表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/41

2-5.ヒュプノパスの計画

凜が思っていたよりも山道は長いようだった。曲がりくねった道路を何分も歩いてきたが、いい加減二人ともうんざりしてきていた。

「ほんとにこの先に遺物があるの?」

「あるよォ。ボクの魔術で遺物の出すエネルギーを探知して、大体の場所を探し出したんだから。この先に絶対遺物がある。アイが把握してないやつがね」

「そこまでテレポートとかできないの?」

「お師匠様ならできるかもだけど、ボクは無理」

「じゃあ変身して飛んで行くとか」

「こんな何もないところでパワーを使ってるところを見られたら、それこそかっこ悪いじゃんかァ」


 そんな事をぐだぐだと駄弁りながら、二人はその目標の位置に向かう。まだ疲労で顎が上がるほどではないが、残念ながら目的地はまだ遠そうだった。そういえば、と思い出し、先に確認しておくべき事を口にする。

「それでさ、どうやって遺物をどうやって見つけて、どうするつもりなんだ?」

「それさ」

 よくぞ聞いてくれました、と言いたそうに凜が固そうな胸を張る。


「多分遺物はどっかの建物に保管されてるから」

「うん」

「まず建物にいる奴を誰か一人捕まえて、そいつの頭の中を調べようと思うんだ」

「……うん?」

 いきなり飛び出た物騒な一言に、大の眉が上がった。

「あ、別に洗脳しようとかそういうわけじゃないよ? ちょっと頭の中を覗いて、変なものを見てないかとか記憶を探るわけ」

「……」

「変なものが見つかったら大成功、こっちから突入して遺物をドン! 誰が持ってるかとか持ってる目的を調べちゃうの」


 大の胡乱げな視線に気付かず、凜の言葉はどんどんエスカレートしていく。

「もし名の知れた悪党が持ってるのが分かったなら容赦なし、ボクの右フックがドカーン! 一発でダウンさ。そうしたらアイの皆もボクの事を見直すだろ? 『さすがレディ・クロウ、先代にも劣らない立派なヒーローだ』って。どうかなこの計画」

「超人犯罪者が生まれるまでの過程について聞かされた気分かな」

「何それ? ダメかなこの作戦」

「駄目じゃないところを聞きたいよ」

「お師匠様ならこれで一発ドンなのに。世の中どんどん複雑になっていくなぁ……」


 眉を寄せて腕を組む凜に、大は思わず溜息をついた。先ほどもそうだったが、凜のこういう言葉はどこまで本気で言っているのかよく分からない。本気だとしたら犯罪者予備軍の類である。大の頭に、凜のお師匠様ことドクター・クロウの教育について疑問符が浮かんだ。


「大体の場所は分かってるんなら、一旦帰って報告したらいいんじゃない? みんな評価してくれるよ」

「やだよ、そんなの。せっかくここまで来たんだし、せめて何とかして実物を確認しときたい」

「うーん……」

 二人が顔を見合わせた時だった。

突然、行く手から何かが爆発したような音がした。驚いた鳥が数羽、急いで飛び去って行く。二人の顔も音のした方向を向いた。


「なになに、今の?」

「タイタン・ブロウだ」

 聞いた事のない単語に、凜が首を傾げる。

「ティターニアの得意技だ。拳からエネルギーを送り込んで、対象を破壊する」

「なんでそんなん分かるのさ」

「タイタン・ブロウで放たれた力を感じるんだよ。お前に遺物の出すエネルギーが読み取れたように、俺にはタイタンの力を感じ取れる」


 巨神(タイタン)の加護を得てから綾と訓練を積んでいく内に、大は巨神(タイタン)の力を感知する事ができるようになってきていたが、そのセンサーが綾が近くにいて、しかも戦っていると告げていた。

「って事は、ティターニアがこの先で戦ってるって事だね。大事件の匂いがしてきたじゃん!」

 声を弾ませながら凜は臍の前で両腕を交差させた。交差させたまま、体の前でゆっくりと腕を回しつつ、顔の前まで持ってくると、腹の底から気合を入れて叫ぶ。

「来たれ!秩序の法衣!」


 突如として凜の背後に光が渦を巻いて生まれた。そこから光の触手が生え、凜の全身に絡み付いていく。やがて光は形を変え、渦が消えると共に光は法衣の姿を取っていく。秩序の法衣の後継、レディ・クロウが姿を現した。

