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エメラルドシティの三人  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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15/18

バイパー、前進する

 銃声が聴こえてきた。間違いなく、さっきまで居た場所からだ。わめいているような声も……バイパーは唇を噛んだ。急がなくてはならない。何をする気だったのかは知らないが、もしビリー・チェンバーズがしくじったのだとすれば……あと三分もしないうちに奴らは来るだろう。ここで傭兵たちと殺り合ったら……間違いなく全滅だ。急がなくてはならない。

「モニカ……さっさと行くぞ。奴らが降りてきたらしい。急がないと、奴らに追いつかれる」

 バイパーは低い声でモニカに言うと、すぐに列の先頭に戻った。そして進み始める。しかし――

「マリア何やってんだ! 早く来い!」

 後ろから声がする。マットの声だ。バイパーは振り返る。誰かが遅れているようだ。

「まっつん、大丈夫である! マリアはここで、びりりんを待つのである! みんなは先に行って欲しいのである!」

 あの銀髪娘……バイパーは舌打ちした。

「モニカ……ちょっと待っててくれ」

 そう言うと、バイパーは列の後ろに歩いて行った。ぐずぐずしてはいられないのだ。いざとなったら絞め落とし、担いで連れて行くつもりだ。バイパーはマリアに近づき、肩を掴んだ。すると、マリアはその手を振り払う。想像を遥かに超える腕力だ。そして、マリアはバイパーを睨みながら――

「離すのである! お前たちは先に行くのである! マリアは、びりりんを待つのである!」

「いい加減にしろ! お前は一人じゃないんだ! お前の背中にはアリスもいるんだぞ! 忘れたのか!」

 バイパーは凄まじい形相で怒鳴りつけた。そう、マリアは今、両足のないアリスという少女を背負っている。マリア一人の体ではないのだ。わがままを言うようなら、力ずくでも連れて行く。

 だが、その必要はなかった。マリアの表情が神妙なものに変わっているのだ。彼女は申し訳なさそうに下を向いた。さらに嗚咽が洩れる。マリアからではない。マリアの背中にいるアリスだ。アリスは泣き出していた。

「ごめんなさい……あたしの……せいで……」

 途切れ途切れの言葉。アリスは自分のせいで喧嘩になっていると誤解したらしい。マリアの表情がまたもや変わる。

「だ、大丈夫である! アリスは軽いし、マリアは力持ちなのである! アリスはちゃんとマリアが連れて行くのである!」

 そう言うと、マリアはずんずん歩き出した。マリアの変わり身の早さに、呆気にとられるバイパー。その時、彼の肩を叩く者が――

「バイパー……すまんが、みんなを頼む。オレはビリーの様子を見てくる」

 マットだった。マットはそのまま行こうとする。しかし、バイパーは腕を掴んだ。

「あんたまで何言い出すんだよ……ビリーに任せておけ。万が一のことがあっても、それは奴の責任だ」

「あのな……そうもいかねえんだよ。あんな若い奴に先に死なれちゃ、寝覚めが悪い。それに、ちょっと見てくるだけだ。すぐ戻るから心配すんな」

 マットの口調はのんびりしたものだった。しかし、その表情からは固い決意が感じられた。バイパーはふと、公園での出来事を思い出す。あの時、マットは殴ろうが蹴ろうが、最後まで自分に喰らいついて離さなかった。恐らく、今も同じ状態なのだろう。自分が何を言おうが、この男を止められない……。

「勝手にしろ、おっさん。その石頭は、死ななきゃ治らんようだな」

 バイパーが吐き捨てるように言うと、マットはニヤリと笑った。

「お前もいつかは、こんなおっさんになる」




 バイパーは少しずつ進んで行った。バイパーが先頭を歩き、後から光る棒を掲げたモニカと子供たちが続き、そしてマリアと双子が最後尾を歩いている。あの双子はわからんが、マリアは度胸もあるし、腕力に関してもマットに負けないくらい強い。後ろを任せても問題ないだろう。

