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3-4.強敵を前に

ミカヅチは感心していた。凜お手製の魔術レーダー(凜はそのうちいい名前をつけると言っていたが)の出来については正直半信半疑だったのだが、クロウの指示に従って向かうと確かに街中に破壊の痕が見られ、その実行犯が老人を殺そうとしている現場に出会った。まだ警察も救急車も駆けつけてはいない。クロウがいなければ老人は殺されていた事だろう。

ミカヅチは心の底で、クロウに感謝した。本人に言うと確実に調子に乗るので、言うかどうかは悩みどころだが。


 シェイカーは二人を見やると、マスクの奥で軽く鼻を鳴らした。


「ハッ、誰が来たのかと思えば、ティターニアの弟子とクロウの弟子かよ。半人前でも二人なら一人前ってか?」

「なんだとォ!」


 クロウが今にも噛み付きそうな剣幕で威嚇した。彼女の虎の尾を踏んだようなものだが、そんな事を知らないシェイカーは続けてまくし立てる。


「半人前は半人前らしく、大人しく帰って師匠に甘えてろよ。俺達の仕事を邪魔すんじゃねェ」

「その仕事って言うのは、この人を殺してシュラン=ラガの遺物をカーシアの下に持ち帰る事か?」


 ミカヅチの言葉に、二人の気配が変わった。


ミカヅチの姿から類推する事はできるだろうが、ミカヅチがティターニアと関わりを持っているのを知っている人間は少ない。加えてクロウが探知した遺物の出す波長は、背後で倒れている男のケースから出ている。それを男達が狙っているのなら、ミカヅチに考えられる黒幕の最有力候補はカーシアだ。

ミカヅチとしては当てずっぽうだったのだが、どうやら大正解だったらしい。


「意外と話はシンプルみたいだな。この人が持ってる遺物を追って、カーシアの命令であんた達が送られた。俺達が半人前なら、あんた達はカーシアの飼い犬だ」

「ボク達がいる限り、もう仕事は失敗してるようなもんだよ。警察や他のヒーローもすぐ駆けつける。お前達こそ、さっさと自首してあのおばさんの事を話したらどう?」

「それがどうしたよ?今お前達を殺してそいつを持ち帰るのに、五分とかからんぜ!」


 シェイカーに呼応して、スマッシャーが吼えた。全身に力を込め、筋肉が張り詰める。髪束が更に伸び、太い触手へと変わっていく。


「行け、スマッシャー!」

「クロウ、その人を頼む!」


 おうよ、とクロウが倒れた男を抱え、滑るように飛んでいく。追いかけて突進するスマッシャーの前に立ちはだかり、ミカヅチは棍を盾へと変えた。腕力には自信はある。偉大なる対譚の加護を受けた盾ならば、ただの腕力自慢に負ける気はない。

ミカヅチの頭程もあるような拳が、盾へと打ち込まれた。鉄塊をぶつけるような音がして、盾が大きな窪みを作った。


「な!」

「嘘ォ!」


 ミカヅチが目を見開いた。背後の木陰で男を介抱しながら、クロウも驚きの声を上げた。偉大なる巨神(タイタン)の加護を受けた神具が傷を受けるなど、ティターニアの戦いでも見た事がない。


二人の驚きなど無視して、スマッシャーは拳を右へ左へと振り回す。盾を棍に戻して、ミカヅチはスウェーでやり過ごす。風が唸り、髪が数本ちぎれる。大砲の弾を至近距離でやり過ごす気分だ。

彗星のような打ち下ろしの右拳を転がるようにかわして、ミカヅチは跳躍しながらのローリングソバットを打ち込んだ。スマッシャーの右のこめかみに直撃する。

息を吐いて倒れそうな程にぐらつくが、スマッシャーの両脚は地から離れなかった。巨神(タイタン)の剛力に耐える強靭な肉体の持ち主を相手にするなど、ミカヅチからすれば初めての体験だ。ミカヅチの背筋が冷たく痺れた。


着地してもう一撃、と考えたところで、指鳴りの音がした。

脇腹に銃弾が撃ち込まれた感覚がした。数週間前に初体験した銃撃以上の衝撃に、ミカヅチの動きが止まる。シェイカーが何かをしたのだと分かった時には、スマッシャーの触手が伸びていた。