「……さっきのポーズ、いるの?」

「あった方がかっこいいの! ほら、大も早く!」

「え?ああ、巨神(タイタン)!」


 大が巨神の名を叫ぶと、爆発と光が大の姿を覆い隠す。爆風の消えた後、レディ・クロウの目の前に現れたのは、赤を基調とした軍服のような衣装に身を包んだ男の姿だった。

「へー、結構かっこいいじゃん、それ。ティターニアとペアルックみたいになってるのが気になるけど」

「あのなあ、これは偉大なる巨神(タイタン)の戦装束なんだよ。タイタナスの古い宗教画にも似たデザインが描かれてるし、タイタナスの軍礼服もデザインを参考にして採用されてる、儀礼的にも宗教的にも歴史のある由緒正しいデザインなの!」

「そんなん知らないよォ。ボク日本人だもん。そんなんより早く行こう!」


 爆音のした地点に向かって、二人は走り出した。疾風と化して走っていると、今まで汗をかいて歩いていたのは何だったのかと思わされる。巨神(タイタン)の加護を得るといつもこうだった。興奮が心臓の鼓動で全身の細胞を目覚めさせる。今なら何でもできる気がしてくる。


「ところでさ? 言い忘れてたから言っておきたいんだけど」

 ミカヅチと平行して走りながら、クロウが声をかけた。

「今回コンビを組んで戦う事になると思うけど、ボクがリーダーだからね? ボクのほうがヒーローとして先輩なんだし」

「それでいいよ。元々そのつもりだったんだろ?」

「エヘヘ。それと、君の事なんて呼べばいい?大って呼ぶのはさすがに困るでしょ」

「……ミカヅチ。建御雷のミカヅチ」

「それ日本の神様でしょ?タイタナスの神話と日本の神話のちゃんぽんって、中学生じゃないんだからもうちょっと節操ってもんがさァ」

「うるさいなあ。いいからさっさと行くぞ!」


 照れ隠しに走る速度を上げると、追いつけないクロウが背後で非難の叫びを上げた。どうやらパワーはこっちのほうが上らしい。ざまあみろ、と思った次の瞬間、クロウは地面と体を平行にして空を飛び、ミカヅチに追いついていた。唖然としたミカヅチの横で、クロウは半月の形に口を開いて白い歯を見せる。

「ひょっとしてキミ飛べないのォ? 目的地まで連れてってあげようか?」

「やかましい!」

 ミカヅチは走る速度をさらに上げて対抗した。



「ん……」

 ティターニアは目を覚ました。体が酷くだるく、節々が痛む。

手足を動かして調子を確かめようとすると、何か硬いものに締め付けられて動かない。早く起きろと頭のどこかで声がしていた。危険、危険、、このままでは危険――

「目が覚めたかネ」

 耳障りな声に、意識が一気に覚醒した。蛍光灯の冷たい光が目に眩しい。

何かの実験室だろうか、周囲を大きなガラスで囲まれた、二十畳ほどの殺風景な部屋の中央に、ティターニアは一人、円形状のベッドに寝ていた。見れば手足の動かないのも当然、手足は大の字に広げられ、それぞれ太い金属の輪によって手首と足首を締められ拘束されていた。


「くっ……!」

 引きちぎろうと本気で力をこめても、枷はびくともしない。

「最悪……」

思わず毒づく。戦友のグレイフェザーならば、奇術師フーディーニよろしくこの状況からでもあっさりと脱出するかもしれないが、残念ながらティターニアにはその技術はなかった。

「その枷を外そウ、などと考えないほうがいイ。君のような怪力自慢の超人を捕らえる為の特注品ダ。こちらで解除しない限リ、手を切断でもしないと外せないヨ」


下方から声がして、ティターニアはそちらに目をやった。

この会社の社員だろうか、年齢も様々な男女がガラスの向こう側で、檻を囲むようにして並んで立っている。皆その表情はどこか虚ろで、意識があるのか疑わしい。精巧に作ったマネキンを座らせていると聞かされても、これを見た者は恐らく信じるだろう。

そしてその男女の一角に、一人だけ他と違う者がいた。年の頃は20代後半、きっちりと折り目のついたスーツの上から白衣を身につけ、一人だけキャスター付きの椅子に座って足を組み、両腕を左右で膝立ちになった女の肩に回している。そこだけ見れば女癖の悪く傲慢な、研究所の若い所長にでも見えるところだ。

しかしその顔には他の社員と同じく生気がない。力なく折れ曲がった首から生えた紫色の大きな瘤のようなものが、代わりに脈打ち蠢いていた。


「ヒュプノパス……!」

「やっと顔を合わせる事ができたネ、ティターニア。再会を喜び合おうじゃないカ」

 表情を変えずに男の口だけが動き、声を発する。発音がどこかおかしく感じる意外は滑らかな会話だ。瘤が膨らみ、粘ついた表面に二つの切れ目が生じる。開いた両の瞳の鈍い輝きは、人とは精神構造の違う別の生物だと教えているようだ。


