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マット、苦悩する

 バイパーはゴドーの店を出たあと、しばらく歩いていた。どこを見ても、無秩序な街並みである。ケバケバしい外装の屋敷があるかと思うと、木造の掘っ立て小屋やテントのような家があったりする。道路のあちこちにゴミが落ちているが、そのゴミの内容が注射器だったり錆びたナイフだったり、さらには得体の知れない動物の骨だったり……だが、潜入前に思っていたほど危険な雰囲気ではなかった。どうやら、このシン地区という場所はエメラルドシティの中でも治安のいい方らしい。

 バイパーはしばらく歩くと、人気の少ない裏通りに入って行った。そして立ち止まり、携帯電話を取り出す。


 今から二時間ほど前、バイパーはモヒカン頭のタクシードライバー、トラビスに案内されてゴドーの店にやって来た。まずは軍資金が必要だ。そのためバイパーはトラビスに、千ギルダンで行ける範囲内で一番の大物の所に行ってくれるよう頼んだ。そいつに仕事を紹介してもらおうと……結果、ゴドーの店に連れてこられたのだ。店番をしていたバーニーと名乗る青年はニコニコして愛想のいい、優しそうな男だ。バイパーは拍子抜けした。

 しかし店の主のゴドーはいなかった。そこで三十分ほど待たせてもらったが、その間の来客は二人だけだった。だが、その二人の態度は神妙なものであり、店の主の持つ力が、バイパーにもよく理解できた。

 やがて、店の主のゴドーが姿を現した。ゴドーは六十代から七十代の恰幅のいい老人であり、大きな声とギョロリとした目が特徴的だ。そしてゴドーは入って来るなり、バイパーを怒鳴りつけた。

「何じゃお前は! 何も買わんのなら帰れ!」

 バイパーは一瞬、目の前の老人の首をへし折りたい衝動に駆られた。一秒あれば事足りるはずだ。しかし彼は、すぐにその衝動を押さえ込む。

「トラビスって男に聞いたが、あんたは大物だそうだな。仕事を紹介してもらいたい」

 バイパーはそう言うと、殺気をみなぎらせた表情で立ち上がった。一応、殺意は抑えている。しかし、金にならなければ殺す。殺して有り金を奪うだけだ。トラビスの場合とは違う。奴は腕のいいタクシードライバーらしい。ならば、飛行機の墜落場所に案内させる。利用価値があるから、生意気な事を言っても生かしておいたのだ。

 バイパーは殺気を帯びた目で睨む。だが、ゴドーには恐れる様子はない。彼は値踏みするような目で、バイパーを爪先から髪の先まで、じっくりと眺める。

「仕事か……ふむ……お前さんは強そうだな……今夜のバトルリング、出てみるか?」

「バトルリング?」

「そうじゃ。バトルリング知らんのか? 簡単に言うと、二人の人間が金網の中に入る。そして一対一の素手で殺しあう。お前さんは新顔だから……ファイトマネーは二十万じゃな。どうする?」

「いいだろう。やってやるよ。だがな、一つ言っとく……試合が終わった後、もしファイトマネーを払わなかったら、てめえが何者だろうが首をへし折る。いいな」

「儂をそこらのクズと一緒にするな。ちゃんと金は払う……ただし、勝てればの話だがな。お前さん、負けたら死ぬんだが……わかってるのか?」

「笑わせるな。オレは誰が相手でも勝つ」


 その後、少々のやり取りがあった後に商談は成立した。今夜、バイパーはバトルリングに出ることとなったのだ。勝てば二十万。それだけあれば、飛行機の墜落場所に行く事ができる。片道分だけあれば充分、のはずだった。

 しかし……。

 バイパーはゴドーとの商談の中で一つ、気になる話を聞いていた。いや、その前にタクシーの中でトラビスから話を聞き、ゴドーに確認したのだが。

 そして商談が終わると、バイパーは店を出た。人気のない場所に入り込み、携帯電話を取り出す。

「ホーク、オレだ。エメラルドシティに潜入したんだがな……てめえ騙しやがったな」

(おいプレストン、何を言ってる――)

