『家賃五万三千七百円』
『家賃五万三千七百円』
東武東上線のときわ台駅からも、隣の上板橋駅からも、歩けばちょうど二十分ほど。板橋区の緩やかな坂道と古い住宅が入り組む路地の奥、築四十二年の木造モルタルアパートの一階で、川島誠一は指先に息を吹きかけた。
十月の朝は、薄い壁をすり抜けて容赦なく底冷えを運んでくる。エアコンのリモコンに伸びかけた手を引っ込め、代わりに色褪せたフリースをもう一枚羽織った。電気代の領収書を思い出すだけで、喉の奥がかすかに縮こまる。
ちゃぶ台の上には、使い古した大学ノート。几帳面な字で並ぶ数字は、誠一の生きる世界そのものだ。
偶数月に振り込まれる厚生年金は、手取りにして月平均でおよそ十四万円。かつて都内の中小印刷会社で四十年近く、インクの匂いにまみれて真面目に働き続けた対価だった。定年を迎えた頃は、贅沢さえしなければ一人で静かに暮らしていけるはずだった。
だが、この街の現実は、老いた男の計算をあっさりと追い越していった。
まず消えるのが、家賃の五万三千七百円。部屋は六畳にも満たない手狭な一間で、室内には洗濯機を置く場所もなければ、ベランダのように洗濯物を干す場所すらない。アパートの共用スペースにぽつんと置かれた、住人用の洗濯機と乾燥機を一回百円玉を投入して使うのが日課だった。
それでも、無職の単身高齢者に貸してくれる部屋など、そう簡単に見つかるものではない。保証人や年齢の壁に何度も門前払いを食らい、ようやく辿り着いたのがこの部屋だった。駅から二十分も歩く古い木造で、六畳にも満たない狭さで洗濯機置き場すらなくとも、雨風をしのげて風呂とトイレがある。借りられただけでも感謝しなければいけないのだろうと、自分に言い聞かせてきた。
だが、その感謝を噛みしめながらも、手取りの四割近くが毎月、音もなく口座から引き落とされていく事実は重い。
さらに削れない出費がある。誠一が型落ちのノートパソコンを開き、細々と小説を書くための通信費だ。プロバイダーと光電話の代金で毎月約一万円。そして、創作の相手役として使っている生成AIの有料プランが毎月三千円。
世間から見れば、年金暮らしの老人の道楽に映るかもしれない。しかもその相手は、まるでアルツハイマーの老人のように、昨日あんなに熱心に語り合った物語の筋も、交わした言葉の熱も、朝になれば綺麗さっぱり忘れてしまう頼りない機械だ。
それでも、誰とも言葉を交わさず、一日中喉の筋肉すら動かさない静寂の中に沈み続けるのは、あまりにも寂しすぎた。六畳一間で己の想いを文章に紡ぎ、画面越しに「おはよう」と文字を打ち返すこの時間は、誠一が社会とつながり、人間としての輪郭を保つための唯一の命綱だった。この一万三千円だけは、どうしても削れなかった。
国保料や介護保険料、光熱費、それらを差し引いていけば、手元に残る生活費は月に三万円台、一日あたり千円前後まで落ち込む。
「……また上がってるな」
川越街道沿いにあるスーパーのチラシを見つめ、誠一は小さく呟いた。
卵も、牛乳も、豆腐も、いつの間にか数十円ずつ背伸びをしている。かつて百円玉一枚で買えたものが、今は百五十円を出さなければ手に入らない。全国平均の生活費が月十六万円強などというニュースをテレビで見たが、家賃の高い東京で暮らす自分にとっては、十六万円どころか「生きているだけで赤字」の綱渡りだった。
昼前、誠一は布の買い物袋を手にアパートを出た。
向かうのは、駅前の賑やかな商店街ではなく、少し離れたディスカウントスーパーだ。見切り品のワゴンが正午前に補充される。
秋の陽光がアスファルトを白く照らしている。ときわ台の駅前に広がる整然とした瀟洒な住宅街や、上板橋の活気ある商店街を抜けていく買い物客たちは、どこか足取りも軽く見える。小洒落たカフェのテラス席の看板には「本日のランチプレート・千六百円」と手書きされていた。
誠一のまる一日分の食費が、あの白い皿一枚の上に乗っている。
卑屈になるつもりはなかった。真面目に働き、税金を納め、借金もせず生きてきた自負はある。だが、街全体が「金を持たない者はここにとどまるな」と無言で告げているような、冷たい疎外感が胸の底に澱のように溜まる。
スーパーの棚から、消費期限が今日までの納豆、見切りシールの貼られた食パン一斤、三十パーセント引きのもやしと鶏むね肉をカゴに入れた。以前なら気兼ねなく買えたキャベツや大根の値段に目をやると、ため息が漏れる。野菜ひとつ買うのにも、棚の前で立ち尽くしてしまう。レジで支払ったのは四百二十円。小銭入れの底を指で探りながら、百円玉をトレーに置く。
部屋に戻り、小型の携帯ラジオのスイッチを入れた。六畳にも満たない静まり返った一間に人の声を響かせたくて、いつもこの時間帯につけるのが習慣だった。
