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4-1.魔女の乱舞

曲がり角の階段で足を引っ掛け、男はつんのめった。思わず前に出した手と向こう脛が階段の角にぶつかり、痛みに動きが止まる。いつもなら涙目で痛みが去るのを待つところだが、今日はそうしていられなかった。


勤めている研究所の中を、男は生き延びる為にひたすら走った。昼は大勢の社員が行きかう所だが、夜も更けてきて、既に多くの社員は帰宅している。所内は多くの場所が消灯されて、影で視界の悪いところが多くなっている。照明を点けるのは簡単だが、そうすれば自分の位置を相手に知られそうで怖かった。


T市根国町。国内では名の知れた大企業の本社がある事で有名な町で、男はその企業の研究所に勤めていた。専門は地上にいる超人の持つ力に関しての研究、加えて超人対策手段の開発。自衛隊とも提携し、様々な業務を行っている。

当然警備は厳重、国内でも最高レベルの警備システムが敷かれており、許可なく侵入して五体満足で帰ってこれる者はまずいない。

だが、この日は違っていた。


警備員らしい男の叫び声が聞こえて、男は足を止めた。騒ぎが起きている箇所から離れるように、滅茶苦茶に道を変える。急ぎすぎて、机の角やパーテーションにたびたび体を引っ掛けてしまう。

会社の規則として『安全の為の行動』というものがリスト化されていたのを、男は思い出した。走らない。歩きながら携帯電話は使わない。曲がり角では先を確認。子供めいたものだが、それがどれだけ重要なものか、男は今夜痛感した。スーツに革靴、しかも運動不足で痩せぎすの体を激しく動かせば、見慣れた研究所の通路でも全身が傷だらけになる。


深夜12時を迎えようとした頃、残っているのは自分のように急ぎの仕事をこなしていた数人と、警備員だけ。そんな時に突如現れた侵入者により所内は一気に大騒ぎとなった。所員の一人が不用意に近づいたところで侵入者切り刻まれ、血まみれになって倒れていくのを目の前で見て、男は恥も外聞もなく逃げ出していた。既に、どれだけ生き残りがいるのか分からなかった。

侵入者が来ればけたたましく鳴るはずの警報も作動せず、通路の各所に設置された封鎖用の隔壁も起動しない。通信妨害、警備室の掌握、原因がいくつも頭に浮かぶが、恐らく敵が狙って起こしたに違いない。周辺の状況はさっぱり分からないが、時折遠くから聞こえてくる銃声と警備員の断末魔の叫びが、男の背筋を冷たく突き抜ける。


「一体どうなってるんだ!」

「弾が当たらない!奴は何者だ!?」

「くそ!くそ!」

「あーはっはっは!」


 警備員の絶望の入り混じった声を、淫魔の哄笑がかき消した。男は両手で耳を塞ぎながら走った。突き当たりにある保管庫の防護は所内でも最も堅固だ。あそこに逃げ込めば、きっと侵入者達も入って来る事はできないはずだ。だが例え逃げ切れても、眠るたびにあの哄笑が聞こえてきそうな気がした。


突き当たりに据え付けられた2メートル以上ある金属製の扉に辿り着き、脇にあるキーパッドでIDを入力する。その下のスキャナーに手を貼り付けると、低い音と共に光の線が男の掌紋を認識していく。

「早くしてくれ……!」

 思わず呻いたところで、機械が照合完了の電子音を鳴らした。


その直後に、男の目の前で天井が砕けた。大小様々な破片となって降り注ぎ、床に当たって跳ねた欠片が、驚きに体を丸めて硬直した男の体にぶつかる。その中から赤と金に輝く掌が伸びた。首を掴まれると、男は喉奥でひきつった声を上げた。

「あら、私が来るのを扉を開けて待っててくれたの?」

 埃と影から姿を出した顔は、まさしく先程男が見た侵入者――カーシアの顔だった。



 カーシアは上機嫌だった。

侵入した先の研究所は、確かに警備システムも厳重、警備の質も高い。だが何にでも方法はある。所員を利用しての内部への侵入、システムの掌握、以前から時間をかけて計画を練っていた。準備さえ整えば、自分の部下でも雇った者でも、仕事自体は可能だった事だろう。だがカーシアは今回のように、定期的に自ら前線に立って動いていた。


巨神(タイタン)の力を使うたび、細胞一つ一つが弾けて快感の爆発を起こしている気分になる。酒やセックスでは得られない快感だった。長年密かに活動を続けているのだ。たまにはこのくらいの役得がなくては気が狂いかねない。

