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想い秘の秋景

作者: 咲之美影

 

 世は戦国――多くの英雄たちが刀を天高い空へ掲げ、多くの兵たちが世を動かす策謀と敵を欺く策略を積み重ね、互いの力と知恵と信念を競い合う治乱興亡の時代だ。


 そんな時代のうねりに抗えない俺もまた、まだ見ぬ明日の日の本を目指して生きている。


 「……トンボ、か」


 酉の刻、風にあたろうと縁側に出てみた。鉛丹色に染まる黄昏の空に目を奪われていると、数頭のトンボが視界を横切る。薄く透けた網目の羽が光を浴び、煌びやかに飛ぶ姿は幻想的で筆舌に尽くし難い。


 戦の日々に季節と触れ合う余裕もなく、「ああ、いまは秋だったな」と思わず失笑した。


 「こういった時間も、たまには悪くない」


 縁側に座り、しばらく自然の流れを堪能する。清らかな世界は穏やかで心地がいい。まるで、世の争いを幻と錯覚させるようだ。


 「政宗様、お風邪を召されますぞ」


 そこへ、家臣の片倉景綱が声をかけてきた。視線を動かさず「小十郎か」と呟く俺に、片倉は「失礼致します」と告げて隣に端座する。


 「良い景色ですな。ずっとこちらに?」


 片倉は率直な感想を述べ、続けて訊ねてきた。


 「ついさっきだ、風にあたりたくなってな」


 偽りなく俺は返答する。


 「そして綺麗な夕映えに足止めをなさっている、と言うわけでしたか」


 片倉の加えた解釈に苦笑した。


 「よくわかったな、小十郎」


 「政宗様のことですから」


 渋い声音で片倉は即答し、言葉を紡いだ。


 「まだ政宗様が幼名の頃、貴方様がこうして夕映えを眺めていたことを……私はいまでも鮮明に覚えております」


 「ふうん?」


 俺は左目で片倉を盗み見た。懐かしんでいるのか、覇気を無くした目尻が下がっている。


 「稽古が終わる時刻が、丁度、夕暮れ時だったからな。剣術に長けたお前に勝ちたくて、夢中で竹刀を振っていたものだ」


 遠くに飛ぶトンボを目で追いつつ、俺は幼き自分を思い起こしながら言葉を口にした。


 「幼き政宗様の人並み外れた努力と決意、この小十郎、その熱意にいつしか貴方様が天下を取るべく戦場にて命を懸けて刀を振るいたいと夢みておりました故、いま貴方様と共に戦の地に立つことができ嬉しく存じます」


 淡々とした口調だけれど、一言一句に片倉の熱誠さを感じる。剣術や智勇を兼ね備えた片倉景綱、誰よりもこの男は俺に忠誠心を熱く誓う武人だ。欲望に仲間を裏切り、野望に敵へ寝返り、誰を信じていいのかも定かではない戦国の時代で、これほど信頼を寄せれる男がいるだろうか?


 (……愚問だな)


 ふっと忍び笑い、俺は立ち上がって片倉を見下げて告げた。


 「小十郎、礼を言うにはまだ些か早いぞ。夢ってのは過去になって現在を通り過ぎて未来に繋がるんだ。いつか見た夢はいま、いま見据える先は未来、そして果たしたときこそ歴史となって語り継がれる。そう遠くない未来で見せてやるさ、お前が夢見た世界を」


 そう言葉を投げかけ、不敵に口角を上げる。俺と片倉、互いの夢はまだ終わってはいない。


 「はっ! 政宗様、この小十郎の不覚な言葉、何卒どうかお忘れ下さい。貴方様が天下を治めるべくその日が来るまでは、いまを共に生き、明日への道を共に切り開き、決して揺るがぬ覚悟で付き従う所存でございます」


 グッと顎を引くと、片倉は深く頭を下げる。


 「いい熱意だ、その言葉忘れるなよ。さて、肌寒くなってきた。小十郎、中に入って明日の作戦を練り直すぞ」


 空が藍鼠色に染まるのを見届けたのち、俺は新たな明日へ向かって踵を返すのだった。


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