ち着いてきて、男は箱にゆっくりと近づいた。檻の中にいる猛獣を見ているようなものだ。少なくとも外にいるラースゴレームの群れよりも、自分に危険があるわけではない。
スマッシャーは男が入って来た事にも気付かないようだった。病気か何かだろうか、全身を流れる玉のような汗が、照明を反射して体を輝かせている。
男は檻に手で触れられるまで近寄った。箱の中はスマッシャーの垂らしている汗で青く染まり、箱に空いた通気穴からも垂れて外に侵食している。何かの病気だろうか。男に専門知識はなかったが、少なくとも何かが起きているのは見て取れた。
「……?」
ふと妙なものが見えて、男は目をこらした。スマッシャーの脇腹あたり、深海のような青黒い肌に一部、灰色のような欠片がついている。苦しげに動くスマッシャーが額を床に叩きつけ、唸り声が一層大きくなった。それに応じて、欠片はどんどん大きくなっていく。
男の喉奥でひきつった声が出た。ついているのではない、これは骨だ。スマッシャーの肉が溶け、骨が露出してきている。
骨の露出速度はどんどんあがってきていた。スマッシャーの外見は原形を保たないほどに崩れていく。男は泣きそうになりながら後ずさった。他より安全だと思ったのに、こんなグロテスクなものと一緒にいられない。吐き気を催して目をそらすと、視線の先に光るものがあった。
溶けて床に広がった体液が輝いている。照明の反射光ではない。その証拠に、光は沼を這いずる蛇のようにうごめき広がっていき、見た事もない記号の集まりへと変わっていく。まるで異世界の魔方陣だ。
嫌な予感がして、男は扉に向かって走り出した。扉を開けて外に出て通路を左に曲がる。階段に辿り着いたところで、車が衝突したような音がした。
階段を降りる前に男は振り向いた。先ほどまでいた部屋の扉は破壊され、中から影が姿を現した。蝶番からちぎれて吹き飛んだドアを踏みつけながら、先ほどまで苦しんでいたレリックスマッシャーと同じ姿形の巨漢達が、獲物を探すように周囲を見回していた。
もう耐えられなかった。振り向く事なく男は走って階段を降りた。何か罵りや愚痴を口走っていたかもしれないが、誰も責める者はいまい。
たった今、この街で最も安全な場所がなくなったのだ。