 そんなことを思いながら歩いていると、前方に何か異様な気配を感じた。人もしくは人外の気配だ。話し声らしきものも聞こえてくる。それも数人……ひとまず、バイパーは歩みを止めた。

「モニカ、明かりを消せ。前に何かいる。ちょっと見てくる。お前はここで、奴らと一緒に子供たちを見張っていてくれ」


 バイパーは一人で、地下道を慎重に進んで行った。だんだん匂いがきつくなってきている。何かの死骸や汚水、そして体臭などが混ざった匂いだ。さらには、うかつに足を踏み出すと、地面を動き回る鼠を踏みつけそうになる。

 十メートルほど進むと、道は左右に分かれていた。左側は崩れたガレキなどの障害物で通りにくくなっている。そして右側からは、話し声が聞こえてくるのだ……バイパーはいったん、壁に背中を付けた。そこから、ゆっくりと顔を出していく。

 見えてきた者たちは……毛皮やボロ切れをまとった、原始人のような風貌の者たちだった。彼らはたき火の周囲で、何やら話している。理解できる言語だが、その言葉はひどく単純なものだ。知性の高い者たちではなさそうだ。

 バイパーは一度後退することにした。モニカたちのいる場所まで戻る。

「モニカ……この先は道が左右に分かれている。しかも、片方には原始人みたいなのもいるぞ……」


 ・・・


 大量の濃い霧が、地下の部屋を覆っている。霧のせいで、一メートル先すら見えない。

 そして――

「うわああああ! く、来るな化け物!」

 そんな霧の中で何やら叫びながら、銃を乱射する傭兵たち。だが、霧の中に化け物などいない。いるのは人間だけである。

 にも関わらず、地下に降りてきた傭兵は霧の中に入ったとたん、次々と正気を失っていった。傭兵たちの目に映るもの……それは彼らの心の奥底に潜む恐怖が具現化したものだったのだ。霧は次々と彼らの恐怖を暴き出していく。そして、傭兵たちは攻撃を始めた。恐怖の象徴に向かい……彼らにとっては、正気を保ち冷静に行動することよりも、正気を失い狂気に身も心も委ねてしまう方がずっと楽だったのだ。

 そして傭兵たちは銃を乱射し……恐怖の象徴が具現化した存在を撃ち殺していった。

 だが、彼らが実際に撃ち殺したのは……化け物などではなく、お互いの仲間だったはずの者たちだったのだ……。




 ビリー・チェンバーズは自らの生み出した霧の中でゆっくりと立ち上がる。周囲に気を配りながら、そろそろと動き始めた。バイパーが用意した大量の水、それを全て幻覚作用を持つ霧に変えたのだ。そして地下道の方に流れないように、精神を集中させコントロールしていた。

 そして、ビリーは今まで遮蔽物にじっと身を潜めていた。何せ、どこから流れ弾が飛んでくるかわからない状況だったのだ。この霧の中に入ったが最後、ほとんどの人間は狂わされてしまう。正気を失い、目の前にいる者に恐怖を呼び起こされ、そして襲いかかるのだ……殺し合いは、最後の一人になるまで続く。

 ビリーのこの力を、人はこう読んだ。

 霧幻地獄むげんじごくと……。


 だが、殺し合いも終わったらしい。ビリーは少しずつ動き始めた。地下道に向かい移動する。同時に精神を集中させ、霧を地上に流していった。地上にもまだ、相当の数の傭兵が残っているはずだ。地上では、室内ほどの効果は期待できない。殺し合いを起こさせたりはできないだろう。だが、少なくとも足止めくらいには使える。ビリーは少しずつ、霧を地上に流していった。

 ややあって、地上から何やら声が聞こえてきた。驚愕の声、怒鳴るような声、恐怖の声……だが、銃声は聞こえてこなかった。やはり、殺し合いを起こさせるのは無理だった。しかし、少なくとも混乱させるのは成功しているらしい。それで充分だ。ビリーは残りの霧を全て地上に流し、バイパーや子供たちの後を追うことにした。