「バイパーと呼べ。いいか、墜落した飛行機には一億ギルダン積んであったって噂になってるんだがな、こりゃどういう事だ?」

(何だと……)

 電話の向こうで、ホークの呟く声。そして、しばしの沈黙。バイパーは今の反応について考えた。どうやら、ホークは何も知らなかったらしい。それに、街の噂にはデマが付き物だ。しかし、ただの街の噂ではないような気もするのだが。

(プレストン……オレはそんな話は聞いてない。だが、お前の任務は変わらん。モニカを発見したら、すぐに連絡しろ。一億ギルダンは……もし見つけたら、お前のものにして構わん。オレも、その件はポタリアに確認してみる)

「バイパーと呼べ。言われなくてもオレが貰うよ。また連絡する」


 電話を切った後、バイパーは考えた。やはり、自分の勘は正しかった。どうやら、ロクでもないことに巻き込まれたらしい。一億ギルダン……街の大物ギャングが武装した一団を差し向けたが、一人も帰って来なかったという。そして今、街で最強の者を差し向けるべく、タイガーという大物ギャングの片腕であるジュドーが動いているらしい。三年前に百人以上の武装したギャングを皆殺しにした吸血鬼と交渉中だとか……難航しているようだが。

 となると……。

 急いだ方がいいかもしれねえな。


 ・・・


 ギース・ムーンがビリー・チェンバーズに街の昔話を語り終えた頃、マリアがこっちに歩いて来るのが見えた。その横には大柄な若い男がいた。カミソリのように鋭く不健康そうな顔つきである。しかし、マリアを見る目は優しさに満ちていた。シャツから見える、むき出しの二の腕は逞しい。ビリーの脳裏に、マッスル義兄妹というバカな単語が浮かぶ。一方、向こうの男はビリーを見て表情を固くした。しかし、

「がろう、こいつはびりりんである。マリアの友だちである。いい奴である」

 ニコニコしながら言うマリア。だが、今度はギースが口を挟む。

「違うだろマリア……ガロ、こいつはビリー・チェンバーズだ。あちこち嗅ぎ回るのが仕事みたいだぜ」

 ギースの紹介に、ビリーは苦笑する。まあ、確かに嗅ぎ回るのが仕事だが。

「初めまして、ガロードさん。ビリーと呼んでください。この街の伝説にお会いできて光栄です」

 言いながら、ビリーは右手を差し出す……だが、右手は潰されかけ、まだ痛むことを思い出した。マットとかいう奴は凄い握力だった、などと頭の中で呟きながら、ビリーは左手を差し出す。

 ガロードはためらうような仕草を見せたが、ぎごちない笑みを浮かべながらもビリーの左手を握る。ビリーは改めて、聞いた話と現実との違いに驚かされた。ギースに聞いた話では、ガロードは集まっていた百人以上の武装したギャングを、二十分もしない間に全滅させたのだ。しかも、吸血鬼である。

 しかし、目の前にいるのは……体は大きく表情はシャープだが、心根の優しそうな飾り気のない、地味な雰囲気の青年だ。人見知りする性格なのか、どこかぎこちない笑みを浮かべて自分の左手を握っている。握り方は柔らかい感じだ。ビリーは、ガロードという男の本質をわずかながら理解できた気がした。彼はルルシーと静かに暮らしたいだけなのだ。この墓地でひっそりと、静かに……それ以上のものは何も望んでいない。ビリーは改めて、ガロードの歩んできた道の険しさを思った。険し過ぎる道を歩んできたからこそ、この平穏な生活の素晴らしさが理解できるのだろう。

 そんなガロードの今の生活を、これ以上乱す気になれなかった。

「いやあ、お会いできて嬉しいですよガロードさん。今日のところは、これで失礼します。マリア……そろそろ失礼しようぜ。それとも、お前は残るか?」

 だが、マリアは首を横に振る。

「びりりんが帰るなら、マリアも帰るのである。がろう、ぎっちょん、また来るである」

 そう言うと、ビリーの隣に来た。ガロードは面食らった表情で、ビリーとマリアの顔を見る。だが当のビリーも面食らい、マリアを見つめる。マリアはきょとんとした顔で、ビリーを見つめ返す。三人全員が面食らっているのを見て、ギースは苦笑した。

