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始まり

「プレストン……お前に是非とも、やってもらいたい事があるんだが――」

「バイパーと呼べ」


 ここは、ギルガメス国のダックバレー刑務所。Sランクの重罪犯ばかりが収容されている、重警備刑務所である。ここに入った囚人は、死ぬまで檻の中で過ごすこととなる。

 今、この場所――厳重な警戒体制の面会室だ――にいるのは、ジョン・バイパー・プレストンとボブ・ホークの二人。あとは完全武装した警備兵だ。

 その片方、バイパーは見るからに凶悪そうで、かつストイックな雰囲気を醸し出している青年である。スキンヘッドに頑なで鋭い眼差し、そして半袖の囚人服からのぞく筋肉質の腕。映画の主人公のような整った顔立ちでも、アニメの主人公のような女性的な美しい顔立ちをしているわけでもない。どちらかと言うと獣を連想させる顔立ちである。無論、ラノベの主人公のようにチート能力を持っているわけでもない。

 しかし彼は強化人間として研究所で生を受け、数々の人外や異能力者を狩ってきたのだ。そして四年前に起きた、死者二百人以上を出した同時多発テロ――異能力者たちの起こしたものだ――の際、彼は判断ミスから十人以上の人質を死なせる羽目になった……公の発表では。

 結果、バイパーは懲役五百年の刑を宣告され、ダックバレー刑務所にて服役している。ちなみに、強化人間と言えど寿命は普通の人間と変わらない。五百年の刑期を終えることなど、当然ながら不可能である。刑の大半は棺桶の中で務めることとなるだろう。


「プレストン、オレの頼みを聞いてくれれば……無条件で即時釈放だ。悪くないだろう?」

 ホークはそう言って、ニヤリと笑う。恐らくは四十代後半か五十代だろう。髪の毛はだいぶ薄くなっている。だが、体に余分な肉はほとんど付いていないのがわかる。バイパーを見る目は鋭く、そして冷たい。

「バイパーと呼べ……オレに何をさせようって言うんだ? 殺しか?」

「簡単だよ。エメラルドシティを知ってるな? あそこに飛行機が墜ちた。中には、ある人が乗っている。その生死を確認して欲しいんだ。生きていたら連れ帰る。それだけだ」

 そのホークの言葉を聞いた瞬間、バイパーの表情が一変した。バイパーは呆れ返った顔で首を振る。

「ホークとか言ったな……お前、頭は大丈夫なのか? あの街は、ギャングと異能力者と人外が仕切ってんだぜ。何者が乗ってるか知らねえがな、生きてるわけねえだろ」

「それをお前に確かめてもらいたいんだよ、プレストン」

「バイパーと呼べ。なあ、本音を言ってくれよ、ホーク。お前の言っていることは無茶苦茶だ。要人が墜落した飛行機に乗ってたってんなら、普通オレには頼まないだろうが……何でオレに頼むんだ?」

 バイパーは睨みつける。しかし、ホークは全く動じていない。しばらくバイパーの目を見つめていたが、またしても、ニヤリと笑ってみせた。

「まあ、はっきり言うとな……形だよ。手は尽くしましたが……という形が欲しいわけだ、オレに依頼した連中は」

 そして、ホークは説明を始めた。


 ここ最近、ギルガメス国で頭角を表している男がいる。その名はポタリア。ポタリアは出所の怪しい金を使い、あちこちにバラ撒き、手広く商売し、あっという間にギルガメスでも指折りの実業家にのし上がっていったのだ。

 ポタリアには妻がいる。モニカという名の、地味で大人しい女……らしい。派手で社交的なポタリアとは真逆のタイプである。未だにパーティーなどに出ると、おずおずした態度で居心地悪そうにしている……という話だ。

 そのモニカの乗った飛行機が墜落したのだ。

 よりによって、エメラルドシティに。


「はっきり言うとだ、ポタリアは嫁が生きてようが死んでようが構わねえんだ。ただ、形だけでも嫁の捜索をしないとならない。しかも、罪を犯した強化人間に更正のチャンスも与えてやる……まさに一石二鳥だ。いずれ、ポタリアは政界進出するだろう。そのための布石でもある。妻を亡くした哀れな男……同情票を集められるぜ。あと……もっとはっきり言えば、お前は死んでも構わない男だ。モニカもお前も、エメラルドシティでくたばってもいい人間てワケだ」

