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ビリー、雑談する

 バイパーは凶暴そうな顔つきをしており、乱暴な言葉遣いをする。態度も乱暴だ。しかし同時に、緻密な計算や駆け引きなどができる男でもある。

 ダックバレーにいた時には、周りはみな重罪を犯した者ばかりだった。その中には大物ギャングもいた。そんな凶悪な連中の中で生き延びていくには、力のみでは到底不可能だ。

 そして今、バイパーはダックバレーにいた時よりも慎重に動いていた。道で拾ったボロきれで頭や顔を覆う。そして物陰を選んで歩いた。今は正午だ。人通りも多い。にも関わらず、通りを歩いている人々はどこか妙な空気がある。さらに、通りの反対側には屋台が出ている。しかし、そこにいるのはバンディだ。大陸にいた時、二十人以上を殺した快楽殺人鬼……の異能力者である。かつてバイパーにぶん殴られ、鼻をへし折られているのだ。その後、メルキアに引き渡したはずだったのだが……。

 バイパーはバンディの目を避けながら動く。まずは、ここから離れなくてはならない。バンディに見つかったら面倒だ。次に、飛行機がどこに落ちたかを調べなくてはならない。バイパーはさりげなく、目立たないようその場を離れた。周囲は無秩序な街並みが続く。コンクリートの廃ビルの隣に竪穴式住居が並んでいるような……かと思うと、中世ヨーロッパ風の屋敷のような家もある。どいつもこいつもが好き勝手なことをしてやがる……などとバイパーは思った。

 その時、通りの反対側でひったくりが起きた。まだ若い、ガリガリのヤク中といった風貌の男が中年女のバッグをひったくり、走りだす。だが次の瞬間、中年女は拳銃を抜くと数発撃った。ひったくり犯は背中に銃弾を喰らい、驚愕の表情を浮かべて倒れる。

 バイパーの目の前で。

 バイパーはバッグを拾い上げ、女に投げつけた。そしてしゃがみこむと、ひったくり犯の身体をチェックし始める。三千ギルダンと小型のナイフ、あとは小銭とがらくた……金とナイフをポケットに入れ、バイパーは立ち上がる。だが、その時、

「た、たすけて……し、しにたくない……い、いしゃのところに……」

 男の弱々しい声。まだ生きていたのだ。バイパーは男を見下ろす。

「知らねえよ。行きたきゃ、自分で行け」

 そう言い残すと、バイパーは立ち去る。どうやら、この街ではひったくりすら命がけらしい……そう思った次の瞬間、一台の車が走って来た。黒く、装甲板らしき物がいたる所に装着されている。乗用車を無理やり装甲車に変えたような車だ。

 装甲車は倒れている男の横で止まった。そしてドアが開き、モヒカン刈りのアーミージャケットを着た不健康そうな男が顔を出す。そして、

「なあ、あんた……医者に行かないと、もうじき死ぬな。医者の所まで連れていってやろうか? 生きるか死ぬかの状況だから……千ギルダンでいい」

 だが、その言葉に、

「かねはない……いま……あいつにとられた……ぜんぶ……」

 そう言うと、男は最期の力を振り絞り、上体を起こした。そしてバイパーを指差す。

 しかし――

「つまり、お前は今、文無しなんだな。だったら諦めろ。いくらオレが二十年間無敗のタクシードライバーで、お前が死にかけているとしても……ただ乗りはさせられねえ」

 そう言うと、モヒカン刈りの男はドアを閉めようとするが――

「待て……お前は、この街のタクシードライバーなのか?」

 バイパーはそう言いながら、車に近づく。そして地面に転がっている男の体を片手で軽々と持ち上げ、一気に放り投げた。男の体は壁に叩きつけられる。それが止めとなってしまったらしい。男の首はガクンと落ちた。

