義妹が虐げられ令嬢の罪を探し始めましたが、見つかったのは義妹と継母が奪ってきた私の人生でした
ローゼンフェルト伯爵家の夜会で、エマ・ローゼンフェルトは会場の隅に立っていた。
中央にいるのは、義妹のセリーヌ・ローゼンフェルト。
そして、その隣に立つのは、かつてエマの婚約者だった侯爵令息アーヴィン・グランフォードだった。
「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
白いドレスをまとったセリーヌが、幸せそうに微笑む。
「このたび、私セリーヌは、アーヴィン様と婚約することになりました」
拍手が起こった。
アーヴィンは、セリーヌを優しく見つめている。
ほんの少し前まで、あの隣に立つのは自分のはずだった。
けれど彼は、一ヶ月ほど前、申し訳なさそうにエマに言った。
「すまない、エマ。僕は……セリーヌを愛してしまった」
そのとき、エマは何も言えなかった。
怒ることも、泣くことも、責めることもできなかった。
ただ、いつものように頭を下げた。
「申し訳ございません」
謝る必要など、本当はなかったはずなのに。
母が亡くなり、父が継母カミラと再婚してから、エマの居場所は少しずつ奪われていった。
父が亡くなると、エマは屋根裏部屋に移され、必要なときだけ外へ出されるようになった。
セリーヌの手紙を代筆するとき。
刺繍を仕上げるとき。
慈善基金の帳簿を整えるとき。
施療院へ薬を届けるとき。
そしてアーヴィンが、婚約破棄を告げに来たとき。
用事がないときは、エマは伯爵家にいないものとして扱われていた。
「ただ……一つだけ、悲しいことがございます」
不意に、セリーヌが表情を曇らせた。
会場の空気が変わる。
「どうしたんだ、セリーヌ」
アーヴィンが心配そうに尋ねる。
「実は、ローゼンフェルト伯爵家の慈善基金から、金貨袋が一つ消えてしまったのです」
夜会場がざわついた。
慈善基金。
それは、セリーヌが社交界で「慈善の天使」と呼ばれる理由になった事業だった。
貧しい者へ薬を届け、孤児たちに文字を教え、病人を助ける。それがセリーヌの慈善基金の事業だった。
だが、実際に帳簿をつけ、薬を届け、子どもたちに文字を教えていたのは、エマだった。
「家の恥を外へ広げたくはありません。けれど、慈善のためのお金です。うやむやにはできません」
セリーヌは涙をこらえるように胸元で手を握った。
そして、ゆっくりとエマを見る。
「金庫の場所を知っていたのは、ごく限られた者だけです」
夜会場の視線が、一斉にエマへ集まった。
「まさか……」
「あの姉君が?」
「婚約者を奪われた腹いせに?」
人々の囁きが、胸に刺さる。
エマは首を振ろうとした。
違います。
そう言いたかった。
けれど、声は喉の奥から出てこようとしない。
何年も、反論することを許されてこなかった。
何かを言えば、屋根裏へ戻される。
逆らえば、食事を抜かれる。
泣けば、セリーヌのほうがかわいそうだと叱られる。
だからエマは、唇を震わせることしかできなかった。
「ご安心ください」
セリーヌが涙を拭う。
「私は、お姉様を罪人にしたいわけではありません。公平な方法で確かめたいだけなのです」
彼女は会場の扉へ視線を向けた。
「皆様、探しものの馬車をご存じでしょうか?」
会場がさらにざわめいた。
乗客の探しものを必ず見つける、不思議な辻馬車。
探しものが本当にあるのなら、必ずそこへ連れていく。
そう噂される馬車だった。
「その馬車を、今夜こちらへお呼びしました。消えた金貨袋を探していただきます。もしお姉様が無実なら、それも証明されるはずですもの」
その言葉は、エマに拒否する余地を残さなかった。
会場の誰も、エマを助けようとはしなかった。
