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バイパー、潜入する

 闇に支配された地下道。時刻は既に零時だ。地上もまた、闇に支配されている……もっとも、月明かりや街灯がある分ここよりはマシだが。

 そしてバイパーは、このエメラルドシティに通じている地下道を歩いていた。無法都市に潜入するというのに、武器は渡されていない。渡された物といえば、携帯電話とモニカの写真だけである。顔に大きな青あざのある女が、暗い目をして写っていた写真……これから政界進出しようという男の妻にふさわしい女とは、お世辞にも言えない。生きていたとしても、殺せという指令が来るパターンだろう。丸腰でエメラルドシティに乗り込み一人の女を探し、そして……死んだ証拠を持ち帰るか、殺した後にその証拠を持ち帰るか。

 バイパーのような強化人間にとっても、困難で嫌な仕事だ。ダックバレーも最悪の刑務所だったが、いたのはほとんどが普通の人間だった。まあ、楽な生活でなかったのは確かだが……バイパーはダックバレーでの生活を思い出し、苦笑する。ただ、エメラルドシティに丸腰で潜入するのと、果たしてどちらがマシなのだろうか。

 そんなことを思いながら、バイパーは歩く。後ろからは、暗視スコープを着けた完全武装の兵士が五人付いて来ている。自分の行動を見張っているのだ。エメラルドシティに侵入するまでは、付いて来るつもりであるらしい。ご苦労様な話だ。

 暗闇の中、バイパーは歩き続ける。彼には暗視スコープなど必要ない。暗闇の中でも物が見えるのだ。歩き続けていくと、数メートル先に鉄製の頑丈そうな扉が見えてきた。

 バイパーは扉の前で立ち止まる。そして振り返り――

「おい兵隊さん、ここ開けてくれよ」

 すると兵士の一人が近づいて来た。そして大きくて頑丈そうな鍵を取り出す。バイパーは苦笑した。いつの時代に使われていた鍵なのだろう。中世ヨーロッパ風の牢屋でも開けようというのか。

 ガチャリという音がして、扉が開く。ここから先はエメラルドシティだ。彼はエメラルドシティには入ったことがない。だが、噂には聞いている。力が正義の無法地帯だと。昼間はヤク中や殺人犯やギャング、そして異能力者がうろついている。夜になると、そこに人外が加わる。まあ、一時期よりは平和になったらしいが。バイパーが立ち止まり、そんなことを考えていると――

「何をしてるんだ! さっさと行け!」

 後ろに立っていた兵士の一人が、銃の台尻でバイパーの背中を小突いた。バイパーの表情が変わる。振り向くと同時に、その兵士の顔面を殴り付ける。兵士はフルフェイスの防弾ヘルメットを被っていたにも関わらず、バイパーの一撃で吹っ飛んでいった。

 その瞬間、兵士たちが動く。一糸乱れぬ動きで、一斉に銃を構える。

「バイパー! おとなしく行け! さもないと、この場で射殺するぞ!」

「早く行かせたいなら、余計なことをするな」

 バイパーはそう言うと、扉をくぐり進み出す。しばらく進むと、背後で扉の閉まる音がした。

 そして、鍵の閉まる音……。


 暗い地下道を、バイパーは一人で歩き続ける。足元には、ネズミなどの小動物の蠢く気配がする。ひたすら地下道を進んでいくうちに、梯子のような足場の付いた壁が見えてきた。バイパーはそこに着くと、上を見上げる。穴が空いていた。どうやら地上に出られるらしい。だが、上からは人の気配がする。バイパーは一瞬迷ったが、上がってみることにした。

 彼は慎重に足場を登っていく。まず頭を出し、周りの様子をうかがう。周囲には瓦礫が見える。エメラルドシティはまがりなりにも街のはず……となると、エメラルドシティでも最悪と言われているZ地区かもしれない。さらに、ボロ布をまとった男たちの姿も見える。ここで暮らすホームレスたちのようだ。なら、気にすることはないだろう。バイパーは人々を無視して地上に上がる。

