第7話 少女の記憶
この話だけは、少女自身が自分の記憶を振り返っているものなので、少女の一人称で語られています。
私の記憶の初めは、暗闇だった。
辺り一面の闇、後ろにそびえ立つ銀色の門。
ただ、その場でじっと座っていることしかできない私のそばに、風が吹く。
「目が覚めた?」
暗闇の中から、黒い髪で黒い瞳の少女が現れた。髪の長さは、私と同じくらい。肩までの長さ。
髪の色と瞳の色は、自分で自分の姿が見えないので、わからない。
現れた少女は、どんどん自分に近付いてくる。白いワンピースが眩しい。
目の前に来た少女は強気の笑みを浮かべ、片手を腰に当てながら話しかけてきた。
「あたしは精霊のキリア」
そう言うと少女は私に手を差し出してきた。私はその手を取り、立ち上がる。
その精霊の少女と私は、目線が全く同じ高さだった。つい、精霊の少女の瞳をじっと見ていると、くすりと笑ってきた。
「あなたの瞳は赤いのよ」
その精霊の少女から、色々な事を簡単に教えてもらった。
銀色の門は、世界の果ての門に繋がっていること。
この暗闇には、銀色の門に近付く者を迷わせる以外に、生き物を育てる力があること。
その暗闇のおかげで、私はひとりで成長出来きたうえ、精霊の世界の常識や言語を身に付けることができたこと。
銀色の門の鍵は壊すことにより開き、鍵は白いドアの部屋にあること。
ただ聞いている事しか出来ない私に、精霊の少女が金色の鍵を渡してきた。
困惑する私に、精霊の少女は面倒くさそうに説明した。
「それが、世界の果ての門の鍵。とりあえずそれはあなたが持ってて。絶対になくしちゃ駄目だからね」
そして精霊の少女は銀色の門の目の前に立った。伸びをしてから「そうだった」と呟いて、また私の方を見てきた。
「もしも、よ…
もしここに精霊が現れたら、帰ってもらうようにして。
そして…
もしここに人間が現れたら、銀色の門の鍵を開けて、世界の果ての門に連れて行ってあげて。
よろしくね」
そう言うと精霊の少女は今度こそ振り返ることなく、銀色の門を左手で触った。
精霊の少女が現れた時のように、どこからか風が吹いた。その風に思わず目を瞑ってしまったが、一瞬銀色の門が開いたように見えた。
いつの間にか、精霊の少女はいなくなっていた。
ただ私はすることも、したいこともないから、座っている。
あの精霊の少女は、この暗闇にいる限り睡眠も必要ないと言っていたが、やることがない私はよく眠っていた。
精霊も人間も、だれもこの暗闇に現れることはなかった。
あの日までは。
私の目の前に、暗闇に溶けてしまいそうなほど、暗い色の服を着た少年が現れる。
正直、彼が話しかけてこなかったら、私は彼に気付かなかった。
優しそうな顔。
精霊の少女とは違う気配。
私は人間が来たと悟る。
少年に説明をしながら鍵を取りに行く。
精霊の少女やこの少年は、ずいぶん話すのが上手だ。私はこんなにも苦労しているのに。
特に今回は説明をする側になっているから、たくさん話さなくてはならないのに。
少年の名は、サイと言うらしい。
サイは私に名前を聞いてきた。
私が知っている名前は、精霊の少女の「キリア」だけ。
でもサイはそれを知ってどうするのか。
そう思っていたが、サイは『私の名前』を知りたかったらしい。
でも、私の名前は何なのだろう?
そんなものあるのだろうか。
だからその問いに、答えという答えは出せなかった。
そのときから、私にはある一つの『疑問』が生まれてきた。
サイと話していくうちに、話すのが上達していくのが自分でもわかった。
サイに質問されても、さらっと答えられるようになる。
ただ、説明の仕方はあまり上達していないらしい。
あ、またサイが頭を抱えて悩んでいる。
それでも、何だか楽しい時間が流れる。
生まれた『疑問』も、忘れてしまうくらいに。
そして、私とサイは門の鍵を見つけた。
赤い鎖。
そう。『赤』い『鎖』。
不意に、精霊の少女の言葉を思い出す。
「あなたの瞳は赤いのよ」
白い部屋を歩いている時、サイに私の容姿がどんなものか教えてもらった。
そしたら私は精霊の少女と容姿が似ていることに気付いていた。
大きく違うのは、瞳の色。
この鎖と、おんなじ色。
そして、今私の中にある『疑問』。
それは、なぜ私は精霊の少女にあんなに従っていたのか。
もちろん今でも、従っている。
でも、根拠が見つからない。
私はサイのように、疑問を持つことすらしなかった。
なぜだろう。
なぜ、精霊の少女の指示に、鎖のように縛られていたのだろう。
今、ここにあるのは赤い鎖。
これが銀色の門の鍵なら、これを壊さなければいけない。
それは、つまり、そういうことなんだろう。
でもこの鍵を壊したら、精霊の少女には新しい鍵が必要になる。
もし私の考えが正しいなら、とっても嫌な未来になる。
せめて色んなことを教えてくれたサイは、守りたい。
そこで私は初めて、精霊の少女の指示を無視して、サイに『世界の果ての門の鍵』を渡した。