第8話 現れた者
暗闇は不気味なほど静かだった。
砦と少女は、最初にいた門の前にいた。
レーツェル・システムが正常に作動してくれたらしい。
白い部屋のドアはもう見えない。
砦はゆっくりと、銀色の門の扉に両手を付けた。
それなりの力を入れて押すと、ゆっくりと、そして威厳のある音をたてて扉は開いていった。
扉の先はまた暗闇が広がる。しかし時々、小さな光が舞うようにして現れたりする。
砦がその光を掴もうと手を伸ばすと、手に冷気がかかる。明らかに「正常」さが感じられない。
砦はそっと手を戻し、後ろを振り返った。
その視線の先には、赤い鎖を握りしめたまま倒れている少女がいる。
「起きなよ…」
何度この言葉を繰り返したのだろう。
砦はそんなことを考えないふりをして、何度も何度も低く、泣きそうな声で少女に話しかけた。
しかし、少女は何の反応もしない。
それどころかついに、力尽きたように握りしめていた手を緩めた。
その手から、赤い鎖が落ちる。
その赤い鎖が二つに別れていることに、砦は気付く。
それは力ずくで千切られたように見えた。
赤い鎖を拾い上げてから、どんどん顔色が悪くなる少女に視線を戻す。
「どうなってるんだよ…。なんで、なんで君がこんなことに?!」
白い部屋からレーツェル・システムで一瞬で飛んだあと、少女は赤い鎖に何かをしていたのは、砦も見ていた。
しかし、ふと目を離した瞬間、少女の倒れる音だけを聞いた。
砦が地に手を着いて下を向く。
もちろんここの地は暗闇。手には土のような温かさどころか、コンクリートよりも無愛想な冷たさが伝わってくる。
もう少しで涙が流れる、そう悟った砦は思い切って前を向き、少女を抱えた。
少女は冷たかった。
ただ、暗闇の地の冷たさとは全く違っていた。
そのまま2人は、銀色の門を潜る。
銀色の門のレーツェル・システムは、一瞬にして2人を別の暗闇の空間へ運んだ。
「…!」
砦は目の前にそびえ立つ大きな門に、目が釘付けになる。
それはあの銀色の門より遥かに大きく、黄金に輝いていた。
銀色の門のより気品は少し劣るものの、それを超える神々しさがあった。
「これが、世界の果ての門…?」
砦が思わず口にした言葉に、応えるようにその門は開いた。
門の隙間から穏やかな青空が見える。
のどかすぎるこの光景が、砦にはひどく懐かしく思えた。
(………)
しかし、懐かしんでいる暇もなく砦の耳に、あの少女の声に似た声が聞こえてきた。
「やっと来てくれた…」
砦が精霊の世界に来たときに、話しかけてきた、あの声。
声と共に門から誰かが現れる。
その姿に、砦は驚きを隠せなかった。
世界の果ての門を潜り、
こちらに笑いかけて近付いて来る者………
それは、伊佐野 砦。
そう。砦の姿をした者だった。