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エメラルドシティの三人  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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11/18

マット、嫌悪する

「……!」

 バイパーは跳ね起きた。頭が痛む。意識もぼんやりしている。上体だけを起こした姿勢で、頭をさすりながら周りを見渡すと、何やら奇妙な風景が広がっていた。コンクリートの壁、アスファルトの地面、たき火、そして数人の子供たち……みんな好奇心を露にした表情で、バイパーを遠巻きにして見ている。

「お前ら……何なんだ?」

 バイパーは尋ねる。その瞬間、記憶が甦ってきた。そう、確か人外に襲われたのだ。それも三人、いや三匹に……どうにか仕留めたものの、バイパーも傷を負った。さらに、疲労も極限にまで達していた。

 そして休んでいる最中、いきなり強烈な一撃を食らったが……不思議な感覚だった。何か見えざる凶器に体を貫かれたような感触に襲われ……激痛のあまり悶絶し、直後に頭を打ったのだ。

 バイパーは再度、頭をさする。その時――

「やっとお目覚め?」


 後ろから、低い女の声。その声を聞いた瞬間、バイパーは飛び上がり、振り向いた。すると、どこから現れたのか、五メートルほど先に女が立っているのが目に入る。骨太で肩幅が広くがっちりした体型で、身長も女にしては高い。だが、それよりも――

 その女の顔の右半分は、青あざに覆われていた。


「どうしたのさ? 頭打って何もかも忘れちゃったとか? それとも……目指す標的を見つけられて、嬉しさのあまり何も言えないって感じ?」

 女……いや、モニカは写真――バイパーが所持していたモニカの写真だ――を高々と掲げてヒラヒラさせながら、淡々とした口調で語る。そして真っ直ぐな目でこちらを見つめてきた。その目を見た瞬間、バイパーは悟る。この女は普通の人間ではない。

 異能力者だ。


「なるほど……」

 バイパーはモニカを睨みつける。だが、まだ状況が飲み込めず混乱していた。モニカはここで何をしているのだ? 周りにいる子供たちは何なのだ? 

 それ以前に、なぜ自分を殺さない?


「モニカさん……あんたはここで一体、何をやってるんだ?」

 気がつくと、バイパーの口からそんな言葉が洩れていた。相手の能力がわからない以上、下手に戦うわけにはいかないのだ。

 それに、周りを囲む子供たちも気になる。よく見ると、一人の少年には片腕がない。さらに、別の少女は両足がない。

 そう、子供たちの全員が不具者なのだ……。


「この子供たちはね、人外たちの支配するこの場所で、必死で生きてるんだよ。親に捨てられ、ここに連れて来られたんだ……人外どもの餌として」

「何だと……」

 バイパーの顔つきが変わった。怒りの表情だ。彼は子供たちに視線を移す。すると子供たちは、バイパーの形相に怯えて後ずさった。先ほどまでの、好奇心に満ちた楽しそうな表情が消える。

 だが、バイパーにはどうでも良かった。

「どういうことだ……どこのバカが、そんなことをしやがった――」

「ちょっと! 子供たちが怖がるでしょうが! そんな顔で見ないでちょうだい! ただでさえ、あんた顔怖いんだから!」

 モニカの表情が険しくなる。バイパーは一瞬迷ったが、子供たちに笑顔を見せた。だが、バイパーの笑顔は恐ろしく、かつ不気味なものだった……子供たちはさらに怯え、中には泣き出す子も――

「もういい! あんた普通にしてて!」

 モニカはバイパーを怒鳴りつけた。そして子供たちの方を見る。

「みんな、あっちに行ってなさい。おばさんは、この怖い顔のおじさんと話があるから……」


 モニカがポタリアと出会ったのは、ポタリアがクメンを旅行している時のことだった。 モニカと姉は、クメンの奥地の村で生まれ、魔女として育てられた。だが事件が起きる。モニカの姉が、殺人犯と共に逃亡してしまったのだ。そのためモニカは、村で肩身の狭い思いをしていた。

