3-7.集まる手がかり、膨らむ不安
凜から待ち合わせ場所として連絡を受けたファミリーレストランに、大達は五分程で到着した。流石に夜も更け、店内は人もまばらだった。この状況なら打ち合わせをしても怪しまれる事はないだろう。
入口から離れた店の奥、窓際のテーブルに一人座っていた凜が、大達二人に向かって手招きした。店員に連れだと告げて二人が席につくと、店員が水を置いて注文を待つ。
凜は山盛りのフライドポテトをちまちまとかじっていたようだった。大も先程動き回ったので少々小腹が空いてはいるが、今食べるのは不健康だと我慢し、飲み物を頼むだけにする。
「綾さん、お疲れ様です。ボクがいなくてこいつ大丈夫でした?」
「ありがとう。大ちゃんは頑張ってたわ。相手の一人は大ちゃんだけでやっつけてたくらいよ」
「ほんとにぃ?」
大は何と反応するべきか、複雑な表情になった。綾が自慢気に語ってくれるのは嬉しかったが、その後スマッシャーにやられかけた身としては複雑な心境だった。
そう思いながら凜に目をやると、凜は大をにらみながらふくれっ面を作っていた。
「全くさァ、絶対戻ってくるから持ちこたえといて、って言ったのに、倒しちゃうってある?もうちょっとこうリーダーに見せ場を残してくれてもいいじゃん」
「そんな事考えてる余裕なかったよ。そっちが早く来たらよかっただろ」
「二人とも。それはそれ、今は目の前の事に集中しましょう。凜、彼から何か聞けた?」
「おじいさんは運んでる途中で気絶しちゃって。病院についたら緊急手術、終わって意識が戻るまで話は聞けそうにないです。それで、これ」
言うと凜は隣に置いていたケースを持ち上げた。
「これがそのおじいさんが持ってたケースです」
「持ってきてたの。中身は見たの?」
「まだです。ティターニアに渡してほしいって事だったから、一緒に確認したほうがいいかなって思って。ボクが調べた限りじゃ、爆弾とかは入ってないはずです」
何か仕掛けがないか心配しつつ、凜はゆっくりとケースを開ける。ケースの中身が露になると、三人が同じタイミングで息を飲んだ。
四角い金属を寄せ集めたような塊、金属板を重ね合わせた溝から、太陽を思わせる黄と赤の淡い光が発せられている。小ぶりではあるがデザインからみて間違いなくシュラナ=ラガの遺物の一つだ。
「これをその男が、カーシアから盗んできたというわけ?凜、その男の顔、どんな感じだったか思い出せる?」
「楽勝です。ちょっと待っててくださいよ……」
凜はテーブルの端に置かれた紙ナプキンを一枚取り、広げてテーブルに置いた。コップの水を指先に垂らすと、雫が指先に溜まり、今にも落ちそうに膨らむ。目を閉じて低く何かを唱えながら、濡れた指先を紙ナプキンに置いた。
水はナプキンに染みこまなかった。ナプキンの上で水滴が膨らみ、ゼリーを押し潰したように膨らむ。物理の法則を無視したような動きに、大が眉を寄せる。そこで突然、水が意思を持ったように動き出した。
似顔絵の達人が勢いのままに描くような速さで、見えない筆が走るようにナプキンに水の線が広がり、それと同時に線が墨の黒を持っていく。水が動き出してから十秒と立たない内にナプキンに広がった染みが人の顔を作り上げていた。
「これです」
「そっくりだ。すごいなこれ、どうやったんだ」
「ボクの記憶を水に投影させたの。手から火だの雷だの出すのが魔法ってわけじゃないんだよ?」
驚いている大を見るのが嬉しいのか、自慢げに表情を緩めながら凜が語る。その二人を気にもせず、綾は驚きに目を丸くしながら、思わずと言った感じで呟いた。
「……デスタッチ」
「デスタッチ? 誰ですそれ?」
「有名なマッドサイエンティストだよ」
大が補足した。十数年前、ティターニア達が若かりし頃に悪名を馳せた生物学者であり、犯罪者の通り名だった。体内で薬物を精製することができる超人であり、それを駆使して作り上げた様々な毒物、生物兵器を売買していた。だが彼も十年前、ティターニア達の活躍によって逮捕され、刑務所に送られたはずだった。
「大が何でそんな事知ってんの?」
「昔そいつに捕まったことがあるんだよ。三回くらい。当時素顔は隠してたから、誰か分からなかったけど」
当然全ての事件でティターニアに助けられたのは言うまでもない。
「あんた結構無茶苦茶な人生送ってるんだね……。まあいいや、それはおいといて」
自分が助けた相手が誰かを知り、凜も一瞬で思索の表情に変わった。綾と大も合わせて状況整理を始める。
「ヒュプノパスにデスタッチ、そしてカーシア。ここ最近、昔ティターニア達が倒した奴らが、今になってどんどん姿を見せてるってわけだね」
「そのヒュプノパスとデスタッチはカーシアの下で働いていた、または協力関係にあった。そしてデスタッチはカーシアの下から、遺物を持って逃げてきた」
「カーシアが遺物を集めてるのは間違いないわ。それもシュラナ=ラガの遺物を重点的にね」
綾の目が細められ、険しさが強まる。カーシアとターミナス、二人についてどうしても心穏やかに語れないようだ。
「シュラナ=ラガって、地球に戦争しかけてきた異次元の国ですよね。昔ボクも酷い目にあったよ」
「綾さんは、カーシアがターミナスと関係してるって考えてるんだよね。でも奴は昔死んだんでしょ?」
「ええ。私が殺した」
大は発言を後悔した。冷ややかな空気が一瞬流れたが、綾はそれを気にせずに話を続けていく。
「奴は邪悪で狡猾な男だった。死体も見つかっていないし、死んだ後も復活の手段を残していたとしても不思議ではないわ」
「デスタッチのおじいさんがぼろぼろになっても守ろうとしたって事は、この遺物もそれに関わる重要なものかもしれない、って事ですね」
先程までとは違った凜の重苦しい雰囲気に、大も再度遺物を見た。
綾がティターニアとして復帰し、大がミカヅチとなってから続いている事件の中で、確実に何かが動きを始めている。ひょっとしたら既にこちらでは止められない状況になっているのかもしれないというのに、いまだ推測でしか話ができないのが、大にはもどかしかった。
「奴が何を考えているにしても、デスタッチから話を聞くのが先決だわ」
綾の言葉に、大と凜も頷いた。