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ビリー、困惑する

 バトルリングでの試合を一瞬にして終わらせ、ゴドーからファイトマネーの二十万ギルダンを受け取ったバイパーは、とりあえず安い宿屋で部屋を借りた。本音を言えば、今すぐにトラビスを呼び出してZ地区とやらの墜落現場に行き、モニカとかいう女の死体を確認し、一部を持って帰りたい。もし、生きていたとしたら……あまりに連れて帰るのが面倒な場合は、死体袋に詰めるだけだ。

 しかし、一つ気になる点があった。客席で自分の試合を見ていたのは、間違いなくビリー・チェンバーズだ。バイパーはかつて、異能力者たちが作り上げたテロ組織の重要人物の一人としてビリーの写真を見せられたのだ。そのビリーがエメラルドシティにいる。あの態度からして、ビリーは間違いなく自分のことを知っている。となると、面倒なことになるかもしれない。ただでさえ、異能力者には恨まれている。しかも知らない間に自分は有名人になっていたのだ。ビリーにも、自分の動きは筒抜けであると考えた方がいいのかもしれない……。

 その時、携帯電話が震える。ホークからだ。

(プレストン……例の一億ギルダンの噂だがな、ポタリアの部下たちの流したデマかもしれん。確認は取れていないが)

「バイパーと呼べ。わからねえな……ポタリアは何のためにそんな噂を流したんだ?」

(これはオレの勘だが……要するに、一億ギルダンでバカなギャングどもを釣って動かし、モニカの安否を確かめさせようとしたんだろうな。ところが、繰り出したギャングの兵隊たちは戻らなかった。これではモニカが生きているにしろ、死んでいるにしろ、確かめようがない。そこで、お前の出番てワケだ。なあプレストン、これは相当ヤバい話のようだ。いざとなったら、降りた方がいいかもしれないぞ……)

「バイパーと呼べ……オレは降りない。受けた仕事は終わらせる。何かわかったら、また連絡しろ」


 電話を切った後、バイパーは辺りを見回した。この部屋の壁は薄い。今の話は誰かに聞かれてしまったのだろうか? まあ、聞かれたとしても大した問題はないだろう。しかし、一億ギルダンの話がデマとは……そんなデマに踊らされるとは、ここのギャング共はバカ揃いなのだろうか。いや……一億ギルダンという噂を聞けば、デマかどうか確かめなければならない必要があるのだろう。

 だが、ギャングの一団が戻らないというのは気になる。トラビスもゴドーも同じことを言っていた。そのため最強の男を派遣すべく、大物ギャングであるタイガーの片腕のジュドーが交渉に当たっているらしい。よりによって、三年前に街中で大暴れし、百人を超える武装したギャングを皆殺しにした吸血鬼に……。

 いくら強化人間のバイパーといえども、そんな吸血鬼と出くわし、そして戦ったら勝てる気はしない。その吸血鬼が動き出すのなら、対策を考えなくてはならないだろう。

 さらに、ギャングの一団を全滅させたという、墜落現場にいる何か……そいつに関する情報も必要だ。タクシードライバーのトラビスが言っていたことを思い出す。タン・フー・ルーとかいう乞食のボスは、この街のことなら大抵は知っているらしい。

 ならば、今からそいつに会ってみよう。一億ギルダンの件は……念のため伏せておく。万が一、自分がベラベラ喋ったことでポタリアを怒らせたら面倒だ。墜落した飛行機には一億ギルダンが積まれていた……ポタリアにとってその方が都合が良いのなら、黙っておくのが得策だろう。

 問題は、そのタンとかいう男がどこにいるかだが……バイパーは携帯電話を取り出し、トラビスの所にかけてみる。しかし出ない。タクシーの仕事が忙しいのか、あるいは面倒くさいから出ないだけか……ならば仕方ない。このあたりでうろついている人間を締め上げて聞き出そう。


 バイパーは外に出た。既に八時を過ぎている。この街では、夜の十時を過ぎたら一人で出歩いてはいけない、と聞いたことがある。街を支配するギャングと人外との間には密かな協定が結ばれており、十時を過ぎたら人外が大っぴらに活動するらしい。事実、朝になると貪り食われた死体が必ず発見されるのだという話を聞いた。

