#00 『 』
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烏の声はよく響く。木々の沈黙によく響く。
何かを伝えたいわけでもないが、何も話したくないわけでもない。
彼の言葉に価値はない。ただ、それでもどうしてか彼は残したかった。
彼がここにいる意味を。道理を。揺るぎなき価値を。
果たしてそれは、我々には理解しえないことなのか?想像の範疇を超えた、奇想天外な思慮なのか?
――いや、決してそんなことはない。
我々は彼をよく知っている。細部までよく知っている。知っているからこそ、我々もこうして声を出す。
今日も森々は、綺麗に静かなはず。
そう、静かだった。
さて、君は知っているか?
自然界とは、いつも平穏を保つもの。生態系とは、いつも均衡を保つもの。
その水平線を乱す者とは果たして――
――誰だ?
「はッ……!!はァ……!!もう少しッ……!!もう少しなんだッ……!!」
烏が遠方からの声に追い出された。颯爽と闇夜へ消え失せる。
ああ、まただ。また君らか。君らはよく走るものだ。
余程必死なのか、然程恐れていないのか。ただ足音は、特に沈黙に関わらない。私も心地よい。
「あとちょっと……あとちょっ、うぐぅァッ!!」
足に枷でもついたのか。君の近くに何か見えるぞ。少々大きいな?私よりも一回りほどは。
「あぁッ……ああァああァあァあアあッッッ!!」
唐突に沈黙に障り始めた。一体どうしたと言うのだ。
暗くて木々も目障りで――よくわからない。
「いだいッッ!!イだァぁあァアいッッ!!」
そうか、痛いのか。それは気の毒に。しかし何が起きた?
酷い傷が残っているのか?それとも何か病状が悪化したのか?
とりあえず私には何もできない。とてもすまない。
「ぐッ!!なんだ……なんなんだ貴方はッッ!!」
ほう、そこに何かいるのだな?私も目を凝らしてみよう。
「何がしたいんだ、貴方はァッ!!」
薄く輪郭が見える。確かに誰か、いる。
「 」
輪郭は何かを発した。遠い私にはとてもわからない。
「な、じゃ、じゃあなんで私をッッ……!!」
君には聞こえたのか。よかった。どうも最近耳が遠くなってきたのかもしれない。
いや、それだけまだ輪郭が遠いというだけか。それともまだまだ私が遠いというだけか。
「 」
また何か発した。
謎の多き者よ。以前君のような者を見たことはあっただろうか。書籍か何かだったか。記憶は定かでない。
「そんな、やっ、やめろっ、頼む、まだそんなのごめんなんだ!!」
そうか、君はそうなりたくないのだな。よくわかるぞ。私も切実にそう思う。
それとはいつも儚いもので、いつも突然やってくる。
だからこそ私らは恐怖に怯え、怯み、怯じるのだ。
だが〝共感する身〟としても――
――私も君は別に知ったことではない。
「ああッ!!あがァッッッ!!がァああアァアあぁァァア!!」
煩わしくも情けのない雄叫び。それだけ苦しみに耐えたということなのか。
見過ごした代償として――せめて沈黙に安らぐといい。痛みも直に引くと良いな。
輪郭が私を通り過ぎた。
その輪郭よ、君も早く帰るといい。君にも待つ者がいるのだろう?
ここはただの森であるから、得すべきことは特にない。
強いて言うなら――ここは静寂が端麗である。残るのならばもう少し味わってみても良いかもしれない。
さて、かわりに私は彼の元に帰るとしようか。森の視界もよく吟味できた。この後彼に話してみても面白いかもしれない。
実に心地よい一時だった。たまにはこうして見に来ることにしよう。
そうだ、私の声を聞く君、そう君だ。君もまた私のところに来るといい。
まだまだ面白いことも、きっと見せられるぞ。
恐らく今日よりも、面白いものを。
では、またいつか。
私は多分、君の友達だ。
***
「――」
「――そこに誰かいるだろ?」
〝SignOut〟