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0-1.十三年前

 意識が戻り、目を覚ましても、目の前の光景は以前と変わらず黒一色だった。自分の置かれた状況が夢ではないと、少年は改めて実感した。

体は全く動かない。時々首から下がなくなってしまったのではないかと錯覚してしまう。全身が液体に漬けられており、喉奥にまでチューブのようなものが挿入されている事で、呼吸が可能になっている事が感触で分かった。


あれからどれだけの時間が経ったのだろう。少年は考えた。

もうすぐ誕生日だった。休日、一緒に映画を見に行った後、最近オープンしたレストランに家族で行った。食事の後、母が誕生日のプレゼントは何がいいかを聞いてきて、わくわくしながら答えようとしたのを覚えている。

知的で正義感のある父、優しく暖かい母。それが一瞬で奪われた。雷のような一瞬の閃光の後、突如として街中に現れた怪物の群れが、建物を壊し、人々を襲い始めた。自分のような子供を掴み、空へと飛んでいく怪物の姿が断片的に記憶の海から蘇る。そして、自分の目の前で父と母が――。


恐怖で涙が止まらず、涙腺が痛かった。涙がどれだけ出ても、周りの液体に混じっていくだけだ。意識だけあるのが地獄だった。もうずっと死ぬまでこのままなのだろうか。感じるのは自分の体を包む液体と、体を繋ぐ器具と、わずかに聞こえる重低音だけだ。

ふと、別の音が聞こえた。散発的に鳴り響く銃声と、銃弾を弾く金属音。どんどん大きくなっていく。


(だれかが、たすけにきてくれた?)

 頭をかすめた希望が、一気に増殖する。ここにいる、助けて。そう叫びたくても、叫ぶどころかうめき声すら上げられない。そもそも自分がどこにいるのかすら分からない。外がどうなっているのかも分からない。少年にできる事はただ念じる事だけだ。

(おねがい!おねがい!)


 音はどんどん大きくなっていく。こちらに近づいてきているのだ。そして、不意に消えた。

何も聞こえない。自分が取り残されたのではないか、そんな残酷な考えが、先ほど希望が満ちたところに一気に入り込んでくる。

もう何も考えられなかった。ただこの状況をどうにかしたくて、動かない体を動かそうと力をこめる。出ない声を出そうと喉を震わせる。

徒労に終わると分かっていても、そう思うのが怖くて止められなかった。


不意に、また金属音が聞こえた。続いてポンプによる排水音。そのまま音が止まらず、体を浸していた液体がなくなっていく。液体が完全になくなると、目の前の暗黒に光が指した。闇を縦に引き裂く青白い光の筋が一気に膨らんだ。長い間光を浴びてなかった少年の目が、突然の変化に驚いて痛みの涙に濡れる。必死に目を瞑り、光に慣れるのを待っていると、体中の拘束が次々と外れていく。

拘束が完全に外れてバランスを崩し、少年は前に倒れた。受け身を取る事を考える前に、少年の体は柔らかいものに受け止められた。喉に挿入されていたチューブが外されて、嘔吐感に何度もむせる。


「気分はどう?どこか痛いところはある?」


受け止めてくれた女性の声が頭上からした。何と返答したかは覚えていない。状況の変化についていけず、混乱する頭を落ち着けようとするように、女性は赤ん坊にするように繊細に、柔らかく少年を抱き締めた。

「もう大丈夫よ。安心して。私はティターニア。偉大なる巨神(タイタン)の名にかけて、貴方を護ってみせる」

 女性を包む衣装の触り心地は極上の絹でも勝てないほど滑らかで心地よかった。女性の体は、まるで母親に抱かれているように暖かかった。

それは少年が初めて、ヒーローを直に目にした瞬間だった。



『――次のニュースです。市内で起きた謎の怪物の群れを、数人の男女が撃退しました。それぞれ超人的な力を持ったヒーローです。この国に新たなヒーローが誕生いたしました。彼らの名は「ブルーフレイム」「グレイフェザー」「ティターニア」──』


『――本日未明、○○市庁舎を占拠したテロリストが、警察と警察に協力したティターニアの手によって逮捕されました』


『――先日市内に出現した猛獣の群れとそれを指揮する「ロードビースト」を名乗る男を、ティターニアが取り押さえました』


『――若い女性ばかりを狙ったカルト教団から救出された人気アイドル、秋月愛さんは、自分を助けたのはティターニアだと語りました』


『――見てください!街はシュラン=ラガの軍勢によって壊滅状態です!現在シュラナ=ラガの王、ターミナスの配下と思われる集団から人々を守る、ジャスティス・アイのメンバーの姿が確認されています!』


『ティターニアです!ティターニアが戦っています!私達の為に、ティターニアが戦っています!』


『――シュラン=ラガとの戦争が終結して三ヶ月が経ちました。あれ以来、ティターニアの姿を見た者はどこにもいません。彼女はターミナスと共に死んでしまったのでしょうか。それとも……』



 少年が物心ついた頃から、世の中にはヒーローがいた。

 世の中に邪悪がはびこる時、人々が災厄に苦しむ時、世の為人の為にその力を使う者。その姿は人々に希望を与え、憧れの対象となった。


 その中でも少年が子供の頃に一番の憧れだったヒーロー、それはティターニアという女性だった。

 遥か海を越えた先にある島国、タイタナス。そこで信仰されている巨神タイタンの娘を名乗るヒーロー。その名の通り巨神の力を借りて、その拳は天地を引き裂くと伝えられる。

 太古の神々、邪悪な魔道士、古代の文明を悪用する秘密結社。日常と非日常、現実と神秘のバランスを乱す者と戦う偉大な戦士。それが彼女だ。それが少年の憧れだった。


 子供の頃は友達や家族から、よくからかわれたものだった。ヒーローは他にいくらでも、それこそ星の数ほどにいた。

 世界最初のスーパーヒーロー、太陽神アポロ。その後継者の一人として名高い国内最高のヒーロー、ブルーフレイム。後に日本のヒーロー、ひいては超人の管理組織を作り上げた大烏の化身、グレイフェザー。彼らが作り上げた国内最高のヒーローチーム、ジャスティス・アイ。

 それでも少年はティターニアが好きだった。子供の頃、いろんなヴィランに襲われた経験があるが、そのたびに助けてくれたのはティターニアだったからというのもある。ひょっとしたらそれが初恋だったのかもしれない、そう思う時もあった。


 ティターニアが姿を消してからもう十年にもなる。それでも、少年の当時の想いが色あせる事は決してなかった。

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