やがて扉の外から、車輪の軋む音が聞こえた。
セリーヌが扉を開けると、そこに古びた辻馬車がいた。
御者台から黒い外套の青年が降りてきた。
「お迎えに上がりました。探しものの馬車の御者、アルト・ヴェルナーと申します」
アルトは静かに一礼した。
「探しものがあるそうですね」
「ええ」
セリーヌは微笑んだ。
「行方知れずの金貨袋よ」
それからセリーヌは招待客には聞かれないよう、エマだけに囁いた。
「大丈夫よ、お姉様。これで、ようやくすべて終わりますわ」
セリーヌは先ほどまでの泣き顔から一転、満面の笑みを浮かべていた。
勝ちを確信した者の笑みだった。
エマの背筋が冷たくなる。
馬車に乗ったのは、セリーヌ、アーヴィン、継母カミラ、そしてエマだった。
馬車の扉が閉まる。
御者のアルトが手綱を軽く鳴らす。
馬車はゆっくりと走り出す。
馬車は屋敷の外へは出ず、屋敷の裏手へ回った。
「ちょっと、どこへ向かっているのです」
カミラが非難するような声を上げる。
御者台から、アルトの声が返った。
「わかりません。馬車の選んだ道です」
「金庫は本館の地下ですわ。なぜ裏手に行くのかしら」
セリーヌが慌てたように言う。
「慈善基金の金貨袋を探しているのでしょう? 本来ならまず金庫へ——」
「ではそこにはないのでしょう」
そのアルトの言葉に、セリーヌは驚いたような声を上げる。
「やっぱりそうなのね。金庫の外に持ち出されたのだわ」
そして一瞬だけ、勝ち誇ったようにエマを見る。
馬車は、屋敷の裏手の、使用人用の小さな扉の前で止まった。
「ここのようです」
アルトが言う。
「降りられますか?」
「もちろんよ」
セリーヌが即答し、各々馬車から降りた。
使用人扉から中に入り、狭い階段を上がる。
客人が通ることのない、暗い道。
やがて一行は、低い扉の前に着いた。
カミラの顔色が変わる。
「そこは……ただの物置です」
エマは小さく首を振った。
「……私の部屋です」
アーヴィンが息を呑む。
「部屋? ここが?」
アルトが扉を開けた。
中には、粗末な寝台と薄い毛布、小さな机があった。
机の上には、針と糸、乾いたインク壺、束ねられた紙。それに慈善基金の帳簿。
そして、床板の一部がわずかに浮いていた。
アーヴィンが近づき、その床板を持ち上げる。
そこには、重そうな金貨袋があった。
セリーヌが口元を押さえる。
「そんな……お姉様、本当に……」
涙声だった。しかし、その瞳は笑っているようにしか見えなかった。
「ほら、ご覧くださいませ。私は最後まで、お姉様を信じたかったのに……」
「違います」
エマは何とか声を絞り出した。
「私は、そんなもの……知りません」
アーヴィンは金貨袋を見つめ、それからエマを見た。
その目には失望が浮かんでいた。
だが、その視線が机の上で止まる。
「この字は……」
アーヴィンは一通の手紙の草稿を手に取った。
続けて、別の紙も。
机の上には、何十通もの手紙の下書きがあった。
「これは、私が遠征先で受け取っていた手紙と同じ筆跡だ」
部屋の空気が凍った。
セリーヌが慌てて口を開く。
「お姉様が、私の字を真似ていたのですわ。私を陥れるために——」
「だが、この文章は……」
アーヴィンの声が震えた。
「私が母の咳のことを話した翌週、薬草茶を勧める手紙が届いた。遠征先が寒いと書けば、防寒具の整備の仕方まで教えてくれた」
彼は震える手で紙を広げる。
「私は、この手紙を読んで……セリーヌ、君は私をよく気にかけてくれているのだと思った」
エマは顔を伏せた。
書いたのは、自分だった。
夜更けに、冷えた指で。
アーヴィンが無理をしすぎる人だと知っていたから。
侯爵夫人の咳が長引いていると聞いていたから。
だから、一生懸命考えて、手紙を書いた。
