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第2話

 ……目が覚めた。


 かすんだ視界に太い梁と板張りの天井が広がる。


 どういうことかベットの中にいた。身体を起こし柔らかな日光が差し込む室内をざっと見回す。サッパリと片付き家具らしい家具もなく今、自分が横たわるベットだけが少し手狭に感じる部屋の端に、こじんまりと納まっている。

「どこだ……ここ」


 少しずつ思考が鮮明になっていく中でウィルは無意識に腹を押さえた。あるはずの痛みが無いことに驚きベットから跳び出すと床が『キィ』と鳴く。着ている少しサイズの大きい上下に分かれた寝巻きを捲り直に目で確認すると傷のあっただろう場所は真新しい傷跡だけがあった。


 そして、ベットに再び腰をかける。


 そういえば肩や腕の傷まで治っている。身体は少しなまっているが、それほど長く眠っていたわけでもないらしい。

『コンコンコン…』とノックがひびいた。

それに一応「はい」と返事を返す。


「入るわね?具合はどうかしら?」

 扉を開け入ってきたのはエプロン姿の女の人だった。透き通った灰色の瞳。薄い金色の髪はゆるく一本に三つ編みで結われ、背はすらりと高く美人に分類されるだろう、おっとりとした顔は柔和な表情を浮かべている。

「アンナ、さん?…」と素っ頓狂に彼女の名前を呼んだ。ウィルはその女性を知っていた。


 その女性はエリーの母親で村で一番の治癒術師と評判のアンナ・エンフィールドだ。

 

 彼女はベットの端に腰をかけるとポンポンと枕を叩いた。

「なあにウィル、不思議そうな顔して…傷の具合見るから少し横になって」

「はい」とだけ答えてウィルは言われるがままに、まだ暖かいベットに横たわった。

シャツが捲り上げられアンナの細く白い手がわき腹の傷跡を撫でる。

冷やりとした柔らかい感触にゾクッと身体が震えた。

「ごめんなさい、痛かった?」

「いえ、大丈夫です……あの今日は何日ですか?」

「十日よ。ウィル君、三日も寝てたんだから」アンナはポンポンとベットを軽く叩いた。「はい、じゃあ次は肩を見るから起きてね?」

 ウィルはベットから身体を起こしてアンナの横に少し距離を開けて座った。

 ウィルの肩と手を触るアンナの手はやはり冷たい。そうしている間に触診は終わっていた。


「しばらくの間はちょっと違和感があるかもしれないけど1週間もすれば気にならなくなるはずよ」

 そう言ったアンナは未だにウィルの手を握ったままだった。

そして両手で包み込むようにアンナはウィルの左手を胸の前で抱きしめる様にぎゅっと握り締しめた。ウィルは手とは明らかに違う柔らかさに驚き息を呑む。


「……ありがとう。エリーを守ってくれて」慈愛に満ち溢れた暖かい笑顔をうかべるアンナ。ウィルはそれが子を思う母親の顔なのだろうなと思った。それにアンナは美人だった。手を握られれば正直、嬉しくないはずがない。けれど、母親を知らないウィルにとってはその笑顔が異質なモノの様に感じてならなかった。

