第6話 砦の疑問
少女は少しの間黙っていた。
「なぜ門番をしてる、か」
何かを考えている少女の答えを、砦は静かに待った。やがて少女が口を開く。
「それが、私の仕事だから」
やや疑問系の発音で返ってきた答えに、砦が更なる質問をした。
「ちなみに、いつからやってるの?」
「…ずっと前から」
「ずっと前から、門番を?」
「そう」
砦がついに頭を傾げた。少女がそれに気付く。
「どうしたの?」
「なんか、よくわからなくて」
精霊の世界はそんなものだ、と少女が返してこなかったことに、砦は少し安堵する。
そして、自身の疑問を話だした。
「なんで君は、『鍵』ではなく『門』を守っているの?」
「あの門は、世界の果ての門に繋がる、大切なものだから」
「でも、その門を通るには、この部屋にある『鍵』が絶対に必要になるんでしょ?」
「そう」
少女が素直に頷く。砦が少し難しい顔をした。
「おかしくない?」
「?」
「だって、鍵を壊さない限り門は使えない。なら、普通一番に守らなきゃいけないのは『鍵』でしょ」
少女が少し固まってから、目を少し泳がせてから頷く。
「そうだね。でも、鍵の存在を隠すためにも、囮として私がいるんじゃ…」
「そうかもしれない、けど」
砦が小さく、低い声で言った。
「たとえ君が囮だとしても『鍵を守る者』も確実にいなきゃ。事情に通じてる人が…あ、精霊が来たら、意味がない。
鍵を守る者は見た限り、いないよね」
少女が砦につられて低い声で言う。
「いない。この暗闇の世界にいるのは、基本的に私だけだから」
少女にも疑問が生まれたのか、しゃべりながら何かを考えている。砦はさらに言葉を続けた。
「それに鍵を置いているこの部屋は一本道。それなら鍵を守っているのは、俺達が最初にいた『暗闇』くらいなんじゃないかな」
少女は完全に黙ってしまった。
それは何か図星をつかれたわけではなく、少女自身、そのおかしさに疑問をもったためだった。
そして気付くと、なにやら円く広い部屋に2人は出ていた。
相変わらず壁も床も天井も白い。ただ、円い部屋の中央には白い小さなテーブルがあった。
そのテーブルの上に、赤い箱が置いてある。
「あ…」
少女が先に箱を見つけて近付いていく。砦もそれに続いた。箱はプラスチック製でかなり小さく、自分の拳がなんとか入るくらいの大きさだった。
「普通に考えて、この中に鍵があるのかな」
砦が呟くと、少女が頷く。
「多分。ここ、行き止まりだし」
砦が円い部屋を見渡す。少女の言うとおり、砦たちが通ってきた道以外に道はなかった。
(いったいどんな鍵なんだろう)
砦は顔には出さずに、少しだけワクワクしていた。
ついに、箱の蓋を少女が開けた。
2人が箱の中を覗くと中には、
白い紙が入っていた。
砦が思わず、言葉を漏らす。
「これが、鍵…?」
「さあ?」
少女も不思議そうに紙を持ち上げる。少女が紙を見ている間、砦は箱の中にもう一つ何かが入っていることに気付く。
「なんだ?」
砦が箱から、それを取り出す。
それは3センチメートルほどの、小さくて細い鎖だった。色は箱の色と同じ、赤い色をしている。
「赤い…鎖?」
砦が呟くと、少女は砦の方を見た。
やがて少女の目は、赤い鎖を捉える。
「…」
少女の目が少し見開く。
砦がそれに気付くが、少女はすぐにいつも通りの無表情に戻ってしまった。
「そういう、こと」
少女が溜め息のように、そう呟いた。砦が何かを言おうとしたが、先に少女が言葉を放った。
「全て分かった」
「…へ?俺は何がなんだか、なんだけど」
砦の目線は、少女の手にある紙にいく。
少女が「ああ…」といって、砦に紙を差し出した。
「これは簡易レーツェル・システム。この紙を破くと、多分、門まで移動できる」
「なるほど、それは便利だね」
今度は砦が、少女の前に赤い鎖を差し出す。
「これは?」
少女の顔が一瞬、悲しそうになる。しかし、やはりすぐに無表情に戻った。
「これが、鍵の一部」
「一部?」
「そう。これを壊せば門は開く」
少女はそういうと、赤い鎖を砦から受け取った。
「サイ、お願いがある」
「え、な、なに?」
話の流れを完全に無視した少女の言葉に、砦は動揺した。少女は構わず、砦を見ながら言った。
「サイが、サイの世界に帰るとき、世界の果ての門の鍵を閉めてほしい」
「つまり俺が潜ったあと、世界の果ての門を人間の世界の方から鍵をかければいいと」
「そう。だからこれ」
少女が白い服のポケットから、小さな鍵を取り出した。それを砦に差し出す。
「砦が門を出たら、それで鍵を閉めて」
「わかったけど、そんな大切な門の鍵を預けちゃっていいの?」
「大丈夫」
砦は少女から渡された鍵を見つめた。鍵のデザイン自体は素っ気ないくらいにシンプルだが、色は気品のある金色であった。
重量もそれなりにあるため、砦の世界ではかなり貴重なものになるかもしれない。
「…あれ、でも俺が人間の世界から鍵をかけたなら、君に鍵を返せないよ」
「そう。だからあげる」
(いや、ダメだろ!)
砦が心の中で叫ぶ。そんな大層な物をあげると言われて、砦は困っていた。
「君が閉めることは…」
「できない」
強く断言する少女に、砦は理由を聞いても無駄だということを悟る。
そんな砦には構わず、少女が赤い鎖を見ながら言った。
「あとそれ、サイが持っていることは秘密にして」
「いいけど。…けど、なんで…」
なんで今になって君は、そんなことを言い出すの?
理由のわからない不安を感じた砦が、そう言おうとした時、少女は紙を破いた。