 それを見たモヒカンのドライバーは首を振り、呆れた顔をする。

「おいおい、何て暴力的な奴――」

「こんな奴どうでもいい。なあ、あんた……ここいらに飛行機が墜ちたらしいんだがな、場所を知ってるか?」

「知ってるよ」

「だったら、オレをそこに案内しろ」

 言いながら、バイパーは車に近づき、乗り込もうとする。しかし――

「待て」

 ドライバーは右の手のひらをバイパーに向ける。次の瞬間、小型の拳銃が上着の袖口から飛び出した。ドライバーはその拳銃をバイパーに向け、睨み付ける。

「オレはエメラルドシティで二十年間無敗のタクシードライバー、トラビスだ。オレはな、ただ乗りだけは絶対にさせないし、場合によっては乗車拒否もする。お前さんは、ここいらじゃ見ない顔だ。しかも暴力的ときてる。それに……飛行機の墜ちた場所はな、非常にヤバい。危険すぎる。片道……最低でも十万は貰わないと割りに合わない。往復となると……最低でも三十だ」

「最低十万か……それだけ払えば、お前はオレをその場所に連れていってくれるんだな?」

「ああ。ただし、お前さんの場合は前金で払ってもらうがね……どうする?」

 バイパーは向けられた拳銃から目を逸らさずに、頭の中で素早く計算した。目の前のドライバーは間違いなく変人の上、危険人物でもある。しかし、引き受けた仕事は確実にやってのけるタイプだ。自分を騙そうとか、ハメようなどとは考えていないはず。仮にそうだったら、こんなやり取りをする前に銃をブッ放しているだろう。その方が手っ取り早い上に確実だ。

 しかも、飛行機の墜ちた場所は危険だと言っているのだ。となると……。

「あんた……トラビスとか言ったな。とりあえずは千ギルダン払う。そいつで行ける所まで行ってくれ。いや、その前に……この辺で一番の大物の所まで頼む」


 ・・・


 ビリー・チェンバーズはマリアと共に、巨大な建物の前にいた。灰色の頑丈そうな塀に囲まれ、大きな鉄製の扉が付いている。

 マリアは扉の前に行き、革ジャンのポケットから大きな鍵を取り出した。そして鍵を使い扉を開ける。

「びりりん、この中に居るのである」


 ビリーはマリアに連れられ、塀の中に入る。塀の中は広く、細かく金網で仕切られていた。コンクリートでできた小さな宿舎のような建物がいくつか、等間隔で設置されている。窓には鉄格子らしき物がはまっているが……。

 しばらく歩くと、奇妙な所に出た。金網に囲まれた広い草原のような場所だ。綺麗な花に覆われた、巨大な石碑がいくつも並んでいる。いや、石碑というよりは……墓石だ。幾つもの墓石が整然と並んでいる。全てが綺麗に磨かれ、コケの生えたものや汚れたものは一つもない。

 そして、向こう側の金網のそばには木製のベンチがある。そのベンチには、金髪の軽薄そうな男が一人、のんびりとした表情で座っていた。

 すると突然、マリアが駆け出した。ビリーも慌てて後を追う。

「ぎっちょん! 遊びに来たのである! るるっちは起きているのであるか?」

「ああ、起きてるよ……行ってきな」

 男の声はのんびりしている。だが、左手はポケットに入れられていた。そのポケットは妙な膨らみ方をしている。拳銃が入っているのだろう。ビリーは近づきながら、男をじっくり観察した。中肉中背、安物のコートを着ている。一見すると軽薄そうな男だが、右手に付けられた黒い特殊合金の義手、そしてポケットの中に握られているであろう拳銃が、男のこれまでの人生を物語っていた。

「わかったである! びりりん、待っていて欲しいである! マリアは友だちと遊んでくるである!」

 そう言い残し、マリアは一人で走って行った。どうやら、ここの構造を熟知しているらしい。

「あなたが、ギース・ムーンさんですね……ギースさん、オレはビリー・チェンバーズです。ビリーと呼んでください。お会いできて光栄です」

 そう言いながら右手を差し出そうとするが、さっきマットとかいう男に潰されかけたのを思い出した。利き手である右手を潰されてはかなわない。しかも、ギースの右手は義手だ。一瞬で握り潰せるだろう。ビリーは左手を差し出した。