けれど、その手紙は一度もエマの名で届かなかった。
さらに机の下から、一枚の紙が落ちる。
アルトが拾い上げた。
そこには、カミラの筆跡でこう書かれていた。
——今夜中に手紙を仕上げなさい。
——言われたことができなければ食事は抜きです。
——セリーヌの名を汚すことは許しません。
——客人が来る日は、必ず屋根裏にいること。
アーヴィンがそれを読んだ。
彼はそのまましばらく何も言わずに固まっていたが、やがて口を開いた。
「これは……どういうことですか、カミラ夫人」
「それは、その子が怠けるから……しつけですわ」
「食事を抜くことがしつけですか……」
アーヴィンの声が震えた。
「侯爵家に届いた手紙も、母への薬草茶も、慈善基金の帳簿も……ここで、エマが作っていたのか」
セリーヌは唇を噛んだ。
「だから何ですの」
彼女の声から甘さは消えていた。
「お姉様は、家族のために少し手伝っただけですわ。伯爵家の娘なら当然でしょう?」
その言葉にアーヴィンは怪訝な顔をする。
アルトは金貨袋の口を開く。
その中から一枚の紙が出てきた。
そこには、エマの筆跡に似せた文字で、こう書かれていた。
——セリーヌから奪った金は、私のもの。
アーヴィンが紙を見た。
そして、ゆっくりとセリーヌを見る。
「この言い回し……君がよく使うな」
「違いますわ!」
「それに、エマは自分のことを『私』とは書かない。手紙では、いつも『わたくし』と書いていた」
セリーヌの顔が歪む。
「そんなはずありませんわ。お姉様の癖なら、私は完璧に……」
言いかけて、彼女は口を押さえた。
遅かった。
全員が聞いていた。
「完璧に、何だ?」
アーヴィンの語気が強くなる。
「そもそも盗んだ人間が、こんなことを書いた紙を入れること自体が不自然だろう?」
アーヴィンの声が冷える。
セリーヌは答えられなかった。
アルトが静かに告げた。
「探しものは、見つかったようですね」
セリーヌの膝が崩れた。
アーヴィンは部屋の中央に立ち尽くし、エマに向き直った。
「私は……君の手紙を愛していた。だが、その手紙はセリーヌが書いたものだとずっと勘違いしていた。書いた君を、一度も見ようとしなかったのだ。本当に申し訳ない」
エマは何も答えなかった。
何を答えたらよいのか分からなかった。
アーヴィンは、慈善基金の帳簿を手に取って中を見た。
そしてまた怪訝な顔をする。
「……妙だ。この帳簿が正しいなら、基金の金額はずいぶん大きいようだが。……どこへ流れている?」
セリーヌの顔が青ざめた。
アルトが尋ねる。
「まだ、お探しものがございますか」
アーヴィンが頷いた。
「慈善基金の流れた先だ」
四人を乗せ、馬車は再び走り出した。
屋敷を離れ、辻馬車は夜の王都を駆けていく。
やがて馬車は貧民街の小さな救護院の前で止まる。
エマが馬車から降りた瞬間、中から子どもたちが飛び出してきた。
「エマ先生!」
「先生、この前教えてくれた字、書けるようになったよ!」
アーヴィンが、信じられないものを見るようにエマを見る。
「先生……?」
奥から年配の女性が現れた。
救護院院長のマルタ・クラインだった。
「エマ様。こんな時間にどうなさったのです」
セリーヌが慌てて前に出る。
「マルタさん。私ですわ。セリーヌです。こちらは私の慈善事業として……」
マルタは、きょとんとした。
「失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「……ですから、セリーヌです。こちらに基金をお届けしている……」
「ああ……寄付のお名前は存じております。ですが、薬を届け、子どもたちに文字を教えてくださっているのは、いつもエマ様です」
マルタは、はっきり言った。
