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#03 『君と同じだから!』

白米は水分が多いとおいしい。


「あぐッ……!!うゥッッ……!!」


 あまりの唐突さとその力強さに、声が出せない、混乱が止まらない、抵抗できない。

 少年は――真紅は今、中年の男性に両手で首を握られている。足が着くか着かないか――少なくとも地面に質量をほとんど感じないくらいまで強引に持ち上げられて。そして底が見えない穴のような暗い眼差しでまじまじと見つめられて。

 気管がぺちゃんこになりそうなくらいにグリグリと、握りしめられている。

 その男の形相は依然まるで生気を失ったよう。禍々しい瞳をこちらに瞬きもせず向け続けていた。

 

「やっ、やめッ!くッ!苦じッッ!!あがッ!!!」


 呼吸が。酸素が。さんそが。とどかない。

 喉仏(のどぼとけ)のあたりが指で無慈悲に潰されていく感覚。30代を越えた風の体格大きめな男性とはいえ、その拘束はあまりに強力。いや、男性云々以前に人間としても異常なパワーがある。かつてリアリティのない痛みは、脊髄の表面までミシミシと伝わってきた。


 ――なんだ、なんなんだ、この人!?


 もう何度ストップをかけたか分からない。足をジタバタ暴れ回しながら、必死に限界が近いことを男にアピールするが、まさに馬の耳に念仏。他の雑念に囚われる様子もなく、とにかく真紅の首を雑巾のように絞って、絞って、絞って絞って、絞って絞って絞って。


「…………」


 〝違う〟。そんなことを連呼し始めたあたりから男の様子は明らかに変だった。つい先程まで普通の〝おじさん〟らしく余計なお世話をしてくれていたというのに、真紅と目を合わせた瞬間まるで有害な何かを見るかのような戦慄と敵意を走らせたのだ。その真っ直ぐな目線と余念のない態度からして情緒不安定だとか酔い潰れているだとか、そんな世間的に起こり得る出来事のレベルじゃない。とにかく非現実的で人間らしくないことばかり、この男に起きている。


 ――おかしい。おかしすぎる。こんなの、こんなの絶対変だ。


 とにかく解放されなくては、と決死の思いで筋肉の発達した腕を攻撃するが、ペチペチと弱々しく叩くばかりで全くダメージが感じられない。ただでさえ貧弱な力量なのに、呼吸器官が被害を受けているせいで力が働かないためなのか。ただハンカチで汗を拭いているかのような、そんな無意味さと非力な感覚。少しずつ、少しずつ、体の芯へ死の恐怖と憂いが迫ってくる。

 そして、運命もさらに容赦がない。


 男は突然真紅を振り回し始めたかと思えば、頭から地面に全力で叩き付けた。


「がはッッ!!?」


 視界に火花が走った。

 ガツン、と頭蓋骨にコンクリートから衝撃が直に伝わってきて、歯の一本一本にまで、脳の揺れは強く伝導した。同時に全身にもビリビリと電撃のような何かが瞬間的に流れてくる。

 不思議とどこも痛くない。何だか後頭部で生温かい感触がするが、特に違和感にも感じない。ただ、何だか脳がクラクラして、視界が白く濁ってホワイトアウトして、それでいて体が微動だにしなくて、それでそれでそれでそれでそれで――それで?


「………あゥッ!!」


 再び首元を掌握されてようやく、真紅の意識がまたはっきりした。

 また首を絞められた。呼吸ができない。苦しい。それでいてすごく、頭が痛い。頭蓋骨が割れそうなくらい。いや、血が。血が流れている。本当に割れているのだろうか。そしてその流血の(おぞ)ましさより、予想以上に冷静に思考できる自分が大丈夫なのか、更に鳥肌が立ってくる。

 洒落になっていない。もうどんな理由も見つからない。完全に、完全にこの男は殺しに来ている。完全に自分を殺しに来ている!