「素晴らしい話だな、まったく……あと、もう一つ聞きたい。もしオレが任務を忘れ、エメラルドシティの住人になっちまったら、お前はどうするんだ?」

「エメラルドシティ自体が刑務所みたいなもんだからな。ただ、治安警察に手配書は回る。向こうのギャングにも、お前を殺すように依頼する。大体、あの街で暮らせば……長生きはできねえよ」

「そうだろうな……」

 バイパーは言葉を止め、上を向いた。ところどころ怪しいが……一応、話の辻褄は合う。だが、彼の勘は危険を告げている。そもそも、ポタリアとホークはどういう関係なのか。モニカは死んでも構わない、という言葉も引っ掛かる。さらに、エメラルドシティは無法地帯だ。治安警察などカカシのようなものである。三年ほど前には、街中で吸血鬼が暴れ、百人以上の死者が出たらしい。たった一人の吸血鬼が、武装した百人を超えるギャングたちを一日で殺したというのである。

 バイパーは迷った。だが――

「引き受けるよ。ダックバレーの飯は食い飽きたしな……」


 ・・・


 エメラルドシティのバク地区にある食堂『ジュドー&マリア』。この街にしては珍しく、美味い料理を食べさせてくれると評判だ。また、エメラルドシティでも一番の大物ギャングであるタイガーの片腕、ジュドー・エイトモートがオーナーをやっているとあって治安もいい。この店に強盗に入るようなバカはまずいない。仮にいても、そのバカは数秒後に街の人間の約半分を敵に廻すことになるのだ。

 そして今、店にいるのは店長のリュウ。片手に義手を付けたウェイトレスのリン。あとは……怪しげな二人の男。


「聞いたことのない奴だな……」

 怪しげな男Aが言う。Aはエメラルドシティらしからぬ雰囲気を醸し出している。見た感じは二十代。妙に落ち着いた物腰と小綺麗な服装、そして女に好かれそうな小綺麗な顔立ち……だが、その仕草はやたらと無駄が多い。

「あんたはここに来たばっかりなんでしょ? 聞いたことなくて当然だよ」

 怪しげな男Bが答える。こちらの男の名はバーニーだ。年齢は三十を過ぎているはずなのだが、妙に幼さの残る顔つきと子供っぽい喋り方のせいで、十代後半から二十代前半に見える。こちらもエメラルドシティには似つかわしくない、優しい雰囲気の男だ。

 そしてバーニーは言葉を続ける。

「あんた……ビリーさんていったっけ? オレも会ったことはないから良く知らないけど、ギース・ムーンは情報通らしいんだよね。それに仕事屋としても一流らしいし……まず、ギースに会ってみるのがいいんじゃないかな」

「なるほどね……どうでもいいが、あんたはここらへんの人間らしくないな」

「ほっといてよ……じゃ、ここの支払いよろしくね。オレはそろそろ店番に戻らないと、クリスに怒られちゃうから」

 そう言うと、バーニーは席を立つ。そしてリュウとリンに笑顔で手を振ると、ニコニコしながら店を出ていった。何とも奇妙なムードの男である。ビリーは呆れたような様子で首を振る。そしてリュウの方を向いた。

「なあ、リュウさん……あんたはいつから、この街にいるんだ?」

「オレは……この街で生まれた。ガキの頃は、Z地区で暮らしてたよ」

「Z地区か……Z地区ねえ……」

 ビリーは思わず繰り返してしまう。Z地区……エメラルドシティで最も危険な場所だ。このZ地区にいる連中には、タイガーやマスター&ブラスターといった大物ギャングですら立ち入らない。さすがに、そこには行きたくなかった。

「リュウさん……Z地区ってのは、この街でも最低の場所なんだろ」

「そうだよ」

「なら、そこで生まれたあんたが、なぜここにいるんだい?」

「オレとリンは……ジュドーに拾われた。そしてジュドーに仕事を紹介してもらったんだよ」

 グラスを拭きながら、答えるリュウ。まだ二十歳前後だろうか。一見するとにこやかな雰囲気の青年だ。しかし、ビリーを見る目には不審の色がある。どこか、こちらの出方をうかがっているようにも感じられる。まあ、この街では当然の態度なのだが。