「ビリー、どうやったのか知らんが……お前さん、マリアを手なずけちまったみたいだな。だが、マリアに感謝するんだな。マリアに気に入られてなかったら、オレにもガロにも会えてないぜ。それから……用があったら、ここに電話しろ。お前さんはもう、見知らぬ赤の他人じゃなくなったからな」

 ギースはビリーに名刺を渡した。ビリーは名刺を受け取り、軽く会釈する。そして立ち去りかけた時、マリアに腕を引っ張られた。

「びりりん、待って欲しいのである。マリアの友だちがまだいるのである。紹介するのである。ここに眠っているのである」

 そう言うと、マリアはビリーの腕を引っ張り、墓地の中を歩き出した。

 やがて、中央にあるひときわ大きな墓の前で立ち止まる。二つの黒く大きな墓石が、仲良く並んで設置されていた。さらに、二つの墓石を繋げるかのような形で、一枚の大きな石板が設置されている。さらに墓石の脇には、古くなった小さなゴリラのぬいぐるみが一つずつ置かれていた。

 ビリーは墓石の前に立つと、石板に刻まれた文字を目で追い始めた。

(ジョーガンとバリンボー、ここに眠る。彼らは魔神のような強い肉体と、天使のような美しい心を持ち、出会った全ての人間を幸せにした。彼らは友人たちが危機に陥った時、自らの命を差し出して友人たちを助けた。彼らこそが真の勇者であり、ヒーローなのだ。我々は語り継がねばならない、彼らの勇気を。そして、彼らの海よりも深い愛を。この汚れた街に降り立った二人の天使よ、今はやすらかに眠れ)

「なあマリア、これって……」

「そうである。きょーでえの墓である。マリアの大切な友だちである」

 マリアは微笑んで見せたが、その表情は寂しげだった。一緒に付いて来た、ギースとガロードの表情も真剣だ。

「オレには……わからないですね。オレには絶対に出来ません、人のために、自分の命を捨てるなんて……オレは宗教も死後の世界も信じてない……それに……オレは所詮、自分が一番カワイイ人間です……」

 ふと気が付くと、ビリーはそんな言葉を口走っていた。すると、

「兄弟だって、神も仏も信じてなかったよ。こういうのは理屈じゃないんだ。ビリー、お前さんは頭で考えすぎかもしれねえな……たまには頭で考えず、心のままに動いてみろよ。そうしたら案外、楽しく生きられるかもしれないぜ。しばらくマリアと一緒に過ごしてみろよ。色々とわかるかもしれないぜ」

 そう言って、ビリーの肩を叩くギース。その目は、さっきまでとはまるで違っていた。ビリーはぽつりと呟く。

「ギースさん、あなたは……キーク・キャラダインなんですよね?」

「いや、キークは死んだよ……少なくとも、オレはそう思っている。メルキア機構特殊任務班のエージェント、キーク・キャラダインは爆弾で吹っ飛ばされ、命を落とした。ここにいるのは……エメラルドシティの墓守、ギース・ムーンだ」


 ・・・


 マット・スローンは拳銃を分解し、手入れをしていた。その傍らでは、ケイがブルドックのロバーツに餌をあげている。皿に乗せられた骨付き肉――何の肉かは不明だ――をロバーツは夢中で貪り食らい、その様子をケイは目を細め眺めていた。まるで、我が子を見る母親のような表情だ。その光景があまりにも微笑ましく、マットはつい口を出した。

「ケイ……実はな、ロバーツには大好物があるんだよ――」

「ええ?! なに?! なに?!」

 ケイは瞳を輝かせ、マットに迫る。マットは狼狽した。ケイの表情はあまりにも純粋で困ってしまう。さらに、自分とケイを見ているユリの表情の険しさたるや、神をも殺せそうな雰囲気である。この状況で、ロバーツの好物を言いたくはなかったが――