 ギースはビリーの顔を見た。次いで、差し出された手を見た。そして――

「堅苦しいことは止めようよ、ビリー。お前さん……何しに来た?」

 言いながら、ギースは目線を上げてビリーの顔を見つめる。左手を出す気配はない。ビリーは苦笑しながら、左手を戻した。

「いや、ギースさんは仕事屋だと……そういや、あなたの名前を出したとたん、リュウって奴が怒り出したんですよ。よっぽど、あなたのことを嫌ってるみたいですね。いったい何があったんです?」

「それを知ってどうするんだ?」

 そう言うと、ギースは立ち上がり、歩き出す。ビリーは慌てて後を追った。そしてギースは、一つの墓石の前で立ち止まる。

「キーク・キャラダイン……この街であちこち嗅ぎ回ってたバカ野郎だ。今は墓石の下で寝てる。色んなことを知りすぎたせいでな。お前さんもこうなりたいのか?」

 ビリーは墓石を見る。綺麗に磨かれ、周囲には花が植えられている。いや、この墓に限らない。全ての墓がきちんと磨かれ、花が植えられている。丁寧すぎるほど、きちんと手入れされているのだ。

「いい所ですね、ここは……いい仕事してる」

 ビリーは思わず呟いていた。毎日、命の大バーゲンセールが行われている街のはずだった。なのに、こんな綺麗な墓地があったとは……。

「人はみな、いつか死ぬ。そして、ここに生きた証を遺すんだ。オレは、その生きた証を守っている。オレは……いや、オレたちはこの墓守という仕事に誇りを持っているんだ。死者の遺したもの……そして死者の平穏な生活を守るのも、オレの仕事だよ」

 ギースの顔から、先ほどまでの軽薄そうな表情が消えている。悔恨の念に苛まれている男の顔に変わっていた……ビリーは改めて、ギースの顔を観察する。今まで、あまりに多くのものを見てきたのだろうか。どこか、この街の住人らしからぬ雰囲気をしている。バーニーやマリアとはまた違うタイプの男……だが、それは一瞬だった。すぐに元の軽薄そうな表情が戻る。

「で、ビリー……お前は何をしに来たんだ? 仕事を頼みに来たのか?」

「いや、もういいです。仕事を頼みたかったんですが……気分が失せました。あなたはここで墓を守っていてください」

 ビリーはそう言うと、一つ一つの墓をじっくりと見て回った。心なしか、己を取り巻く空気が変わったような気がする。神聖かつ、純粋な空気。自分のような腐った人間が居てはいけないような……そして、目の前のギースからも似たような何かを感じる。フリーの仕事屋のはずなのだが、なぜかギースを自分の仕事に巻き込むことはためらわれた。

 ギースはしばらく黙ってビリーの様子を見ていたが、やがて口を開いた。

「ビリー……お前さん、三年前の事件を知ってるか? 街中で吸血鬼が暴れ、百人以上のギャングが殺された話だ」

「ええ、まあ……うわべだけですが――」

「だったら教えてやる。どうせ、マリアはあと二時間くらい経たないと来ないんだ。それまで、話を聞かせてやる。あの日、何があったか……いや、そもそもの始まりからな。昔、ガロード・アリティーっていうバカ野郎がいて……」

 ギースはようやく、ポケットから左手を出す。そして彼は語り始めた。

 この街の伝説となった男女と一人の汚い警官と一人の義理人情に厚い売人、そして……気高い心を持った双子の大男の物語を。


 ・・・


 マット・スローンはブルドックのロバーツを連れ、双子の姉妹の家に引っ越して来た。どうやって手に入れたのか、電気や水道が通っている一軒家だ。ここエメラルドシティでは、電気と水道が通る家はそれだけで高級住宅である。

 マットとしては、引っ越す必要など微塵も感じていなかったのだが、双子の妹のケイに言われたのだ……前の住みかは人間の住む場所ではない、と。さらに、完璧な計画のためには一緒に暮らす必要があるとも主張した。

