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3-5.ニ対一

 隕石が落ちたような音と振動が、断続的に起きていた。スマッシャーが四肢を振り回すたびに大地が抉れ、砕ける。アースシェイカーの衝撃が更に爆発を起こす。運動場は爆撃を受けたように、完全に破壊されていた。


ミカヅチは眼前で両腕を交差させ、頭上から迫るスマッシャーの拳を防いだ。突っ込んでくるトラックを止める気分だ。鉄球のような腕がぶつかるたびに腕の骨がきしみ、踏ん張る両の足が地を削る。棍を盾に変えられればまだ楽なのに、そう思うが相手が悪い。


 クロウに男を送らせた判断は正解だった。男をミカヅチが送り、クロウが二人の相手をしていた場合、スマッシャーの耐性と腕力、加えてアースシェイカーの衝撃波による援護を同時に相手にしては、勝ち目はほとんどなかっただろう。双棍は効き目が薄いが、巨神(タイタン)の加護による肉体の強化のおかげで、まだミカヅチはスマッシャーと戦う事ができる。


防ぎきれないと判断したミカヅチが後方へ下がると、スマッシャーの触手が孔雀の羽のように大きく広がった。くねりながら第三、第四の手足となってミカヅチを引き裂こうと迫る。

ミカヅチは棍を剣へと変えて振り回した。一本、二本と切り裂くが、切った触手は血を吐き出しながら断面の肉が盛り上がり、再生する。


普段ならばこんな触手、大根より楽に斬って相手に肉薄しているというのに、酷く手間がかかる。スマッシャーの対魔術処理が、巨神(タイタン)の加護の神秘に抵抗しているのだ。


「くそ!」

 触手が絡みつく剣を、ミカヅチは思い切ってスマッシャーの頭に向けて投げつけた。額に刺さる手前で触手が何本も絡み付き、勢いが殺されて剣の動きが止まる。

スマッシャーの仮面の奥から嘲笑するような吐息が漏れる。だがミカヅチにはそれで十分、触手の猛攻が緩めばそれでよかった。


 ミカヅチの突進のほうが、触手で視界を塞がれていたスマッシャーの反応よりも早かった。一気に距離を詰め、スマッシャーの腹に右拳を叩き込む。スマッシャーの分厚い体がくの字に折れる。触手の拘束が弱まり、剣が明後日の方向に飛んでいった。


連続で腹に拳を打ち込むと、スマッシャーの口から唾が飛ぶ。体格差は1.5倍以上、だが腕力なら互角だ。懐に飛び込めば体格差も邪魔になり、互角以上に渡り合える。

もう一撃、と考えたところで大地が揺れた。バランスをとろうとしたところで大地が吹き飛び、体が宙に舞う。


「うわ!」

 盾を展開するより早く、衝撃波の弾丸が肉にめり込む。肩、腹、脇腹と、肉と骨ををちぎられるような激痛が体を強張らせる。回復からの反応はスマッシャーの方が早かった。両手を組んで大上段から振り下ろした鉄槌が、ミカヅチの腹に直撃する。


「あぐっ!」

ミカヅチの体は勢いよく地面に叩きつけられ、何度か跳ねて転がった。頭をぶつけて目に星がちらちらと明滅する。

体は痛むが文句を言っている場合ではない。四肢のバネで体を跳ねるように立ち上がり、構えた。追撃しない二人の余裕に軽く舌打ちしながら、頬についた土埃を拳で軽く擦る。

レリックスマッシャーの剛力とアースシェイカーの衝撃波、単独ならばミカヅチでも十分にやりあえる。だが組み合わさると足りない部分を補いあい、実にやり辛い。


「大変だなぁ、半人前。ヒーローなんぞ目指さなきゃこんなボロボロにならずに済んだのによ」

 余裕を見せるように、シェイカーが頭をかきながら喉の奥で笑った。


「俺がこんな仕事をしてるのは金の為だ。俺は金が欲しい。あの呪われババアは金回りがいい。だからあのババアの元で仕事してる。お前は何の為にヒーローなんぞやってるんだ?」

