綺麗事なんか言っていられない! 〜AIに代わられない小説界隈のために〜
最近、AIが話題になっている。
小説家になろうでも「あぁ、これ、AIだな」と思う作品がたくさんあるし(**などを使ったマークダウン記法を削除せずに投稿している)、エッセイジャンルの上位五作品はAI作品関連のものだ。(現時点)
もしかすると、これからの活動に影響を及ぼすかもしれない。──いや、もうしている、かなぁ?
そんなAIについて、考えてみた。
まず大前提として、私は作品の執筆にAIを使用していない。なんとなく、悔しい気がするからだ。
AIで生成された作品が、あまり好きではない。なんとなく、悔しい気がするからだ。
そんな曖昧な理由で、と思うかもしれないが、その「曖昧な理由」が大切なのではないか、と私は思う。
書き手の思いガーとかは言わない。本当に思いがこもっているかとか、知らないし。
私がAI作品に苦手意識があるのは、私が物語を読む上で重視するのが「過程」だからだ。物語の中での過程、作品ができるまでの過程、そういうところに私は良さを感じる。
その反面、「結果」を重視する人もいるだろう。物語の中での結果、つまり結末を求める人。「面白ければ良い」という人。別にいい。ネタバレが大好きな知り合いだっているし、作者さまがどんな考え方でも読むときは読む。
ただ、私は過程が好きだ。「ここの表現工夫したのかな」とか「あぁ、この構成いいな」とか、読んでいるときに少しでも作者さまの考えていたことを辿ってみたい。この考え方は私が物語を書く人だからこそ、かもしれないが。
完全な無駄話だが、私は「AIが人間を超えた!」のようなものが謎だな、と思っている。あくまでAIを作り出したのは私たち人間であって、超えられる義理はねーよ! と常々考えている。少々きつい言葉かもしれないが、AIを使うのは人間であるべきだし、それ以外の何物でもないなぁと。
無駄話終わり。
話は飛ぶが、例えばスポーツ選手は、AIに仕事をとられることはない。医者や看護師さんも、ないと思う。
ロボットがコートの上を駆け回っていて、面白いだろうか? これまでの人生を歩んでいない選手に、感情移入できるだろうか? 観戦して、楽しいだろうか?
あくまで感情的な問題だが、AIに病気を治してもらいたいと思うだろうか? ──成功率を考えると(よく知らないが)、AIの方が良いと思う人もいるかもしれない。しかし、一方で「人間に治してもらいたい」という意見も一定数存在するだろう。
スポーツはあまり詳しくないが、甲子園や「三笘の一ミリ」などは、やはり人間のドラマの上に成り立っていると言える。そして、そのドラマ性に私たちは魅せられているのだ。
スポーツ選手の話はあくまで例え話だが、小説でも同じようなことが言えるのではないかと思う。
今、AIが進化して、小説だけでなくイラストや動画制作など、他の創作の場でもAIが活躍している。
もちろん私は書くことが好きだから書いているわけだが、「好きで書いているからAIさん来ても大丈夫です!」なんて言っていられない。読んでいる側からしても「AI作品多いなぁ」と感じるし、感情的な問題としてあまり読みたいとも思わない。いちいちAI作品かどうか疑うことも面倒だ。
ドラマを描く小説家にドラマ性を求めるのもおかしな話だが、AIに代わられない良さが求められているのではないか。そう思わずにはいられない。
ここまで問題提起&意見を述べておいてなんだが、私に具体的な良いアイデアがあるわけではない。
案としては、
・作者さま方、もっと自我出していいよ! 活動報告とかで「ここ苦労したんです〜」とか語ってほしい!
・本当に好きな作品はガチで応援しよう! 後悔するのは自分だから、ポイント入れて、ブクマして、感想もレビューも贈っていかないと作者さまのメンタルが持たない!
あたりだろうか。欲望ダダ漏れで恥ずかしい限りだが、インターネットの全てを疑ってかからないといけない時代で、人間性というものは重要な判断材料になってくると思う。
ここまでAIに対して否定的な意見を多く書いた。ただ、AIが台頭してきたからこその気付きや挑戦もあると思う。私もAIに「なんかキーワード頂戴!」なんて言うこともあるし、棲み分けさえできればよりよい創作活動にできる。そう、信じている。
これからの小説や創作に幸あれ。
読みにくい文章を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
皆さまの意見もお聞かせくださいませ。