熱い肉の管が足首に絡み付き、一気に引っこ抜くように体を持ち上げられる。


「うわ!」


 スマッシャーが上半身を振り回すと、ミカヅチの体は勢い良く弧を描いた。勢いのついたまま地面に叩きつけられる所で、四肢を使って激突の衝撃を吸収する。

だがスマッシャーの勢いは止まらない。二度、三度、振り回す方向を変えてミカヅチを地面に叩きつけた。勢いはどんどん加速していき、このままだと反応しきれなくなる。

四度目の激突の際に、ミカヅチは両腕で跳びはねつつ体を回転させる。宙でスマッシャーと向き合いながら、ミカヅチは棍を剣に変えて足首に絡みつく触手を切り裂いた。

傷口から青みがかった血を吐き出し、痛みを感じるのかスマッシャーが吼え、仮面の口元の裂け目から唾が飛ぶ。


「Beware My Order!」


 スマッシャーがミカヅチに向けて再度拳を振り上げたところで、クロウの両腕から雷が迸る。直撃を受けたスマッシャーの全身が痙攣するが、数秒と経たずにレインコートにぶつかる雨のように、雷の光がスマッシャーの体から弾けて飛び散った。


「えー!?そりゃないよォ!」

「くそ!」


 雷撃に怒りの咆哮を上げるスマッシャーの背後から見えた空気の歪みに、ミカヅチは後方に跳躍した。クロウ達を守るように再度盾を展開する。

空の歪みの正体、後方からシェイカーの出した衝撃波が盾に激突した。想像以上の威力に、思わずミカヅチの両足がたたらを踏む。


シェイカーが感心したように声を上げた。


「俺のシェイクと、スマッシャーとやり合って生きていられる奴が、あのババア以外にいるとはな。半人前の癖にやるじゃねェか」


 シェイカーがスマッシャーに近寄り、肩を叩く。喉奥から出る愉快そうな笑い声に、遠くから聞こえるパトカーのサイレンが重なった。


「そこの二人、動くな!両手を広げて手を挙げろ!」


出入口の方から駆け寄ってきた警官が五人、スマッシャーとシェイカーに向けて銃を構える。ミカヅチ達へは向けられていない。クロウがそれなりに有名人な事と、男を守ろうとしている状況が分かっている事が幸いした。

ミカヅチは少しほっとした。ミカヅチ自身は無名だし、クロウがいなければ犯罪者扱いされていたかもしれない。この状況で警官まで敵にする事になったら目も当てられない。

 だが、敵になったシェイカーは状況を気にもしていないようだった。大きく舌打ちし、やれやれといった感じで頭をかく。


「くそ、ウザってェ。なんでこういう事になるかね」


 スマッシャーが相槌を打った。だがどこか愉快そうなスマッシャーの唸り声に、シェイカーが睨みつける。


「あのなァ、俺が悪いんじゃねえ。俺達を邪魔する奴らが悪いんだよ」

「手を挙げろというのが聞こえないのか!」

「うるせェ!」


 警官達の声に反応して手を挙げる代わりに、シェイカーは警官たちの方を向きつつ右膝を上げて、踵を勢い良く地面に打ちつけた。

地震かと思う揺れが一瞬起きた。沸騰するように地面が沸き立ち、警官達に向かっていく。沸き立った地面が警官たちの下に向かった瞬間、大地が隆起し無数の礫となって警官達を吹き飛ばした。


アスファルトを割り、木々を吹き飛ばした爆発と警官達の叫び声に、クロウとミカヅチが息を飲んだ。指鳴りと同様に、シェイカーの力によって生み出された衝撃波が地を伝わり、爆発を生んだのだ。あの力をフルに使えば、一軒家程度ならば一撃で吹き飛ばせるのではないか。

 この状況で戦うべきじゃない。ここは狭すぎる、被害がいくらでも広がりかねない。そう考えるとミカヅチの行動は早かった。


「クロウ、一旦ここを離れよう!目くらまし頼む!」

「え?ちょっともう!」


 言うが早いが、ミカヅチは盾をしまうと同時に男を抱えて飛ぶように走った。ぶつぶつ愚痴りながら、クロウも慌てて後に続く。両手を広げながら飛ぶクロウの通った後で、砂が渦を巻いてシェイカー達の目を欺く壁を作った。


ミカヅチは走った。被害が最小限に済む場所はどこかにないか、記憶を探りながら公園の近くにある運動場に向かう。


「もー、せっかくかっこよくぶっ飛ばすところだったのにィ……」


隣を飛ぶクロウがいらついているのが、仮面の上からでもミカヅチには分かった。男を助けるのがまず第一だというのは頭では分かっているが、せっかく切った啖呵が尻すぼみに終わるのが嫌なのだろう。