 生き物のように、地上に向かい流れていく霧……かつてビリーはこの霧を発生させ、数十人の兵士たちを同士討ちさせたのだ。同時多発テロにおける、重要な役割を果たしたビリー……だが彼はそれ以来、殺しとは縁のない任務ばかりを選んできた。しかし、エメラルドシティでの任務を命じられ……。

 こんなことになってしまったのだ。


 オレは、もう嫌だ……。

 もう、こんなことに関わりたくねえよ。

 ガロード、それにギース……オレも、あんたらみたいに静かに暮らしたいよ。


 やがて、室内を覆っていた霧が晴れていく。ビリーは室内を見渡した。幾つもの死体が転がっている。みな恐怖に顔を歪め、苦悶の表情を浮かべ死んでいた。ビリーも思わず、顔を歪める。ざっと見たところ問題は無い。ビリーは早くその場を立ち去ろうとして、振り向いた瞬間――

「ビリー……無事だったか……」

 マットの声。そして顔が暗闇からぬっと現れる。ビリーは危うく心臓が止まりそうになった。

「マット! あんた何しに来たんだよ! 危ねえだろうが!」

「仕方ないだろうが。マリアの奴が、お前を待ってるなんて言い出しやがって……だから、オレが来たんだよ」

 マットは言いながら、部屋の中を見渡す。そのとたん、表情が一変した。

「ビリー……お前さんがやったのか?」

「殺したのはオレじゃねえ……こいつらは仲間同士で殺し合ったんだ。でも、殺し合うように仕向けたのは……このオレだよ……」

 ビリーは暗い表情で答えた。この惨劇を見れば、マットの自分への態度が変わるだろう。化け物を見る目に……異能を持つ者はいつでもそうなのだ。ましてや、ビリーの力は強大だ。これだけの死者を出してしまった――

「そうか……ビリー、助かったぜ。じゃあ、さっさと行くぞ。マリアに心配かけるな」

 そう言うと、マットはビリーの腕を掴んだ。そして強い力で引きずっていく。ビリーは戸惑い、マットの顔を覗きこんだ。マットの表情は、さっきまでと全く変わりない。

「何してる。さっさと行くぞ。これでマリアに叱られずにすむな」


 しかし、ビリーとマットは一つ重大なミスを犯していた。転がっている兵士たち……その生死の確認を怠ったことである。そもそも、バトルロイヤルのような殺し合いが終わった以上、相討ちで全員が死ぬよりも、最終的に一人が生き残っている可能性の方が高いのだ。ビリーは大量の死体を前に心が乱れ、その点を忘れていた。

 それは非常に、高価な過ちとなった……。


 ・・・


 マットは、ビリーの力の恐ろしさを初めて知った。だが同時に、ビリーの顔をよぎる哀しみにも気づく。マットは、ビリーという男のことがわかってきた気がした。軽薄に振る舞うのは、心の奥底の哀しみに潰されないようにするためだ。さらに、それを他人に見せないようにするため……マットは、ビリーという男のどこにマリアが惹きつけられたのか、今まではどうしてもわからなかった。確かに、自分とは正反対の目鼻立ちの整ったいい顔をしている。それは間違いない。しかし、ただ顔がいいだけの男がマリアをここまで惹き付けるだろうか、という疑問はあった。

 しかし、ここでビリーの素顔に触れたことにより――ほんのわずかな間とは言え――マットはようやく理解した。ビリーの奥底には優しさがある。他人から虐げられ、避けられてきた者だけが知る思いやりが。そう、弱者に対する弱者の思いやりを知っているのだ。


