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1-1.突然の事件

『――次のニュースです。先日の夜10時頃、葦原市中央ホテルで行われたパーティの襲撃事件について、レディ・クロウが犯人を無力化、警察の逮捕に協力しました』


 

 葦原市駅前近くのデパート、家電品を売るエリアのテレビ売り場にある大小様々なテレビが、同じニュース番組を映していた。冷房の効いて肌寒くすらある店内だが、ニュースを語るナレーターの声は幾分興奮した様子だ。映像が切り替わり、先ほど語られた怪物の群れと、レディ・クロウの派手な立ち回りが写っている。


 テレビ画面一杯に写るレディ・クロウは、口元の開いた仮面をつけて紺を基調としたローブに身を包んでいる。銃や刃物で武装した犯罪者達を相手に、時には素手で蹴り飛ばし、両腕から光を放って吹き飛ばす。派手な立ち回りだった。


「ふーん……」

「なあに、大ちゃん。新しいテレビが欲しいの?」


 買い物途中、ぼんやりとテレビを眺めていたところに後ろから話しかけられて、国津大は振り向いた。つい一か月前に大学生になった身の青年である。ジーンズにTシャツというラフな格好に加えて、180センチ前後の高身長に加えて引き締まったアスリート体型の体は頼もしさを感じさせるが、その顔は反対にどこか穏やかで押しに弱そうな印象を与えた。


 大の振り向いた先にいたのは買い物の連れの女性、天城綾だ。歳は二十代後半、大よりわずかに低い程度と女性としては長身だ。体はかなり鍛えられているのだろう、華奢な印象やたるんだところは見受けられない。ゆったりとしたカーディガンを羽織った美しい女性が、穏やかな笑みを浮かべていた。


「そうじゃないよ。ちょっと新人ヒーローってのが気になっただけ。なんとなく動きが見た事あるなって」

「ああ、レディ・クロウね」


 納得といった感じで、綾は頷いた。レディ・クロウは現代に生きる魔法使いだ。秩序ローブ・オブ法衣・オーダーと呼ばれる特殊なローブを身にまとい、古今東西様々な魔術呪術に精通しているという。

 先代ヒーロー、ドクター・クロウが引退し、秩序の法衣を引き継いだ女性がレディ・クロウを名乗って一年程になるが、今のところ、先代の名に恥じない活躍を見せている。

 綾は軽くテレビに目をやり、なにやら納得したように笑った。


「動きが似てて当然よ。この子の動きはタイタナスの格闘術だわ。きっとこの子もどこかで学んだのね」

「ほんとに?ティターニアと同じって事?」

「え?まあそうね」


 大の言葉に綾は少し眉を寄せた。綾はティターニアの事となると、いつも少し困ったような素振りを見せる。ティターニアが活躍していた頃、綾は学生だった。自分と同年代のヒーローが異国で活躍する姿を見ていたのは、確かに複雑な気分だろう。


番組は画面が変わり、スタジオで司会者とゲストが映った。

『近年世界規模で増加する超人と、それに伴う犯罪の複雑化、大規模化は顕著となっています。それに対抗する為に警察内に組織された超人犯罪捜査の部署や、治安・法執行機関と超人管理機関の提携。ほんの数十年前には考えられなかった事です。この問題について議論する為、本日は超人管理機関<アイ>の灰堂武流管理官にお越しいただきました』


 折り目正しい一流ブランドのグレースーツに身を包んだオールバックの青年が、司会の言葉に頷く。自信に満ちた凛々しい顔を、自宅で綾と談笑するところを大は何度も見た事があった。


 灰堂が専門家相手に巧みな討論術を披露するのを見て、綾は微笑んだ。

「グレイも大変ね。あいつ人前に出るのは苦手なのに」

「灰堂さん、最近テレビに出る事多いね」

「最近また物騒になってきたからかもね。グレイフェザーのネームバリューはやっぱり大きいのよ」


 灰堂武流ことグレイフェザー、日本でも最も有名なヒーローの一人だ。十五年前、ティターニア達と共に活動を開始し、他のヒーローからの信頼も篤い。テレビでの解説の通り、今では増加する超人を保護・管理する機関に就いているが、学生時代は綾の同級生だったらしく、今でも親交がある。その為、大からすればたまに顔を合わせる気のいい兄貴分といった印象だ。


「そう言えばさ、綾さんと灰堂さんが同級生だったんだからさ、ティターニアの正体も綾さんの友達だったんじゃないの?」

「え? そうね、そうかもしれない。でも今じゃ、誰がそうだったかなんて分からないわ」

「誰か心当たりとかいないの?」

「さあ? もう、いいでしょ、昔の事は。そんな事より、今日のご飯の事を考えましょ」


すぐに表情を変えると、綾は自分の手提げ袋を持ち上げた。

「今日は何が食べたい?」

「綾さんが食べたいものならなんでもいいよ」

「もう、そういうのが一番大変なんだからね」


 いつものやり取りを二人とも笑顔で交わす。

 大学進学後、通学の為に大が綾の住むマンションをシェアして一緒に暮らすようになり、一か月が経とうとしていた。綾と大が知り合ったのは小学生に入ってすぐの頃、綾はちょうど高校生だった。彼女はタイタナスという外国からの留学生で、名前が日本人のようだったのは、綾の母が日本人のハーフだったからだと、大は後に知った。