「いえ……そんな僕は、たいしたことも出来ないで伸びていただけですから」

「ううん、こんなになってもエリーを守ってくれたんだもの。ウィル君には感謝しても仕切れないわ」

「そんな感謝だなんて……あの、エリーは?」

「心配ないわ。でも、だいぶ気落ちしていたから少し考える時間が必要かもしれないわね」

「そうですか……」

「ほら落ち込まないで、ね?」

「でも、もう少し僕が強かったらこんなことには……」

「フフッ、男の子って言うのはやっぱり父親に似るのかしら?」

「?」そのとき盛大にウィルの腹がなった「あ……」

「とりあえず、ご飯にしましょ。着替えはお父さんが届けてくれたのが、そこに置いてあるから着替えてから降りてきてね?いい?」

そういってアンナはウィルの頭を優しく撫でて立ち上がりると、床に置かれた少し大きめの麻のバックを指差して部屋を後にしていった。


ほのかに残ったアンナの暖かさを確かめるように数回こぶしを握り締めウィルはカバンを開けた。

「母親、か……」

カバンの中身はズボンとシャツが二組、綺麗にたたまれて詰めてあった。ただ靴下は左右でものが違う。几帳面な父がだいぶ急いでつめたのが伺え、少しだけ申し訳なく思った。

手早くズボンをはきシャツに袖を通すとシャツの袖がだいぶ余ってる。

「これ父さんのじゃないか……」

ウィルは「大きいな」と笑いながら呟き余った袖をまくり上げてボタンを留めた。




 それより少し前、ソノエ村の中心を流れる川のほとり。そこにぽつんと一本だけたたずむ大きな楠の木の下にエリーはいた。


「はぁ~、ダメだな私……」

ゴブリンに襲われたのが三日前、その後ウィルはその間ずっと眠ったままだ。

母さんは大丈夫だと言っていたけれど、それでも心配なものは心配だし

けど、ウィルが目を覚ました時、どんな顔をして会えばいいかも分からない。

隣に座っているのも何処かおこがましい気がして出来なかった。

昨日、ウィルのお父さんに謝り伺ったときも気にするなと、言ってはくれたけれど……だからと言ってそこまで図々しくはなれない。

なによりあの時、私が転んだりしなければ、ウィルは、あんな怪我なんてしなかったのだ。


そんな考えが、頭の中を巡り続けている。


何時だってそうだ、私がノロマなせいで……


「アンナの所のエリーじゃないか?どうしたんだこんなところで」

エリーはその声に驚いた様子で振り向いた。そこにはウィルの父親テッド・アレンスが立っていた。ふさふさとした特徴的な黒い髪には白髪が目立ち始め、体つきはウィルより二周りほど大きい。

ゴブリンの件で村を巡回をしていた最中に私を見つけたらしく腰には随分と重そうな剣を下げている。


エリーはテッドの姿を視界に捉えるなり飛び跳ねるように立ち上がり地面に付くような勢いで頭を下げていた。

「すみません」

「エリー?ほら頭上げて」

そうは言われても上げられない。上げてはいけない気がした。

「ほら、昨日ちゃんと話したじゃないか。だからもう、いいんだ」

その言葉におずおずと頭を上げるが顔はどうしてもうつむき加減になってしまう。

「でも私のせいで……」

「ほれほれ、あんまり自分を責めない。それにアンナは優秀なヒーラーだから、任せておけば間違いは無いさ。あっ、そうだ、お腹すいてないか?」

「……今は食べたくありません」

「そう、まあ座って、少しだけ話をしよう」

「……はい」エリーは言われるがまま、テッドの横にちんまりと座った。

怒られるんだろうなとエリーは予想していたが、どうやら違うようだ。


「どうだい?あの後」

「息子さんはまだ」

「ウィルじゃないよエリー。君の調子さ」

「私ですか?悪くは……無いです。息子さんのおかげでたいした怪我も無くて」

「そうかい。ああ、あと、あまりかしこまらなくていいよ息子さんて言うのも無しのほうがいい普段どおりの感じだと助かるんだけど……もしかして怒られると思った?」

「……はい」

「まあ、普通はそう思うよね。ゴメンゴメン」

テッドの笑顔はしわこそ大きいが目元や口元はウィルに良く似ていた。

「あの聞いてもいいですか?」

「なんだい?」

「なぜ怒らないんですか?」

テッドは顎に手を当て困ったような表情を浮かべ唸る。

「そうだな、う~ん、それじゃあ少し昔話に付き合ってもらおうかな……エリーはアンナ、君のお母さんだけど昔、僕と冒険者してたのは知ってるかな?」

「?、ええ聞いたことあります。おじさんの話も」

「それで、その時、もう16,7年も前の話だけど僕もウィルと同じ様な事したことあるんだよ。その時はアンナを庇ってね、それはこっ酷くやられて三日も生死の境をさまよった挙句、目が覚めた後は更にアンナにこっ酷く叱られたよ、なんて無茶なことするのってね」

遠くを見るような目を細めてテッドは話を続ける。

「でも怒る理由はなんとなくだけど分かった。きっと心配だったんだなって、それにどこかで責任を感じていたのが分かったからさ。たぶん怖かったんだと思う。怖がって虚勢や意地を張り続けて……だから怒られていても嫌な感じはなかったし、むしろ自分がもう少し強かったら泣かせなくてもすんだのかなって思ったんだよね。アンナは、ああ見えて結構、不器用なところあったりするから……って話がそれたけど、血は争えないなと言う訳で僕はウィルを責められないから、当然エリーを叱ったりもしない。なに、ウィルは強い子だよ。きっと大丈夫さ」

「……そうですよね」

「ああ、もちろん」そう言ってテッドはエリーの頭を軽くポンポンと撫でると、「じゃあ、また」と短い別れをつげ振り返ることなく去っていった。


 エリーは自分の胸の中に渦巻いていた黒く重たいものが少しばかり晴れていくのを感じながら、足早に家路へとついた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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