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バイパー、試合する

 午後六時。バイパーはエメラルドシティの商人兼プロモーターであるゴドーに連れられ、地下の闘技場へと入って行った。

 ここでは、バトルリングという格闘技の試合が行われている。もっとも、格闘技とは名ばかりであり、実際にはルールのない、素手での殺し合いが行われるのだ。基本的には「入るのは二人、出るのは一人」という決まりになっている。あとは……両選手、共に素手という以外は特筆すべきルールは無い。

 そしてバイパーはゴドーに案内され、控え室に入って行った。控え室は重苦しい空気に包まれている。他の男たちは皆、思い詰めた表情で思い思いの行動をとっていた。一心不乱でウォーミングアップをする者がいるかと思えば、得体の知れないポーズで祈りを捧げている者もいる。さらに、今にも死にそうな顔で震えている者まで……。

 そんな男たちの顔を、バイパーは一通り見渡した。さすがに、闘う相手を同じ控え室に入れることはしないらしいが、それでも何者がいるのかのチェックだけはしておかなくてはならなかった。見知った顔がいたりすると厄介だ。だが、控え室に知り合いは一人もいなかった。

 そう思った、次の瞬間……。

「なあ……あんた、バイパーだろ? ジョン・バイパー・プレストンだよな?」

 汗だくでウォーミングアップをしていた男が動きを止め、こちらをまじまじと見つめてきた。バイパーはその男の顔をじっくり見たが、全く見覚えがない。

「オレはお前なんか知らねえんだがな……どこかで会ったか?」

「あ、いや……会うのは初めてだが、あんたの噂は聞いてる。あんた、ダックバレー刑務所でピーキー・ハマーを殺したんだろ?」

「……ああ、そんな奴いたなあ」

 ピーキー・ハマー……確か、刑務所に入ってすぐのことだ。食事の時間、いきなり隣に座ってきた男が、そう名乗っていた。体重が百五十キロはあっただろうか、冷蔵庫のような体つきの巨漢だった。ピーキーは隣に座ると同時に言ってきたのだ。ゼリーをよこせ、と……それに対しバイパーは答えた。わかった、と。その直後に、ピーキーは喉にゼリーとパンを詰めこまれた。もちろん、バイパーの手で……そしてもがき苦しんだが、誰も助けようとしなかった。看守が来たのは、ピーキーの心臓が停止した後だった。

「あいつは勝手に食い物を喉に詰まらせて死んだんだよ。オレが殺したんじゃねえ。すまんが、七時から試合なんだ。それまで一眠りさせてもらう」

 そう言うと、バイパーは設置されている長椅子に横になり、目をつぶる。寝られる時には、きちんと寝ておく。それが彼のセオリーだ。


「バイパー、試合の時間だぞ。リングに上がれ」

 係員らしき者が呼びに来た。バイパーは落ち着いた様子で立ち上がり、リングに向かい歩き出す。足取りはのんびりとしたものである。顔つきもさっきまでと変わらない。苦虫を噛み潰したような表情で、バイパーは歩いて行った。


 金網に囲まれたリングは想像より狭い。そして強化ガラスに覆われた二階席には、大陸からお忍びで来た者たちが陣取っている。一方、一階席にはエメラルドシティの住人たちが大勢駆けつけ、血走った目でこちらを見ている。賭けをやっているせいか、あるいは合成麻薬のクリスタルをやっているせいか……その目は正気には見えない。

 そして、バイパーの目の前にいるのは……身長二メートル、体重百三十キロの大男だ。大陸にいた頃は武術の先生だったが、ケンカに巻き込まれて人を殴り殺し、エメラルドシティに逃げてきたらしい。百八十五センチ百キロのバイパーが小さく見える。

 だが、バイパーには全く恐れる様子はない。むしろ、冷めきった面倒くさそうな顔で、相手ではなく周囲の観客を見ていた。観客の全てが、クズにしか思えない。バイパーはふと、この観客の中に今乗り込めば、素手で何人殺せるだろうかと思った。まあ、警備兵に射殺される前に五十人くらいは殺せるだろう。バイパーは観客の一人一人の顔をじっくりと眺める。見知った顔はいないか――