 大が超人犯罪者によって両親を失い、祖父母の下で暮らすようになった時、大の叔父の知り合いだった綾は学生の身でありながら、家族のように優しく接してくれた。その後駐日タイタナス大使館の職員となった綾と大学生になった大、今では親子のように親しい関係だ。もっとも、そういうと「姉弟でしょ」と綾は怒るのだが。



 買い物が終わり、預金を引き出す為に二人は駅前の銀行へと足を運んだ。市内では最も大きく、休日営業している数少ない銀行の為、土曜の夕方でも大勢の客が用件を済ませる為に待っている。

二人はATMを待つ列に並んだ。自分達の番が来るまでの間、どうしても手持ち無沙汰になる。


「ねえ、綾さん」

 大は前を行く綾に尋ねた。

「なあに?」

「さっきもちょっと話したけどさ。綾さんって、ティターニアと同年代だよね」

「え?ええ、そうね」

「やっぱり憧れた?」

「うーん……そうね。タイタナスの選ばれた人だからね。タイタナス人は大なり小なり、巨神(タイタン)の子にみんな憧れるものよ」


 ティターニアはタイタナスでは巨神(タイタン)の子と呼ばれる。それは個人を指す名称ではなく、巨神(タイタン)より力を与えられた者に与えられる称号だ。仁知勇、心身ともに優れた者に巨神(タイタン)は偉大な力を授ける、とタイタナスでは信じられており、過去にも同様の力を持った巨神(タイタン)の子がいたという。功績を残した人物はそれこそタイタナスの教科書に名が載るほどだ。

現在でも、タイタナスでは優れた功績を残した者に巨神(タイタン)子という称号を与えている。ヨーロッパにおける騎士の称号に近いかもしれない。


「綾さんがティターニアになれないなんて、巨神(タイタン)も見る目がないよ」

「こら。偉大なる巨神(タイタン)に対して、その言い方は不敬よ」

「ごめん。でも結構本気だよ?綾さんより素敵なタイタナスの人なんて、俺は今まで会った事ないもの」


 正直な気持ちだった。大の贔屓目でなく、綾は美しい。若い頃から格闘技を習って作られた体は引き締まっていながら、胸や尻は形良く豊かだ。それに加えて胴と長い手足とのバランスは芸術的と言ってもいい。卵型の顔に配置された、一見クールに感じる切れ長の瞳とすらりと伸びた鼻梁、肉厚の唇は、会話で様々な表情に変化し、見る者を魅了する。

仮にテレビで人気の、数十人単位で構成されたアイドルユニットのメンバー全員の美点を全て組み合わせた人間を用意しても、綾に及ぶかどうか怪しいものだ。


そういった大の評価を分かっているのかいないのか、綾は恥ずかしそうに笑って返した。

「もう。褒めてくれるのは嬉しいけど、今日はやけにティターニアについて聞くわね。何かあったの?」

「いや、別にそうじゃないよ。単に思い出しただけ。ティターニアって、今どうしてるのかなって。もし会えるなら、もう一度会ってみたいって、そう思ったんだ」


 正直な気持ちだった。先ほどテレビで見たレディ・クロウの動きで、ティターニアを思い出し、もう一度会いたいのも本当だ。

 大にとってはティターニアは特別な存在だった。大が初めてヒーローに出会ったのは小学生に上がったばかりの頃、たった一人で怖くて泣いている時に抱き起こされ、恐ろしい怪物共から護ってくれた、勇ましくも美しい姿だ。それ以来危機があればいつも助けてくれた。綾が大にとって母性の象徴だとしたら、ティターニアは英雄の象徴にして憧れの姿だった。


「……綾さんがティターニアだったら、ずっと一緒にいられるのに」

「え?」

「あ、いや、別に……」

 自分でも気付かず出た言葉に、しどろもどろになって言い訳を考える。


その時だった。突然、銀行に似つかわしくない破壊音が部屋中に響いた。

 道路に面したガラスが粉々に砕け散ると共に、大型のバンが行内に突進する。驚き我を忘れて立ちすくむ人々を無視して、行内の中央で止まったバンの後部ドアが開き、スキーマスクを被った男達が次々と飛び出した。