「ふーん。ところでリュウさん……ギースって奴とは、どこに行けば会える?」

「知らないなあ……自分で探しなよ」

 リュウは素っ気なく答えた。表情はにこやかではある。しかし雰囲気は変わりつつある。横にいるリンの表情は、はっきりと変わっていた。

「よう二人とも、どうしたんだい? 朝飯に腐った牛乳でも飲んだみたいな面になってるぜ」

 ビリーは軽口を叩いたが――

「あのな、ビリーさん。オレたちはギースって奴の事はあまり知らないし、知りたくもない。知ってるのは、近頃じゃあタイガーやジュドーにとって目障りになってるって事だけだ。もしあんたが、ギースの仲間になろうって人間なら……お代はいらない。その代わり、さっさと帰ってくれ」

「おいおい、オレはただ奴と会いたいだけなんだよ。会って話が聞きたいだけだ――」

「もう一度言う。お代はいらない。さっさと帰ってくれ」

 その言葉と同時に、店の奥の扉が開く。そして数人の男たちが出て来た。

「ビリーさん、オレはな……あのギースって野郎が大嫌いなんだ。あいつの名前を口にするのさえ、嫌なくらい……だから、さっさと出て行ってくれ。でないと……」

 リュウはそう言うと、男たちの方に顔を向けた。男たちは料理人のようだ。その手には、大きな肉切り包丁が握られていた。そして目からは危険な光を放っている。

「おいおい、そんな怖い顔するなよ……浮気を見つけた時の女房の顔くらい怖いぜ……わかった。引き上げるよ」

 ビリーはひとまず退散することにした。ここには、情報を得るために寄ったのだ。争うために来たのではない。


 そしてビリーは、エメラルドシティのバク地区を歩いていた。タイガーとジュドー、そしてギース……この両者が対立しているというのは想定外の話だった。ギースはどこの組織にも属していない、一匹狼の仕事屋だという話は今さっきバーニーから聞いた。しかし、タイガーにとって目障りな存在だとなると……。

 いや、そもそも何が原因だ? この二人は何が原因で対立している?


「おーい! 待つである! ちょっと待つである!」

 叫び声、そして駈けてくる足音。ビリーが振り返ると、妙な女が追いかけて来るのが見えた。切れ味の悪いハサミでデタラメにカットしたような短い銀髪、白い肌、それと対照的な黒い鋲打ち革ジャン。その女はこっちを見ながら、真っ直ぐ走って来ている。

 そして、ビリーの目の前で立ち止まった。

「何? オレ?」

 ビリーは面食らった表情で、自分の顔を指差す。

「そうである! お前である! お前、ぎっちょんの所に行きたいのであるか? ぎっちょんの敵じゃないなら、マリアが案内するである!」


 ・・・


 マットはかつて、兵士だった。しかし、それは大陸にいた時の話だ。今はエメラルドシティの底辺を這いずり廻り、なんとか生きている。大柄で筋肉質の体は四十歳の今も衰えてはいない。しかし、さすがに顔や腹回りには余分な脂肪がつき始めてはいるが……。

 彼は普段、日雇いの仕事をやっている。しかし、この街には、まともな仕事は少ない。せいぜいが、バトルリング――金網の中で行われる格闘技の試合だ。大陸から観に来る者までいる――の会場の掃除や、最近になって誕生したレッドライン――巨大な売春地帯――の警備くらいのものだろうか……マットみたいな者を雇う所は。しかも、そういった場所ですら、最近では雇ってもらえないことが珍しくないのだ。

 そんなある日のことだった。


 エメラルドシティのバク地区にある、サイドゲート公園では週に二度、ジュドーが主催する炊き出しが行われている。カビの生えたパン、そして塩で味付けした肉と野菜の薄味スープという粗末なメニューだが、それでも食べに来る者は大勢いる。マットもその一人だった。

 その日の午後、いつものように炊き出しに並んでいたマットであるが、異変に気付いた。今日はリュウとリンの機嫌が悪い。さっき店で何かあったらしいが、何があったか聞ける雰囲気ではない。