「ずいぶんと俗な事をやってるのね。いつの間に人間の女に興味を持つようになった?」

「これも人間心理の研究の一環サ。懐かしいヨ。私が君達に最後に敗れてかラ、もう十二年になるかネ。刑務所の牢獄は退屈でネ。いつも君達の事ばかりを考えていタ」

「でしょうね。人に寄生しなければ、あなたはただの陸に上がったタコだもの。水槽の中で何も出来ずに地べたを這う毎日、さぞつまらなかったでしょう?」


 状況は最悪だ。今室内にいる人間はオクトの社員だろう。皆ヒュプノパスによって洗脳されている。おそらくヒュプノパスは社内深くまで食い込み、自分の目的の為に利用している。

工業機械の研究開発・生産を行っているというこの工場も、先程のロブスターのような、兵器開発に流用されているのだろう。どれだけ長い期間をかけて作り上げたかは分からないが、オクトはヒュプノパスにとっての王国というわけだ。


「ハハ。君の気の強さはなんとも懐かしいネ」

「それはどうも。ついでに殴り飛ばされてプライドをぶち壊される気分も教えてあげましょうか?」

 軽口を叩きながら、周囲に状況を打開する手段がないか目を光らせる。

周囲に文野の姿が見えなかった。ティターニアを捕らえるという役目は終えたということで放り出しているのだろうか、それとも既に死んでしまったのだろうか。


一度触手を取り除き、意識を取り戻した事で安心してしまった。エレベーターに乗った後、文野の体内に隠されていた別の触手が起動し、洗脳が再度行われたのだろう。

果たして十年前ならばこれにも気付けただろうか。ブランク、焦り、気の迷い。原因を挙げるならきりがない。

「確かに君の言う通リ。この星最高の知性を持っている私でモ、それを発揮する為には体を手に入れなければならなイ。ブルーフレイム、グレイフェザー、そしてティターニア。君達のような体を持っていれバ、そう考えてばかりだったヨ」

「それで? 私の体が欲しいの? 私が寝ている間に、お友達と同じように触手でも埋め込んだ? それとも脳改造?」

「まさカ。巨神(タイタン)の恐ろしさは良く分かっていル。例え遺伝子レベルで君の体を改造したとしてモ、巨神(タイタン)の加護の下でその効果が続くのはせいぜい数日。元に戻った後で叩き潰されるのは目に見えていル。かといって完全に作り変えれバ、君の体を使う意味がなイ。まったく厄介ダ。研究材料としては面白いがネ」


 ヒュプノパスはゆっくりとティターニアに近寄った。見下ろす目が、楽しそうに細められる。

「それニ、言ってはなんだが君の体は今がピークダ。あとは衰えていくだケ。その体を手に入れるよりモ、私にとってはもっと有効デ、君にとってもっと屈辱的な事を思いついたのサ」

 ヒュプノパスゆっくりと右手を挙げると、ガラス張りの壁の一角がスライドして開いた。それと同時に社員の群れが列を開け、そこから人影が現れる。花道をよたよたとおぼつかない足取りでティターニアに近づいてきた彼女を見て、ティターニアは息を呑んだ。


「文野……さん?」

「あは、ティターニアぁ……あふ、あはぉ……」

 文野の顔からは血の気が引き、虚ろな瞳でぶつぶつと何かを呟いている。その顔はとても正気とは思えない。上半身はジャケットを脱いでシャツ一枚になった事で、艶やかな体のラインが強調されている。なにより目を引いたのは、スカートの奥で時折うごめく、大きな何かだった。

「ヒュプノパス……! 彼女に何をしたの?」

「見ての通りだヨ。分からないかネ?私が使う完璧な体を作るのサ、彼女と君でネ」


 ヒュプノパスの寄生した男の顔は無表情のままだ。だが、寄生したヒュプノパスが至極愉快に感じているのは、声の調子で明白だった。

「最初は君が寝ている間に人工授精させれば十分だと思ったのだがネ。彼女がティターニアに対して特別な感情を持っている事が分かったのデ、予定を変更する事にしタ。少々彼女の体を改造してネ。巨神(タイタン)の娘と、それを愛する者との間に作られ、最高の知性を持った私が調整した完璧な肉体ヲ、私という頭脳の乗り物にする。最高の計画だろウ?」


「ふざけないで……! 人をなんだと思っている!」

「少なくとも今ここにいる君達ハ、私の重要な道具だヨ。せいぜいいい子を産んでくれたまエ、この私の為ニ」


 怒り声を上げようとした時に、文野がティターニアの傍らに立った。目の前に突きつけられた文野の顔を見て、思わず言葉を詰まらせる。

「てぃたぁにあ、私と楽しく一晩を過ごしましょう?」

妖しく瞳を輝かせながら舌なめずりをする文野を見て、ティターニアの顔が青ざめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