第10話 優しい少年
精霊は銀色の門を見上げた。実はこの精霊がこの世界に帰ってきたのは、約5年ぶりである。懐かしさを感じる優しい目のまま、今度は砦の方を向く。
そして笑顔を見せたあと、すぐに銀色の門の扉に触れた。
「なあ、あの鎖ってなんなんだ?」
砦が少女のそばに座りながら、厳しい口調で質問した。
精霊が振り返る。未だに自分と同じ姿の人物がいるこの状況に慣れない砦は、顔を歪めた。
精霊は思い出したように話し出す。
「ああ、あれね。あれは鍵よ。あの子にもそれは言って良いって契約で言ったのに」
「契約?」
「そう。あの子はあたしと契約して、銀色の門の門番になったんだから」
「…この子が、契約?」
砦は信じられないという顔で、倒れている少女をみる。
もちろんそれで少女が答えることはないため、砦は黙るしかなかった。
「まあ、その子は覚えてないでしょう。幼い頃だったし。あたしがあなたの親代わりになるって、約束したの」
「親代わりって…随分放任主義みたいだが?」
「失礼ね。何にも知らないくせに。…まあ、当たってるけど」
砦は話が脱線しかけていることに気付く。精霊のペースに流されないため、焦って話題を戻す。
「それより、赤い鎖のことだって。鍵である鎖をぶっ壊せば開くのは…まあそういうものだとして…」
「ああ。あんたが引っかかってるのは鎖の色でしょ?この子とあたしは瞳の色は違ったしね」
赤い鎖と同じ色の瞳をもつ少女。その少女は、鎖が壊れたあとに倒れて、冷たくなっている。
「あれよ、二重よ。二重ロックなのよ」
「…はい?」
「つまり、この子も鍵ってこと」
砦は精霊の言っていることを、すぐには理解できなかった。
(…鍵?ってこの子も…?鍵、つまり、壊さなくてはいけないもの?)
精霊がにこっと妖しい笑顔になった。
「わかったみたいじゃない。そうよ、この子はあなたをここに連れてくるため、鍵である自分を壊したの」
「自分を…どうやって……」
「自分で壊れろ!って思うの。普段は無理でも、第一ロックの赤い鎖という鍵を壊せば可能になる。そういう仕組」
「…」
砦は黙ってしまった。精霊は溜め息をついたあと、銀色の門を見た。
「この銀色の門はね、あたしが造ったの。だから好きなモノを鍵にできる」
砦が精霊のいるほうに顔を向けた。そんな砦を精霊は横目でみる。
「だからね。守る人が必要なのよ。この銀色の門の鍵となる人が」
精霊が咳払いをして、砦に手を差し出す。
「ね。だから取引しましょう?
別に断ってもいいのよ?
嫌ならあなたの世界にあなたを返してあげる。
そうしたら、今まで門番をしていたこの子にもう一度がんばってもらうだけだから」
砦は、精霊がどんどん自分を追い詰めてくることに気付く。
しかし、砦の心の答えはもう決まっていた。
その優しすぎる砦の決断を察したかのように、少女の着ていた黒いパーカーの飾りの金具が地に落ちる。
それはとても静かに、かつん、と乾いた音をたてた。