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第2回 生家への帰宅

 スフィア領の南東に位置するドワンゴ地区。元々は自然に囲まれた辺鄙な地域であり、オーガスト王国全体から見ても、他の農村とさして変わりはなかった。

 しかし、数年前に起こった出来事により、ドワンゴ地区を取り巻く環境は激変した。この結果、この地区での人口が減少し、貧困にも悩まされるようになった。

 ドワンゴ地区の中核を成す街道筋。粗末な造りの建物が並んでおり、周囲には停滞した大気が漂っている。何よりも活気がなく、生活する人間達にも元気が見られない。今のままだと街全体が衰退していくことは確実であろう。

 そして現在、ドワンゴ地区の街中を歩いているマーク。彼自身、この地区の大気を好きになれなかった。言語で表現することは難しいが、どうにも重くて息苦しいのだ。

 それと同時にマークの中では、この前の探索任務のことが思い起こされる。未知なる空間で遭遇した鎧の騎士。果敢に戦いを挑んだものの、仲間達は次々と殺されてしまった。唯一、逃がしてくれた仲間も生きてはいないだろう。

「(やはり、最後まで戦うべきだったのか……)」

 頭の中でIFの考えが浮かび上がってくるマーク。あの時、仲間と一緒に鎧の騎士へ戦いを挑むべきではなかったのだろうか。

「(いや、あのまま残っても犬死するだけだ!)」

 何度も頭を横に振るうことにより、浮かんだ考えを消し去ろうとするマーク。たとえ、仲間の言うことを聞かずに戦ったとしても、結局のところ鎧の騎士には勝てなかっただろう。そうなれば、誰が未知なる敵の情報を伝えることができるのか。それこそ犬死なってしまう。

 最後まで残って戦うべきだったと主張する自己、逃げ帰ることで正しかったのだと主張する自己、相反する自己はマークの中で衝突する。それは終わりの見えない堂々巡りに他ならなかった。

「(あれで……あれで……良かったんだ!)」

 強引にでも自らの選択と行為と納得させようとするマーク。しかし、彼の中で完全に消化することができた訳ではない。あくまでも一時的な答えに過ぎなかった。

 終わることのない振り返りを終えた頃、マークは1軒の店舗に到着する。この店は道具屋を営んでおり、主に生活用品等を取り扱っている。街の中でもそれなりに知名度はある。

 早速、道具屋の中に足を踏み入れるマーク。洗濯用具、掃除道具、調理道具、店内に並べられた様々な種類の道具が彼のことを出迎える。

「失礼!マークです!」

 店頭で挨拶の名乗りを上げるマーク。彼の声には張りがあるため、恐らくは店の奥までよく届くことだろう。

 呼びかけから店の人間と思しき女性が姿を現す。独特の雰囲気を醸し出している中年の女性、彼女はこの道具屋で女将をしていた。

「今日はベーベルさんの所に荷物を届けてくれない?それから、食堂のカテリナ亭にもお願い。指示書は書いておいたから」

「はい」

 歯切れのよい返事をした後、道具屋の女将から指示書を受け取るマーク。早速、彼は店から出て商品の保管されている倉庫へと向かう。

 店舗の隣には土と木材で造られた倉庫が設置されている。このドワンゴ地区ではよく見かけるものだ。そのままマークは倉庫の中に入ると、女将から受け取った指示書を基にして、配達に必要な商品だけ取り出す。

 そして、客に商品を届けるため、道具屋から出立するマーク。流石は探索者といったところであろうか、彼の身のこなしは迅速なものであった。

 探索者としての活動禁止を宣告されたマーク。当面の食い扶持を稼ぐため、彼は様々な仕事を請け負っていた。その1つが道具屋での配達である。

 今回の道具屋での配達の仕事であるが、アイミの紹介によるものである。彼女は店の女将と知り合いであり、色々と便宜を図ってくれたのだ。

「本当に有り難いことだな……」

 誰かに向かって言う訳でもなく、独りで呟いているマーク。最悪の状況の時に叱咤激励してくれただけではなく、装備も手入れしてくれた上、今の仕事も紹介してくれた。本当に感謝してもしきれない。

 その後、街中にある住宅に到着するマーク。彼は玄関の扉を軽くノックすると、その場でしばし待機する。

 ほどなくして、玄関の扉が開いたかと思えば、その中から1人の女性が現れる。ふくよかな体格で落ち着いた雰囲気が印象的である。彼女こそが届け先のベーベルであり、道具屋の女将とは知り合い同士でもある。