「セリーヌ様がこちらへ来られたことは、一度もございませんわね」
セリーヌの顔が引き攣る。
「失礼ですが、こちらの救護院の帳簿を見せていただけませんか?」
マルタが救護院の帳簿を持ってくる。
エマの帳簿と照らし合わせると、救護院へ届くはずだった薬代や孤児たちの毛布や冬服の代金が、一致しなかった。
「これはどういうことだ……?」
アーヴィンがセリーヌを睨む。
「探しに行かれますか?」
アルトが口を開く。
「い、行かなくていいわよ!」
セリーヌが叫んだ。
「どういうことだ? 心当たりがあるのか?」
「す、少し、ドレスや宝石が必要で……。アーヴィン、あなたには私のきれいな姿を見て欲しかったの……」
「ドレスや宝石の美しさで、私が君を愛すると思われたのか……? 見くびられたものだ」
アーヴィンが呆れた顔をした。
「慈善の天使……」
アーヴィンが小さく呟く。
「君は、そう呼ばれていたな」
「違うのです、アーヴィン様。これは、お姉様の基金の管理がずさんだったから……」
「違います」
それは小さな声だった。
けれど、はっきりとした声だった。
「私は正確に帳簿を記録しておりました。ただ、それでも十分な支給がされないことがあったことを不審にも思っていました。それがもしセリーヌの着服のせいだったのであれば、私は許せません」
エマは震える手で帳簿を開く。
「この薬代は、冬の咳が流行ったため、マルタ院長から頼まれて増やした分です。それで資金に余裕がなくなり、古着屋の協力で何とか冬服の代金を半分に抑えました。資金がまだあれば、熱のある子に卵と蜂蜜を買うこともできたはずです」
マルタが頷く。
エマは、セリーヌをまっすぐ見た。
「お姉様のくせに……」
セリーヌが低く呟いた。
その一言に、アーヴィンの顔が不快さに歪んだ。
カミラが叫ぶ。
「あなたは伯爵家で生かしてもらっていたのよ! 誰のおかげで暮らせたと思っているの!」
エマの胸の奥に痛みを感じた。
生かしてもらっていた。
ずっと、そう言われてきた。
屋根裏でも寝床があるだけありがたい。
食事をもらえるだけ感謝しなさい。
家族に尽くせるだけ幸せだと思いなさい。
そう信じこまされていた。
……でも、それは間違っているのではないか。セリーヌとカミラは、ずっとエマを騙し続けてきたのではないか。
エマは、カミラを見た。
体は震えていた。
それでも、目を逸らさなかった。
「わたくしは、生かしていただいていたのではありません」
カミラの顔が歪む。
「奪われながら、利用されるために生かされていただけです」
救護院の中が静まり返った。
「な、なんてことを……」
言い返そうとするカミラをエマは制する。
「私は……本当は、何を持っていたのでしょうか? あなたは、どれだけのものを私から奪ったのですか?」
アルトがエマを見て、口を開く。
「探されますか?」
「はい」
エマは頷いた。
馬車は最後に、再びローゼンフェルト伯爵家へ戻った。
だが、今度は屋根裏ではない。
馬車は古い礼拝室の前で止まる。
そこは、かつてエマの母エリザベートがよく祈っていた場所だった。
礼拝室の奥へとエマは進む。
礼拝堂の聖女像の台座が少し浮き上がっていることに気づいた。
「これは……?」
エマは聖女像を丁寧に持ち上げた。
そこに小さな封筒が隠されていた。
封には、父ヴィクトル・ローゼンフェルトの名が記されていた。そして王都公証院の印。
そのとき突然カミラが叫んだ。
「そ、それは開けてはだめ!」
エマは構わず封筒を開ける。
その紙を読むうちにエマが体を震わせ、涙をこぼした。
アーヴィンがエマから紙を受け取り、読み上げる。
「亡き妻エリザベート・ローゼンフェルトの遺志に従い、ローゼンフェルト伯爵家の財産の一部、および慈善基金の管理権は、実娘エマ・ローゼンフェルトに継がせる」