 逃げなきゃ。逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ。

 混沌とする脳内で、とにかく真紅は見つかる限りの逃走手段を探す。藁にもすがる思いで、有効そうな宛を一所懸命に要求する。もう猫の手でも犬の足でも何でもいい。今は何としてでも、生きる手立てが欲しかった。 

 

 ――何かないのか、何か!


 そして焦燥と恐怖の果てに、彼は一つ手段を見つけた。

 叩きつけられた拍子に転がり落ちたショルダーバック。衝撃で(ふた)が開いたのか、あちらこちらに今日使った道具が散布している。

 そしてその数々のアイテムの中には――水銀灯の電池交換の際使った、頑丈で鋭利なプラスドライバーが。


 見た瞬間に手が動いた。もう彼に考える余裕はなかった。呼吸器がもうほとんど機能しないくらいリミットに近付いてきて、一秒すらも惜しい位なのだ。本来こんな凶器を使えば正当防衛だろうと処罰されるかもしれないが――命が狙われている以上は背に腹は変えられない。逃げるためには、生きるためには、今これを使うしか選択肢はないのだから!


 真紅は咄嗟にその武器を左手に掴むと、弱り切った指で何とか握りしめ、男の脇腹の辺りを目掛けて――

 

「ッ……あああぁあぁああぁああァァァァアアアア!!!」


 ――――――――気持ちいいくらいズップリと皮膚を貫いた。


「…………!」


 やってやった。

 噴射した返り血が宙を舞って、彼のYシャツを汚く真っ赤に染めた。鼻を痛めるほどに鉄くさい臭いが伝わってきて、ベトベトとした液体が真紅に気持ちの悪い熱を与えてくる。

 だがおかげで、男の首を絞める力も大分緩んで、視線も注意もしっかりそのドライバーの方へ向けられた。

 

 ――今しかない。


 急いで腕を振り払って、相手の胴体を足で蹴り寄せながら、直ぐ様束縛のカタストロフから脱出する。立ち上がる際に少し目眩がしたが、何とか意識だけは安定して保てた。頭の傷もまだ浅い方だったようだ。吐き気も催すほどに気分は最悪だが――何にせよ、辛うじて脱出できた以上四の五の言わず、今はもう一目散にこの男から離れるしかない。そしてめげずに逃げるしかない。男の目の届かない、どこか自分を守ってくれる人のいるような平和かつ安全な場所へ。ただでさえ人間らしくないような筋力と精神を持つような奴だ。しかもドライバーを力一杯に刺されてもあまり動じる様子もない。もう見て分かるほどに、戦うだとか捕まえるだとか、そんな撃退ができるようなヤワな相手じゃない!


 真紅はショルダーバックだけ担いで、直ぐ様近くの家の玄関へ向かった。花壇の添えられたカーポートのある一軒家。段差を登った先にインターフォンとドアが備え付けられている。

 見知らぬ家の入口には到達した。不審者に襲われたときは近くの家に逃げ込めと小さな頃から教わっている。かつて誘拐犯に追われたときもそうやって攻略した経験がある位だ。もう高校生にもなって恥ずかしいだとか情けないだとか言ってはいられない。まだ敵は傷を気にして追ってくる気配がない。逃げ込むなら今の内。とにかく隠れてやり過ごさなくては!


 ピンポンピンポピンピポピポ ピポポポピピ ピピピガチャガチャガチャ ピンポンピンポ ガンガンガン ピン ガチャガチャ ポン ドンドンドン ガチャガチャ ピンポン ピン ガンガン


「すみません!!すみません!!誰か!!助けてください!!助けてください!!早く!!早く開けてください!!」


 ピンポン ガチャドンドンドン ガンガン ピンポンピンポン ダンダン ピンポピンポピンポ ドンドン ガンガン ピンポンピンポン

 

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 必死にインターフォンを鳴らして、ドアを叩いて、声をかけて、ドアノブを押し引きして。

 自分がここにいること、自分が危険であること、自分が助けを求めていること、全て伝わるよう死ぬ気でSOSコールを続ける。

 近所迷惑どころか、完全に借金の取り立てに来た極道くらいに失礼な押し掛け方である。まず滅多に不審者に追跡される被害者でもここまで騒々しく救助を求めるケースもないだろう。