「どなたです?」

「道具屋の者です。こちら荷物をお持ちしました」

 ベーベルからの質問に端的に答えた後、道具屋から運んできた荷物を差し出すマーク。今回の注文の品は洗濯板等の日用品である。

「ありがとう。もしよければ、ここで少し休んでいっても」

「いえ、では次があるので失礼します」

 ベーベルからの誘いに対し、やんわりと断りを入れると、この場を後にするマーク。まだカテリナ亭に商品を届けなければならない。仕事がまだ残っている以上、なるべく時間に余裕は残しておきたいところだ。

 ベーベルに商品を届け終えて、次の配達に向かう中、マークは今後のことについて思考を巡らせる。

現在、マークはドワンゴ地区の街中で仮住まいを賃借りしている状態である。これまでは探索者としての報酬で賃料と生活費を賄うことができた。しかし、今は知ってのとおり、肝心の報酬を得られない状態である。

 そして、当のマークは新しい仕事を始めたとはいえ、安定した収入を得ている訳ではない。もしも、賃料を払うことができなければ、荷物を纏めて仮住まいから出ていかなくてはならない。

 仮住まいの貸主への賃料を支払った上、生活していけるだけの収入を得ることができるのか。あるいは別の生活拠点を考える必要があるのだろうか。マークの中で不安が徐々に忍び寄る。

「(いや、それは後から考えればいい。今はまず目の前の仕事だ)」

 言い聞かせるように頭を軽く振るうマーク。それと同時に先程の考えを脇に置いて、今は仕事に専念することにする。

 そして、マークは次に配達先へと急ぐことにする。しかし、彼はあくまでも不安を先延ばしにしただけであり、根本的な解決には至っていなかった。


 しばらくした後、ドワンゴ地区の街外れに到着したマーク。彼は次の目的地の近くまで辿り着いていた。

 やがて、マークの視界に家屋が映り込む。長い間、人の手が入っていないのだろう。経年劣化が進んでおり、外壁等の至る所に痛みが生じている。

「……」

 無言のまま複雑な表情で家屋を眺めているマーク。何を隠そう眼前の家屋こそが彼の生家に他ならなかった。

 ドワンゴ地区の一画で生まれたマーク。彼の両親は役人の従者として働いており、息子に多大な愛情を注いでいた。ところが、数年前、この地区を襲った出来事により、2人は亡くなってしまう。

 天涯孤独の身となってしまったマークであるが、幸いにも周囲の支えもあって成人することができた。その後、彼は探索者となった生家を出て、生活の拠点を別に移すことにしたのである。

 不意にマークの中では、生家で過ごしてきた記憶が思い起こされる。頼もしい父親、優しかった母親、アイミと遊んだ思い出。今となっては手を伸ばしても届かないものばかりだ。

 しかし、何時までも感傷に浸っている場合ではない。急いで気持ちを切り替えて、自身の生家の隣へと視線を移すマーク。そこには1軒の食堂が建っている。

 目の前の食堂は名前をカテリナ亭と言って、安くて良質な食事を提供している。このため、足しげく通う常連客も多い。

 早速、カテリナ亭へと足を踏み入れるマーク。それと同時に扉につけられたベルが店の人間に客の入店を知らせる。

「いらっしゃい」

 カウンターの奥側に立っている男性がマークのことを出迎える。小柄な体格ではあるが、引き締まった身体、ちょび髭が印象的な男。彼の名前はラオ、カテリナ亭の主人である。

「マークか?」

「お久しぶりです」

 視線の先に立つマークの姿を見た途端、驚きと喜びが入り交じった声で呼びかけてくるラオ。対する彼もまた、お辞儀と共に挨拶をする。

「久しぶりに飯でも食べに来たのか?」

「いえ、今日は道具屋の小間使いとしてお邪魔しました。これが女将から預かった荷物です」

 ラオからの問いを端的に答えた後、持ってきた荷物を納品するマーク。今回は食器や調理器具等である。

 いつにも増して丁寧な話し方で喋っているマーク。まるで尊敬する恩師に対する接し方である。

 何を隠そう目の前のラオこそ、幼馴染みのアイミの父親であった。マークが幼い頃は勿論のこと、両親が亡くなった後、何かと手助けをしてくれた。彼にとっては第2の父親と言っても過言ではないだろう。

 すると厨房の方からもう1人の男性が現れる。甘いマスクが印象的な長身の優男。彼の名前はジン、ラオの息子であり、アイミの兄である。そしてまた、このカテリナ亭で料理人兼給仕を務めている。

「やっほー!元気してる?」

「はい。おかげさまで」

 にこやかに語りかけてくるジンに対し、穏やかな表情で返事をするマーク。一見、ちゃらんぽらんのようにも見えるが、その実、決めるところは決めてくれる。幼い頃からも勿論のこと、今もまた良き兄貴分である。