 だが、バイパーはそんなことは知らないし興味もない。人外が襲って来たら、殺すだけだ。今は他にやることがある。バイパーは外で立ち止まると、いろいろ教えてくれて、なおかつ恵んでくれそうな親切な人が通りかかるのを待った。


 ・・・


「なるほどねえ……それはアンタが悪い。バトルリングは、デートには最悪の場所よ。アンタ、女心が全くわかってない。だいたい、アンタはね……」

 アンドレの説教は、かれこれ一時間を超えている。ビリーはさすがにうんざりしていたが、何せ相手は二メートルを遥かに超える身長と二百キロの体格を併せ持つ女装家である。下手なことを言おうものなら、どんな恐ろしい目に遭わされることか……。

 だがその時、救いの神が現れた。

「あんちん、二人で何を話しているのであるか?」

 マリアだ。ハンバーグを食べ終わると、ビリーとアンドレの話が気になったらしい。二人の話しているカウンター席にやって来て、ビリーの隣に腰かける。

「マリア……アンタは知らなくていいの。アタシはこの男にね、女心ってものをレクチャーしてたのよ」

「知らないよ女心なんて……あんたはオレの七番目の女のウェンディと同じくらい説教が長いな」

 ビリーはうんざりした顔で呟いた。だが、その瞬間――

「何?! 今何て言ったコノヤロウ!」

 アンドレの罵声。同時に巨大な顔を近づけてくる。化粧をした岩のような厳つい顔が近づいて来て、さすがのビリーも震え上がる。

「じゃ、じゃあ……そろそろ帰ろうかマリア。幾らですか――」

「待ちなさいよアンタ! まだ話は終わってないんだからね! ねえマリア、ハンバーグもっと食べたいでしょ? もう一皿食べてかない?」

「え?! いいのであるか?! びりりん……ハンバーグもっと食べていいのであるか?!」

 マリアは目を輝かせて、ビリーの顔を見る。ビリーは慌てて否定しようとしたが、その瞬間にアンドレの手が肩に乗る。そして僧帽筋の部分を握られ――

「いだだだだ!」

 ビリーは悲鳴を上げる。悲鳴を聞いたアンドレは力を緩めた。だが、手は離さない。その巨大な顔をビリーに近づけて、ドスの利いた声で、

「いいわよねえ? ビリーちゃん」

 そう言われては、ビリーにうなずく以外の選択肢は残されていなかった。

「い、いいよ……マリア、ハンバーグ食べな」


「で、アンタは何なの? マリアとどういう関係? さあ、お姉さんに言いなさい!」

 アンドレの恐ろしい顔。ビリーは返事に窮した。関係と言われても困るのだ。たまたま昨日、食堂で出会った。そして、なぜか付いて来てしまっただけなのである。確かに、チャンスがあれば口説いて場合によっては押し倒そうという不埒な企みはあったが、マリアの腕力は強すぎた。これでは下手に手は出せないと思い、止めておいたのだ。

「関係……いや、ただの友だちですよ」

「友だち、ねえ……」

 アンドレはふん、と鼻で笑うような仕草をする。そしてビリーの肩に、巨大な腕を回した。

「アンタの言う友だちって何よ? ただの友だち? それとも……エッチもしてる友だち? 友だちってのは意味がすっごく広い言葉よね……大抵のことがそれでカバーできちゃう。そして……ズルい男は、友だちって言葉を自分の都合良く、そして便利に使うのよね……」

