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第5回 南の森の探索

 ドワンゴ地区に落下した巨大な鉄の船。この未曽有の出来事により、周辺地域の環境は大きく変貌した。

 落下してきた巨大な鉄の船であるが、衝突の際、先端部分・中央部分・後尾部分の3つに分かれることになった。詳しいことは不明であるが、それぞれ分かれた場所に対応する形で環境も変わっているらしい。

 そして、巨大な鉄の船が落下したエリアの周辺には、森林地帯が形成されている。それが南の森と呼ばれるエリアであった。

 鬱蒼とした木々が並んでいる中、1人の男が足を踏み入れていた。それは老農夫からの依頼を受け、南の森の中を探索することになったマークであった。

「やはり、暑いな……」

 周辺の様子を見渡している中、独り呟いているマーク。南の森の気温はドワンゴ地区の居住地よりも気温が高くなっている。

 それだけではない。南の森には不思議な植物が数多く自生している他、モンスター達も跳梁跋扈している。危険な場所だ。

 慎重に森の中を進んでいるマーク。不意に彼の視界の中にある物が目に留まる。それは赤い木の実であった。どこかサクランボにも似ている。

「カフィの実か……」

 赤い木の実を見た途端、喜びの表情と共に言葉を漏らしているマーク。この木の実のことはよく知っている。

 カフィの実。鉄の船の落下以降、危険エリアで採れるようになった木の実であり、本来、オーガスト王国に存在していなかった代物である。

「よし……」

 カフィの実を見た途端、収納袋を取り出すマーク。そのまま彼は樹木へと近づくと、実を摘んでは袋の中に詰めていく。

 やがて、カフィの実の採取を終えて、収納袋の口を締めるマーク。その表情は実に満足げである。

 確かにカフィの実はそのまま食べることはできない。しかし、乾燥させた実を丁寧に炒った後、さらに粉砕してやり、湯をかけて濾せば、美味な飲料となる。

 この飲料はカフィと言われており、独特な香りを発しているだけではなく、苦みや酸味にも富んでいる。さらに一種の興奮作用があるためか、眠気覚ましの効能もある。

 このため、カフィの実は貴重な代物であり、売買においても高額で取引されている。また、カフィの実を領主に提出するだけで年貢を納めたと見なされることもあった。

 思わぬ掘り出し物にマークの表情はにこやかであったが、すぐさま真剣なものへと変わる。この時、嫌な気配を感知したからだ。

 嫌な気配のする方向へと視線を向けるマーク。そこにはハチドリを彷彿とさせる姿をした不気味な生物が待ち構えていた。

 この生物の名前は牙鳥と呼ばれるモンスターであった。外見こそハチドリに似るが、体格は一回り以上大柄であり、長い嘴の裏側には無数の牙を忍ばせていた。性格は好戦的であり、人の血肉を好むという性質がある。

 真正面から牙鳥と対峙するマーク。無闇にこちらから手を出すことはせず、じっくりと相手を観察することにする。

「……?」

 この時、眼前のモンスターに違和感を抱くマーク。両翼を忙しなく動かし続けている牙鳥。心なしか身体が僅かに震えているようにも見えた。

 しばしの間、この場で睨み合いを続けているマークと牙鳥。やがて、この睨み合いにも終わりが訪れる。

「!!」

 長い嘴を大きく開いたかと思えば、無数の牙を見せつけながら、勢いよく突進を仕掛けてくる牙鳥。まるで何かに突き動かされているかのようだ。

「……」

 近づいてくる牙鳥を黙って睨みつけているマーク。この時、彼は相手の動きを完全に見切っていた。両者の距離が限りなく狭まった瞬間であった。

「ふん!!」

 左腕に装備していた円形の盾で牙鳥に打撃の打ち込むマーク。彼の攻撃は敵モンスターの頭部を的確に捉えており、瞬く間に地面へと叩きつけられることになる。

「!!」

 頭部に打撃を受けた後、地面に勢いよく衝突した牙鳥。幸い、致命傷は免れたものの、身体を襲う強烈な衝撃により、行動不能状態へと陥っていた。今しばらくの間は身動きできないだろう。