 たたそれでも今回だけは明らかにそれとは何か違う。違う命の危険と恐ろしさがある。ここでこれくらい必死にならなければ恐らくこの後自分がどうなってしまうか目に見える。


「早くッ……!早くッ……!早くッ!!」


 まだあの男は追ってこない。けど、今にも襲いかかりそうで、今にも飛び込んできそうで、今にも首を抉り取りに来そうで、とにかく早くいなくなってしまいたい。すぐにでもこの家の住人にこのドアを解錠して欲しかった。

 さっさと。さっさと逃げたい。誰かがいる安心できる場所に、直ぐ様逃げてしまいたい。だから、早く開いて。早く開いて。早く開いて。早く開いてくれ!!

 何度も何度も懇願しつづけて、生きる未来を求め続けて。

 そして、その願いはようやく成就した。


「早くッ!早くッ!早ッ…………!!!」


「何!?こんな時間に!!静かにしなさい!!!」


 ドアから一人の主婦らしき女性が顔を出した。怒気を纏わせてはいるが、いかにも根は優しそうなお母さん顔だ。

 ようやく真紅の心に、希望の光が差し込んだ――



 ***



 ――が。


 それは間もなく闇に呑まれて黒と化した。


「え」


「…………………」


 真紅の素顔を見た瞬間。

 主婦の怒り狂った表情が、より普通なものへ、より影の被ったものへ、より仰々しいものへ。より、()()へ。

 そこに見えたのは。


 先程の男と全く同じ、禍々しく暗い瞳が見開かれた眼球だった。


「う……ウソだ」


「…………」


「そんなッ……!!!」


 ()()()()()()


 ――あの顔をする者は、あの眼差しを向けるのは、この人も同じだ。


 信じられなかった。信じたくなかった。真紅の中に垣間見えたあらゆる期待・願望・勝算が、全て粉々に押し潰された。その驚愕と激震が、彼の足腰の筋肉を風船のように(しぼ)ませてしまう。

 そして間髪入れず、目にも止まらないスピードで先程の男が真紅の方へ飛び掛かってきた。


「ッッ!?」

 

 最早悲鳴を出す隙すらもなかった真紅は、やむなく追突し遠方へと吹き飛ばされる。同時刻壮大に主婦の家のドアが巻き込まれる音がして、隣の家までそれは弾け飛んだ。もののコンマ数秒の出来事。パワーだけでなく、スピードも、破壊力も確実に只者じゃない。もうあれは、男や女、いや、人間といった言葉に当てはまるような存在ではなかった。


 ――列記としたバケモノ、いやバケビトだ。


「あゥッ……!!うぐゥァッ!!あァァッ……!」


 攻撃された腹部を抑えて、真紅はその場にだらしなく(うずくま)る。ただの突撃とも思えない痛みと、その震動の持続性。喰らったあとの今でさえ、繰り返し殴り続けられているかのような感覚が残っている。とてもじゃないが、いや、とても立ち上がることもままならない。完全にやってやられた。


「うゥッ……!はァッ……!はァッ……はァッ…………はァッ……………ッ?」


 ふと、朦朧とする意識の中で不審なことに気づいた。

 抑えた両手が、赤く血に汚れている。それも不自然に手の平の方ばかりがペンキで塗られたように赤黒い。さっきの返り血だろうか。Yシャツに跳ね返ってきた記憶はあるが両手というのは不自然だ。それとも頭部だろうか。いや、それにしてはここまで大量なのはおかしいはず――?

 もっと別の――一体他にいつこんなに出血する場面があった――?