 言いながら、アンドレはビリーを睨む。その顔はあまりに恐ろしく、ビリーは目を逸らした。

「い、いや……オレの言ってる友だちってのは、ただの友だちですよ。だいたい、マリアはオレより強い……下手に手を出したら、タマ潰されちまいます」

「……ま、その言葉を信じてあげる。アンタ平気で嘘つきそうだし、信用できないけど……外道じゃなさそうだしね」

 アンドレはそう言うと、ビリーから目を逸らした。そしてタバコを一本取り出し、口にくわえる。

 煙を吐き出し、ため息をついた。そして改めてビリーを見つめる。その瞳には奇妙な感情があった。

「アンタ、ちょっと似てるわね……昔のアイツに」

「あいつって誰です? 姐さんの昔の男ですか?」

 ビリーは愛想笑いを浮かべながら尋ねる。しかし、アンドレの手に力が入り――

「いだだだだ!」

「違うわよ! ジュドーって名前、聞いたことあるでしょ!」

「ジュドー? ああ……タイガーの片腕だとか聞きましたが。そいつはオレに似てるんですか?」

「顔は全然似てない……でも、雰囲気は似てる。昔、この辺りをウロチョロしてた時のアイツに……」

 そう言うと、アンドレはビリーを見つめる。その瞳に欲望が浮かんでいるのを感じ、ビリーは一瞬ビクっと震えた。そしてさりげなく体を離そうとするが、アンドレのキャッチャーミットのような手に肩を掴まれて身動きがとれない。

「逃げんじゃないわよアンタ……話はまだ終わってないんだから。今じゃあ、ジュドーもすっかり偉くなっちゃって……アタシは昔の方が好きだったな……」

 しみじみとした口調で語るアンドレ。まるで昔の男を語るかのような口調だ。どこか乙女チックな雰囲気も漂っている。しかし顔は恐ろしく巨大だ。しかも厳つい。ビリーはその顔を見て、笑っていいのか怖れていいのか迷った。

 だが、そこで一つ浮かび上がった疑問。

「姐さん……タイガーやジュドーと、ギース・ムーンは何で仲悪いんですか?」

「……知りたい?」

 アンドレの意味ありげな問い。ビリーは何かとんでもないものを要求されそうな気がして、瞬時に目を逸らす。だが、アンドレはため息をついただけだった。

「Z地区に飛行機が墜落したのは知ってるわよね……その飛行機には一億ギルダン積んであったって噂になってるのよ。で、そこに人を差し向けたけど……一人も帰って来ない。そこでジュドーは、ガロードを行かせようとしたの。けど、ガロードのマネージャーのギースは首を縦に振らないってワケ。だから……タイガーやジュドーよりも、その手下が怒ってるのよ……ギースの野郎! って感じでね」

 アンドレがそこまで語った時、突然バーテンのサコンがカウンターに入ってきた。

 そして口を開く。

「姐さん大変ですよ! タンさんの所に変な奴が乗り込んで大暴れしてるそうです!」

 その言葉にいち早く反応したのは、マリアだった。

「本当であるか?! それは大変である! 助けに行くである! びりりん、行くである!」

 言うなり、マリアはビリーの手を引き、飛び出して行こうとする。

「ちょ、ちょっと待て! 姐さん、これ勘定! 釣りいらないから!」

「足りないわよバカ! まあいい! ツケにしとくから早く行ってあげて! タクシー呼ぶから!」


 ・・・


 マット・スローンは立ち止まり、目の前の光景に呆然としていた。

 広い公園跡……そこでは普段、ホームレスのたまり場となっている。多い時には三十人近いホームレスが集まり、遊具の残骸の所で寝泊まりしている。そのホームレスたちを仕切っているのが、タン・フー・ルーという老人であった。かつてはジュドーやマスター&ブラスターのことも世話していたらしく、この街の顔役として知られている。タンには手を出すな……それがこの街の暗黙のルールだった。

 しかし今、公園では十人を超えるホームレスたちが倒れている。腹を押さえたり、顔を覆ったりしながら……うめき声を上げている者や、血を流しながら咳き込んでいる者も……。

 そして、たき火の明かりによって、向こうに映し出されているものは……スキンヘッドの大柄な白人がタンの襟首を掴み、片手で持ち上げている場面だ。白人は何やら言っているようだが、ここからでは聞こえない。

 だが、そんなことはどうでもいい。

「そこのお前! タンを離せ!」

 マットは叫びながら、拳銃を抜いて構えた。だがその時、後ろにユリとケイ、そしてブルドックのロバーツがいたことを思い出す。この三人を巻き込むわけにはいかない。

「ユリ! ケイとロバーツを連れて家に戻れ!」

「冗談じゃない! あたしたちは今まで何人も殺してるんだ! あんな奴怖くない!」

 ユリが言い返す。と同時に、向こうでは白人がタンを地面に降ろし、こちらに歩いてくる。まるで獣のような風貌だ。半袖の作業着らしき物を身に付け、瞳は奇妙な色に光っている。体格的にはマットとほぼ同じだ。しかし、年齢は向こうの方が遥かに若い。まだ二十代だろう。