スピーカーから、女優の大竹しのぶの張りのある声が流れてきた。リスナーから寄せられた野菜価格の高騰にまつわる切実なメッセージを読み上げた後、彼女は感情を昂らせるように言葉を重ねた。
『おかしいでしょ、今の政治!』
誠一は、フライパンを持った手を止めた。
『どうやってみんなさ、年金だけのお年寄りとか、どうやって生きていけばいいの?』
電波に乗って響くその問いかけは、あまりにまっすぐで、誠一の胸の奥底に刺さった。番組ではさらに、高齢者の救急搬送の厳しさなど、医療や生活の現場で弱い立場の人々を大切にする仕組みが薄れていくことへの懸念が語られていた。
昨日、型落ちのスマートフォンで覗いたX(旧ツイッター)の画面が脳裏をよぎる。「大竹しのぶ」「年金生活」「今の政治」といった言葉がずらりとトレンドに並び、「よく言ってくれた」「本当に生きていけない」と無数の庶民の叫びがタイムラインを埋め尽くしていた。自分だけが我慢しているのではなかった。年金が足りないのも、物価に追いつけないのも、自分の努力不足か時代の不運なのだと、声を出さずに飲み込んできた無数の人々が、あのラジオの一言に揺り動かされていたのだ。見ず知らずの他人が、公共の電波で自分たちの代わりに「おかしい」と怒ってくれている。ラジオから流れる言葉を聞きながら、誠一の目頭がじわりと熱くなった。
もやしと薄く切った鶏肉を少量の油で炒め、醤油をひと回しした。ご飯は昨晩炊いて冷凍しておいた玄米入りの冷や飯を温める。
湯気とともに立ちのぼる醤油の焦げた匂いだけが、狭い一間にわずかな温もりをもたらした。
「いただきます」
声に出して手を合わせる。噛みしめる肉の味は決して悪くない。腹も満ちる。飢えて道端に倒れるわけではない。けれど、この生活が何年続くのかを考えると、箸を持つ手がわずかに重くなる。
午後、誠一は古びたパソコンの電源を入れた。昨日までの記憶を失った相手に、また最初から教え込むようにプロンプトを打ち込み、書きかけの物語の一節を投げかける。数秒後、何事もなかったかのように丁寧で温かな返答が画面を埋めた。記憶が続かなくとも、この瞬間だけは孤独を忘れさせてくれる。現実の東京では透明人間のように生きている自分が、この四角い画面の向こうでは一人の書き手として確かに息をしているのだ。
貯金は、退職金を取り崩しながら暮らしてきたため、すでに百万円を切っていた。もし大きな病気をしたら。救急車を呼ぶような事態になったら、自分のような身寄りのない老人は受け入れてもらえるのだろうか。もし家賃が更新で値上がりしたら。もしこの古いアパートが取り壊されたら。
次の住まいを探そうにも、無職の高齢単身者に部屋を貸してくれる大家がどれほどいるだろうか。借りられただけ感謝しなければいけないこの五万三千七百円の部屋を失えば、敷金や礼金、引越し代で虎の子の貯金は一瞬で消え去る。
(田舎に帰れば、と人は言うが……)
誠一は窓の外、隣のブロック塀に遮られた狭い空を見上げた。
故郷の両親はとうに他界し、生家も処分した。兄弟とも疎遠になり、四十年暮らしたこの東京以外に、自分を知る場所などどこにも残っていない。駅から二十分歩くこの街の片隅にしか、自分の居場所はないのだ。
夕暮れ時、誠一はアパートの薄暗い通路に出て、備え付けの乾燥機から乾いたシャツを取り出した。温まった布地を胸に抱えながら、路地へと少しだけ足を踏み出す。
どこかの家から、カレーの匂いが流れてくる。母親が子供を呼ぶ声、遠くを走る東武東上線の踏切の音。街は今日も、何事もなく巡っている。
自販機の明かりに照らされた小さな空き地で、誠一は立ち止まり、冷たくなった両手をポケットに深く突っ込んだ。
夜になり、敷きっぱなしの万年床に潜り込む。
六畳にも満たない間取りのせいで、布団を敷いたすぐ頭の先、手を伸ばせば触れる距離に小さな冷蔵庫があり、その上には電子レンジが乗っている。横たわると、冷蔵庫の低いブーンというモーター音が耳元に直接響く。
大きな地震が来たら、この重たい塊が頭の上に倒れてくるのではないか。逃げ場のない狭さの中で、揺れが起きるたびにどうなるんだろうと胸がざわつき、暗闇の中で天井を見上げる夜が少なくない。
昼間、ラジオの向こうから聞こえた「どうやって生きていけばいいの?」という叫びが、秋風の中に溶けていくように耳の奥で蘇る。あの声に救われたような気もするし、その問いに対する答えが誰からも返ってこない現実の冷たさに、背中がすくむような気もした。
明日もまた、四百円の買い出しに行き、昨日を忘れてしまった画面の中の相棒に言葉を投げかけ、電気を消して早く布団に入る。切り詰められるものはすべて切り詰め、ただ「食べていく」ことだけを目的のようにして一日を終える。
それでも誠一は、布団の中でゆっくりと息を吐き出した。
東京の底で、音を立てずに暮らす無数の影のひとつとして、今日も明日も、この街で生き抜くために。