程なくして運動場に辿り着き、ミカヅチは近くの木陰に男を下ろした。顔中に脂汗がにじみ出て、動かすたびに苦悶に顔を歪める。よほど酷い怪我をしているだろうに、ケースだけは手放そうとしなかった。

周囲を警戒しながら、開いている近くの病院まで何分かかるかと考えていると、隣でクロウが悪態をついた。


「一体全体何なのさ、あのデカいの!ボクの魔術が効かないって、こんなの初めてだよ?」

「俺のもだ。偉大なる巨神(タイタン)の神具の加護が、奴には効果が薄い。お前の魔術で何か分からないのか?」

「き、君は……」


 会話に割り込んだ男が大きく咳き込んだ。驚いて二人は男の傍に駆け寄った。ミカヅチの衣装と会話で気付いたのか、男は荒い息を交えながら声を出した。


「君は……ティターニアの知り合いなのか?」

「弟子と相棒の半々ってところです。あなたは?」

「私の事は、どうでも、いい。これを、ティターニアに、グレイフェザーに、渡すんだ……!やつらに、奪われてはならない……」

「おじいさん、あいつらの事知ってるの?」

「アースシェイカーと、れ、レリックスマッシャーだ」


 荒く息を吐きながら、男が苦しそうに呻いた。


「アースシェイカーはカーシアに雇われた始末屋で、スマッシャーは、カーシアが作った、人造人間だ。シュラン=ラガの技術で、対ティターニア用に肉体を強化され、全身に対魔術の刻印を刻まれている。奴に対抗できる魔術師は……こ、この世に存在せん」

「なるほど、だから秘宝砕き(レリックスマッシャー)ね。俺達との相性最悪だな」

「だからって、ほっとくわけにはいかないよッ!対抗できる魔術師がいなくても、ぶっとばせる魔術師ならここにいるってのさ!」


 クロウが両腕を孔雀のように広げ、歯を噛み締めると両手が光ってパチパチと静電気のような音を立てる。こちらから突撃しそうなクロウの意気込んだ姿を見て、ミカヅチが手で制した。


「いいから、お前はその人をケースと一緒に病院に連れて行ってくれ。あいつらは俺が、被害が出ないようになんとかする」

「ちょっとォ、ボクなら大丈夫だって」

「その人は大丈夫じゃないだろ。空を飛べるお前のほうが速いんだ。早く行って早く戻ってくるなり、仲間を呼ぶなり何とかしてくれ」


 うぐぐぐ、と両手の指先を触手のように動かしながら悔しそうに唸るクロウだったが、結局ミカヅチの説得を受け入れた。男を抱きかかえてゆっくりと浮かび上がったところで、隕石が落ちたような衝撃がミカヅチの背後でした。

運動場の中央近く、ミカヅチたちから10メートルも離れていないところに、シェイカーを担いだスマッシャーが巨大なクレーターを作って立っていた。


「ほら早く!」

「もう……!帰ってくるまで持ちこたえといて!死にそうになったら逃げて助けを呼んでよ!リーダーの命令だからね!」


 飛び去ったクロウに数瞬目をやった後、ミカヅチは二人と向き合った。肩から降りたシェイカーが、ミカヅチが何をしようとしているのかを理解して嘲りの顔を作る。


「ここは俺に任せて先に行け、ってか?馬鹿げた事をしたもんだ。一人で俺達に勝てるかよ」

「言ってろ。偉大なる巨神(タイタン)の名に懸けて、外道は俺が正す!」


 シェイカーの言う通り不利な状況なのは事実だが、ここで逃げても男を追う彼らの手によって被害が拡大するだけだろう。ヒーロー活動の初日としては大事だが、やらないわけにもいかない。

腰から双棍を引き抜き、ミカヅチは構えた。



 店を出ると、繁華街の通りは倍以上に人が増えている気がした。夜の街はこれからが本番と言ったところだろう。綾の隣を歩くリタの本番もこれからだった。


「次はどこに行く?今度は美味しいワインが飲みたいわ」

「この周辺は居酒屋ばっかりですよ。まともなワインを置いてる店なんてそうそうありません」

「これだから日本の飲み屋は。ジュースみたいな酒ばっかりで困るわ、ほんと」


 リタは既にかなりの量を飲んでいるはずだが、まだ満足しきれなかったらしかった。綾が聞いているかお構いなしに軽口を叩きながら、次の店を求めて歩き出す。口は軽く、目が据わってきているが、足取りはしっかりとしている。