「……」

 動けなくなった牙鳥の様子を見た後、無言で背中の銀狼を引き抜くマーク。そのまま彼は剣の切っ先を地面で倒れているモンスターに突き立てる。

 すると次の瞬間、牙鳥の全身からは不気味な黒い血が噴き出し、そのまま物言わぬ骸と化す。なお、モンスターの血は不気味な黒色が特徴であった。

「許せ……」

 もう動くことのない牙鳥の亡骸に謝罪の言葉を述べるマーク。彼自身、今の攻撃は明らかに苛烈であることの自覚はあった。

 だが、下手に情けをかけたりすれば、逆にこちらがモンスターからの復讐を受ける可能性がある。そうなってしまえば、本末転倒である。

 モンスターとの戦闘は相手を殺すか、あるいは殺されるかの二択である。それは戦場における戦闘行為と何ら変わることがなかった。

 牙鳥の死亡を見届けた後、銀狼を鞘に納めるマーク。何時までも動きを止めている訳にはいかない。彼は探索を再開するのであった。


 南の森の中を歩き続けているマーク。この辺りは彼自身、何度も足を踏み入れたことのある場所であり、土地勘もそれなりにあった。

 今回の目的は老夫婦の依頼を受け、畑を荒らす犬を見つけ出すことである。しかし、今のマークには探索を続ける上で制約があった。

 現在のマークの所持品は武具を除けば、薬草類・火打石・収納袋・水筒だけであり、食料品は持ち合わせていない。これは単独での探索になるため、持ち物をできるだけ身軽にしたためである。

 食料品を持参していない以上、探索を長時間行うことは不可能である。空腹が限界に達するか、水筒の水がなくなるか、いずれにしても探索ができるのは数時間程度だろう。

 さらに探索に携わる人手がいないため、南の森を全て見て回ることは不可能であった。せいぜいマークの見知った場所を訪れるのが限度であった。

「(さて……目的の犬は見つかるか……?)」

 心の中で思いながら歩みを進めているマーク。この時、彼は今回の探索が空振りに終わった時のことを考えていた。

 そもそも、今回の探索自体が土台無理な話である。マーク自身、依頼を引き受ける前、老農夫には様子見程度になることは伝えてある。

 そうであるのならば、今回の探索のみで打ち切りにするかこともできる。ただ、老農夫の希望を叶える方向性で行くのであれば、肝心の犬が見つかるまで南の森に何度も足を踏み入れる方法もある。但し、後者の場合、探索の費用がかかることになり、依頼者に応分の負担を求めることにあるだろう。

「……ここもいないか」

 残念そうに言葉を漏らしているマーク。今しがた心当たりがある場所を訪れたのだが、どうにも空振りに終わってしまっていた。

「(だが……このまま闇雲に動き回るのもな)」

 無言のまま思考を巡らせるマーク。このまま手当たり次第に心当たりがある場所を探す方法もある。しかし、肝心の犬が見つからなければ、徒労に終わってしまうことになる。

 何か良い方法はないものだろうか。落ち着いて老農夫からの話を思い出す。彼の話によれば、犬は畑の作物を食い荒らしているとのことだ。そう考えれば、相手は腹を空かせていると考えられる。

「そうか!」

 途端にマークはこの場で叫ぶ。この時、彼の中では1つの妙案が閃いていた。すぐさま上方へと視線を向ける。

 顔を上げたマークが向けた視線の先、そこには木の枝に果実が実っていた。しかも、かなり大きな実である。

 すぐさま大きな樹木をよじ登るマーク。装備に身を包んでいながらも、その挙措動作は実に器用かつ軽快だ。探索者は普段から厳しい身体訓練を積んでいる。彼にしてみれば、この程度の芸当などは朝飯前のことであった。

