第9話 人生
「あはは、何その顔」
世界の果ての門から現れた『伊佐野砦』の姿をした者が、驚きぽかんとしていた砦を笑う。
その声は確かに、砦が抱えている少女と同じだった。
砦はとりあえず、しゃがんで少女を地面に寝かせた。
少女にあげた黒いパーカーと、暗闇の地面との境界線が少し曖昧になる。
「ああ、その子も連れてきたの」
『伊佐野砦』の姿をした者が、少し意外そうに言った。砦がその言葉を無視して、自分に似すぎている者に聞いた。
「あんたは『精霊』ってやつか?」
「ええ、そうよ」
『伊佐野砦』の姿をした『精霊』が、笑いを含めて答えた。
「…でもおかしいわね。その子にはあたしの存在を伏せていくように言ったのに」
精霊が真面目な顔で呟いた。
砦が、精霊ではなく少女の顔に目を向けて話し出す。
「ああ。この子はそのことは言わなかった。たがらこれは、俺が考えただけのこと」
「うふふっ。なるほど。さすが映画同好会期待の脚本家さん」
砦は溜め息をついた。
「…あのさ。俺の姿でそのしゃべり方はやめろよ…」
(なんか色々と気持ち悪いな、こいつ)
顔を歪めた砦を見て、精霊が怪しげな笑みを浮かべた。
「そう…?面白いじゃないの。でもまあ、そうよね」
そう言うと精霊は少しの間、目を瞑った。
見る見るうちに、精霊の姿は倒れてしまった少女の姿に変わる。
「見た目を変えるのはすぐなのに、声を変えるのって何でこう上手くいかないのかな」
精霊は不満げに呟く。
精霊の姿が今度は少女に!となどと砦が驚くことは、もうなかった。
ノーリアクションの砦に、精霊は不満げだった。
「ちょっとは驚きなさいって」
「いや……驚いている、けど」
砦は精霊の黒い瞳に気付いた。
(あれ…たしかあの子の瞳は赤かったような)
砦はふと、壊された赤い鎖のことを思い出す。
瞳の色と同じ色の鎖。
それを壊して倒れた少女。
少女と同じ声、同じ姿の精霊。
そして、砦とも同じ姿になれる精霊。
それから段々と、血の気が引いてくるのと同時に、怒りがこみ上げるのを感じた。
精霊はそれに気付きながらも、一点を見つめる砦を見て微笑んでいる。
「ふふ…」
「なんだよ…」
「別に」
精霊の顔は、にっこりとしていた。あの少女と同じ顔とは思えないほど、深い笑顔だった。
砦はきつく精霊を睨む。
姿も声もあの少女と同じだったが、雰囲気が違いすぎるのか、怒りの矛先をきっちりと向けても抵抗が感じられない。
精霊が少しムスッとした。
「…なによ」
「なに…じゃない。もし俺の予想が正しいなら…あんたは…」
精霊が再びニヤリと笑う。構わず砦は言葉を放った。
「俺を、ここに閉じ込める気か」
砦が怒りを露わにしているなか、精霊が笑顔で拍手をした。
「大正解」
「…!」
「あたしは本来、世界の果ての門を守らなきゃいけない者よ。だけどさ、ずっと暗闇の中なんて、萎えちゃうじゃない」
精霊が楽しそうに話す。
「ずっとこの門を守ってきたもん。なら、ちょっとくらいご褒美が欲しくなるものよ」
「だからこの子になりすまして、代わりに生きてたのか?!」
砦はついに怒鳴りだしてしまった。もちろん、精霊は全く動揺していない。
「あはは!まあね。でも、どうせなら、楽しみは大きい方がいいわ」
「…?」
「あなたが同好会で作り上げた映画観たの。とっても面白くて、良いなって思った」
砦が一歩下がる。精霊は再び砦の姿になった。そして今度は話し方は元のまま、砦の声色で話し始める。
「取引しましょう。あなたの人生、あたしにくれたら、この女の子助けてあげる」