 人々はいきなり地下から上がってきたバイパーの姿を見て、怯えた表情で飛び退いた。そして棒きれやナイフを構えるが――

「みんな、ちょっと待て……あんた、バイパーだろ……ジョン・バイパー・プレストンだよな?」

 一人の男がバイパーに尋ねる。と同時にライトを点け、こちらを照らそうとするが――

「ライトを点けるな! そうだ、オレはバイパーだ。オレはお前なんか知らないんだがな……」

「あ、ああ、会うのは初めてだ……あんた、ダックバレー刑務所にいるって聞いてたが――」

「昨日脱獄した。なあ、オレはいつからそんな有名人になったんだ?」

「何言ってんだよ……あんた、ダックバレーでテッド・ランディとレスリー・ダーマーを殺したんだろ……あんた凄いよ……あの二人を――」

「どうでもいい。ここはどこだ?」

「ガン地区だよ……」

「ガン地区だと……街の中心部には、どうやって行けばいいんだ?」

「そこを真っ直ぐ行けば、ケン地区って所に着く。そこなら店もあるし人も多い――」

「わかった。邪魔したな」

 バイパーは言われた通りに歩き始める。ダックバレーにいた時、確かにテッド・ランディとレスリー・ダーマーを殺したが、正当防衛だった。手製のナイフで襲いかかってきたので、殴り倒す……つもりだったが死んでしまった。もとより二人が何者であるかなど、知らないし興味もない。さらに、ここに来た目的も秘密にしておかなくてはならない。そのため、脱獄したと嘘をついたのだ。

 バイパーは、足早にその場を立ち去った。しかし男たちのうちの一人は、バイパーの姿が消えると同時にその場を離れ、物陰に隠れる。

 そして、辺りを見回して誰もいないことを確認し、携帯電話を取り出す。

「もしもし……後でビリーに連絡してくれ……バイパーが来た……」


 ・・・


「びりりん! 何をしてるのであるか?! 起きるのである!」

 安宿に響き渡る大声。と同時に、ビリー・チェンバーズはいきなり叩き起こされた。目を開けると、マリアが可愛らしいはずの顔を歪ませ、鬼のような形相でこちらを睨んでいる。ビリーは一瞬、何事が起きたのかわからず混乱した。

「びりりん! 早く起きるのである! マリアはお腹が空いたのである! 朝ご飯食べたいのである!」

「何だマリアか……お前、オレの三番目の女のジュディと同じくらい食いしん坊だな」

「そんな奴知らないのである! 早く朝ご飯食べたいのである!」

「……金やるから、一人で適当なもん買って食っとけよ。オレは眠いんだ。冬眠中の熊のように――」

「ダメである! びりりんも食べないといけないのである!」

「わかったよ……つーか、びりりんて何だよ……もっとマシなあだ名付けてくれよ……」


 そして今、ビリーはマリアの腕力で無理やり表に引きずり出された挙げ句、一緒に歩かされている。

 夕べはギースと会うことができず、マリアが部屋に泊まった。隙があったら口説いて迫り、脈があるなら押し倒そう……などと不埒なことを思っていたのだが、革ジャンを脱いだマリアの腕や肩は筋肉に覆われている。腕力も異常に強い。さすがのビリーも、下手なことをすると大切な部分を握り潰されそうな気がして止めておいた。

 そしてマリアは今、異常な責任感を発揮している。自分とギースを会わせるまでは、行動を共にするつもりらしい。

「なあマリア……先にギースの所に行こうぜ。いっその事、ギースと一緒にメシ食うってのはどうだ?」

「ダメである! 朝ご飯はちゃんと食べないといけないのである!」

「ったく、お前は……オレの五番目の女のスーザンと同じくらい強情だな」

 ブツブツ言いながら歩いていると、不意にマリアの足が止まった。

 そして――

「びりりん……ちょっとここで待っていて欲しいのである! おーい! まっつん!」

 その言葉と同時に、マリアは通りの反対側に走っていく。ビリーは慌てて後を追った。マリアは一人で放っておいたら、何をしでかすかわからない女だ。


「まっつん! 何をしてるのであるか?」

 マリアは大柄な男の前で立ち止まり、ニコニコしながら話しかけている。男も笑顔で言葉を返していた。ビリーは近づき、男を注意深く観察する。年齢は三十代後半か、いってても四十……背は百八十センチから百八十五センチほど。体重は九十から百くらい……脂肪がやや多めだが、それでも動くのに支障はないだろう。鼻は曲がり、耳は潰れている。さらにズボンのポケットはL字に膨らんでいる……格闘技の経験がある上に拳銃を所持しているようだ。恐らく、軍人あるいは元軍人だろう。