中に入っていたのは、父の遺言状の控えだった。
カミラが後ずさった。
「後妻カミラ・ローゼンフェルトおよび、その娘セリーヌ・ローゼンフェルトが、エマを虐げ、財産または基金を不当に奪った場合、両名の相続権および後見権を剥奪する」
礼拝室に、カミラの荒い息だけが響いた。
エマは遺言状を見つめる。
父と母は、自分を守ろうとしてくれていた。
自分が一人になるかもしれないと知っていた。
だから、この遺言状を残してくれていた。
それを、カミラが隠していた。
「お父様、お母様……」
涙がとめどなく頬を伝う。
悲しい。
けれど、それだけではなかった。
悔しい。そして、私は怒っている。
その怒りは、確かに自分のものだとわかった。
四人を乗せた馬車は、夜会場へ戻った。
会場は、出発したときとはまるで違っていた。
セリーヌが入ってきた瞬間、まだそこに残っていた招待客たちの視線が集まる。
先ほどまで「慈善の天使」だった令嬢は、今は顔色を失い、母の腕にすがっているだけだった。
アーヴィンが会場の中央に立つ。
「皆様に、証言いたします」
夜会場が静まり返った。
「消えた金貨袋は、エマの屋根裏部屋にありました。ですが、彼女が盗んだものではありません。セリーヌ嬢が、エマを罪人に仕立てるために置いたものでした」
ざわめきが起こる。
「さらに、私に届いていた手紙、侯爵家に届けられた薬草茶、慈善基金の帳簿。実際に作っていたのは、すべてエマでした」
「違いますわ!」
セリーヌが叫ぶ。
アーヴィンは続けた。
「救護院でも確認しました。セリーヌ嬢が『慈善の天使』として称賛されていた事業は、実際にはエマが支えていたものです。セリーヌ嬢本人は、救護院に一度も足を運んでいませんでした」
会場の空気が、一気に変わった。
「では、孤児たちに文字を教えたという話は……」
「侯爵夫人のための薬草茶も?」
「あの慈善市の刺繍も、エマ様が?」
セリーヌが受けていた称賛が一つずつ剥がれていく。
「誤解ですわ」
セリーヌは笑おうとした。
「これは姉妹の間の小さな行き違いです。お姉様は昔から思い込みが激しくて……」
「いいえ」
エマの声が、夜会場に大きく響いた。
セリーヌが驚いてエマを見る。
「わたくしは、今日までずっと耐えておりました。父と母を亡くし、今までの境遇が仕方のないものだと諦めておりました」
エマは、ゆっくり息を吸った。
「ですが、わたくしは今日、今まで不当な扱いを受けていたことを知りました。
そうです。セリーヌの名で手紙を書いていたのはわたくしです。慈善基金の帳簿も管理しておりました。整えました。救護院へ薬も届けました」
会場の誰も、口を挟まなかった。
「わたくしは望んで名を譲ったのではありません。逆らえば、部屋に閉じ込められ、食事を抜かれたからです」
「黙りなさい!」
カミラが叫ぶ。
だが、その声はもう誰にも届かなかった。
アーヴィンが遺言状の控えを掲げる。
「ヴィクトル・ローゼンフェルト伯爵の遺言状です。王都公証院の印もあります。慈善基金の管理権は、本来エマ様にあるものでした」
会場中の視線が、カミラとセリーヌに突き刺さる。
「では、カミラ夫人がエマ様を病弱として社交界に出さなかったのは……」
「遺言状を隠すためか」
「継娘を屋根裏へ押し込めておきながら、母親面をしていたのか」
カミラの顔が赤くなり、すぐに蒼白になる。
セリーヌは、その場に崩れ落ちる。
「お姉様……許して」
泣きながら、エマのドレスの裾に手を伸ばした。
「家族でしょう? 私たち、姉妹でしょう?」
エマは、崩れ落ちたセリーヌを見つめた。
「私はずっと、家族を探していました」
セリーヌが顔を上げる。
「でも今日、分かりました」
エマは、セリーヌではなく、カミラを見た。