(下手するとこのまま朝までコースかも……)


 綾の頭にそんな考えがよぎる。実際に何度か経験があった。毎回翌日の昼まで倒れるように眠ることになるのが常だった。リタとの飲み歩き自体は楽しいのが救いだ。


夜はこれからが長い。次の店を探して歩き出すリタについていこうとしたところで、パトカーのサイレンが鳴った。


「……?」


 気になって綾はそちらに顔を向けた。十字路の左手から見えた大通りを、数台のパトカーが走り抜けている。何か事件でも起きたのかと思った時、胸の奥で何か痺れるような感覚が走った。


「……アヤ?どうしたの?」


 リタが気付いて振り返り、声をかけるが、答えることができなかった。異様な感覚はどんどん大きくなり、胸の奥で膨らんでいく。昔戦っていた頃、危険に対して似たような予感が働いた事が何度もあった。

何かが起きているのかもしれない。そう思った時、綾のポケットにあったスマートフォンが鳴った。この音は凜のものだ。慌てて取り出して通話をONにすると、予想通り凜のけたたましい声がした。


「綾さん?あーよかった、繋がらなかったらどうしようかと思ってたんですよォ!」

「凜?どうしたの、一体。何かあった?」

「今ボク、襲われて大怪我した人を助けて病院にいるんですけど、どうもその人ティターニアの知り合いみたいで」


 凜の言葉で一気に緊張が高まった。背筋に冷たいものが走る。


「大ちゃんは?今日はあの子と一緒だったんでしょ?」

「それなんですよ!助けた人を追ってた奴らが、あのカーシアっておばさんに雇われた奴らで、大の奴は被害が起きないように時間を稼ぐって残っちゃって」

「な……!」


綾は思わず絶句していた。さっき感じた不安がどんどん膨らんでいくのが分かる。大と綾との間にある巨神(タイタン)の繋がりが、予感の正体だったのかもしれない。

どうだったとしても、今は考える暇はない。


「私も直接大ちゃんの所に向かう。あの子は今どこにいるの?」

「記念公園の近くの運動場の方にいるはずです。ボクもすぐ行きますから、お願いします!」


 通話を切り、リタの方を向いた。何かが起きている事は察したのか、リタからさっきまでの酔って浮かれた表情は消え、綾を真剣な眼差しで見つめている。


「大に、何かあったの?」

「はい。すみませんお姉様、私行かないと」

「謝ることなんて何もないわ。ティターニアには昔からお馴染みの事でしょ」


 リタは軽く笑って綾を抱き締めた。リタが綾を落ち着かせる時に、いつもやっていた仕草だ。

きっと自分はとても不安で焦った顔をしていたに違いない。

 リタの腕は暖かく、柔らかい感触に包まれて少しだけ不安が収まった気がした。


「行ってきなさい。焦らず落ち着いて」

「……はい」

「それと、さっき言った事を忘れないようにね」

「はい!」


 強く頷き、綾は走り出した。リタはいつも綾の事を信じ、力を与えてくれる。

次は綾が大の力になる番だ。



綾が走って行った先で閃光が走り、闇夜を裂いて駆けて行く姿を、リタはぼんやりと見つめていた。タイタナス人なら誰もが羨むティターニアの輝きを、綾がまだ失っていないのが嬉しかった。

物心ついた頃から家族のように付き合っていた為、綾の事はよく分かっている。強く、凛々しく、誇り高い。タイタナス人の理想を体現するように見えて、心の奥は脆い。大事な人が傷つけばどれだけ荒れるか、リタも十年前の小太郎の時に見た。

電話に出た時の綾の焦った顔は、その十年前の綾の顔にそっくりだった。綾にとって、大は小太郎と同等以上の存在に成長したのだろう。


閃光が消えて見えなくなった後、リタは背を向けて歩き出した。ティターニアの姿を思い、一人酒というのも悪くない。


「ああ……しまった」


 リタはふと大事な事に気付いたように目を開くと、残念そうに眉を寄せて、


「アヤに発破をかける前に、大をちょっとくらい味見しとけば良かった」


 綾が聞いたら激怒しそうな事を口走った。

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