「なあマリア、この男は誰だ? お前の彼氏か?」

 不意に男がこちらを向いた。ビリーは頭を下げ、男に微笑んで見せる。

「いやあ、自己紹介が遅れてすみません。オレはビリー・チェンバーズ。ビリーって呼んでください。で、オレはあなたを何て呼べば――」

「まっつんである」

 マリアが横から口を出した。男は苦笑する。

「違う。オレはマット・スローンだ。マットでいい。二人で何やってる? デートか?」

「いやあ、そんなもんじゃあ――」

 その時、不意にビリーの携帯電話が震え出した。

「ええと……マットさん、すみません……ちょっと電話に……」

 ビリーは軽く会釈すると、早足で歩きその場を離れた。そして電話に出る。

「どうした……何、バイパーだと……待てよ、バイパーはダックバレーにいるはずだ……脱獄、だと……そんなことが……わかった。また連絡してくれ」

 ビリーは電話を切った。その瞬間、彼の顔から軽薄そうな雰囲気が消え去る。何かを思案する表情……だが、それはほんの一瞬のことだった。すぐに、元の軽薄な優男の顔に戻る。

「マットさん、すみませんね……じゃあマリア、行こうか……お前は何が食べたいんだ?」

 そう言いながら、二人のそばに近づいて行く。二人は何やら楽しそうに話している。どうやら、長い付き合いのようだ。もっとも、マリアは誰とでもすぐに仲良くなれる体質らしいが。

「そうか……ビリー、会えて良かったよ」

 そう言うと、マットはこちらに右手を差し出してきた。ビリーは一瞬面食らったが、すぐに理解し右手を握るが――

 その瞬間、凄まじい力で引き寄せられた。同時に、耳元にマットの顔が近づいてくる。

 そして、囁く声。

「ビリー・チェンバーズ……お前さんが何者かは知らねえ。知りたくもねえ。だがな、マリアに下手な真似をしたら、オレは黙ってないぞ。オレだけじゃねえ。マリアのファンはな、この街に大勢いるんだ。もし万が一、マリアに何かあったら……お前の両手両足をぶった斬り、舌を引っこ抜くぜ。そして一生その姿で暮らすことになる。わかったな」

 言葉と同時に、右手にかかる力が一気に強まる。手が押し潰され、砕けてしまいそうな力だ。ビリーは思わず悲鳴を上げそうになる……しかし耐えた。そしてニヤリと笑ってみせる。

「わかってますよマットさん……けど、オレじゃあ、あいつをどうこうできませんね。あいつはオレより強い……ところで、あなたはバイパーを知ってますかね? ジョン・バイパー・プレストンです」

「バイパー……聞いたことないな、そんな奴。そいつがどうかしたか?」

 マットは訝しげな表情になる。一瞬、手の力が緩んだ。その隙にビリーは手を抜く。同時にパッと後ろに飛び退いて間合いを離す。そしてにこやかな顔で、

「じゃあマリア、メシ食いに行こうか……この辺で良い店あったら教えてくれ……そうだ、マットさん、オレの名刺です。どうぞ。あとね、バイパーって名前は覚えといた方がいいですよ……」


 ・・・


 マットは去っていく二人の後ろ姿をじっと見つめていた。あの男は妙だ。一見すると、ただの軽薄なナンパ野郎である。しかし、内に秘めている何かを感じた。それに、電話の時の表情は……。

 マットは渡された名刺に視線を落とす。名前と電話番号が書いてあるだけだ。ビリー・チェンバーズ……油断のできない男である。マットは一気に不安になった。マリアをあんな奴と一緒にいさせるのは危険だ。彼は二人を尾行しようとしたが――

 突然、目の前にレインコートを着た別の二人組が現れた。二人とも背は低い。百五十センチから百五十五センチくらい……フードをすっぽり被っているため顔は見えない。

「何だお前ら……」

 言葉と同時にマットは飛び退く。そして拳銃を抜いた。噂には聞いたことがある。レインコートを着た二人組の小柄な仕事屋がいるらしいと……二人の戦法は刃物を使い、変幻自在の動きと息の合ったコンビネーションで相手を片付けるのだとか。主に暗殺を請け負っていると聞いた。まさか、自分のような人間を暗殺するのか?

