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4-2.呪われた巨神の子

コツコツと、硬い音が断続的に繰り返されていた。

白を基調とした壁に囲まれた病院の個室に一人、ベッドの上で上半身を起こした男がその音を出している。その姿は酷く痛々しい。両腕両足にギプスをはめられ、薄青の病衣の隙間から、巻かれた包帯が見えた。

だが男はそれを気にしない風で、ギプスの先から出た指先で、プラスチックのテーブルを叩いていた。折れた骨や傷ついた体よりも気になる心配事があるらしい。

男は絶えず貧乏ゆすりを繰り返し、何かを気にするように何もない周囲に目を配っていた。焦りがにじんだその表情は、見た者に不安と困惑を抱かせずにはいられない。


「落ち着け、デスタッチ。机を叩いても待ち人が早く来るわけじゃない」

 白の部屋に異物がまぎれたかと思う灰の影が、呆れたように声をかけた。

 声の主に向けて、男――デスタッチが険しい視線を向けた。刺すような目を声の主――灰堂は腕を組んで壁にもたれかかり、冷ややかに見つめていた。


「人の過ちを時は待たない。この遅れは取り返しが付かんぞ、グレイフェザー」

「ベンジャミン・フランクリンくらい知ってるよ。そうやって気を張り詰めていたらあんたの体も取り返しが付かなくなる。親切心から言ってるんだ」


 いつものグレースーツに身を包んだ灰堂は特に表情を変えず、冷静に目の前の男を観察していた。例え重傷の怪我人であっても、その佇まいからは一切隙がない。かつて戦った敵を前にしていつでも反撃に出られるように神経を張り詰めた様は、まさに獲物を狙う猛禽を思わせる。

にらみ合う事に疲れたか、デスタッチが鼻を鳴らして目を反らした。


「顔を合わせるのは十年ぶりか。変わらんのは目つきの悪さだけだな。超人の保護だ管理だと、昔では考えられんような事をしているそうだな」

「あんたもずいぶん変わった。俺と世間話をしながらティターニアを待ってるんだからな。昔なら這ってでも逃げてただろうよ」


 会話こそ他人行儀なところがない二人だが、彼らの関係が友好的だった事など一度もなかった。片方は十年以上のキャリアを持つヒーローにして超人の管理者、もう片方は超人の力を利用した犯罪者。

二人の選んだ道のどちらが幸せか二人が語り合う前に、病室の扉が滑らかに開いた。


「デスタッチ。あなたまだ生きていたのね」

「ティターニア!分かるぞ、本物だな!お前こそ生きていたという話は本当だったんだな!」

 姿を現したティターニアを、男は安堵と興奮の入り混じった顔で出迎えた。



 ティターニアは灰堂の隣に立ち、デスタッチを見下ろした。本名は斑目紅作。優秀な科学者で、専門は人体改造と自らの肉体を活用した薬物、毒物の精製。病人を治療と称して超人へと改造して回り、その技術は様々な組織に求められていた。ティターニアのいた頃のジャスティス・アイが解決した事件に関与していた数も、両手に余るほどだ。

しかし10年前にジャスティス・アイによって捕らえられ、数年間刑務所に勤めた後、脱獄して行方不明になっていた。


 三日前に葦原市外れで起きた事件の際、大と凜に助けられた斑目は病院に運ばれ、意識を失っていた。そして今朝目を覚ました彼は灰堂とティターニアに話があると告げ、二人は病院に向かったのだった。


 ベッドの上で倒れたデスタッチの姿を、ティターニアはまじまじと見つめた。凜が描いた似顔絵を見て誰かは分かっていたが、改めて見るとその変貌に驚かされる。

綾がティターニアとして活躍していた頃の彼はもっと若々しかった。黒い長髪を後ろで束ね、顎の張った四角い顔に自信と傲慢さが満ち溢れていた。今では短く刈った髪は白髪のほうが勝り、頬はこけて皺が深くなり、彼の父親だと言われても納得してしまいそうだ。


時の流れは残酷だ。誰にでも等しく衰えを与える。だが彼の姿には、それ以上の何かが関わっているように思えた。心労、それも恐怖と不安による衰えだろうか。

ティターニアは灰堂を見た。灰堂も同じ印象を受けたらしく、軽く頷く。だがここで斑目の印象について議論している暇もない。ティターニアは口を開いた。


「あなたが行方不明になってから数年、噂も出ないから死んだものと思っていたけれど。私を呼んだ理由について、話してもらいましょうか」

「分かりきった事だろう。私を助けてくれ。カーシアの元から必死に逃げてきたんだ」


 ティターニアの目が光った。三日前に大達の話の顛末から予想はできたが、やはり事実だったらしい。

「聞かせて。奴と一体何があったの。カーシアはこれまで何をしてきたの」

「私が知っているのは5年前からだ。あの女に連れられ、奴が発見したシュラナ=ラガのデータを基にした研究を完成させる為に、協力を強制されたんだ」


 斑目が言うには、カーシアは彼以外にも複数の方面の研究者を拉致していたそうだった。シュラナ=ラガが戦争中に残した施設を拠点として使用し、斑目は計画実現の為に働かされた。