 そして、左腕で樹木にしがみついた状態のまま、右手で背中に装備した銀狼を鞘から引き抜くマーク。

「てやっ!」

 果実が実った木の枝を目がけ、マークは片手で銀狼を振るう。その途端、切られた枝は地面へと落下する。

 しがみついていた樹木から降りた後、果実の状態を確認するマーク。固い殻に覆われているため、実にはこれといった傷は見られない。

「ふんっ!」

 今度は地面の果実に向けて、マークは銀狼を振り降ろす。いくら、固い殻に覆われているとはいえ、鋭利な切れ味の剣の前では形無しであり、見事に真っ二つとなる。

 銀狼の斬撃で真っ二つになった果実。固くごわごわとした殻とは打って変わり、牛乳にも似た白い中身が露わになる。

 この果実の名前はココの実と呼ばれており、カフィの実と同様、この南の森に自生している植物である。白い中身は食べることが可能であり、食料の尽きた探索者の非常食としても用いられる。

 中身が露わになったココの実の前で立っているマーク。やがて、果実特有の香りが周囲に漂ってくる。なお、彼自身、この実を食べるつもりは毛頭なかった。迂闊に口にしたことで食あたりでも起こせば、元も子もなくなるからだ。

 ほどなくして、マークの視界に何かが映り込んでくる。それは白と黒の毛並みが印象的な1匹の犬であった。体格は通常の犬よりも大きく、どこか近寄り難い雰囲気を醸し出していた。

「(間違いない……こいつだ!)」

 この時、マークは直感する。徐々に近寄っている犬こそ、今回の探索における目的の良相手である。外見的な特徴は老農夫の証言と合致しているし、何よりも今まで彼が育んできた直感が叫んでいた。

「よく来たな……この果実が欲しければ、力づくで盗ってみせろ」

 眼前の黒い犬に向けて告げた後、銀狼を構えているマーク。無論、この構えは威嚇であり、最初から斬り殺すつもりはない。

「ガウ!!」

 勢いよく吠えた後、マークを目がけて襲い掛かってくる黒い犬。一方、彼は相手の強襲を避けてみせるが、想定していた以上に機敏であり、反応が遅れていれば餌食になっていたことであろう。

「ふん!」

 黒い犬に向かって銀狼で斬りかかるマーク。相手を殺すつもりはないため、ある程度の手加減はしているが、それでも一定の速度は保っている。

「バウ!」

 すると次の瞬間、アクロバティックな動きでマークの斬撃を避ける黒い犬。まるでこちらの動きなど最初からお見通しだと言わんばかりの動きである。

「(思った以上にやるな……)」

 先程からの黒い犬の動きに感心の念を抱いているマーク。不必要に相手を傷つけないため、意図的に加減をしているが、手を抜いた行動は一切通用しないらしい。これでは老農夫が仕掛けた罠等も効果がないのも当たり前だ。

 しばしの間、真正面から睨み合っているマークと黒い犬。その様は人間による動物の捕獲ではなく、男同士による対決そのものであった。

 やがて、構えていた銀狼をゆっくりと降ろすマーク。同時に彼は緊張していた表情から一転して柔和なものへと変わる。

「食え、この果実はお前のものだ」

 黒い犬に向かって語りかけるマーク。一方、相手の方は彼の呼びかけには応えない。先程まで敵対していたのだ。無理もない。

 さらにマークは銀狼を鞘へと収納してみせる。こちらが敵意のないことを示すためである。彼の誠意が通じたのだろうか、黒い犬は果実の方へとゆっくり歩み始める。

 そして、黒い犬は果実の内側である白い中身を食べ始める。余程、腹を空かせていたのであろうか、相手はとてつもない勢いで食べている。

 やがて、白い中身を食べ終えた後、舌で器用に顔周りを拭う黒い犬。身支度を整えた後、それまで様子を見守っていたマークと向かい合う。

「なあ、お前、近くの村の畑を荒らしていただろ?どうしてだ?」

「……」

 単刀直入に疑問を投げかけるマーク。対する黒い犬は無言を貫いている。どれだけ利口であろうが、相手は動物である。言語で返答できる訳がない。但し、様子を見る限り、彼の言っていることは理解しているようだ。

