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3-1.ただいま会議中

大と凜、二人が通う比良坂大学の学生食堂は、安い値段でそこそこの量、そこそこの味を提供するとして、貧乏学生の間でも人気があった。夜になっても研究生や、夜間のアルバイト前に食事を行う者、サークル活動が一段落ついて食事をする者と、大勢が利用している。そんな食堂の一角に、二人の姿があった。


「どう? この話」

「どうって言われてもなぁ。まずフォークで指差すのやめてくれよ」


 大に言われて気付き、凜がばつが悪そうな顔をしながら、フォークをパスタ皿の端に置いた。

大と凜が互いの秘密を握ってから数日が経った。日常がそれで大きく変わるという事はなかったが、お互いの力について語り合うようになり、友人関係はより深まったといえた。


例えば今のように、学生食堂やファミレスで互いの状況を語る。アイの存在によって超人同士が知り合う機会が増えたと言っても、近くに同じ秘密を持つ者がいるというのは心強く、そして楽しいものだ。

そして今日、凜は『いままで暖めていた大計画』と称したものを、大に対して打ち明けたのだった。


「俺達でヒーローチームを組むっていっても、二人しかいないじゃん」

「いいんだよォ、ボク達がやってれば、そのうち仲間も増えるよ。別にこれに人生かけろなんて言ってるんじゃないの。事件が起きたりしたら協力できるように、連絡を取れるようなネットワークを作りたいんだよね」


ヒーロー活動について話す時、凜はいつもテンションが高く、楽しそうにしている。ただ今回は、大にも少しは凜の気持ちが分かった。


超人が世に姿を現し、ヒーローが生まれて数十年が経つ。小さなボランティアから始まって自警活動、政府の下での活動を行う者まで、世に知られているヒーローの活動スタイルは様々だ。その中でも、ヒーロー同士でチームを組んで活動する事は珍しくなかった。日本でもジャスティス・アイを始めとして、規模の大小や掛け持ちを考えなければチームの数は三桁を越える事だろう。

大自身、ヒーローとしての活動をどこまでやっていくかは分からないが、仮にヒーロー活動を行うとして、共に今後を考える仲間がいる事は心強い。


「やるのはいいよ。でも先に綾さんに話を聞いてからじゃないと」

「えー? ったく、何をするのも綾さん綾さん?」

「しょうがないだろ。今の俺は綾さんに管理されてるんだから。下手に変な事したら殺されるよ」


 そう言いながら、大の意識は綾について一気に飛んだ。


一週間前、ヒュプノパスとの戦いが終わった後、大と綾はついに一線を超えた。今思い出しても全身が幸せの熱を帯びる、至福の瞬間だった。全身に絡む綾の暖かい肉の感触を、大は一生忘れないだろう。

だがそれから今まで、二人の関係はどこかぎくしゃくしていた。一見いつもと変わらない生活なのだが、無理に今までと同じように接しようとするぎこちなさがあった。


あの時、綾はヒュプノパスに薬を打たれたと言っていた。薬によって大の愛を受け入れてくれたが、その効果が切れた後で、自身の行為に対して後悔に苛まれているのだろうか。そう考えると、大は思わず恥ずかしさと後悔で、ところ構わず叫びたくなる衝動に駆られた。

思わず溜息が漏れた。


「だい~? 聞いてる~?」

「え? 何?」


 半眼で睨む凜の恨み声に、大は現実に引き戻された。向かいに座った凜が頬杖をつきながら、フォークを突き刺してフライドポテトを口に運ぶ。


「ったく。綾さんにもチームに協力してもらいたい、って言ってんの。まあ綾さんは仕事も忙しいだろうし、メンバーじゃなくて相談役って事でさ。綾さんどこにいんの?」

「綾さんならリタ姉さんと食事中」

「誰それ?」

「綾さんの従姉妹だよ。タイタナスから俺の力を調べるのとついでに、遊びに来たんだ」



 葦原市中央ホテルの最上階にあるレストランは、市内を一望できる事が売りだ。落ち着いた雰囲気の店内で多くの客が食事を楽しむ中、綾も窓際の席でスーツ姿の女性と向かい合っていた。

ワインレッドのスーツはオーダーメイド、長身の美しさを引き立てるそのデザインは、物を知らない学生でも一流の品だと分かる事だろう。ゆるくカールした亜麻色のセミロングに、切れ長の瞳が人をからかうように笑っている。


「こうやってあなたと食事するのも久しぶりね。三年ぶりくらい?」

「大ちゃんが高校生の時ですから、そのくらいですね。お姉様も変わりがないようで何よりです」


 女――リタ・カーリヴァにつられて、綾も笑った。綾の従姉妹で今年で三十五歳になるはずだが、その美しさは歳を取るにつれてより高まっていくようだ。綾にとっては子供の頃からの頼れる姉のような存在で、ティターニアの正体が綾だと知っている数少ない人間の一人でもあった。


せっかく日本まで来たのだから、とリタが奮発した豪勢な食事とワインを楽しみながら、二人は近況を話し合った。仕事の状況から家族親類に起きた事件、話すことは尽きない。だが今回話すべき最重要の案件は、楽しいものではなかった。

綾は軽く周囲を見回した。二人を気にした客はいないし、二人は母国語であるタイタナス語で話している。まず周囲に二人の会話の内容は理解できる者はいないと踏んで、問題について話し始めた。

