終わり
Z地区から子供たちを助け出して一月ほどが過ぎたある日、ビリー・チェンバーズはマリアと連れ立って歩いていた。行く先は墓地だ。先日、マット・スローンの墓が出来たという知らせがきた。そこでビリーはマリアを連れ、墓参りに行くことにしたのだ。
ビリーの最近の生活は忙しい。モニカとマリアとビリーの三人で、十人以上の――あれから、さらに増えたのだ――子供たちの世話をしている。収入源は……ほとんどないに等しい。ビリーはたまにボディーガードのような仕事を引き受け、そのわずかな稼ぎでどうにかやりくりをしている。異能力を使えば、もっと効率よく稼げるかもしれないが……目立つような真似はしたくない。ただ、最近ではホームレスたちを仕切っているタン・フー・ルーと話をつけ、炊き出しに並んだり、ビリーが採ってきた魚をパンや日用品などと交換したりしている。もっとも、まだまだ豊かというには程遠い生活ではあるのだが……。
「ビリー……まだ、ぎっちょんは来ていないみたいなのである。ここで待つのである」
そう言うと、マリアは地べたに腰を降ろした。神妙な表情だ。ビリーはふと、初めてここに来た時のことを思い出した。ガロードはいるのだろうか。
「マリア……今日もガロードはいるのかな。後で双子も来るらしい。三人がカチ合わないように気をつけてくれよ」
「ほ、本当であるか?」
「ああ……ガロードもそのことは知ってるだろうし、いくら何でも双子の前に出てきたりはしないと思うが……うわ、言ってるそばから来やがったよ……」
ビリーは思わず顔をしかめる。ユリとケイがブルドックのロバーツを連れ、神妙な面持ちで歩いて来るのが見えた。すると、向こうもこちらに気付く。ロバーツは嬉しそうに走り寄って来て、ビリーとマリアに犬なりの挨拶をする。ユリとケイの態度は対照的だ。憮然とした表情で、プイッと横を向くユリ。満面の笑みを浮かべ、ビリーとマリアに挨拶するケイ。
「久しぶりだな……お前ら相変わらずのようだな」
ビリーは呟くように言った。そう、双子の噂はちらほら耳にする。殺し屋稼業を続けているという噂を……。
「あんたにゃ、関係ないだろ」
ユリの口調にはトゲがあった。マリアがムッとした表情になる。だが、その時――
「おいマリア、入っていいぞ」
金属製の巨大な扉ごしに、ギースの声が聞こえた。するとマリアはポケットから鍵を取り出し、扉の鍵穴に差し込む。ガチャリという音。そしてマリアは、巨大な扉を開けた。
ギースを先頭に、五人は塀の中を進んで行く。塀の中は広く、細かく金網で仕切られていた。コンクリートでできた小さな宿舎のような建物がいくつか、等間隔で設置されている。前と全く同じだ。
そして五人は墓地に到着した。前に来た時と同じく、幾つもの墓石が整然と並んでいる。全てが綺麗に磨かれ、コケの生えたものや汚れたものは一つもない。
ギースは墓石の立ち並ぶ中を歩き、そして立ち止まる。
「ここだ。これがマット・スローンの墓だよ」
墓石は何のへんてつもない、武骨なものだった。生前のマットの姿が重なって見える。マットはそういう男だったな、とビリーは思った。顔は不細工だし、腹も出ていた。若い女にモテる要素など欠片もない。
だが、マットはオレの知る限り、誰よりも強く、そして誰よりもカッコ良かった。
ビリーは被っている帽子を脱いだ。そして、墓の前に立つ。涙がこぼれてしまいそうだが、懸命にこらえる。そう、マットなら絶対に泣かないだろう。あいつは昔気質の男だ。男は泣くべきじゃない……マットなら、そう言うだろう。
マットなら……。
「まっづん……ありがどうである……」
マリアは涙を流しながら、途切れ途切れの言葉を発する。ビリーは優しくマリアを抱き寄せた。
「マリア……泣くんじゃない……マットに笑われるぜ……」
そして双子は対照的な表情だ。ユリは無表情で、じっと立ち尽くしている。一方、ケイはその場で泣き崩れていた。ロバーツが慰めるように尻尾を振りながらケイの顔を見上げている。
「くそ……あんたは……あんたの……せいで……大損だ……」