「お前が畑を荒らしている理由、確かに腹が減っているのもあるかもしれないが、誰かに伝えたいことがあるんだろ?」

 黙して語らずの黒い犬に対し、自らの見解を伝えるマーク。確証はないものの、先程の立ち合いを通じて、彼は相手に感じるところがあったのだ。

 マークの言葉を聞いて、しばしの間、沈黙していた黒い犬だったが、急に踵を返して歩き始める。

「ついてこいというのか?」

 背を向けて歩いている黒い犬に語りかけるマーク。しかし、相手は彼の言葉に答えることなく、黙々と歩き続けている。まるで自らの背中で言いたいことを語っているようだ。

 そして、マークもまた、黒い犬を追う形で歩き始める。そのまま両者は南の森の中を黙って歩き続けるのであった。


 無数の樹木が並び立つ中、先に向かって進んでいるマークと黒い犬。不気味な静寂が周囲を包み込んでいる。

「バウ!」

 すると突然、黒い犬が立ち止まって吠えだす。一方、マークはその様子を黙って見守っている。この犬はただ吠えているのではない。何かを知覚しているからこそ、威嚇のために吠えているのだ。

「バウ!バウ!バウ!」

 近くの茂みに向かって何度も吠えたてている黒い犬。犬の威嚇行動に観念したのか、何者かが茂みの中が飛び出てくる。

 茂みの中からマークと黒い犬の前に姿を現した者、それは人型でありながらも昆虫の意匠を宿した怪物であった。インセクトヒューマンと言うモンスターである。

「!!」

 マークと黒い犬を視認した途端、両手を振り上げながら、襲い掛かってくるインセクトヒューマン。その姿は何かに追い立てられているかのようだ。

「遅い!」

 一方、マークの方は冷静な様子で背中の銀狼を抜く。さらに彼は迅速な動きでインセクトヒューマンを両断する。

「!!?」

 己よりも速い動きで両断されたインセクトヒューマン。そのまま黒い血を噴き出し、地面へとどっと倒れ込み、やがては糸の切れた人形のように動かなくなる。

「よし、相手は倒したな」

 骸となったインセクトヒューマンを確認した後、再び背中の鞘の中に銀狼を収納するマーク。下手な情けなど無用である。

「(それにしても……おかしかったな)」

 今のインセクトヒューマンの様子を見て、マークは違和感を抱かずにはいられなかった。それは牙鳥の時も同様である。

 基本的にモンスターは人間のことを格好の得物としか見ていない。ある意味、自己を優位に見ている節がある。だからこそ、探索者は怪物達の隙を狙う形で戦うのである。

 ところが、今回の探索で遭遇したモンスター達は急き立てられる風に襲い掛かってきた。まるで何かの存在に怯えているかのようでもある。

「(今はあれこれと考えても仕方がないか……)」

 モンスター達の様子に違和感を抱きながらも、考えを切り替えることにするマーク。情報が不足している以上、この違和感の原因を特定することはできない。

 そして何よりも今は目の前に集中することが最優先である。余計なことに何時までも気をとられていては生命取りになりかねない。これは探索者の鉄則である。

「それと……」

 そう言った後、黒い犬の方へと視線を向けているマーク。対する犬はこちらの方に顔を向ける。お互いの目と目とが合うことになる。

「さっきはありがとな」

 黒い犬に感謝の言葉を述べるマーク。先程、犬が吠えたのはインセクトヒューマンの存在に気づいていたからだろう。それにより、彼も落ち着いて対処ができた。

「あとは名前がないのは不便だな……」

 黒い犬の全身を眺めつつ、思考を巡らせているマーク。何か良い名前を考えなければならないだろう。

「そうだ。ナハトと言うのはどうだ?」

 黒い犬に向かって名前を提案するマーク。ちなみにナハトと言う言葉であるが、ある国では夜を意味している。相手の黒い毛並みに着想を得たものである。

「……」

 マークからの提案を受けて、ナハトは黙り込んでしまっている。しかし、どこか照れ臭そうにしているようにも見える。ただ、彼の提案を肯定していることには間違いないだろう。