 もっとも、ケイの本当の目的はロバーツであるのは明白だったが。出会ってすぐに、ブルドックのロバーツを気に入ったケイ……そして、警戒心が強いはずなのにケイになついたロバーツ。今も、ケイはロバーツと外で追いかけっこをしている。

 それを苦々しい表情で見つめているユリ。今にもケイを怒鳴りつけそうな雰囲気だ。仕方なく、マットが口を開く。

「なあ、ユリ……その墜落した飛行機だが、本当に一億ギルダンも積んでいたのか?」

「どういう意味だい? あんた、あたしが嘘をついてるとでも?」

 ユリの表情がさらにキツくなる。マットは窓際で、ロバーツと戯れるケイの無邪気な顔を見た。そして、目の前にいるユリに視線を移す。二人とも同じ顔のはずなのに、驚くほど違って見える。マットは憐れみを感じた。この双子は、なぜこんな街に来てしまったのだろうか……。

「ちょっと! あんた聞いてるのかい!」

 バカにされたと感じたのか、ユリが凄まじい剣幕で怒鳴る。そしてナイフを抜いたが――

「まあ、待て。仲間割れしてる場合じゃないだろう。オレが知りたいのは、ギャング共が一億ギルダンもあると知りながら、なぜ放っておいてるのか、ということさ。タイガーやマスター&ブラスターは動いてないのか?」

「動いたさ。飛行機の墜落した場所にかなりの人数を差し向けたけど……一人も帰って来ないんだよ」

「何だと……」

 マットの表情が変わる。タイガーにしろ、マスター&ブラスターにしろ、百人程度なら簡単に動かせる。にも関わらず、手をこまねいているとなると……。

「人外のいる場所なのか……とんでもないのがいるんだな。だったら……オレたちの手には負えないかもしれないぞ」

「仕方ないだろ……あたしたちみたいなのが浮かび上がるには、ヤバい橋渡るしかないんだ。それに……あたしたちは戦いに行くんじゃない。少人数で行って、金だけ奪って逃げる……それなら何とかなるかもしれないだろ」

「無茶苦茶だな。もしオレが降りる、と言ったらどうする?」

「降りたきゃ降りな。あたしたちは二人だけでも行くよ!」

 ユリは語気を強めた。その瞳には強烈な意志を感じる。妹のケイからは感じられない意志が。マットは嘆息した。この双子がなぜ、ここまで金にこだわるのかは知らない。少なくとも、双子はこの街でいい暮らしはできている。にもかかわらず、なぜ……。

 だが、はっきりしていることが一つある。自分が降りれば、双子は……いや、最悪の場合ユリは一人でも行くだろう。

 それだけは避けたい。

「わかったよ……引き受ける。ただし、オレの取り分は三千。それと、必要経費は全部そっち持ち。それでいいな?」

「それで構わないよ。それと……あたしの方からも一言ある。今日からあんたはここで暮らす。ただし、妹やあたしに妙なマネをしたら……」

 ユリは言葉を止め、目線を落とした。

 マットの下半身で、目線が止まる。

「切り落とすよ……いいね……」

 ユリの言葉に、マットは苦笑しそうになる。だが、ここで苦笑したら、ユリはキレるかもしれない。マットは神妙な顔を作り、うなずいて見せた。だがその時、頭の中に一つの疑問が浮かび上がる。

「なあユリ、最後に一つ聞いておきたいんだが……何でオレを雇った? オレの喧嘩を見たと言ってたが……オレより強い奴は、探せば幾らでもいる。なのに、なぜオレを雇った?」

 マットが尋ねると、ユリは黙ったまま目線を外に向けた。いつの間にか、ロバーツは腹を見せて寝転んでいる。ケイは座り込み、ロバーツの腹を撫でていた。マットもそちらを見る。

「あんたのことは調べさせてもらった。いろんな人に聞いたよ……タン、バーニー、医者のロドリゲス、その他大勢にね。みんな、あんたを知ってた。あんたの悪口を言う奴は……いたけど少なかった。ほとんどの人があんたを、この街では珍しい正直な良い奴だって言ってた……だから、あんたを雇うことにしたんだ」





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