 そこにポタリアが現れる。ポタリアはモニカを説得し、さらに村に火を放ち、どさくさにまぎれて連れ出したのだという。


「あたしたち魔女には掟があるんだ。クメンのしかるべき地位の者に一生を捧げるか、それがかなわない時は村で一生を終えるという……ところが、ポタリアはあたしを村から逃がした。あたしもバカだったよ……あいつの考えがわからなかったんだ」


 そして、ポタリアはモニカをギルガメス国に連れ帰り、顔のタトゥー――魔女の証である――を手術で消した。そのため、青あざのようになってしまったのである。その後、彼女は魔術を駆使し、ポタリアの手足となって働いてきた。もう村に帰ることはできない。ポタリアの命令を聞く以外に道はなかった。


「あたしは……あいつの命令で何人も殺したよ。始めは金を奪うために……そのうち、あいつの出世の障害となる人間も殺すようになった。そして、あいつはのし上がって行った……あたしは嬉しかったよ。あいつが出世していく様を、横で見ていられて……でも、今のあいつには、あたしは邪魔なようだね」

 モニカは淡々とした口調で語る。バイパーはようやく納得した。クメン国の魔女……噂にしか聞いたことはないが、恐ろしい力を持っているらしい。

「あんたが何しに来たのか、大体の予想はつく。でもね、あたしもまだ死ねないんだよ。この子供たちにはあたしが必要なんだ。だから……元気になったら、さっさと出て行くんだね。でないと……あんたを殺す」


 ・・・


 ビリーはZ地区に潜入し、墜落地点までの道を慎重に進んでいた。マリアはビリーの前にいる。普段は騒がしい彼女も、今は押し黙ったまま、足音を立てずに歩いている。水筒を四本ぶら下げた状態で……ビリーは、マリアの動きを前に戸惑っていた。明らかに訓練を受けた者の動きだ。だが、マリアはどこで訓練を受けたのだろう。そういえば、彼女の筋肉の付き方は異常だ。腕力も凄まじい。もしかして――

 そんなことを考えていると、前を歩いていたマリアが立ち止まった。そしてしゃがみこむ。

「びりりん……誰かが死んでるのである……」

 マリアの声。心なしか沈んでいる。ビリーはマリアの後ろから覗きこんだ。中年の男が、全裸で寝転がっている。いや、放置されている、といった方が正確だろうか。ビリーはしゃがみこむと、死体を調べた。死んでから数時間といったところだ。このZ地区を全裸でうろつく者と言えば……人外だろう。

 そして、人外を死体に変えられる男……バイパーくらいしかいない。

「びりりん……大丈夫であるか……」

 マリアの声からは、不安が感じ取れる。ビリーはマリアを連れて来てしまったことを、今になって後悔した。やはり連れて来るべきではなかったのだ。Z地区というものを、あまりに簡単に考えていたような気はする。

 だが、今さら仕方ない。

「マリア……水筒を一本貸してくれ」

「う、うん……わかったである。でも、四本も持ってきて……そんなにいっぱい水飲むのであるか、びりりんは?」

 マリアは真面目な表情だったが、それを聞いたビリーは思わず吹き出した。そして思った。

 何があろうと、マリアだけは無傷で帰す、と。


 ビリーは水筒を武器か何かのように握りしめ、慎重に歩いた。すると、さらに死体が三つ。みな全裸だ。素手で首をへし折られたり、喉を潰されたような痕跡がある。ビリーは、バイパーの恐ろしいまでの殺傷能力に対し、称賛せざるを得なかった。確かに、超法規的措置で刑務所から出すだけの値うちはあるだろう。そしてビリーは、以前に聞いた強化人間に関する知識を思い出した。強化人間を作るにはまず、筋肉増強剤やナノマシンなどと適合する者を探さなくてはならないらしい。そして、激しい戦闘訓練――とは名ばかりの殺し合い――をさせ、それに耐えられた者だけを実戦投入すると聞いた。

