第4話 静かな不安
人に何かの決定を任せられるのは、嬉しい時もあるが、困ることも多い。
「私のことは、好きに呼んで」
この言葉は仲の良い人に言われたなら、砦もここまで悩まない。
ただ、それをついさっき出会った正体すらよくわからない少女に言われたら、悩むどころか困ってしまう。
(なんかこの世界きてから考えてばっかだ…)
少女は再び暗闇に向かって歩き出していた。砦は強引に話を変える。
「ところで、精霊の世界ってどこも真っ暗なの?」
「私もよく知らない、けど、違うらしい。多分サイの世界と、同じようなとこ。ここが暗闇なのは、あの門に、近寄らせないため」
あの門とは、世界の果ての門に繋がっているという銀色の門のことだろう。と、砦は解釈した。
「なるほど。そのための暗闇か…。やたらに広いのも、いわゆる防犯ってこと?」
「そう。迷わせるため。門は大切なものだから。普通の精霊には、近寄ることすら、許されない」
砦が「普通の精霊か…」と呟いたあと、少女を見て、別の問いを投げかけた。
「さっき君は精霊じゃないと言ったけど、君はなに?」
「私は、門番」
「うん。まあ、そうなんだろうけどさ」
砦がより良い質問内容を考えているうちに、少女が暗闇の向こうを指差した。
「見えた。あそこ」
砦が示された方向を見ると、ほんのり白く輝くドアが見えた。
「さっきの門といい…入り口となるドアが暗闇の中にあるだけなんだ」
「そう。ドアの後ろに、回っても、ドアがみえるだけ」
ドアに着いた砦は、試しにドアの後ろにまわった。少女の言うとおり、正面と同じ図が見えるだけだった。
少女がドアの前に立つ。急いで砦が少女のもとに行くと、少女がドアを開けた。
「うわっ、眩しい…」
言葉を漏らしたのは砦だった。
ドアの中の部屋は一面真っ白だった。天井も白く、かなり高い。
色が白しか使われていないため、見えにくいが、所々に3メートルほどの白い壁がある。
その壁のせいで圧迫感はあるものの、部屋自体は恐ろしいほど広いようだった。
砦は中に入ると、何となくその部屋の意味を読み取った。
「なるほど。迷路か。門の鍵があるからこちらも厳重になってるってこと?」
砦が話しかけながら少女を見ると、少女は部屋を興味深そうに見回していた。砦の中に一つの不安が生まれる。
「もしかして、ここくるの初めてとか言わないよね?」
「初めて、と、言う」
少女は当たり前、というように堂々と言った。
「どうして?」
少女は不思議そうな目で砦を見て言った。
「いや、ここ迷路でしょ?しかも広いし。鍵まですぐ行ける?」
「すぐかは、わからないけど。鍵までは一本道って、聞いてる」
「…」
(そういうもの…なのかな?)
砦は少し考えたあと、少女に聞いた。
「じゃあここは、なんのためにこんなに壁があるの?」
「そういう…ものだから?」
どうやら少女にも分からないことはあるらしく、少女も少し考え込む。
砦は、増してきた不安に気付かないふりをして、進むべき白い道を見た。
「とりあえず、進む?」
少女は頷き、また砦の前を歩き出す。その少女の姿に、砦は恐怖に似た感情を抱いた。
少女の髪は黒く、瞳は赤い。しかし、少女の肌と着ている服は白く、部屋の色に混ざって消えてしまうような気がした。
もちろんそんなことは起こるはずはない。
そう。起こるはずはないと分かっていても、砦はその小さな恐怖を拭うことは出来なかった。