 しかも、いつもなら炊き出しを手伝うはずのマリアの姿もない。マリアは銀色のショートカットが似合う、黒い鋲打ち革ジャンを着た可愛い女だ。頭は悪いが天真爛漫で、人に勝手なあだ名を付けて呼ぶ癖があった。マットがここに来る最大の目的は、マリアとのバカ話を楽しむためだったのだが、今日はいない。これまでマリアがいないことなどなかったのだが……。

「なあリュウさん、マリアはどうしたんだ? 風邪でもひいたか?」

 パンとスープを受け取る時、マットはリュウに尋ねた。普段のリュウは愛想の良い青年だ。マットに対しても礼儀正しく接する。

 だが――

「マリアはいねえよ」

 リュウは素っ気なく答える。その態度に、マットは違和感を覚えた。

「待てよ……いないってどういうことだ? 何かあったのか? ケガでもしたのか?」

 不審に思い、マットは尋ねた。すると、リュウの顔つきが変わる。

「いないと言ったらいないんだよ……しつこい奴だな……さっさと食え、乞食野郎が……」

 普段のリュウは、こんなセリフを吐く男ではない。マットは面食らった。だが、リュウはマットを睨んだまま――

「聞こえねえのか! さっさと食って失せろ!」

 マットは久しぶりに、全身の血が沸き立つような怒りを感じた。そして次の瞬間、スープの入った皿を投げつける。皿はリュウの顔に命中した。手伝いに来ていた、小山のような体格の大男がうなり声を上げ、マットに殴りかかるが――

 しかしマットの動きは予想以上に素早く、しかも正確だった。大男の大振りのパンチを、自ら懐に飛び込むことでかわす。同時に鼻に頭突きを叩きこんだ。さらに間髪入れず、髪の毛を掴んで膝蹴りを顔面に叩き込む――

 大男は顔を押さえ、うずくまる。周りにいた男たちは血相を変え、離れていった。同時にリュウの部下たちが銃を抜くが――

 しかし、マットの動きは早かった。彼は地面を転がり、一気にリュウとの距離を詰める。顔に付いたスープを拭き取るのに夢中だったリュウは、とっさに対応できず反応が遅れた。だが、マットはその隙を逃すほど甘い男ではない。

 マットは即座にリュウの背後に廻る。同時に首に左腕を巻きつけ、さらに拳銃を抜いてリュウの頭に突きつけた。そして静かな声で――

「銃を降ろすように言え……それから、年長者にはもっと敬意を払うもんだ。忘れるな若造」

「お、お前ら! 銃を降ろせ! す、すまなかったよマットさん!」

 リュウの震える声。と同時に、年老いた男が進み出る。この辺りのホームレスを仕切っているタン・フー・ルーだ。八十近い年齢のはずだか、未だにしっかりとした足取りで歩く。

「よさんか、お前ら」

 タンは枯れてはいるが、しっかりとした声でマットに言う。マットも、タンには世話になっている。タンの言うことには従わざるを得ない。マットはリュウの体を突飛ばし、去っていった。歩きながら、ため息をつく。これでもう、炊き出しには顔を出せなくなってしまった。


 その一部始終を、物陰からじっと見ていた者が二人いた。どうやら、二人とも女のようだ。そして二人とも、背格好はほぼ同じ。レインコートを着て、フードをすっぽり被っている。フードのせいで顔は見えないが、動きや仕草などから、まだ若い女であることが見てとれる。やがて二人は声をひそめ、何やら相談を始めた。


 マットは空きっ腹を抱えて歩いていた。とは言え、炊き出しに頼らなくてはならないほど、困窮した状態でもなかったのだが。それに、いざとなったらいくらでも稼ぐ方法はある。マットくらいの腕があれば。

 もっとも、なまじ腕があるからこそ、さっきのような事態になることもある。さっきは、熱くなると同時に体が動いていた。昔クメンで叩き込まれた通りに……ふと、かつての親友ヒロム・カンジェルマンのことを思い出す。王家剣術指南役であり、かつ軍隊の格闘技教官も兼任していた。マットよりも年は下で、堅物だったが妙に気の合う男だった……五年ほど前に三十二人を惨殺するまでは。

 そして今は、土の下で眠っている。ここ、エメラルドシティのどこかに。






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