 自分たちのような、異能力者たちを狩るために。

 そこまで考えた時、ビリーはマリアの方を見た。マリアはうつろな表情で、死体を眺めている。聞いた話だが、バイパーは自分のフルネームを呼ばれるのを酷く嫌うという。強化人間同士でも、本名を名乗るのはタブー視されているとも聞いた。

 マリアが人に勝手なあだ名を付けて呼ぶのは……。


「びりりん……ここは冥王の住む場所なのであるか? 死体ばかりが転がっているのである」

 マリアの声には、欠片ほどの感情もこもっていなかった。表情も暗い。月明かりの下、暗い表情で立ち尽くしているマリアの姿は、普段よりも一回り小さく見える。ビリーはふと、何もかもがどうでも良くなってきた。

「なあマリア、帰るか」

「え……何を言っているのであるか……びりりんは仕事しに――」

「仕事は止めにするよ。今日は引き上げる。なんか面倒くさくなってきた。帰ろうぜ、マリア」

「何を言っている――」

 その瞬間、ビリーはマリアの口に手を当てた。同時にしゃがませる。だが遅かった。犬の体――ただし超大型犬だ――に人の頭を無理やり繋げたような、不気味な生き物がゆっくりと歩いて来るのが見えた。ビリーは手を離し、水筒の蓋を開ける。

「人面犬とはな……またユニークなもんが出てきたねえ」

 呟きながら、ビリーは少しずつ後ずさる。マリアは低くうなり、前に進み出ようとするが――

「マリア……逃げるんだ。オレが合図したら……一緒に走ろう」

 ビリーが囁く。すると、マリアは不満そうな顔をしながらも、こくりとうなずいた。

「なあ、お前らがやったのか? オレたちの仲間を四人も……」

 人面犬はビリーを睨みながら聞いてきた。なかなか良い声だ。もし捕獲できれば、大陸に連れ帰って歌でも唄わせるか、などとバカなことを考えながら、ビリーはさらに後ずさる。

 もっとも、ほとんどの四つ足動物は人間よりも足が速いのだ……走って逃げたところで、すぐに追いつかれるだろうが。

「オレたちじゃねえよ」

「まあ、そうだろうな……それに、誰がやったかなんてことはどうでもいい。オレは腹が減った」

 人面犬は舌なめずりをする。異常に長い舌、そして口から覗く牙は短いが、鋭い。

「腹が減ったのか……だったら、オレの六番目の女のアンが作ったパンケーキでもご馳走しようか? すげえ不味いぞ」

「お前、いい度胸してるな……あるいは、尊敬しちまうくらいのバカなのか?」

 人面犬は呆れた表情になる。そのまま、ゆっくりと歩み寄って来た。

 その瞬間、ビリーの手が素早く動く。水滴が飛び、人面犬の顔にかかった。

 すると、水滴は生き物のように人面犬の気道に入り込み――

 次の瞬間、人面犬は立ち止まった。そして、もがき苦しみ……。

「マリア! 走れ!」


 ・・・


 マット、ユリ、ケイの三人は飛行機の残骸を丹念に調べた。しかし、目当ての一億ギルダンは見つからない。

 もっとも、マットは最初から期待などしていなかった。ここには人外が住んでいるのだ。奴らの大半は人間に化けることができる。一億ギルダンという金の価値も知っているはずだ。

 ならば……飛行機が墜ちた直後、既に人外どもに奪われてしまっていることだろう。

 だが、そんなことよりも……。

 バイパーはどこに消えたのだ?

 そして、ここを捜索していた者たちは……どこに消えたのだ?


 マットにとって、気がかりなのはその二点だった。マットは小さな懐中電灯と月明かりの二つを頼りに、地面の足跡や付近の草むらなどを丁寧に調べていた。

 しかし――

「クソ! 金はどこなんだい!」

 ユリの罵声が、夜空に響き渡る。ケイはビクっとした表情で、ブルドックのロバーツはやれやれ、という表情でユリを見る。マットは素早く辺りを見回した。今のところ、何かが近づいて来る気配はない。