 聞いていく内に、気分よく笑顔だったリタの食事の手が止まり、表情から笑みが消えた。


「……カーシアが、生きてたの」

「はい」


 綾は頷いた。

日本でティターニアに続くようにして生まれたカーシアを名乗るヴィランの存在は、タイタナスでも悪名が知れ笑っている。自国の神話の一員を名乗るヴィランが他国で争いを繰り返していたなど、不名誉この上ない事として、カーシアを嫌う声も未だに大きい。


「あの女はあなたに力を奪われた後、刑務所に送られたんじゃないの?」

「私もそう思っていました。調べてみると五年ほど前に、秘かに脱獄して姿をくらましていたようです」

 その後の行方については灰堂も調査を行っているところだが、少なくとも彼女はターミナスと手を組み、何か計画を進めているのは確かだ。


「昔の亡霊が目を覚ました、ってとこね。それで、あなたはどうするの?」


 リタの目が真剣になり、綾も表情を硬くした。

「……私はかつて、シュラン=ラガの侵攻が終わった後、ティターニアとしての戦いから身を引きました」

「知ってる。奴らの地球侵攻の間に、あなたはカーシアの力を奪い、無力化した。その時に奴らはコタローを殺した。そしてあなたは、シュラン=ラガとの戦いの中、ターミナスを殺した」


 綾は頷いた。十年前、シュラン=ラガの兵士を探して戦う日々の事を、綾は今でもありありを思い浮かべる事ができる。婚約者を殺された憎悪で怒り狂い、暴れまわる体の内なる炎を抑える為ならば、相手は誰でもよくなっていた。

かりにシュラン=ラガとの戦争の終結がもっと長引いていれば、綾の憎しみは際限なく膨れ上がり、やがて身を滅ぼしていたことだろう。


「小太郎さんが死んで、私は始めて、怒りと恨みを晴らす為に戦い、ターミナスを殺した。そんな自分の行為がひどく醜く、おぞましく思えたんです」


 ヒュプノパスとカーシアを見た時、ターミナス復活の兆しを感じて、心中に熱がこもっているのを、綾自身も感じていた。このまま戦い続ければ、十年前と同じ道を辿るのか、そう思う時もあった。

だが。


「……ですが、私にできる事があるのなら、それをやらない訳にはいきません」


そう思う綾がいるのも事実だった。


「偉大なる巨神(タイタン)が私にまだご加護を与えて下さっているのは、私に戦えと言っているのだと思います。カーシアとターミナスが何かを企てているのだとしたら、私は偉大なる巨神(タイタン)がお与えになったこの力を以って、それを止めたい。例え私の身と引き換えにしてでも、奴らの外道を正します」

「……そう。ま、あなたならそう言うとは思ってたけどね」


 リタは軽く微笑んだ。昔と変わっていない従姉妹の強い責任感を見る事ができて、安心したようだった。


「あなたもそんなに張り詰めてないで、もっと他人を頼っていいのよ? 昔の同僚以外にも私だっているし、大だって偉大なる巨神(タイタン)の加護を得たんでしょう?」

「はい。あれには驚きました。まさかタイタナス人以外で加護を得る者がいるとは思いませんでしたから」

「あの子がねえ……。昔はすぐピーピー泣いてあんたの陰に隠れる、気弱な子だったのに。一体どんな育て方をしたの?」


 それはお姉様がからかったりいじめていたからです……とは言えず、綾は愛想笑いを返した。


「今の大ちゃんはそんな事ありません。克己心と義侠心を身につけた、偉大なる巨神(タイタン)のご加護を得るに相応しい子に育っています」

「へえ。そういえば、あの子って今あなたの家に居候しているのよね。そのくらい立派な子でなきゃ、あなたが住ませるわけもないか」


 リタがいたずらっぽく頬を緩めた。体を軽く乗り出し、上目遣いで綾を見ながらからかう。


「男一人に女一人じゃ、あなたも気が気じゃないでしょう? あの年頃の男なんて、満月の狼より危なっかしいし。あたしのダンナなんかそりゃ激しかったんだから」

「ちょ、お姉様っ。そんな事こんな所で話さないでください」

「気にする事ないでしょう?この店の中でタイタナス語が分かる人が何人いるって言うのよ」


 どうやら酒がまわってきたらしかった。綾はリタの事を幼い頃から尊敬しているが、この酒癖の悪さだけは無理だった。タイタナス政府の超常管理機関の職員として、実績を挙げ続けているキャリアウーマンが、何故酒に関してだけはこれほどだらしないのか。酒に溺れたことのない綾には未だに分からない。


「で、あなた達、ヤったの?」

「な……?」


 直球の言葉に、綾は硬直した。目を白黒させながら、なんとかリタを止めようと声を絞り出す。


「お、お姉様。い、いくら言葉が通じないからといってその、そういう事を人前で話すのは……」

「なに、その反応。真っ先に否定すると思ったんだけど、要するにヤったの?」

「あ、あの、その……」

「いいからはっきり、質問に答えなさい、アヤ・クリュサウラ・アマギ」


 久しぶりにフルネームで呼ばれて、綾の背筋がピンと真っ直ぐに伸びた。冷たい汗が背筋を伝う。リタの目が完全に据わっていた。

夜は長くなりそうだった。

次回投稿予定:7/9

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