不意に聞こえてきた、ユリの声。泣いていたマリアの表情が、見る見るうちに変化した。ユリに近づき、胸ぐらを掴む。
「お前は――」
「やめとけ、マリア」
止めたのはビリーではなかった。
言葉の主である鋭い顔つきの若者が、ゆっくりと歩いてきた。若者は大柄で筋肉質の体つきをしていたが、顔は妙に青白く不健康そうだ。
「ガロード……何しに来た……あんた……気でも狂ったのか……」
ビリーは呆然とした表情で呟いた……。
そして――
「ガロオォォド!」
ユリの憎悪に満ちた叫び……同時にマリアを突き飛ばす。
そして、奇妙な形のナイフを抜いた。刀身は鈍く銀色に光っており、柄の部分には怪しげな紋章が彫られている。
「ガロード……お前を殺すために、こいつを手に入れたんだ……やっと……お前を地獄に送れる……」
ユリは何かに取り憑かれたような表情で呟くと、ナイフを構える。
しかし、ガロードは落ち着きはらっていた。悲しそうな目で、ユリを見つめ――
「オレを殺したいのか……わかった。今がチャンスだよ……殺すがいい」
そう言うと、ガロードは両手を挙げた……何の迷いもためらいもない、静かな表情でユリを見つめている……。
「上等だよ、今ぶっ殺してやる――」
「止めとけ!」
ビリーが割って入る。ガロードの前に立ち、ユリを睨み付ける。そして――
「お姉ちゃん……マットの……マットの墓の前なんだよ……今日は……ダメだよ……」
泣きながらユリの腕を掴んでいたのは……ガロードを憎んでいるはずのケイだった。
「離せケイ! あんただってこいつが憎いはずだろうが!」
「憎いよ! 殺してやりたいよ! でも……マットの……マットの墓の前なんだよ……」
「関係ないんだよ!」
言うと同時に、ユリはケイを殴り付けた。一回転して倒れるケイ……すると、
「いい加減にいぃぃ! するのである!」
声と同時に、マリアの足が伸びる。ユリの腹を抉る強烈な前蹴り。ユリは腹を押さえ悶絶した。だが、マリアはさらに追撃する。ユリの髪の毛を掴み――
「お前だって……大勢の人を殺したのである! お前に殺された人にも、家族や友だちがいるのである! みんな……みんなお前を殺したがってるのである! お前に……お前に仇討ちする資格はないのである!」
「うるさい……お前に……あたしの気持ちが……わかるか……」
顔をしかめながらも、言い返すユリ。だが、
「家族を殺されたのは……お前だげじゃないのである……マリアも……がぞぐをみなごろじに……どもだぢも……みんな……ぎょうでえも……べりりんも……じんだのである……がなじいのは……お前だげじゃないのである……」
マリアは泣きながら、ユリに叫び続ける。すると、ユリの表情が少しずつ変わっていった……さらに――
「ユリ、それにケイ……マットの隣の墓石……二つ並んでるだろう。そこに刻んである文字……よく読んでみろ」
ギースの声。ユリの視線が、マットの墓の隣の墓石に移り……。
次の瞬間、ユリの視界がぼやける。目から涙が溢れ出し、口からは嗚咽が洩れる……ユリは初めて、人前で泣き崩れた。かつてツヤマ村で村人たちに囲まれた時ですら、妹を守るために気丈に振る舞った彼女が、人目をはばからず号泣していた……。
そして妹のケイもまた、隣でユリに抱きつき、声にならない叫びを上げながら泣いていた……。
(ヒロム・カンジェルマン ここに眠る)
(キティアラ・マジェーレ ここに眠る)
「おじざん……おばざん……ぢぐじょう……」
「双子は帰ったのか?」
ギースが尋ねると、ビリーは頷いた。そして、ガロードの方を向く。
「あんたらの事情はわかった。それでも……あんたらを許せない、もし外で会ったら必ず殺す、だとさ。あんたらを許すには……双子の髪の毛が真っ白になるくらいの時間が必要だと……そう言ってたぜ」
・・・
「ホーク……あんたがこっちに来て、モニカを撮影してくれ。モニカは洗いざらい話すとさ。そうすりゃあ……あんたはポタリアの弱みを握れる。金は引っ張り放題だ」
(それで……お前の望みは何だ?)
「オレの望みは……モニカに手出しをさせないこと、それだけだ」
(おい……お前、本気で言ってるのか?)