「ビールだ」

「はあ?! ビール?! 本当に?!」

 ケイがすっとんきょうな声を出し、次いで、

「あんたねえ……自分が飲みたいからって嘘つくんじゃないよ! 犬がビール飲むわけないでしょ!」

 ユリが恐ろしい形相でマットに詰め寄る。今度は悪魔も殺してしまいそうな顔だ。マットは仕方なく、自分の荷物から瓶ビールを取り出し肉の乗っている皿に注いだ。するとロバーツは肉そっちのけで、ビールを夢中で舐め始める。

「ホントだ! ロバーツ本当にビール飲んでる! 凄い!」

 ケイの驚いた表情。対照的にユリは呆れ果てた表情で首を振る。

「あんたは……犬にどういう教育してんだい?」

 双子でありながら、全く対照的なこの反応。性格もまるで違う。キツい性格の姉と天真爛漫な妹。この二人は、どうしてこうまで性格が違ってしまったのだろう? 

 いや、その前に……。

「なあユリ、一つ聞きたいんだが……お前たちはこの街の生まれか?」

「いや……違う」

 ユリの表情が一瞬にして暗くなる。

「じゃあ、どこから来た……いや、答えなくていい」

 ユリの表情の変化から、マットは大体の事情を悟った。そう、誰も好き好んでこんな場所に来ているのではない。みんな、いろんな事情を抱えてエメラルドシティにやって来るのだ。彼は話を切り上げ、拳銃の手入れを再開させた。しかし――

「ケイ、ロバーツ連れて外に行ってな」

 ユリの冷たい声。そして冷酷な表情でケイを睨みつける。ケイは嫌そうな顔をしながらも、ロバーツを抱き上げ外に出ていった。

「あたしたちは……クメンのツヤマ村って所から来たんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、マットの手が止まった。彼の頭の中を、様々な思いが駆け巡る。そう、ツヤマ村はマットの親友ヒロム・カンジェルマンが三十二人を殺した場所なのだ。

 だが、ユリはマットの変化には気づかず、話を続けた。村には、十歳になった双子を殺す風習があったこと。二人も村人たちに石打ちにされそうだったが、そこを助けてくれたのがカンジェルマンだったこと。そしてキティアラという魔女の力を借り、どうにかエメラルドシティに逃げ延びたこと。その後、このエメラルドシティで家族のように仲良く暮らしていたこと。

 しかしガロードとルルシー、そしてキーク・キャラダインとクリスタル・ボーイという仕事屋のチームの手で、カンジェルマンとキティアラが殺されてしまったこと……。

「あたしたちが何をしたっていうんだい……ただ、四人で平和に暮らしていただけなのに……あたしたちの目の前で……おじさんが死んだんだ……あたしはあいつらを許さない……あいつらを潰す。ガロードも、仕事を依頼しやがったタイガーも、あたしが殺す……そのために金がいるんだ。奴らを倒すために……」

 いつの間にか、ユリの目に涙が浮かんでいる。しかし、マットは気づいていなかった。話から受けた衝撃があまりにも大きすぎたのだ。ヒロム・カンジェルマン……かつての親友。ツヤマ村で三十二人を殺した男だ。犯行の動機については「突然狂気に駆られて剣を抜き、村人たちに襲いかかった」と発表されていた。マットは殺人鬼と化した親友を捕まえて、クメンに連れ帰るためだけに、この街に来たのだ。場合によっては、自分の手で止めを刺すために……しかしエメラルドシティに来たところ、カンジェルマンは既に死んでいた。その事実を知った時、マットはやりきれない思いに襲われ……そして彼は何もかもが嫌になり、そのまま街に居着いてしまったのだった。

 だが、事件の真相を今頃になって知ることになろうとは……。

「カンジェルマン……バカ野郎が……なんでオレを頼らなかった……」

 マットは思わず呟いていた。

 その時、聞こえてきたのは嗚咽……話しているうちに色々と思い出してしまったのだろう。ユリが自分の目の前で泣いていた。






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