「よろしくな、ナハト」

「バウ!!」

 マークからの呼びかけに対し、勢いよく返事をしてみせるナハト。

 そして、危険地帯の中を再び歩き始めるマークとナハト。今、両者の間には少しずつであるが、パートナー関係が芽生えようとしていた。


 どれだけ南の森を歩いただろか。気がつけば、マークとナハトは森の中でも一際鬱蒼とした場所に足を踏み入れていた。

 そして、マークとナハトの目の前にあるもの、それは巨大な洞窟であった。その様はまるで悪魔が大きな口を開けているかのようだ。

「これは……」

 巨大な洞窟を前にして、驚きの言葉を漏らすマーク。探索者として南の森には何度も足を踏み入れたことはあるが、この洞窟を見るのは初めてのことであった。

 危険エリアにおける探索者の活動は限られている。このため、土地勘のある人間であっても、全貌が明かされていないことはよくあることであった。

「洞窟と言えば……」

 ふと、老農夫の言っていたことを思い出すマーク。村人達の噂によれば、洞窟の中に巨大な蛇が潜んでいるとか。

「まさか、ナハトよ……この洞窟の中には蛇がいて、それを俺に退治して欲しいのか?」

「……」

 マークからの問い掛けに対し、ナハトは黙り込んでしまう。しかも、これは単なる沈黙ではない。互いの視線が重なり合う。

「図星か……」

「……」

 マークからの再度の問いに沈黙を維持し続けているナハト。この沈黙は彼の問いを肯定していると言っても過言ではなかった。

 やがて、ある方向へとナハトは視線を向ける。マークもまた、同じ方向を向くことで視線を追いかける。

「これは……?」

 視線に映り込んだものを見て、思わず声を上げてしまうマーク。彼の視界には現在、この森には似つかわしくない土饅頭が入り込む。

「まさか、お前が?」

 土饅頭をじっと見ているナハトに質問をするマーク。ドワンゴ地区の人間が危険な南の森に入り込んで造るとは到底思えない。そう考えれば、誰が作ったのか、答えは必然的に限られてくる。

「……」

 マークの質問にナハトはやはり答えない。しかし、先程とは打って変わり、強い視線で土饅頭を眺めている。

「成程な……これで納得がいった」

 得心した様子で言葉を漏らしているナハト。この土饅頭を作ったのはナハトで間違いないだろう。そしてまた、この土の中に親しい者が眠っているのだろう。

 では、誰がナハトから親しい者の生命を奪ったのか。それは恐らく洞窟内に潜んでいる巨大な蛇だろう。

 しかし、いかに力が強く賢くてもナハトはただの犬である。大蛇にはとても太刀打ちすることはできない。だからこそ、この怪物を倒せる者を南の森に呼び込むため、ドワンゴ地区の畑を荒らしていたのだ。

「……いいだろう……お前の依頼も引き受けてやろう」

 しばしの沈黙の後、意を決した表情でナハトに語りかけるマーク。親しい者の生命を奪われた無念、仇を討ちたいという意志、彼自身の中にもある。言わば、両者には共通したものを抱く者同士であった。

 さらに大蛇を退治する理由はナハトのためだけではない。元々の依頼者である老農夫を始めとして、農村の人達も南の森の現状に不安を抱いていた。ドワンゴ地区の人々の不安を排除するため、危険に立ち向かうのが探索者の本懐だ。

 そしてまた、南の森のモンスター達の様子がおかしくなったのも、洞窟内に大蛇が棲みついたことが原因なのだろう。この蛇を倒すことは南の森における力関係の均衡を取り戻すことにつながる。但し、これはマークの憶測に過ぎなかった。