 その時、バイパーの目に一人の若い男が飛び込んで来た。小綺麗な顔の優男である。エメラルドシティの住人らしからぬ、白いスーツ姿――ただし、遠目にも安物とわかるが――に白いハット。横には銀髪で黒い鋲打ち革ジャンを着た女がいて、男に何やら訴えている。

 バイパーはその男を睨みつけた。確か、ビリー・チェンバーズとかいう能力者だ。かつての同時多発テロにも関わっていたはずだった。ちんけな優男に見えるが、実はかなりの実力者だと聞いたこともある。

 ビリーはバイパーの視線に気付き、目を逸らす。そして、横にいる女をなだめ始めた。女は銀髪を振り乱し、何やらわめいている。バイパーは何を言っているのか気になったが、すぐ横にいるリングアナウンサーがマイク片手にわめきちらしており、よく聞き取れない。リングアナウンサーの口にマイクを突っ込んで、黙らせてやりたい衝動に駆られた。

 だか次の瞬間、リングアナウンサーが黙りこんだ。そして、そそくさとリングから降りていく。彼がリングから降りると、金網の扉が閉められた。

 そしてゴングが鳴る。


 ・・・


「びりりん、こんなとこ嫌である! 早く帰るのである!」

 子供みたいにわめきちらすマリアをなだめながら、ビリー・チェンバーズはリング上のバイパーを注視していた。バイパーが何のためにエメラルドシティに来たのかはわからない。ただ奴がうろうろしているとなると、厄介なことになるのは確かだ。奴の目的は何なのか、ある程度は知っておく必要がある……。

 その時、リング上に動きがあった。相手の男が巨体に似合わぬ速さで間合いを詰め、長い足でバイパーにしなるような廻し蹴りを見舞っていく。さらに顔面への、打ち下ろすようなストレート――

 だが、バイパーは廻し蹴りを腕で受け止め、さらに顔面へのストレートを額で受け止める。

 男は驚愕の表情を浮かべた。一瞬、動きが止まる。その隙にバイパーは右手を伸ばす。男の喉を掴み――

 そして握り潰した。

 男の目から光が消え、顔がガクッと落ちる。次の瞬間、観客の大歓声……同時に、賭けで負けた男たちの罵声。さらには、二階席から響いてくる笑い声まで………。

 ビリーは周りを見渡し、ため息をついた。目の前で人が一人死んだのだ。なのに皆、気にしているのは自分の懐具合……あるいは楽しいショーが観られたという満足感。ビリーは先ほど墓地で感じていたおごそかな気持ちが消え去っていくのを感じ、心底嫌になってきた。さらに、この場所で観客の一人として存在している自分にも嫌気がさしてきた。その時、いきなり襟首を掴まれる。

 マリアだった。

「びりりんは……あんなものが見たかったのであるか……みんな……人が死ぬのが、そんなに見たいのであるか……」

「マ、マリア……そういう訳じゃ――」

「人が……人が死ぬのは……がなじいのである……なみだがどまらないのである……マリアはぎょうでえがじんだどぎ、ないだのである……でも、ごごでは……あいづがじんで……ないでるやづがいないのである……わらっでるのである……ぞれが……ぐやじいのである……」

 マリアはビリーの襟首を掴んだまま、泣きだしていた。そして空いている方の手で、死体と化した男を指差している。

 ビリーは何とも言えない気持ちになった。ここに来たのは、バイパーが試合に出るという噂を聞いたからだ。しかし、マリアがこんな反応を示すとは……ビリーは手を伸ばし、マリアの頭を撫でる。その時――

「おい、お前……ビリー・チェンバーズだな?」

 リングの上からの声……誰の声かは見なくてもわかる。バイパーだ。バイパーは金網を両手で掴み、すました表情でこちらを見ている。今さっき、人一人殺したばかりだとは思えない。まるで、目の前に石が落ちていたからどかした、とでも言わんばかりの様子だ。