「そこで止まれ!」

 マットが怒鳴った。しかし、白人には恐れる様子がない。平然とした顔で近づいてくる……。

「止まれと言ってんだろうが!」

 マットは叫ぶと同時に、拳銃のトリガーを弾いた。弾丸は確かに白人の腹に炸裂――

 だが次の瞬間、白人は瞬間移動でもしたかのようなスピードで、一気にマットの目の前に移動する。そして、白人のボディーブローが炸裂――

 マットは体をくの字に曲げて倒れる……。

「こんな小さな銃じゃあ、オレの腹筋を貫き通せねえよ」

 白人は拳銃を奪い取り、マットの目の前で両手でねじ切った。さらにマットの髪を掴む。だが――

「マットを離せえ!」

 ユリが白人の背後に回り、ナイフを降り下ろす。だが白人は振り向くと同時に前蹴りを放つ。軽々と吹っ飛ばされたユリ。砂場に背中から倒れ、うめき声を上げる……。

 その声を聞いたマットは、強烈な苦痛に耐えて立ち上がった。

 そして白人の顔面にパンチを放つ。左のジャブ、そして全体重を乗せた右のストレート……まともに食らえば、大抵の相手は倒せるはずだった。

 しかし、目の前の白人はマットの渾身のストレートを食らったのに、わずかに顔を歪めただけだった。

 そして次の瞬間、白人のパンチが飛ぶ……テクニックも何もない、大振りの手打ち――腕の力だけで打ったパンチ。体重が乗らないため威力はない――のパンチ……だが、そのパンチで九十キロのマットは吹っ飛び、倒れたのだ。

「お前らじゃ、オレには勝てない。お前らに用は無いんだ。失せろ」

 白人は冷たく言い放つ。マットはどうにか立ち上がった。折れた奥歯を吐き出し、言い返そうとした時――

「なめるな畜生! 男だからって……大人だからってバカにするな! あたしは弱くない! お前なんか殺してやる!」

 ユリの声。と同時にナイフで後ろから切りつける。わずかに首をかすめ、白人の首に一筋の赤い線が生じた……だが次の瞬間、ユリはナイフを持った方の手首を掴まれる。さらに首を掴まれ、軽々と持ち上げられた……。

「痛えじゃねえか……気が変わった。てめえは殺す。他の奴らは失せろ」

 白人はそう言うと、首を掴む手に力を込めようとする。しかし今度は――

「お姉ちゃんを離せええええ!」

 叫びながら、ケイが突っ込む。ナイフを構えたまま突進していく……だが、白人はユリを投げ捨て、腕を振った。白人の横殴りの一撃を食らい、ケイはあっけなく倒される。

 それを見ながら、マットは唇を噛んだ。どうにもしようがない。目の前の男の強さは異常だ。異能力者なのか、あるいは人外なのか……いずれにしても、こうなった以上、打つ手は一つしかない。

 マットは震え出しそうな体を、意思の力で無理やり従わせる。そして心の中で、亡き親友に語りかけた。オレに力を貸してくれ、そして勇気を与えてくれ、と……かつての親友が地位も名誉も捨て去り、助けた双子。その双子だけは、命に換えても守らなくてはならないのだ。

 マットは深く息を吸い込み、次の瞬間、九十キロの全体重の乗ったタックルを食らわした――

 同時に叫ぶ。

「お前ら! 二人とも逃げろ! ロバーツ連れて逃げるんだ!」

 そして両腕を白人の腰に回し、がっちりと締め付ける。さらにそのまま、白人を双子から少しでも遠ざけるべく押し続け――

 だが、動かない。

 マットはなおも全身の力を込めて押し続ける。しかし、まるで動かないのだ。まるで大木を押しているかのような感触である。

 だが、それでもマットは押し続けるのを止めない。そして押し続けながら、なおも叫び続ける……。

「お前ら! さっさと逃げろ! 殺されちまうぞ! おじさんの仇を討つんだろうが! だったら今は逃げろ!」






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