「アイミから話は聞いた。この前の探索任務は失敗だったんだろ?」

「はい。失敗でした」

 ラオからの問い掛けに対し、素直に認めるマーク。今更、どう言い訳をしたところで失敗した事実は覆らない。

「……」

「……」

 マークの答えを聞いて無言を貫いているラオとジン。しかし、この時、マークは2人の言わんとしていることを読み取っていた。

 確かに探索者としては若輩とはいえ、腕利きのマークが逃げ帰ってきた。つまり、今回の任務が余程危険なものであったかをラオとジンは理解していた。

「(ありがとうございます)」

 ラオとジンに心の中で感謝の言葉を述べるマーク。ここにも自身を見てくれている人がいた。こんなに有り難いことはない。彼の中で安堵と喜びの念が同時に起こってくる。

「ちょうどいいところにきた。ジン、あれを持ってきてくれないか?」

「あれ?」

「そうだ」

「あいよ」

 ラオからの指示を受けて厨房の方へと向かうジン。そしてまた、彼は顔色を変えることなくマークにも指示を出す。

「悪いが、ここで少し待っていてくれないか?」

「分かりました」

 ラオからの指示を素直に受け入れるマーク。世話になった恩人のことだ。恐らく何か考えがあるのだろう。心の中が少しだけワクワクする。

 やがて、再びカウンターへと戻ってくるジン。彼の手にはスープの入った食器が載せられている。それだけではない。芳しい香りがマークの方に漂ってくる。

「飲んでみてくれ。うちで新しく作ったスープだ」

「香りが今までのものとは違いますが、何のスープですか?」

「このスープは牛の骨で作った」

「牛の骨……ですか……」

 ラオからの説明を聞いた後、思わず驚きの声を上げているマーク。彼自身、初めて見る料理だからだ。

 寂れつつあるドワンゴ地区においては、牛は農耕に欠かすことのできない動物である。さらに乳は貴重な栄養源であり、死期が迫ると食肉としても活用される。このため、貴重な農業資源と言っても過言ではない。

 付け加えて言えば、長い間、農業に従事している牛の肉は基本的に固い。それでも、部位によって様々な調理用途があるので、ドワンゴ地区の人間にとっては大事な食料であることは変わりない。

「いただきます」

 簡潔に食事の挨拶をした後、牛骨スープを口の中に含むマーク。さっぱりとした味わいが口の中で広がる。

「美味い!」

スープの入った食器から口を離した後、開口一番叫んでいるマーク。彼の舌の中では、牛特有の香りと味わいが残っている。

「ご馳走様でした」

 牛骨スープを飲み干した後、空になった食器をカウンターの上に置くマーク。この時、様子を眺めていたラオが口を開く。

「なぁ、マーク」

「どうしましたか?」

「お前、家には戻らないのか?」

 いつにも増して真剣な眼差しで問い掛けてくるラオ。一方、マークは思わずギョッとなってしまう。彼からしてみれば、都合の悪いことに触れられた気分がしたからだ。

「どうして、急にそんなことを言うんですか?」

「急じゃない。今が最良のタイミングだと思ったからだ」

 何とか話をはぐらかそうとするマークであるが、ラオの方は真面目な表情で話に切り込んでくる。

 最早、話を適当に誤魔化すことはできない。ましてや、相手が敬愛するラオであれば尚更のことだ。すぐに意識を切り替えたマークは腹を括って、今しがたの話題と向き合うことにする。

「今、お前は探索者としての活動ができないだろう?それなら、新しい拠点を構える必要があるんじゃないのか?」

「……」

 ラオからの鋭い指摘に何も言えなくなるマーク。確かに探索者として活動できないため、高額の報酬を得ることはできず、経済的な基盤は失われている。

 そして、今の仕事でそれなりの収入を得ることができなければ、経済的には干上がってしまい、最悪の場合、マークは路頭に迷ってしまうことになる。

「……」

 今しがたラオから告げられた言葉を反芻しているマーク。確かに彼の言っていることは至極正しいだろう。ただ、両親を失った時の悲しみが心の片隅に残っていた。それが微かな拒否感として留まり続けていた。

「マーク……家に戻りたくないというお前さんの気持ちは分からんでもない。だが、何時までもそれを引きずっていては前に進めないだろう?」

 諭すような口調でもってして、マークに語りかけているラオ。眼前の相手にとっては触れられたくないことは分かっている。しかし、何時までも目を背けたままにしておけば、いずれ取り返しのつかないことになるだろう。