「ああ本気だよ。どうするんだ、ホーク? オレとモニカを始末するより……ポタリアから金を引っ張った方がいいと思うぜ。オレたちを始末するのは……かなり面倒だぞ」
(よし……いいだろう。近いうちにビデオカメラ持って、そっちに行くからな。お前らに手出しはさせないぜ。約束する)
「商談成立だな。じゃあ、オレは今から墓参りに行かなきゃならねえ。失礼するぜ」
(待てよ……なあ、オレと組まないか? いいチームが出来るぜ、バイパー)
「違う。オレの名は……ジョニー。ジョニー・プレストンだ」
ジョニーは電話を切り、モニカと二人でトラビスのタクシーから降りた。既に辺りは暗くなっている。エメラルドシティでは、夜十時を過ぎて出歩いていたら殺されても文句は言えないのだ。
「バイパー、じゃなくてジョニー……ここなのかい、マットの墓は?」
モニカが尋ねると、ジョニーは頷いた。辺りは暗闇に包まれているが、この周辺は妙に明るい。かつて刑務所だった頃の名残だろうか、ライトが設置されており周辺を煌々と照らしている。
ジョニーは扉に近づき、乱暴に叩いた。
ややあって、扉が開く。不機嫌そうな表情の男が出てきた。
「あんたら……ジョニーとモニカだな。ビリーから話は聞いてる。まったく……一度に来ればいいものを、なんだって別々に来やがるんだ」
男はブツブツ文句を言いながら、二人を案内する。ジョニーは男の首をへし折りたくなってきた。自分とモニカは、昼間は子供たちの世話をしていたのだ。自分とモニカ、それにビリーやマリアの四人がいなくなっては、子供だけで留守番をすることになる。そんな危険なことはさせられない……などと考えながら歩いていると、不意に拓けた場所に出た。すると、男が振り返る。
「あんたら、来るの初めてだな。ここが、エメラルドシティの墓地……死者の眠る場所だよ」
ジョニーとモニカは、目の前の光景に思わず見とれていた……。
墓石の周辺に植えられた花……その一部が、闇の中で光を放っているのだ。色とりどりの光……炎や電気による光とはまるで違う、暖かみのある不思議な光だった。
その光る花に照らされた墓地は、この上なく幻想的な場所に見える……この世のものとも思えない光景に、ジョニーとモニカは思わず見とれたまま立ち尽くしていた。
「この……花は……一体……」
ジョニーは思わず呟いていた。すると、
「私が摘んできたのです。この花はZ地区でしか咲かない花なのです」
少女の声。ジョニーが振り返ると、Z地区で出会った、紫色の髪の少女が立っていた。
「お前は……確か……るるっち――」
「違うのです! 私の名はルルシーなのです! さあマットさんの墓はこちらなのです」
ジョニーとモニカはルルシーと共に、マットの墓の前に立っていた。墓の前には、熊のぬいぐるみが置かれている。
「熊……か。確かに、マットは熊っぽいイメージだったね……体も大きいし……優しかったし……」
それ以上、言葉にならなかった。モニカはジョニーの肩にしがみつき、懸命に言葉を絞り出す。
「ありがとう……よ……あんたの……おかげで……みんな……みんな……初めて……会った……あたしたちの……ために……あんたは……」
それ以上は続けられなかった。モニカはその場で崩れ落ちそうになる。しかし、ジョニーが片手で支えていた。
「おっさん……あんたの勝ちだ。オレは負けたよ……おっさんにな」
そこで、ジョニーはいったん言葉を止める。こみ上げてくる何かを堪えるかのように……。
「おっさん……オレも、おっさんみてえに生きて……おっさんみてえに死ぬよ」
ジョニーとモニカが、ルルシーに案内されて出て行った時……。
高い塀の上から、ジョニーたちの様子を眺めている者がいた。
「みんな引き上げたようだな……」
「ああ……でも、何で奴らと会ってやらないんだ?」
「今さら、顔なんか出せないよ……オレは人間をやめた。化け物になっちまったんだぜ。人間としてのオレは死んだんだよ……それよりガロード、お前に一つ言っておくことがある。オレはユリと約束したんだ……お前を殺すとな。お前には命を助けられた借りがあるが、そいつを返したら……必ずお前を殺す」
「……好きにしろよ」
・・・
翌日、墓地には珍しい客が来ていた。エメラルドシティの半分を支配しているギャング組織『虎の会』のナンバー2、ジュドー・エイトモートである。ジュドーは腹心の部下であるアイザックとカルメンを連れていた。三人はベンチに座っているギースの前に、少々苛立った様子で近づいていく。
「おやおや……虎の会のナンバー2、ジュドーさん直々のご来場とは珍しいね。一体、何の用だ?」
ギースの茶化すような口調に、アイザックの表情が険しさを増す。憤然とした様子で前に出るが――
