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銀将

作者: 武井睡蓮

これは、銀があの世にいってしまう。


「深瀬王将、残り10分です。」

何の解決策も見出せぬまま、時間ばかりが過ぎていく。

この対局に負ければ9年間保持し続けた王将位陥落が決まってしまう。

連続十期以上保持した棋士に与えられる永世王将の夢は花と散る。

思えば他の棋戦に目もくれず、王将防衛に努めてきた棋士人生だった。


挑戦者である埴生四冠に対して銀をただで渡すということは敗北を意味する。

盤上のすべての駒、そして私自身は盤上で働きを失った銀と運命共同体であるのだ。

銀が死ねば、すべて死ぬ。

なにか、なにか妙手は・・・・・・・!?

焦るばかりで、いい手は何も思い浮かばない。

頭が熱い。

思考は堂々巡りを繰り返し、もはや考えているのかさえ分からない。

もしかしたら、考えているふりをしているだけかもしれない。

私は知らず知らずのうちに与えられた時間を消費し、投了するための準備を整えているのだ。

難し気な顔で盤上を見つめ、それに気が付かないよう装っているだけじゃないだろうか。

「は、は・・・。」

思わず笑いがこみ上げてきた。

人間はどうしようもない状況に陥ると、おかしくなくても笑うのだ。


ふと顔を上げると、埴生四冠が身体を揺らしながら読みに耽るのが目に映った。

彼の表情に油断や慢心はない。

-盤上没我。

そこには、栄光や名誉の囚われず目の前の将棋に全力を尽くす棋士本来の姿があった。


途端に欲に惑わされた自分が許せなくなってくる。

もしかしたら、今回の番勝負は初めから勝敗が決まっていたのかもしれない。

これだけの実績を積み上げてきてもなお、油断してしまう自分の甘さを恥じた。

確かに数手前の局面を思い返せば、この銀が助かる道はいくらでもあった。

それを怠ったのだからまだ私は永世王将の器ではない。


おそらく世間は私を許さないはずだ。

永世王将を手にした人物は過去に大山名人を除いてはいない。

ここまではその再来としてもてはやされてきたのだから。


連続十期。

その途方のなさから、これを逃せばもう誰も手にできないと人は疑わないだろう。

だからこそ、今回は身を引く。

終盤は二度ある、そう残したのはかの永世王将その人だから。

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