「さあ、人違いじゃないですかね……私の名はビリリンですよ。マリア、さっさと帰ろうぜ」

 そう言うと、ビリーはそそくさと引き上げようとした。しかし――

「ううう……何であるかお前は!」

 泣いていたマリアが顔を上げ、バイパーに怒鳴りつける。しかし、バイパーは表情を変えずにマリアを見下ろした。怒っているようには見えない。だが、ビリーにはわかっている。バイパーは自宅でくつろぎながら人を殺せる怪物のような男なのだ。金網があるとはいえ、油断できない。ここは早急に立ち去る必要がある。

「なあマリア、オレは腹ペコだよ。この辺で一番美味い店を教えてくれ。お前の好きなの何でも食べさせてやるから……じゃあ、バイパーさんだっけ? また今度」

 言いながら、ビリーはマリアの腕を引く。マリアはバイパーの顔を睨み、不満そうな顔をしながらも、おとなしく付いて来た。


 ビリーはマリアの手を引き、エメラルドシティの大通りを歩いていた。マリアはさすがに泣き止んではいるが、黙ったまま一言も話そうとしない。重苦しい雰囲気のまま、二人は歩いていた。

「なあマリア、何を食べたいんだ?」

「何でもいいである」

 マリアの返事には、普段の天真爛漫さがない。ビリーはどうやって慰めようかと思案しながら歩く。歩きながら、周囲を見渡した。この辺りは治安がいいらしい。道の所々に武装したギャングらしき者が目を光らせている。この周辺を仕切っているタイガーは、もはや町長といっていい存在かもしれない。事実、治安警察の方がやる気がなさそうに見える。

 そんなことを考えながら歩いていると、マリアの足が止まった。彼女は吸い寄せられるように、一軒のバーの中に入って行く。彼女の手を引いていたビリーもまた、引きずられるようにして店内に入って行った。

「あら、マリアじゃないの……ちょっと待ってよ、アンタいい男連れてんじゃないの……お兄さん、アンタ誰よ?」

 ビリーは混乱した。オネエ言葉で近寄ってきた者、それは二メートルを遥かに超す身長に二百キロはある恰幅のいい体を黒いドレスに包んだ、巨大なる女装家であったのだ。

「あんちん、こいつはびりりんである。マリアの友だちである。そんなことよりハンバーグ食べたいのである」

 そう言うと、マリアは一番奥の席に着いた。ビリーも後から付いて行こうとしたが、巨人女装家に腕を掴まれた。そのまま店の奥に引きずり込まれる。

「ちょっとアンタ待ちなさいよ。マリアとはどういう関係? それに、マリアが何であんなに元気ないの? その理由を、アタシにじっくりと聞かせてもらおうかしら……」


 ・・・


 マット・スローンは武器の点検を終え、双子のために食事を作っていた。フライパンに油を引き、卵とベーコンを炒める。ブルドックのロバーツは先ほどケイから餌をもらったばかりだというのに、鼻をひくつかせて尻尾を振り、マットの足元をうろうろしている。

「ロバーツ……さっき食べたばかりだろう。食べ過ぎると太るぜ」

 言いながら、マットはチラリと双子を見る。双子は向こうの部屋の中で腕立て伏せをしていた。二人とも、既に汗だくである。腕立て伏せ、腹筋、懸垂、スクワット……この四つを延々繰り返して、もう三十分近く経過している。マットとロバーツはトレーニングの邪魔だというので部屋を追い出されてしまった。仕方なくキッチンに行き、ありあわせの物で料理を作っているのだ。

 マットは動き続けている双子を見ながら、ため息をついた。たとえ、こんな無法都市であったとしても、女なら化粧をしたり着飾ったりして、自分を美しく見せようという気持ちを失わないはずだ。少なくとも、マットの知る限りでは。しかし、目の前の双子にはそんな気持ちがひとかけらもない。ひたすら己を磨き、ほとんどの時間を強くなるためにのみ費やしている。