 真紅は恐る恐る抑えていた両手を腹部から離してみる。

 すると、そこには。

 

 まるでナイフを刺されたかのような傷が腹部に刻まれ、大量の血がドバドバと滲み出るように流れていた。


「うッ……ゥわァァアア!?!?!?」


 先刻使用したドライバーが、深々と腹部に突き刺さっている。内蔵に届いているかまでは分からないが、少なくともほぼ背中の辺りまで凶器は到達している。そう認知した途端、これまで以上の激痛が彼の胴体に及ばず全身の神経を強く刺激した。

 傷口から伝わるのは、ただただ痛みと、痛みと、痛みと、痛みと痛みと痛みと痛みと痛みと痛みと痛みと痛みと痛みと痛みと――畏怖(いふ)。とにかく苦しみだけが、彼の身体を貪っていく。


 そして、情けというものを知らないのか、それとも情けを与える気がないのか。彼が物音に反応してふと辺りに目を向けると。

 近所の家々から、ゾロゾロとギャラリーが集まり始めた。

 それらは全て、同じような目をして、同じような形相で、同じような足取りをしながら、こちらをじっと見つめて、ゆっくりと、ゆっくりと、瞬きもせず近づいてくる。何も言わず、何も答えず、ただただゆっくりゆっくりゆっくりこちらへ――

 そして、今日一番の驚愕の事実を、真紅は目の当たりにした。

 

「ゥェぷッ!?」


 唐突の、吐き気。

 それは余りに現実を裏切り、今以上に普通を逸脱する〝気味の悪い〟光景。

 バケビトの肩甲骨のあたりから、()()()()()()()()()


 ――(けが)らわしい口と牙のついた、血濡れた赤の剛腕が。


 それは、たった一人に限らない。 

 仕事帰りらしいサラリーマンも、ぬいぐるみで遊んでいたらしい女の子も、新聞を読んでいたらしい老父も、宿題をしていたらしい女子高生も、風呂上がりらしい成人男性も、母親に担がれた赤子も全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部――同じように、腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が――腕が。

 そして、真紅は初めて、〝違う〟の意味を理解した。そして、どうして自分がこんな目に合っているのかも、理解してしまった。

 ――あの男の首元にあった傷跡と、そのバケビトたちの〝第三の腕〟の歯型が――一致している!!


 まさか。まさかまさかまさかまさか!


 ――こいつらは僕を、〝同じ〟にしようとしている――!?


 そう感じ取ったが早く、命乞いをするのも即決だった。


「――や、やめてッ……やめてッ……やめてください、おねがいやめてッ、僕は仲間、ぼくは敵じゃないッ!」


 もう、どこを見ても自分を見つめる黒い視線がただ連なるのみ。それは少しずつ、徐々にこちらに顔を寄せて、その腕をうなりうなりとつき伸ばしてくる。口が、こっちに、こちらに、こっちへ、こちらへ。


「おねがいッ……たすけてッ……!たすけてよッ……!ぼくは何も、なにもしてないんだッ……!!」


 必死に彼らに慈悲を求めるが、当然今更そんな希望が降り立つはずもない。ましてや、もうこんな状況にまでなって逃げられるとも思えない。四方八方を群衆に囲まれ、真紅はもうどんな手段も講じる余地がなかった。

 彼らはもう、真紅を〝同じ〟にする以外の信念も選択も恣意も決意も感情も、持ち合わせてはいない。

 

 どうしてこうなってしまったのだろう。どうしてこうならなければいけなかったのだろう。自分が帰るまでの数時間、一体何がこの街をこんな風に変えたのだろう。

 彼の中でただただ理解不能な疑念ばかりが、毛玉のように交錯していく。そこに伴う、不安と、悲哀と、憤怒と、罪悪感と焦慮と嫌悪と諦念後悔絶望殺意羞恥驚嘆危機感――そして無念。脳内であらゆる負の感情が滝渦のように掻き混ぜられて、彼の思考を完全にショートさせる。