「ユリ……静かにしろ。余計な騒ぎを起こすな」

 マットは落ち着かせようと声をかけた。しかし、

「冗談じゃないよ! 金はどこにあるんだい!」

 ユリの怒りは収まらない。憤懣やるかたない様子でわめき、飛行機の残骸を蹴飛ばした。マットはため息をつく。このままでは、余計なもめ事を引き起こしかねない。

「ユリ……騒いだところで何も解決しないだろうが。一億ギルダンの話はデマだったのかもしれん。引き上げよう――」

「まだだよ! もしかしたら、探し方が悪いのかもしれないだろ!」

「いい加減にしろ! これ以上ここにいたら、何を呼び寄せることになるかわからないんだ!」

 そう言うと、マットはユリの両肩を掴んだ。

「ユリ……よく聞くんだ。あのバイパーの強さは、お前も見ただろうが。あいつもここに向かっていたはずだ。なのに姿が見えない。これが何を意味するかわかるか?」

「……」

「ひょっとしたら、バイパーは殺られたのかもしれない。ここらへんを縄張りにしてる何かにな。そしてバイパーは今ごろ……そいつに食われているのかもしれん」

「だったら、今がチャンスじゃないか! その隙に――」

「黙って最後まで聞け。いいか、バイパーは素手で四匹の人外を死体に変えるような奴なんだぞ。そのバイパーを殺れるような奴が、この騒ぎを聞きつけたらどうなる? 縄張りを荒らされていると勘違いして、出てくるかもしれないだろうが」

「……」

「なあ、もう充分だろうが……生きていれば、次のチャンスは巡ってくる。お前たちはまだ若い。次のチャンスは必ず来る。オレもお前たちに協力する。だから……今日のところは引き上げるんだ」

「ちくしょお……」

 ユリは下を向き、肩を震わせ出した。

「せっかく……ここまで来たのに……何もないなんて……やっと……やっと……ここまで来たのに……」

 ユリの嗚咽混じりの声。マットには想像がついた。恐らくは、飛行機墜落の話――そして一億ギルダンの話――を聞いてから、ずっと計画を練っていたのだろう。そしてマットを雇い、ここに来た……期待と不安の両方を胸に。そして、無事にここまで来ることができた。もっとも、それはバイパーが人外を片付けたお陰でもあるが。

 しかし、肝心の一億ギルダンがないのだ。若いユリにとって、期待が大きかっただけにショックも大きいのだろう。マットは何も言わず、黙ったまま彼女を見ていた。実のところ、こうなってホッとしてはいたが。もし今、ユリが一億ギルダンを手にしていたら……彼女にとって、良い結果をもたらすとは思えない。

 そこまで考えた時、マットは異変に気付いた。何かが近づいて来るのだ。荒い息、土を蹴って駆けて来る音……人の足音ではない。獣の足音だ。マットは改造拳銃を抜いた。同時に、双子に下がるよう、手で合図する。ユリとケイは慌てて、飛行機の残骸に隠れた。しかしロバーツは、マットの足元にやって来る。そして低い姿勢で唸り始めた。

 やがて、草むらから姿を見せたもの……それは大型犬の体に人の頭を力ずくで繋げたような、不気味な生き物だった。子牛ほどの大きさはありそうだ。

「何だ、お前らは……さっきの奴らとは違うな。クソ、どこ行きやがった……まあいい。代わりにお前らを食うとするか」

 そう言うと、人面犬は低く唸り、跳躍した。凄まじい勢いで、一気にマットの喉元に牙を叩きこもうと――

 その瞬間、轟く銃声……人面犬は人面の部分を銃弾で破壊され、ただの首なし犬となって転がった……。

「お前、気色悪い奴だな……」

 マットは嫌悪感を露にし、そう言い放つ。ロバーツは恐々と首なし犬に近づいて行き、くんくんと匂いを嗅いだ。だが顔をしかめ、すぐに離れる。

 だが次の瞬間、ロバーツはきっと顔を上げた。そして遠くの一点をじっと見つめる。マットは、ロバーツの様子に何か異様なものを感じた。ロバーツの視線の先を見つめる。

 視線の先にあるもの……それは地面にあいた、大きな穴だった。





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