 いや、今はまだいい。いずれは二人とも、女の武器を使うようになるのかもしれない。それが悪いとは言わない。自らの手を血で染めるよりは、良いことなのかもしれない。だが、この双子は危ういのだ……あまりにも急ぎ過ぎている。急ぎ過ぎていると、なんでもないような所でつまづいて大ケガをする可能性がある……。

「ケイ! 誰が休んでいいって言ったんだい!」

 ユリの罵声。マットは思わず部屋を覗いた。するとケイは床に座り込み、鼻をひくつかせている。そして次の瞬間、瞳を輝かせてマットの顔を見た。マットは一瞬ワケがわからず困惑したものの、フライパンから漂う匂いに気付き、ケイが何を求め何を言わんとしているのかを理解した。

「おいユリ……そろそろメシにしようぜ。腹が減っては何とかって言うだろ。冷めたら不味くなる」


「マット! 美味しいよ! この目玉焼き、凄く美味しい!」

 ケイが大きな瞳を輝かせ、嬉しそうに食べている。どうやら、お世辞ではなく本気で美味しいと感じているようだ。マットは嬉しさよりも、むしろ驚きを感じていた。自分の料理の腕は、はっきり言って下手だ。この双子には、不味いと文句を言われるだろうと思っていた。

 しかし、ケイのこの反応は何を意味するのか……今まで、ロクな物を食べていないということだ。そしてケイとは対照的に、ユリの表情はキツい。明らかに不快そうだ。二人のこの態度……マットは理解した。恐らく、二人は普段あえて味の無い食事を摂っているのだろう。戦う体を造るために……そして、いざという時どんな粗食にも耐えられるように。特殊部隊には、任務のために普段から粗食にしている者もいた。それを真似ているのかもしれない。

 だが、この若さでそこまでする必要があるのだろうか?

 その時、ユリが口を開いた。

「ねえマット、あんたに聞きたいんだけど……銃を売ってくれる奴に心当たりはあるかい? あと、Z地区に詳しそうな奴――」

「ねえマット! お代わりはないの?」

 いきなりケイが叫ぶ。マットがそちらを見ると、ケイの皿は空っぽになっていた。さらに、ケイの足元には口の周りを舐めているロバーツが……マットは苦笑した。どうやら、ケイの分のベーコンエッグは半分以上、ロバーツの胃袋に消えてしまったらしい。

 だが、それを見たユリの表情はさらに険しくなる。そして、

「いい加減にしな! ケイ! あんたわかってんのかい! これからあたしたちは一億ギルダンの大仕事をやんなきゃ――」

「一人知ってるぜ、ユリ。この街には相当詳しい奴をな……ただ、それなりに金がいる。銃を買うにも、情報を仕入れるにもな。とりあえずは……今すぐ十万用意できるか?」

「なめんじゃないよ! 十万くらい、今すぐ持ってきてやる! ちょっと待ってな!」

 バカにされたと感じたのか、ユリは恐ろしい形相で怒鳴りつける。そして立ち上がり、リビングから出て行った。恐らく、金の隠し場所に行くのだろう。マットに見せられない、金の隠し場所に……だが、マットはそんなものは知りたくなかった。

「やれやれ……年中あんなに怒ってたら、せっかくの可愛い顔が台無しだよ。ケイ、お前も大変だな……お姉ちゃん怖すぎだ」

 そう言った時、ユリがリビングに戻って来た。金を握り締めている。

「で、どうすんだい?」

「今から情報屋の所に行こうぜ。みんなで……ついでにロバーツも連れて行こうか、ケイ?」

「うん! 連れてく!」

 ケイは嬉しそうに立ち上がるが、またしてもユリが怒鳴りつけた。

「何言ってんだよ! 犬は連れて行かない――」

「ユリ……お前はもう少し肩の力を抜け。強いパンチってのはな、肩に力が入ってちゃ打てないんだよ。覚えときな」

 マットはユリの肩を軽く叩き、笑みを浮かべて見せた。





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