「それはそうですが……」

 それだけ言って言葉が続かないでいるマーク。確かに冷静に考えれば、ラオの言うとおりである。しかし、彼の子どもじみた感情が承諾を拒んでいるのだ。

「マーク、今はそんなことを言っている場合かい?まずは目の前の現実を見るべきだと思うけど?」

「うっ……」

「それにだ。もしも、本当に住むのが辛くなれば、別の場所で寝泊まりすればいいし、生活に余裕ができたら拠点を他の場所にしてもいい。要するに物は試しさ」

 さらにジンがマークに向かって言葉をかけてくる。言っていることはラオと同じであるが、彼の場合、父親よりも若者目線で柔軟性にも富んでいた。

「……」

 今一度、自身の中で考えを巡らすマーク。生家に戻ることへの抵抗感は未だにある。しかし、今は状況を選んでいる場合でないことも分かっている。この先、生きていくためにも、安定した住居の確保は必要不可欠だ。その点で言えば、ラオ達の言っていることは的確であった。

「……分かりました。戻ります」

 観念したように承諾の言葉を絞り出すマーク。勿論、彼自身、全てを受容した訳ではない。むしろ、理性で内なる感情を抑え込むことにより、己へと言い聞かせているに近かった。

「それではこれで失礼します」

 大きな決断を下した後、頭を下げてカテリナ亭を後にするマーク。彼の立ち去る姿をラオとジンは神妙な表情で見守っている。

 勿論、生家に戻る決断はマークにとっても、辛さが伴うことはラオとジンも理解している。しかし、今後の彼の人生を考えれば、たとえ嫌われたとしても、解決しておかなければならないことであった。


 数日後、マークは自身の生家の前に立っていた。彼のすぐ傍には、包みを積載した荷車が置かれている。

 本日、仮住まい部屋を引き払って、生家へと戻ってきたマーク。荷車に積載している物は滞在先で使用していた道具等である。最初こそ、気乗りしなかったが、部屋の賃料のことを考えなくて済むので、心の中では気が楽になっていた。

「……」

 無言のまま生家を眺めているマーク。数年前、彼が探索者となって以来、ずっと無人の状態が続いていた。

 よくよく見てみれば、マークの生家は思った以上に痛んでいる状態である。これも人の手が入らなかったことによるものだ。恐らく寂しかったことであろう。思わず彼は感慨に耽ってしまう。

「長い間、留守にしてすまない。ただいま」

 生家に向かって謝罪した後、帰宅の言葉をかけてやるマーク。その時、不意に一陣の風が吹く。心なしか自宅が喜んでいるような気がした。

「おかえり」

 不意にマークの帰宅の言葉に返事をする者がいた。勿論、自宅が返事をした訳ではない。そしてまた、彼自身、声の主のことをよく知っていた。

 自然と声のした方向に視線を移すマーク。そこには幼馴染みのアイミがすぐ傍に立っていた。彼女の父親であるラオには、引越しをする日を伝えてある。大方、その辺りから知ったのだろう。

「えへへへ」

「店の方はいいのか?」

「大丈夫、店の方はお休みにしているから」

 マークからの素朴な質問に対して、にこやかな表情で答えるアイミ。彼女がここに現れた理由の察しはついている。それでも、理由を尋ねることにする。

「どうして、今日はここに?」

「決まってるじゃない。マークの引っ越しを手伝うためよ」

「全く世話好きだな……だが、助かる」

 この場所を訪れた理由を聞いて、アイミに感謝の言葉を述べる。実際、引っ越しの作業は時間と労力がかかる。人手が増えるだけでも実に有り難い。

「それじゃ、行こ」

「ああ!」

 朗らかなアイミからの呼びかけに対して、力の入った口調で返事をするマーク。生家もまた、2人のことを快く受け入れてくれるかのようだ。

 そして、アイミが先行して生家へと向かい、荷車を牽引するマークが後に続く。2人による引っ越し作業が始まろうとするのであった。


 木々が鬱蒼と茂る中、血濡れの騎士は立っていた。ただ、長い時間が経過したのであろう、彼の鎧に付着した血は黒色へと変色している。最早、労ってくれる者はいないのであろうか。

「……」

 頭部を上げて虚空を眺めている騎士。それと同時に彼からは無機質な音が鳴り響く。まるで何かの交信をしているかのようである。

 やがて、交信が終わったのであろうか、再び地上へと視線を戻す騎士。彼の視線の先には果たして何が映っているのであろうか。

 第2回を読んでいただきまして、ありがとうございました。

 今回も前回と同様、挫折してからの立て直しを主軸に物語を創作しました。実際のところ、生活の立て直しには色々と方法があると思いますが、本作では主人公が原点に立ち返る方法を採用しました。

 ここからは完全に余談となりますが、本作品は「夜明け前より瑠璃色な」と言うゲームを参考にしています。ただ、あくまでも参考程度にしているだけであり、中身はちゃんと別物になっているのでご安心ください。

 また、今回の話に登場した牛の骨のスープですが、牛骨ラーメンを参考にしています。本作では、牛にまつわる話、あるいは牛肉等に関する話も織り交ぜていこうと思いますので楽しみにしていてください。

 それでは今回はこれで失礼します。

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