それから、アーヴィンを見た。
最後に、夜会場の人々を見た。
「けれど、伯爵家にもう家族はおりませんでした」
セリーヌの顔が絶望に染まる。
「そんな……私はただ、お姉様が黙って私のために書いていれば、それでよかったのに……」
その瞬間、会場が静まり返る。
セリーヌは慌てて自分の口を押さえる。
けれど、もう遅かった。
「今のは、聞き逃せんな」
年配の伯爵が低く呟く。
「自分で認めたぞ」
「エマ様に書かせていたと」
「慈善の天使ではなく、盗んだ天使ではないか」
セリーヌが最も誇っていた名が、その場で崩れ落ちた。
アーヴィンが近づいてくる。
「エマ、私は……」
「アーヴィン様」
エマは穏やかに言った。
「あなたは、騙されていたのかもしれません」
アーヴィンは黙ってエマを見つめる。
「けれど、私を一度も見ようとはしてくださいませんでした」
その一言で、彼の顔が歪んだ。
「私は、君の手紙を愛していた。君の優しさを、セリーヌのものだと思っていた。許されるなら、もう一度……」
「もう一度?」
エマは静かに首を傾げた。
「アーヴィン様。あなたは、わたくしを選ばなかったのではありません。最初から、わたくしを見ていなかったのです」
アーヴィンは、何も言えなくなった。
「あなたの後悔は、わたくしの救いにはなりません」
エマは、そっと頭を下げた。
「どうか、もう私のことはお忘れください」
その後のことは、早かった。
セリーヌは慈善基金横領、証拠捏造、功績詐称の罪で裁かれることになった。
アーヴィンとの婚約は、その場で破棄された。
彼女の白いドレスも宝石も、慈善基金から買われたものとして差し押さえられ、基金に返還された。
それ以後、社交界でセリーヌを「慈善の天使」と呼ぶ者はいなくなった。
代わりに囁かれたのは、別の名だった。
「盗んだ天使」
カミラは遺言状隠匿と財産横領、エマへの虐待を問われ、伯爵家の後見人資格を失った。
アーヴィンは侯爵家で謹慎となった。
彼の母エレオノーラ夫人は、息子にただ一言だけ告げたという。
「あなたは、見るべき人を見なかったのですから、反省しなければなりません」
夜会が終わるころ、エマは屋敷の外に出た。
探しものの馬車は、まだそこにいた。
アルトが御者台のそばに立っている。
エマは、遺言状を胸に抱いたまま尋ねた。
「私の探しものは、見つかったのでしょうか」
アルトは静かに聞き返す。
「何を探しておられたのですか」
エマは少し考えた。
家族。
居場所。
父と母の残したもの。
どれも、探していたのかもしれない。
けれど、一番欲しかったものは、きっと違う。
「私が……怒ってもよい理由です」
アルトは、かすかに微笑んだ。
「では、見つかったようですね」
エマは泣いた。
その日、エマ・ローゼンフェルトはようやく知った。
奪われたものを、奪われたと言っていいこと。
傷つけられたことを、悲しんでいいこと。
そして。
優しいままで、怒ってもよいのだと。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
少しでも「面白かった」「続きや別の話も読んでみたい」と思っていただけましたら、
ブックマーク・★評価・一言感想のどれか一つでもいただけると、とても励みになります。
また、探しものの馬車シリーズの連載版も公開中です。
【連載版】婚約破棄された公爵令嬢が「どこにも行かず、ただ走らせて」と言ったので、辻馬車は夜の王都を走り続ける
https://ncode.syosetu.com/n2996me/
こちらは、同じく探しものの馬車が登場するお話です。
よろしければ、ぜひ覗いてみていただけると嬉しいです。
改めて、最後までありがとうございました!