「マット、あんたに聞きたい……あんたは、オレが怖くないのか?」

 突然、ビリーが立ち止まった。そして口を開く。マットは振り向き、そんなこと言ってる場合か、と怒鳴りつけようとする。だが、ビリーの表情は真剣そのものだった。その真剣さに、無視できないものを感じたマットは、ため息をついて見せた。そしてビリーの頭を小突く。

「いちいち説明しないとわからんのか? 怖くない、と言えば嘘になるよ。だがな、お前はたぶんいい奴なんだろう。少なくとも、悪い奴だったら……マリアはお前に付いていかないだろうが。オレはマリアの人を見る目を信じる。だからお前のことも信じる。それに……お前はマリアにも優しかったしな。だからオレは思うのさ。お前は下らないことで、自分の力を行使したりしない奴だろう、てな。そんな奴を怖がる理由が、一体どこにある?」

 そう言うと、マットはニヤリと笑ってみせた。すると、ビリーはうつむきながら――

「オレは……人殺しだ。オレのために――」

「お前のやったことは許されないことかもしれねえ。だがな、お前のことを好きな奴もいる。それにだ、オレにお前を裁く資格はないよ。第一、今は生き延びるのが先決だ。早く終わらせて、メシでも食おうぜ」

「わかったよ……あんたはオレの七番目の女のジャニスと同じくらい、元気づけるのが上手いな」

「知らねえよ……誰だそいつは……」


 そろそろと進み出したマットとビリー。しかし、地下道は真っ暗闇である。さっきは暗い所でもものが見えるバイパーが先頭に立っていた上、モニカが光る杖をかざしていた。だからこそ、子供連れでも問題なく進めたのだ。しかし今は、全く見えない。

「なあマット、あんた明かりになるような物はないのかい?」

 後ろにいるビリーが、小声で尋ねる。

「あるにはあるが……」

 マットは言い淀んだ。何かおかしい。いくら先に進んでいるとはいえ、モニカの魔法で生み出した明かりが全く見えてこないのだ。恐らく、明かりを消しているのだろう。となると、次になぜ明かりを消しているのか、という疑問が浮上する。明かりを消さなくてはならない状況……つまりは、地下に棲む者ではない何者かと遭遇している可能性が非常に高い、ということだ。あるいは……全員殺られたか。しかし、あのバイパーを殺れるような奴がそうそういるとは思えない。しかも、クメンの魔女であり、ここで人外どもと戦い子供たちを守り抜いてきたモニカもいるのだ。

 こんな短時間で殺られたりはしないだろう。

「マット……どうするんだい?」

 ビリーの声がする。マットは少し迷ったが、今は仕方ない。ポケットに入っていたジッポライターを取り出し、火を点けた。

その明かりで周囲を照らすと――

 次の瞬間、考える前に体が動いていた。拳銃を構えて音もなく近寄って来ていた男……フルフェイスのヘルメットを被っている。そいつめがけて、ライターを投げつけた。同時に改造拳銃を抜き、ライターの明かりを的に狙いを定めてトリガーを弾く。立て続けに三回。胸の辺りに三発の銃弾が炸裂した。改造拳銃の弾丸は防弾ベストを貫き、男に確実な死をもたらした。

 だが同時に、男の拳銃からも銃弾が放たれていたのだ……。

 銃弾はマットの体を正確に貫き――

 マットは後ろにひっくり返った……。


「おい……マット……おい、どうしたんだよ……何だよ今の……マット! 返事しろよマット! どこだよ! 返事しねえとぶん殴るぞ!」

 暗闇の中、わめき続けるビリー……マットは静かにさせようと、立ち上がろうとした。だが、痛みで動くことができない。声を出そうとしたが、腹に力が入らず声が出ない。そっと腹に触れると、手には血の感触が……。

 さらに聞こえてきたもの、それは狂ったように吠えながら走り寄って来た、ブルドックのロバーツの声だった……。


 オレとしたことが……やっちまったなあ。

 なんてお人好しなんだろうな、オレは……。

 すまんロバーツ……オレを許してくれ。






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