 ――ああもう、いっそ早く終わらないかな。


 真紅の目の色が、彼らと似たような色に染まり切った。穴ができたその眼球は、死人のように艶がなく、底は、彼ら以上に深々としていて、とても暗い。

 もうすぐ、真紅は彼らになる。それからどうなるのかは分からない。けれどきっと今よりは幸せになっているのだろう。

 そうであって欲しかった。

 そんなことを思っている間に、真紅の背中にのそりと〝腕〟が触れた。その何とも形容し難い感触と、触られ心地。

 何というか、鉄のようにツルツルで堅くて、とてもひんやりとしていて――



 ***



 ――と。どこかで軽快な音がした。

 その鼓膜を(つんざ)くボリュームと、意表を突かれる突発さに瞬間真紅は我に返り、何事かとその音の方向へ視線を送る。

 バケビトたちもその音に感付いたようで、揃いも揃って興味を示した禍々しい目で注目するものを切り替えた。


 何かがこちらに走ってくる。

 群衆の隙間から、巨大な四角状の白い何かが近づいてくるのが見える。大きくて、それでいて(うるさ)い何かが。

 この聞き慣れた通過音と、見慣れた小さな二つの赤い光。そして、窓らしき部位から見える、一つの人影。

 

 ――車?

 

 そう、車。

 シルバーカラーのワゴン車が、バック走行のままこちらに猛スピードで接近してきた。


「なっ!?」


 群衆の肉壁を()ね退けて、真紅の方へ追突する勢いで迫り来る。そのハリウッドのような劇的展開とレーサー圧巻の運転技術。後進で華麗に真紅の真横を通り過ぎながら、運転手の女性が運転席のドアを開けて少年に手を差し伸べた。


「手を!!」


「――ッッッッ!!」


 反射的にその言葉に乗せられて、無意識でありながら真紅はその手をしっかりとキャッチする。その見事なタイミング。ワゴン車を止めようともせずグイッ、と軽々と真紅は持ち上げられ、無理矢理車内へ誘拐されるかのように回収された。

 バケビトの群衆は急展開の出来事に対処できなかったのか、それとも呆気にとられたのか、真紅の行方にだけ見とれて全く足が動かない。

 そのまま車両はくるりとターンすると、全速力でもう一度群衆を突き飛ばして包囲網を脱出した。


 まさに奇跡。状況は全く理解できないが、真紅にはまだ救済の希望が残っていたようだ。


「!」


 事態に気づいたのか、全速力でバケビトたちがこちらを追い始めた。その勢いはこのワゴン車のフルスピードも劣らないほどで、やはりただの人間とは思えない位の身体能力を保持している。まるでホラー映画のワンシーンのような臨場感。皆が皆真顔で何も声を発さずついて来るものだから、尚更真紅の恐怖心が強く煽られる。

 そんな怪物級の人間相手に運転手の女性は、咄嗟に足元から機関銃を取り出すと――


「ハンドル、お願い!」


「えッ……ちょッ!?」


 ――窓から群衆に向けて全く躊躇なく弾丸を連射した。

 ズダダダダと重々しい機械音が響いて、追手の身体を次々と吹き飛ばしていく。あんなに頑丈そうなバケビトたちも、どうやら流石にマシンガンの威力には屈服したらしい。気持ちいいほどに数は減り続け、誰もが腹部に風穴を空けられて地面にぐにゃりとふんぞり返った。

 助手席に乗せられた真紅は突然の出来事に戸惑いながらも、片手で腹部を抑えながら辛うじてハンドルを握った。正確にはアクセルも任せられているのだが、運転免許がないとはいえここの道は直線が続く上に、通行人も皆腕が三本のバケビト。恐らく大きなトラブルや事故を起こすことはないことだろう。たぶん。


「大丈夫!?生きてる!?死んでない!?」


 運転席の女性が、射撃を続けながら真紅に大声で問いかけた。

 あまりの射撃音の豪快さに、声が途切れ途切れでしか伝わってこない。そしてそれ以前に心にそれに応答する余裕がない。


「……え、えと……え……」


「何!?」


「い、生きてます!」

 

「よかった!もう大丈夫!安心して!」


 弾倉を素早く取り替えながら、女性は数秒横顔から笑みをこちらに見せつける。

 その笑顔は、真紅にとって何とも頼もしく、何とも誇れる明るさがあった。


「私は――」


「――君と()()だから!」 

 

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