「ガウ!」

 マークからの承諾を聞いて、返事の叫びを上げるナハト。余程、嬉しかったのだろうか、その顔からは高揚の表情が見てとれた。

「但し、お前にも協力してもらうぞ。いいな?」

「ガウ!!」

 続くマークからの念押しの言葉に対し、先程よりも大きな声量で返事をするナハト。両者の間には闘志が込み上げてくる。

 そして、洞窟の中へと足を踏み入れるマークとナハト。光が射し込んでこないためか、内部は薄暗い上に湿気ている。

 1歩また1歩とマークは慎重に歩みを進める。何時でも敵襲に対応できるよう、彼の手には銀狼が握られている。一方のナハトも周囲を警戒しながら同行している。

 闇に閉ざされた洞窟内でマークの足音だけが響き渡る。狭い空間の中であるため、足音であっても反響しているのだ。

 不意に足を止めるマークとナハト。彼等の前に何かが立ち塞がっている。暗い空間内なのではっきりした姿は見えないが、輪郭だけはうっすらと浮かび上がってくる。

 光の届かない洞窟の中、マークの視界に浮かび上がってくる輪郭、それは巨大な生物の姿であった。しかも、この生物はとぐろを巻いている。

「今回のターゲットか!」

 すぐさま目の前の相手が倒すべき大蛇であることを認識するマーク。すぐさま彼は握った銀狼を構える。傍にいるナハトもまた素早く身構えている。

「(こんな大蛇は見たことがない……さしずめキングスネークと言ったところか!)」

 いかにも陰湿そうな大蛇と対峙する中、心の中で独白しているマーク。蛇の姿をしたモンスターは見たことがあるが、こんなにも巨大な怪物は初めて見る。故に彼は眼前の相手をキングスネークと命名していた。

「!!」

 次の瞬間、眼前のマークに向かって襲い掛かってくるキングスネーク。見た目とは裏腹に大蛇の挙措動作は機敏である。

「くっ!?」

 一方、銀狼の白刃をもってして、マークは敵の毒牙を防御してみせる。しかし、キングスネークの攻撃はこれだけでは終わらない。

 続けざまに自慢の毒牙でマークを仕留めようとするキングスネークであるが、その都度、彼は銀狼を巧みに操ることで防ぐ。彼の戦闘における経験と技術、さらには並外れた反射速度だからできる芸当であった。

 このままでは危険だ。急いでキングスネークとの距離をとるマーク。ナハトもまた、彼に続く形で敵との距離をとる。

「……」

 無言のままキングスネークと対峙するマーク。ナハトもまた、自身が襲われないように感覚を研ぎ澄ませる。

「退くぞ!」

 何を思ったのか、それだけ告げると、マークはこの場から離脱する。傍にいるナハトも慌てて彼の後を追いかける。

 大急ぎで洞窟から逃げ出すマークとナハトの様子を悠然と眺めるキングスネーク。やがて、今日が削がれたのだろうか、大蛇はゆったりとした動きで洞窟の奥へと戻っていくのであった。

 洞窟の入口。ここに現在、キングスネークとの戦闘を中断し、退却を選択したマークとナハトの姿があった。

「バウ!バウ!」

 眼前のマークに向かって、怒りの形相で吠え立てるナハト。最後までキングスネークと戦わず、逃げの一手を選択した相方を情けなく思ったのだろう。

「すまなかった……だが、怒るな」

 それだけ言った後、ナハトの頭を強く撫でるマーク。彼の瞳には今なおも光と闘志が宿っている。決して戦いを放棄した者の表情ではない。

「さっきの戦いで分かった。洞窟の中で戦っても、あの怪物には勝てない」

 今度は諭すような口調でマークはナハトに語りかける。先程の戦いで分かったことであるが、あのまま洞窟内で戦い続けても、こちらには勝ち目はなかったことだ。

 洞窟内は薄暗いため、マーク達の視界は制限されていたが、キングスネークは周囲の様子がはっきりと見えていた。つまり、敵は完全に暗闇の中でも目が利くということだ。

 合わせて洞窟内は閉所でもある。当然、マーク達の動きは制限されることになる。しかし、キングスネークはしなやかな動きで自由自在に動き回ることができる。

 以上のことを考えれば、洞窟内での戦いはマーク達にとっては不利であり、逆にキングスネークにとっては有利である。この状況で戦っても勝算は薄いだろう。

「だが、おかげで相手のことが分かった」

 不敵な笑みを浮かべて、ナハトに語りかけるマーク。まさに狙いどおりといった表情をしている。

 そもそも、マーク自身、最初からキングスネークを倒すため、洞窟の中に足を踏み入れた訳ではない。あくまでも洞窟内の状況、相手の特性等を把握することが目的である。そう、最初から敵に関する情報を集めることが目的だったのだ。