「アイザック、やめとけ……ギース、お前に聞きたいことがある。マリアは今、どうしてるんだ?」
ジュドーはアイザックの前に出て、頭をポリポリ掻きながら尋ねた。
「マリアねえ……あいつは今、ビリー・チェンバーズやジョニー・プレストン、そしてモニカや子供たちと一緒に暮らしてる。あいつの選んだ生き方だ……あんたらに、とやかく言う資格はないと思うが」
「ふざけんじゃないわよ……」
ギースのすました口調に、カルメンも憤りを隠せない様子だ。アイザックとカルメンは、今にも襲いかかりそうな様子でジリジリと近寄って行く……しかし、ジュドーの声が飛ぶ。
「やめとけ二人とも」
「何言ってんだジュドー! マリアは……マリアはオレたちの仲間だろうが! オレたちの元を離れるなんておかしいだろ! こいつをぶちのめして、居場所を吐かせてやる!」
怒鳴るアイザック。だが、それを聞いたギースは、呆れた様子で首を振った。
「アイザック……あんた本気でそんなこと言ってんのか? マリアは気づいちまったんだよ、あんたらの変化にな……だから、ビリーとの生活を選んだんだ。マリアは今、ビリーのことをちゃんと名前で呼んでいる。マリアはビリーと二人で生きようとしてるんだ。もう、今のあんたらにどうこう言う資格はねえ……人工的に創り出した怪物の生き餌に……子供を与えるような奴らにはな」
ギースの冷静な表情……しかし、その口から飛び出した言葉は、ジュドーら三人を愕然とさせるものだった。
「なぜそれを……」
アイザックは呆然とした表情で呟く。カルメンは怯えた表情で後退りし始めた……しかし、ジュドーだけは変わらぬ表情のまま、ずっとギースの顔を見続けていた。
「ジュドー……あんたの部下はしつこかったぜ。墜落地点にガロを行かせろ、ってな。おかげで、オレはすっかり嫌われ者だよ。でも、本当にガロが墜落地点に行ったとしたら……一番困るのは、あんただ」
ギースは言いながら、三人の顔を見回す。三者三様の反応をしていた。アイザックは呆然、カルメンは蒼白……しかし、ジュドーだけは無表情のまま変わらない。変わらない表情のまま口を開いた。
「少し違うな……アレを創ったのはオレたちじゃない。メルキアの科学者たちだよ。完璧な兵士の出来損ない……実験動物だ。妙にオレになついていたがな。オレたちは街を守るため、仕方なく飼っていた――」
「街を守るためだと? 自分たちの権力を守るためじゃないのか? あんな怪物がいたせいで、派遣されたあんたの部下や、マスター&ブラスター配下の探索隊は全滅した。全部、あんたのせいだ」
ギースの言葉を聞き、ジュドーの表情が初めて変化する。表情を歪めたまま、ジュドーは答えた。
「お前にわかってもらえるとは思っていない。この街を大陸の連中の好きにさせてたら……とんでもないことになるんだ。オレはこの街を守りたい。だからこそ……奴らの条件を飲むしかなかった」
「それが……あの怪物をZ地区で放し飼いにして、子供を生き餌にするってことか?」
「そうだ……結局、ガロードに殺されちまったがな。なんて偶然だよ……怪物の住みかの近くに飛行機が墜ち、そこにいろんな連中が集まり、その中にマリアもいて……それがきっかけでガロードが動いた……」
ジュドーは顔を歪ませながら答える。その表情を見たギースは、ジュドーに対し憐れみと怒りとが同時に湧き上がってきて、こらえることができなかった。ギースはジュドーに近づき、左の拳を叩き付ける――
「ジュドー! この腐った街で、あんたは敬意を抱ける数少ない人間の一人だった……見ろよ、このアイザックとカルメンを……あんたが最低な状態から引き上げたんじゃないか! そんなあんたが、何であんな下らねえことを――」
「その答え、お前は知ってるはずだぜ……キークさんよう。オレはもう、組織の人間なんだ……このアイザックとカルメンもな。いつまでも、ガキのままじゃいられない。マリアのこと、頼んだぜ……じゃあな」
ジュドーは頬を擦りながら立ち上がる。そして帰ろうとするが――
「待てよ……ベリーニと愚兄弟にも挨拶していけ。あんたら三人、ここしばらく来てなかっただろうが……ジュドー、あんたのやったことは間違ってない。だがな、オレは今のあんたは嫌いだ」
どうにか終わらせることができました。いや……群像劇は難しいですね。今回は後半が……空気と化したキャラがかなりいましたし、描写も展開もいまいちでした。自分の未熟さを痛感させられましたね……こんな作品にレビューを書いてくださったかきくけ虎龍さん、パン×クロックスさん、矢口さん、本当にありがとうございます。また、最後まで読んでくださった皆々様、本当にありがとうございました。