 だが――

「ねえあんた、マット・スローンでしょ……あたしたち、あんたを雇いたいんだよ……」

 そう言うと、二人は被っていたフードを外し、素顔を晒した。

 長さがバラバラな黒いショートカット、厳しく、どこか陰があるが整った顔立ち……だが二人は、まったく同じ顔だった。

「お前らは……」

 マットは呆然とした表情で、拳銃を下ろした。

「昨日のあんたの喧嘩っぷり、見せてもらったよ……凄かったね。そんなあんたの腕を貸してもらいたいんだ。いい儲け話があるんだよ」

 片方の女が真剣な表情で訴えてくる。マットは困惑した。確かに昨日、リュウとその部下を相手に大立ち回りをやらかした。おかげで炊き出しは出入り禁止になってしまったが。

「……まあ待て。ここじゃあ何だから、オレの家まで行こう。この近くにあるから……」


 マットはボロボロになったコンテナの中に二人を通す。中はランタンのような物とちゃぶ台があるだけ。ゴミだか何だかわからない物があちらこちらに散らばっており、双子は顔をしかめる。すると、そのゴミの中から犬が顔を見せる。ブルドックだ。ブルドックは尻尾を振りながら、マットのくるぶしに鼻をくっつけて出迎える。とても嬉しそうな様子だ。

「え、犬?! 犬だ!」

 双子の片方がうわずった声を出す。と同時に――

「ねえ、触っていい?! 触りたい! この犬、噛んだり――」

「ケイ! 止めな! 犬なんか見て浮かれてる場合じゃないんだよ!」

 もう片方が鋭い声を発する。恐らくは姉の方なのだろう。何にしても二人の見分けがつかないのは困る……などと思いながら、マットはブルドックを抱き上げた。そしてケイと呼ばれた方に近づける。

「噛みつきゃしないよ。こいつはロバーツだ。触ってみな……ほらロバーツ、お客さんに挨拶するんだ」

 ケイは瞳を輝かせ、ロバーツの顔に手を差し出す。するとロバーツは、ケイの手の匂いをクンクン嗅いでいたが、いきなり舌を出してペロリと舐めた。

「か、可愛い! ねえ、抱っこさせて! ロバーツを抱っこ――」

「ケイ! いい加減にしなよ!」

 姉に叱られ、ケイは慌てた表情で手を引っ込める。顔は全く同じだが、二人の性格はまるで違うようだ。妹の方は年相応の少女らしさが感じられるが、姉の方にはそれがない。マットは憐れみを感じた。二人とも、まだ十代だろう。十代の少女が仕事屋として無法地帯で生きていく……そのためには、色んなものを捨て去る必要があるのだ。

 だが……。

「ところで、お前さんの名前は? それと……儲け話について聞かせてくれ」

 マットは感傷を振り払い、姉に尋ねる。何にしても金は必要なのだ。目の前の双子を信用していいのかはわからない。だが、マットはこのところ仕事にあぶれている。炊き出しにも行けなくなった。稼ぐ方法がないわけではないが、そのためには……汚れ仕事をやる必要がある。しかし、マットのような一匹狼が汚れ仕事をやるとなると、慎重に事に当たらねばならない。まずは、詳しい話を聞いてからだ。

 そんなマットの思いをよそに、ロバーツはケイにじゃれつき、顔をペロペロ舐め始めた。ケイはくすぐったそうに笑い、ロバーツの頭を撫で回している。マットは苦笑した。ロバーツは警戒心の強い犬だ。でなければ今頃は他の人間に食べられていただろう。なのに、今しがた会ったばかりのケイになついている。

 姉は、楽しそうにロバーツと遊ぶケイの様子を苦々しい表情で見ていたが、やがて口を開いた。

「あたしは……ユリ。こっちは妹のケイ。さっきも言った通り、あんたの腕を買いたいんだ。あんた、Z地区に飛行機が墜落したの知ってる? その飛行機にはね……」






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