「奴が洞窟に潜んでいるのであれば、引きずり出すまでだ!」

 はっきりとした口調でマークは告げる。自身にとって有利な洞窟に潜んでいる敵を誘い出すか、それこそが今回の戦いにおける重要なポイントである。そしてまた、彼にはキングスネークを引きずり出す手段があった。

 早速に行動を開始するマーク。最初に彼は腰に吊り下げていた収納袋を取り出し、紐で縛っていた口を開ける。それと同時にカフィの実が露わになる。

 そして、マークはカフィの実を陽光の前に晒す。光の熱で少しずつであるが、実からは水分が抜けていく。

「これで実の方がいいか……ナハト、しばらくの間、カフィの実を見張っていてくれ」

「?」

 思わぬマークからの指示にキョトンとなってしまうナハト。しかし、何か考えがあるに違いないと思ったのか、凛々しい表情で頷いてみせる。

 カフィの実をナハトに任せると、マークは近くの茂みの中に入っていく。少しした後、戻ってきた彼の手には、枯れた植物の葉が盛られている。

 持ち帰った枯れた葉を洞窟の前に置くマーク。そのまま彼は休むことなく、また別の茂みの中に足を踏み入れる。

 そして再び元の場所へと戻ってくるマーク。やはり、彼の手には枯れ草が盛られており、先程の盛られた枯れた葉の上に重ねる。

 その後も何度か同じ行為をマークは繰り返す。何時しか枯れた植物が積もることにより、山のような状態になっていた。それだけではなく、乾燥した木の枝等も持ち帰っては一緒に置いていた。

 枯れた植物や木の枝を運び終えたマーク。彼は休憩と言わんばかりに水筒の水を飲む。重要な水分の補給であるが、同時に探索時間が終わりに近づいていることも意味していた。

 水分補給の後、今度は火打石を取り出すマーク。手慣れた様子で火打石を操り、枯れ葉の一部に着火させる。

 すると次の瞬間、ゆったりと小さな火が上がる。時間の経過と同時に火は勢いを増していき、メラメラとした炎へと変わっていく。

 炎が巻き起こったことを見届けると、彼は乾かしていたカフィの実を何粒か取り出し、その中へと投げ込んでみせる。

 燃え盛る炎からはモクモクとした煙が起こる。植物を燃焼したことによるものだ。それだけではない。香ばしい匂いもまた漂ってくる。カフィの実を熱した時の香りである。

 周囲の大気の動向により、煙とカフィの実の香りが洞窟へと入り込む。その様子をじっと見守っているマークとナハト。

 どれぐらい時間が経過したのだろうか。今頃、薄暗い洞窟の内部は煙とカフィの実で充満していることだろう。マークは銀狼を携えて、ナハトも身構えている。きたるべき時のための準備をしているのだ。

 すると次の瞬間、何者かが洞窟内から姿を現す。長大な身体と陰湿そうな雰囲気を漂わせた大蛇、洞窟内に潜んでいたキングスネークであった。

 これまで暗闇の洞窟内に身を隠していたキングスネークであるが、マークの起こした火の煙とカフィの実に誘われ、この場へとわざわざ現れたのである。

「そこっ!!」

 銀狼を握り締めた状態でマークは大きく跳び上がる。そのまま彼は落下しながら、愛用の剣の切っ先をキングスネークの頭上へと突き立てる。

 一瞬の刹那の後、キングスネークの頭上に銀狼の切っ先が突き刺さり、同時に黒い血が勢いよく噴き出す。

「!!?」

 脳天に銀狼を突き立てられ、苦しみ悶えているキングスネーク。しかし、マークの攻撃はこれだけでは終わらない。

 さらにマークは勢いに任せた状態のまま、魚の背を開くのと同様、銀狼の刃をキングスネークの頭から尾へと向かわせる。その途中、愛用の剣に何かが絡みつくのを感じるが、一切気にすることなく滑らせる。