 一人が手に持った拳銃を天井に向けて撃ち鳴らす。行内の人々は叫びながら逃げ惑う。


「騒ぐな!騒いだら殺す!」

 先頭の男がまた銃を撃った。銃弾で窓ガラスが割れて、叫び声にも負けない大きな音を立てる。


「綾さん!」

「大ちゃんこっち!」


 大がかばうより早く、綾が大を引っ張る。長身の綾が出す腕力は大も圧倒するほどで、あっという間に壁に引き寄せられた。


「全員壁に背を付けて床に座ってろ。その状態で動くな。俺達がお前らに対する要求はただ一つだ。『俺達に逆らったら殺す』!」


 男の怒声に、店内にいた人々は大人しく従った。大と綾もそのまま窓やドアから離れた位置の壁に背を向け、隣り合って座る。

こういう時に一番大事なのは落ち着く事だ。大は小学生の頃、叔父に習った事を思い出していた。

もしも犯罪者、特に超人的な力を持つ奴らに出会った時、怖いのは当然だ。だからといって慌てふためいていてはもっと酷い目に遭う。目の前にいるそれが一体どんな人間か分からなければ、対処のしようがない。冷静に状況を把握しろ。

叔父は言葉は粗雑なところがあったが、考え方自体は非常に論理的だった。


男達は数人が奥にある地下行きのエレベーターに向かい、数人が客を見て回っている。計画はしっかり練られているのだろう。皆動きがしっかりしていた。

 男の一人が車の奥に声をかけた。


「おい、あんた!さっさと来てくれよ!あんたが来ないと目当てのもんが分からねえだろ!」

「ああ」


 錆びた鉄を思わせる低い声がして、男は車の奥から姿を現した。

体の太さはボディビルダーも顔負けだ。他の男達と違い覆面ではなく、金属のフルフェイスマスクを被っている。特殊繊維のスーツに胸当て、手甲、足甲など、動きの邪魔をしない程度の装甲がついた、現代式にデザインされた騎士を思わせる格好だ。その大きな背に負っている板状の金属からは、剣の柄を思わせる棒が何本も生えている。

どう見ても、ケチな銀行強盗をするような男には見えなかった。


男はメットの奥で軽く鼻を鳴らした。その仕草と出で立ちで、ぞくり、と大の背中に走るものがあった。


「フェイタリティ……」


 思わず口をついて出た言葉が重なった。大と綾がお互いの言葉に驚き、顔を見合わせた。


「大ちゃん?」

「なんで、綾さんがこいつの名前を……」

「おい」


 フェイタリティが二人を見下ろしていた。大達の言葉を聞きつけて、二人が目をそらした一瞬の間に、フェイタリティは二人の目の前に移動していた。


「お前達。今、俺の名前を呼んだな?」


大の体から冷たい汗が吹き出た。大の手の上に置かれた綾の手が、緊張を示すようにぎゅっと握られた。


「答えろ。何故、俺の名前を知っている?」

「この子は別に何も……」

「昔、あんたに捕まったからだよ」


 綾の答えを封じ込めて、大は叫び気味に声を挙げた。


「昔?」

「十三年前。ナカトミビルの占拠事件だよ。あの日、俺はあのビルにいて、友達と一緒にあんた達に捕まったんだ。そん時に助けに来たティターニアがあんたの名前を呼んでたから、覚えてたんだ」

「そっちの女は?」

「俺の家族だ。きっとその時に、俺が話してたことを覚えてたんだよ」

「ふん、なるほどな。ティターニアか……」


 フェイタリティは仮面の下の瞳を細め、思い出深そうに呟いた。

大の言ったことは事実だ。十三年前、ある狂信者がビル内に作成した巨大な魔法陣と、町中から集められた人間を生贄に捧げて、名のある悪魔を召喚しようと試みた事件があった。フェイタリティはそのテロリストの護衛として雇われていた。

ティターニアの手によって大達は辛くも助けられたが、あの時のフェイタリティの強さは大もよく覚えている。彼が本人で、当時と同じ実力を誇るならば、その気になれば大が瞬きする間に二人は首を刎ねられるだろう。


「おい、早くしろよ! こんなところで遊んでる暇はないだろ!」

「ん? ああ……」


 覆面たちの中でも一番の巨漢が声を荒げた。フェイタリティは憂鬱そうに相槌をうちながら仮面の顎に手を当てる。コツコツと人差し指で仮面を叩きながら一、二秒ほど考えた後、フェイタリティは太い腕を伸ばし、大達を指差した。


「そこの二人。俺と一緒に来い」

「え?」

「おい、何考えてんだよ!」

「やかましい。お前達は言われた通りに、自分の仕事をやってればいいんだよ」


 巨漢の非難を一言で封殺する。刃物のようなフェイタリティの声に、巨漢が覆面の上からでも分かるほどに怯え、かわいそうなほどに体を震わせた。


「興味が湧いた。お前達、さっさと立て。そこのお前、こいつらを連れて来い」

 フェイタリティに指名された覆面の一人が、犬のように駆け寄った。手に持つサブマシンガンを震わせながら、大達に突きつける。先ほどの巨漢と同じく、彼らの中で誰が主で誰が従なのか、傍から見ても明らかだった。


「綾さん……」

「大ちゃん、大丈夫だから落ち着いて。言うとおりにしましょう」

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