第3話 鍵
いきなり笑った砦を、少女は不審な目で見た。砦は咳払いをして、再び質問をする。
「それで、なんで俺はこの世界に来たのかな?」
「開いてしまった、世界の果ての門を、潜ったから」
「開いてしまった?」
「そう。本来、世界の果ての門は、閉じていなければ、いけないもの、だから」
砦は考え込んだ。
(『本来開いてはいけない門が開いてしまった』って。何故開いてはいけない物を作ったんだ?
そしてその門は、人間の世界と精霊の世界を繋ぐものだとか。開いてはいけないなら、その門を通ってはいけないのでは?
けど俺は、その門を通ったらしい。これはいけないことなんじゃ…)
嘆くように砦が呟く。
「俺は何故そんな門に…てか、いつ」
その呟きを聞いた少女が少し俯いた。
「とある精霊に、利用されたから」
「とある精霊って、誰?」
砦が聞くと、少女が口を閉ざしてしまった。今まで質問をしたら最低でも一言は返していてくれていたため、砦は少し驚く。
「えっと、君も知らない、とか?」
少女は首を横に振った。
つまり砦の問いかけに対して否定の意、つまり「知っている」と答えた。
しかし少女は、これ以上詳しく言いたくないらしく、固く口を閉ざしている。
「あの、別にそんなに知りたいわけじゃないから」
砦がそう言うと、少女は後ろめたそうに、早口で言った。
「とある精霊に、あなたは、利用されただけ、だから、何も悪くない。だから、早く帰るべき」
砦はとりあえず軽く頷いた。その後、話を変える。
「よく分からないけど、その世界の果ての門ってのはどこにあるの?」
少女が後ろにある門をさす。
「この門の先」
「よし、じゃあ…」
「待って。その門には、鍵がある」
砦は門に近付いた。門は大きく、高さは5メートルはあり、幅も人が3人は同時に通れそうだった。全体が銀のような色をしていて、太陽の下にあれば、更に立派に見えたと思われる。
(なんていうか、厳かな門だなあ…でも鍵穴とか取っ手らしきものは見当たらないけど)
「その鍵ってのはどこにあるの?」
「この門は、鍵をぶっ壊して、開けるタイプ」
(ぶっ壊して?)
砦は鍵を壊す開け方より、少女の言い回しに気を取られた。数秒して正気を取り戻す。
「ああ、南京錠ってこと?門にはそんなもの見あたらないけど、門のどこについてるの?」
「南京錠?違う。普通の鍵。鍵はあっちに行けば、どうにかなる」
そう言いながら、少女は右斜めの方向にある暗闇を指差した。どうやらそこが『あっち』らしい。砦はひとりぶつぶつと呟いた。
「普通の鍵。普通の鍵をぶっ壊すと門が開く…?」
砦は心からの溜め息を付いた。
「わけがわかんないよ。そういうものって解釈していい?」
「いい」
考えるのを放棄した砦と、それを軽く許可した少女は暗闇の中を歩いていく。
砦には自分と少女と門以外は全て暗闇にしか見えないため、少女の背中をただただ追いかける。
少女は後ろにいる砦を見ずに、前を向いたまま砦に話しかけた。
「あなた、名前は?」
「俺の名前は伊佐野 砦」
「さい?そう、サイ…」
少女が何かを確認するかのように呟いた。砦も同じように少女に名前を尋ねる。
しかし、尋ねられた少女の反応は変だった。
「名前?言うのは、構わないけど。聞いて、どうするの?」
「いや、君だって俺に聞いたじゃん。だから君の名前教えてよ」
「あ、私の名前?」
「そうだよ。ていうか君、誰の名前言う気だったの?!」
だんだんこの世界になれてきたのか、砦は初めよりよく喋るようになってきた。
ずっと同じリズムで歩いていた少女の足が、少しずつ遅くなる。
「…初めて、聞かれた」
あまりにも小さい声で放たれた少女の声は、この静かすぎる暗闇の中でも、砦には聞き取ることが出来なかった。少女はやがて足を止め、砦の方を向く。
「私のことは、好きに呼んで」