「!!!」

 苦悶の叫びを上げているキングスネーク。しかし、マークが耳を貸すことはない。少しでも躊躇すれば生命とりになる。大蛇の傷からは黒い血が間欠泉の如く噴き出す。

 そして、ついに足を止めるマーク。彼はキングスネークの頭から尾に至るまでを銀狼で斬り開いて見せたのである。既に怪物は絶命をしており、地面には黒い液体が広がっていた。

「……」

 無言でキングスネークの亡骸を眺めているマーク。この大蛇が動き出すことは2度とないだろう。今まで凶暴なモンスターと矛を交えたことはあるが、指折りの強敵であった。

「……」

 戦いの様子を見守っていたナハトもまた、キングスネークの亡骸をじっと見ている。怨敵ではあるが、無残な姿を見ていると、何とも言えない心情になる。

「うん?」

 ふと、マークが銀狼の方へと目を落とすと、糸のようなものが絡まっているのが見えた。キングスネークを斬る際、何かが絡まるのを感じたが、どうやら、これが正体であるらしい。

 銀狼に絡まっているものを解いて掌の上に載せるマーク。一見すると、糸のようにも思えるが、明らかに質感が違う。それにキングスネークの中から出てきたとなれば、身体の一部位であることは間違いないだろう。

「まあいい」

 糸のような物体を丸めると、すぐさま収納袋の中に入れるマーク。確かに正体は気になるが、そんなことは帰ってから調べればいい。もっと他にやるべきことがある。

「いくぞ、ナハト」

「バウ!」

 マークからの呼びかけに対し、元気をよく返事をするナハト。キングスネークを倒した今、これ以上、危険に満ちた南の森に留まる理由はない。

 依頼が達成できたのであれば、一刻も早く拠点へと帰還して、依頼主に完了を報告する。それこそが探索者に課せられた重要な役目だ。

 そして、黒い血に濡れたキングスネークの亡骸を背にして、静かに南の森を後にするマークとナハト。戦いの嵐が過ぎ去り、彼等の周囲は驚くほど静寂に包まれていた。

 お疲れ様です。疾風のナイトです。今回は第5回を読んでいただきまして、ありがとうございました。

 今回から主人公のマークによる探索活動が始まりました。小説家になろうにおいては、色々な作品で冒険や探索が描かれていますが、僕も独自性のある内容を表現できればと思っています。

 そもそも、巨大な鉄の船が落下してきた異変ですが、トンチキな設定を成立させるための仕掛けだったりします。

 例えば、カフィの実については、完全にコーヒーが元ネタになっています。コーヒーは現代ではよく飲まれている飲料であり、ヨーロッパで等も飲まれていますが、原産地は全く別の地域ですし、中世のヨーロッパでは栽培すらも行われていません。ただ、飲み物としてコーヒーが登場した方が話や情景描写を膨らませやすかったりしますので、架空の設定をぶち込むことで登場させました(苦笑)

 カフィの実やココの実以外にも架空の設定はこれからも登場させる予定です。こうして考えてみると、私の作品はファンタジー作品と言うよりも、やはりSF作品に近いところがあるかもしれません。


 今回のボスであるキングスネークの戦闘については、日本神話を参考にしています。一応、本作品は西洋風ファンタジーに属しますが、東洋の神話や民話がモデルになっているのはこれいかに(苦笑)まあ、これも御愛嬌ということで勘弁してください。

 そして、今回登場した黒い犬ことナハトですが、これはしばんばんに登場するくろしばんばんがモデルになっていたりします。主人公の相方が犬という設定ですが、これは第4回の後書きで紹介した主人公のモデルと関係しています。今後、どのように活躍していくのか、描く方も楽しみです。


 今回はかなりボリューミーな内容となりましたが、楽しんでいただけたのであれば幸いです。今後とも話の内容を充実していきますので、お付き合いただければ有り難いです。

 それでは今回はこれで失礼します。

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