シュラナ=ラガの施設は地球上から月や宇宙空間に至るまで、様々な場所に複数存在している。現在でも所在が不明になっているものは多数あると言われている。


カーシアはそれらについて熟知していたらしかった。使い物にならないものも多かったが、時には施設に残っていたものを利用し、時には施設そのものを様々な組織に高値で売りつけ、予算とデータを蓄積していった。


「あの女は悪魔、いや、邪神と取引したのさ。以前と同等の力を取り戻す代わりに、あやつの望む研究を完成させる為の手足となって働く事を選択した」

「カーシアが力を取り戻していたのは私も知っている。でも5年前ですって?あの派手好きでスリルジャンキーのカーシアが、5年も世間から姿を隠していたというの?」

「力を取り戻す手助けをしてもらった手前、あやつの命令には逆らえないのさ。命の危険は進んで参加しても、正体を曝す危険だけは徹底的に避け続けていたようだ」


「それで、あなたが協力してきた研究というのは?」

「あやつが地上に残してきたものの続きさ」

 忌まわしいものについて語るのを躊躇うように、斑目は大きく息を吐いた。


「あやつはこの地球に姿を現した時から、この次元の超人に酷く興味を持っていた。何人もの超人のデータを集め、より優れた人間を作り上げようとした。君も覚えているだろう?地球最初のヒーロー、太陽神アポロンの遺体を奪い、自らに忠実な最強の兵士を作り上げようとした事を」

「リバース・アポロン事件か」


 灰堂が嘆息する。かつてジャスティス・アイが関わった事件の中でも最大規模の事件の一つだった。あれ以来アポロンの墓は国連によって厳重に管理されるようになっている。

 ティターニアは眉を寄せた。あれは確かに恐ろしい事件だったが、十数年も前の話だ。今更掘り返すような事があるとは思えない。


「あの計画は私達が完全に破壊した。遺体をもう一度手に入れようって墓を掘り返そうものなら、一秒もたたずに世界中に知れ渡るわ。それ以外にアポロンのデータなんてどこにも残ってないはずよ」

「アポロンはそうだ。だがあやつの興味はアポロン以外にも複数あった。施設を渡り歩いたカーシアが探し、残されていたデータを基に私達が超人を作り上げる為に手と頭を動かす。毎日がその繰り返しだった。そしてその中でも、最もデータと実験結果が残っていたのが、君さ」

「……なんですって?」


 ティターニアが驚きの声を上げ、灰堂が息を呑んだ。まさか、という思いの一言だった。

「あやつは、ターミナスは巨神(タイタン)の子を作ろうとしていたのだ。君のように巨神(タイタン)の力を完全に引き出す超人を作り上げる事。言うなればリバース・タイタン計画」


「ありえない。偉大なる巨神(タイタン)の御力を自由にしようなどと、できるはずがない」

「カーシアがどうやって力を取り戻したと思っているんだ?あの女はターミナスと手を組んだ。シュラナ=ラガが行っていた研究のデータを応用して再度巨神(タイタン)の力を盗み、以前と同等の力を取り戻したんだ。そして今、奴はシュラナ=ラガの遺物を集めて計画を進め、ターミナスの依代となる肉体の復活と、量産した巨神(タイタン)の兵士による地球とシュラナ=ラガの再統一を目論んでいる。奴は正気じゃない」

「ふざけないで!」


 外まで聞こえるような怒声に、斑目の体が震えた。美しい顔を怒りに歪ませて、ティターニアが今にも斑目に掴みかからんばかりにベッドの脇へと近づく。


「正気じゃない?あなたが人の事を言えるの?今まで一体何百人があなたの狂った実験の犠牲になったと思ってるの?あなたの作った毒で今も後遺症に苦しんでる人を何人も知ってる。それが研究の協力を強制された?一体どんな心境の変化があったわけ?」

「ティターニア」

「歳だよ。私はもう疲れたんだ」


 自嘲するように斑目は笑った。穏やかな声色だった。ぶつけた怒りをすり抜けられて、ティターニアは動きを止めて斑目を見つめた。


「かつては自分の知識と技術が広がっていくのが楽しかった。世界を一変させてやるという野心もあった。だが歳を取れば、その楽しさも、自分の我がままを押し通してやるほどの気力も、湧かなくなってしまったのさ……」

「……」


 ティターニアと灰堂は顔を見合わせた。本人の言う通り、うつむいて自嘲するその姿に往年の邪悪さはない。


「カーシアの計画はもう完了間近だ。五年間、奴らの顔色を伺いながら怯えてただ仕事をこなす毎日だったよ。そんな時、お前の復活を知った。あの時のカーシアの喜びようと言ったらなかったよ。お前を人々の前で貶めてやれる、とな」

 いかにもあの女の言いそうな事だ。ティターニアは心中で嘆息した。

そんな思いは知らず、斑目は隣に立つティターニアに顔を向けた。その目は先程までと違い、熱と光がこもっている。


「だが私は違った。初めてヒーローの話を聞いて希望が持てたんだ。お前が生きているなら、きっと私達をあの女から救ってくれる。そうして逃げるチャンスを探してきて、やっと脱出できた。頼む、助けてくれ。これ以上待てば、奴らにこの星は蹂躙されるんだ……」

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