彼女にとって血と狂気と興奮は、水よりも必要なものだった。


 分厚い扉を開くと、自動で電源が入り、照明が室内を白く照らした。40畳程ある、天井まで3メートル以上ある広い部屋だ。鏡のように磨かれた金属の壁に囲まれて、その壁には引き出し式の扉が規則正しく並んでいる。その中に、同じデザインの扉が付いた棚が二人の背よりも高く、等間隔で並んでいた。

先頭を歩く男に、カーシアは手を伸ばした。からかい混じりに首筋を軽く爪でこすってやると、男は体を硬直させて短く叫び声を上げた。予想以上の怯えた反応に、思わず子供のように笑ってしまう。


「オライオン・クリスタルは?ここに保管されてるんでしょう?」

「そ、そこに……!」

 男は部屋の奥にある棚の一つを指差した。

「開けなさい。その後ケースに詰めてくれる?テイクアウトしたいの」


 男は逆らう気力も出ない様子で、対象の棚についている入力パッドに、暗証番号を入力する。空気が噴き出る音と共に棚が引き出されると、カーシアの目当てのものが格納されていた。

葡萄の房のように固まった極彩色の球体が、コップ程の大きさをした円筒形のガラスケースの中に液体と共に満たされ、それがダース単位で置かれていた。男はガラスケースを一つずつ取り出し、輸送用のケースに丁寧に並べていく。


 うきうきと楽しそうに鼻歌を奏でるカーシアを横目で見ながら、男は諦め口調で言った。

「あんた、これを一体どうするつもりなんだ?これが何か分かってるのか?アウターサイドの技術を解析して開発したエネルギー結晶体だ。取り扱いを間違えれば町一つ吹き飛ぶぞ」

「ご心配どうも。使い方は分かってる。それに火遊びは派手にやったほうが楽しいでしょう?」


 世の中を自分の手で壊す解放感、一歩間違えれば死ぬ恐怖がもたらす緊張感と快感を、カーシアは久しぶりに味わっていた。

これで準備はほとんど整った。拠点を転々と移り、密かに遺物を揃え、金で部下を集めてきた。辛く長い道程だったが、それもこれから手に入るものの事を考えれば釣りあいが取れるというものだ。後は派手な花火を上げる時を待つのみ。そう思うと、目の前で準備に手間取っている男の姿も、いっそかわいらしく思えてくる。


耳元で電子音がして、カーシアは耳に着けた通信機を起動した。拠点の通信担当から無機質な声で連絡が行われるにつれて、カーシアの表情に次第に険しさが増していった。

「デスタッチの奴……」

 思わず舌打ちする。雰囲気の変化を男は敏感に感じ取り、手を止めると気の毒な程に弱弱しくへつらうような姿を見せる。だがカーシアの瞳に射すくめられ、整理を再開した。


デスタッチが裏切るとは思っていなかった。あの男を見つけたのは五年程前になる。出会った時、あの男は警察の目を逃れる為に自分の名を捨て、香港で貧乏な裏医者として働いていた。それを金で釣り、自分の目的を果たす為の配下として使ってきたのだ。

最近は酷く落ち込んでいるような姿を見せる事はあったが、それも計画が完成に近づき、疲れが溜まっている程度にしか思っていなかった。まさか裏切り、しかも重要な遺物を盗んでいった。


さらには追手としてアースシェイカーとレリックスマッシャーを使い、逆に二人とも捕らえられたという。最悪の事態だ。兵器であるスマッシャーはともかく、シェイカーとデスタッチから情報を聞き出されたら、これまで積み重ねてきたものが一気に崩壊しかねない。

最近出ていなかった癖が出て、思わず右手で首筋をかきむしっていた。ひどくいらつく。あの女を貶めたいが為に数年がかりで始めた事だというのに、ティターニアが復活してきてから少しずつ歯車が狂い始めている気がした。


ケースの整理が終わった男が、怯えた子供のような目でカーシアを見た。残念なことに、その瞳がカーシアのいらつきを助長させるものとは、男も気付かなかった。

「あ、あの……」

「うるさい!」

 思わず出た裏拳を顔面に食らい、男の体は勢い良く縦に床を転がり、金属の壁にぶつかって動かなくなった。影になってよく見えない顔から、液体が床に垂れていく。


やがてカーシアの右手の動きが止まった。鼻息を荒くしながら、口元に裂けるような笑みが浮かぶ。

 そうだ。あのクズ共が捕まったというなら、それを利用してやればいい。裏切り者と役立たずのせいで計画を後退させるより、大掛かりな賭けに出る。準備は丹念にしてきた。十分に勝ち目はあるはずだ。第一待つよりもその方が好みだった。


 カーシアの低く、殺意に満ちた声で呟いた。

「派手に全部ぶち壊してやるわ、ティターニア」

 失敗するにしても成功するにしても、あの女にだけは泥の味を味わわせてやる。

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