「さあね」

 素っ気無く返答しながら、周囲の状況を確認する。今考えるべきはどうやって二人を倒せばいいかだ。無理に相手をする事はない。


 スマッシャーの触手によって放り投げられた剣は、シェイカー達を中心にしてちょうどミカヅチの対角線上にある。二人を同時に相手しては勝てない。

 片方を先に潰すとして、二人を分断する為にはちょうどいい手があるが、考えている通りの事ができるかは正直怪しい。訓練はしているが、実戦で試すのは始めてだ。クロウが戻るのを待った方がいいのかもしれない。


「どうせ誰かに憧れただの、目立ちたいだの、そんなところだろ。夢見がちなガキほどヒーローに憧れるんだ。そのまま何も考えずに突き進んで、現実が見えずにズタボロになってそのうち死ぬ。くだらねえ」

 ミカヅチの仮面の奥で、双眸が細められた。

「力があるなら他にいくらでも使い道があるのによ。わざわざ苦しみたがるなんざ馬鹿か変態のどっちかだろ」

「……そうだな」


 相手をしなくていいと思っていたが、吐き捨てるシェイカーの言葉に、ミカヅチは苛立ちで心がささくれだつのを感じていた。


「俺が何故この力を手に入れる事ができたのか、未だによく分からない。どう使うべきか分かってない時に、目立ちたがりの知り合いに引っ張られてなし崩しでヒーローを始めた。真面目に活動を始めたのは今日が初日だ」

「ははッ、馬鹿が一人増えたってわけだ」

「それがどうした。お前みたいな犯罪者よりはマシさ」


 ヒーローを目指す際に、既存のヒーローへの憧れから始まる者もいるだろう。目立つ事を考える者もいる事だろう。だが少なくとも、ヒーローとして人々に認められるのは、自らの力を世の為に使い、奉仕し、行動しようとする者だけだ。正しい行動をし、世に認められ規範を作り上げてきた先人がいるからこそ、今の自分達がいる。目の前の男はそれを否定した。


ミカヅチは全身に力を込め、突撃の準備を決めた。ティターニアにグレイフェザー、世のヒーロー全てを目の前の男達に侮辱されている気がした。どんなに血と泥に塗れても、ここで引くわけにはいかない。クロウを待つ考えはすっかり消えていた。


「俺は偉大なる巨神(タイタン)の子だ。理由は分からないが、そうなった。なら巨神(タイタン)の子として、正しい生き方がしたい。俺は現実が見えてる、なんて斜に構えて好き勝手やってるクズより、よっぽど立派だろ!」


 言い放ち、ミカヅチは突進した。真っ向から叩き潰そうとスマッシャーが両腕を大きく広げて走り出し、シェイカーが両腕を突き出す。

ミカヅチを押し潰そうと、スマッシャーの両掌が左右から迫る。次の瞬間掌が合わさって爆発したような音が鳴り、ミカヅチの体がちぎれ……幻のように掻き消えた。


「!」


 手ごたえのなさにスマッシャーの動きが止まる。掻き消えた幻は空と混ざり煙のように消えた、そう思った刹那、一気に色を増して無数のミカヅチとなって着地する。


自分と同等以上に強い相手と戦う、しかも逃げる訳にはいかない時。人はどうすればいいのか。子供の頃、大はそう質問した事がある。


叔父はこう言っていた。

「まず有利なところを探すんだ」


 灰堂はこう言っていた。

「相手を上手く騙せ」


 綾はこう言っていた。

「切り札はここぞという時に使うの」


ミカヅチの一人がスマッシャーの正面で跳躍し、頭へと拳を振り下ろそうと迫る。吼えながら放たれたスマッシャーの長い腕が地を這うように伸び、アッパーがミカヅチの顔面を砕く。触手が鞭のようにしなり、周囲にいたミカヅチ達を首筋から引き裂く。

シェイカーが指を鳴らしてリズムを刻むたび、衝撃波がミカヅチ達の肉を貫き弾く。死体となって倒れたミカヅチ達は、血を撒き散らし倒れる事なく、元の姿へと戻り立ち上がる。


「なんだこいつらァ!」

スマッシャーとシェイカー、二人に向かったミカヅチ達を必死に迎撃する二人だったが、攻撃が当たると全て陽炎のように揺らめいて消え、再度構成されて迫ってくる。

 訳の分からない状況にいらつき吼えるスマッシャーの背後に現れたミカヅチが、延髄蹴りを叩き込んだ。

斧で切り裂かれた巨木のように、ゆっくりとぐらついて勢いよく地面に激突した。


「スマッシャーッ!」


シェイカーが絶叫する。先程までの余裕も忘れて困惑する様に、ミカヅチは心中で少しだけほくそ笑んだ。

幻を生む力で自分の分身を複数生成するのは、以前から何度か試していた。ヒュプノパスの時のように分身を別の方向に走らせるといった単純な行動ならば、それほど難しくなく実行できる。だが今回のように白兵戦をさせるとなると、かなりの集中力が必要となる為、成功するかどうかは賭けだった。

実際やるとなれば不安もあったが、賭けは成功だった。二人を混乱させて動きを封じ、一人を昏倒させた。その間にもう一人を片付ける為、ミカヅチは再度集中する。


「ふざけんなよ、こんなの聞いてねえぞ!」

 シェイカーが声を荒げながら、指を弾いて衝撃の弾丸を飛ばすが、ミカヅチの幻影は砕けてはまた蘇り、シェイカーに襲い掛かる。アースシェイカーの力は破壊力、範囲ともに強力だが、肉体は生身の人間だ。ミカヅチが触れただけで決着になりうる。幻影はシェイカーに触れる事はできないが、幻影と本物を確認する事ができない以上、シェイカーはすべてに対処するしかない。


「やめろ、畜生!俺を虚仮にするんじゃねェ!」

 怒り心頭のシェイカーが大きく腕を振り上げた。視線から地面に叩きつけようとする動きだ。このまま振り下ろせば、先程警官達を吹き飛ばした以上の衝撃で地面が弾ける事だろう。自分が傷つくのも覚悟の上で、まとめて倒す気だ。


シェイカーに向けて、ミカヅチ達は手を掲げた。こちらも狙い通りの事ができるか、ぶっつけ本番だ。

シェイカーの拳が振り下ろされて地面に叩きつけられる寸前、シェイカーの後頭部に何かが激突した。


「がッ!」

バランスを崩して転がり、拳の一撃が不発に終わる。シェイカーの頭に高速で飛来した白銀の棍が、ミカヅチの掲げた手に収まった。


過去にティターニアが手から離れた棍を触れずに戻す姿は何度か見た事があったし、ヒュプノパスの事件の際にも、カーシアがヒュプノパスを殺した棍を触れずに手に戻していた。同じ巨神(タイタン)の加護を得ている自分にもできると判断してぶっつけ本番で試したが、上々の結果にミカヅチの頬が釣りあがる。


 仕事を終えた幻影達が煙のように空と交じり合い消えていく中、一人だけ残ったミカヅチはシェイカーに向かって突進した。立ち上がりながらシェイカーが慌てて突き出した右腕の手首を左手で掴み、シェイカーの体を持ち上げるように引っ張り上げる。シェイカーの瞳が恐怖に震えるのを見て、ミカヅチは


「悪いね、虚仮にして。これでお終いにするよ」

 空いた拳を握り締め、打ち上げ気味の右フックをシェイカーの顔面に打ち込んだ。


砕けた仮面と鼻の骨の感触を残しながら、シェイカーは言葉にならない絶叫をしつつ飛んだ。縦に回転しながら数秒間空を舞い、綺麗な放物線を描いた後、ちょうど運動場の隅に植えられていた広葉樹の枝に突っ込んで動かなくなった。


「悪党になんかならなきゃ、こんなズタボロにならずに済んだのにな」

 あまり大きな声では言えないが、最高の気分だった。ざまあみろ、と言わんばかりにミカヅチは笑みを浮かべた。

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