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第1回 敗走

 鉄の床、鉄の壁、鉄の天井、全てが冷たく無機質な鉄で仕切られた空間。外界からの光は僅かにしか入り込んでこないので薄暗い。

 この冷たく薄暗い空間の中、血を血で洗う戦闘が行われていた。それはとても惨たらしい光景であった。

 今、武装した男達が1人の騎士と対決していた。単純に考えれば、数で勝る男達の方が有利であることは明白であろう。

 ところが、実際の状況は違っていた。全身を金属の鎧で包み込んだ騎士は男達を次々と仕留めていく。時間が経過するにつれて、1人また1人、舞い散る鮮血と共に倒れては物言わぬ骸と化す。

「……」

 血だまりに佇んでいる中、自らの手で仕留めた男達を一瞥する騎士。全身が金属板で包み込まれていながらも、正確な挙措動作、異様なまでの冷徹ぶり、彼は本当に人間なのだろうか。否、到底思えない。

 鎧の騎士の圧倒的な戦闘力を前にして、男達も残るは2人だけとなってしまう。1人は口元の髭が印象的な貫録溢れる戦士、もう1人は精悍さの中にも幼さが残る戦士であった。

 この時、2人の男達は既に敗北を悟っていた。屈強な他の仲間が次々と殺されたのだ。騎士に勝てる見込みは限りなく低いだろう。

「マ、マーク、ここから早く逃げろ……」

「け、けど!」

 経験を重ねた年長の仲間から脱出を促されるが、マークと呼ばれた青年は困惑気味に反論する。このまま何もできずに去ることなどできるものか。

「いいから早く逃げろと言ってるだろ!」

「……わ、分かった」

 年長の仲間から促される中、目を閉じた状態のまま、首を何度も横に振るって、マークはついに承諾する。この時、仲間から言われたのもあるが、その一方で死にたくないというのも本音であった。

 そして、年長の仲間に背を向けた瞬間、全速力で走り出すマーク。この選択こそが仲間達が望んでいることなのだ。余計なことを何も考えず、ただただ己に言い聞かせる。

 マークが走り出した瞬間、年長の仲間は騎士に向かって戦いを挑む。勿論、勝てるとは最初から思っていない。ただの時間稼ぎだ。

 後方を見ることもせず、無我夢中で走り続けるマーク。景色が目まぐるしく変わる中、ほんの一瞬、追いつかれたりしないだろうか、他に追手はいないのか、恐怖の念が込み上げる。

 無機質な鉄の空間から外界へとマークは抜け出す。しかし、彼はまだ走ることを止めない。本当に安全な場所に辿り着くまで止まることはできない。それはゴールも分からないマラソンも同然であった。

「うわっ!?」

 地面に転がっている小石で躓き、地面に倒れ込んでしまうマーク。衝撃と痛みが彼の顔面や身体中に襲い掛かる。

「ううっ……」

 痛覚に耐えながらも起き上がるマーク。確かに痛みはあるが、こんな場所で立ち止まっている場合ではない。一刻も早く安全地帯まで避難しなければならないのだ。

 そして、今一度、マークは走り出す。転倒したせいで土に塗れながらも、逃走している彼の姿は無様の一言に尽きるだろう。しかし、彼はなりふり構わず必死だった。

 どれほどの間、マークは走っていたのであろうか。息は既に途切れ途切れになり、全身が重く感じられる。いくら鍛錬を積んでいるとはいえ、心身の限界が近づいているのだ。

 そうこうしている間、視点の定まらないマークの視界には、うらぶれた集落の景色が映り込んでくる。この時、彼は初めて戦いの場から逃れ、自身の拠点に戻ってきたことを実感するのであった。


 質素な造りの住居等が並ぶ集落の中、1軒の石造りの建物が立っている。他の建物が木造であるので一際目立っている。

 石造りの建物の中、満身創痍のマークは1人の男と対面していた。良質な衣服に身を包み、皺を刻んだ白髪の男、彼はこの建物の責任者であった。

 命辛々逃げ延びることに成功したマーク。しばしの休息と簡素な食事を与えられた後、彼は責任者にこれまで起こった出来事の報告を行っていた。

「成程、探索中に見たこともないダンジョンを発見し、そこで遭遇した敵と戦って逃げ帰ってきたと?間違いないな?」

「はい。間違いありません」

 責任者からの確認の言葉を肯定するマーク。勝てない戦いの中、仲間に促されたとはいえ、逃げ帰ってきたという事実は変わらない。ただ、実際の状況を知らない他人から言われると、ほんの少しだけ腹立たしくも感じてしまう。

「こちらが派遣した探索者達がたった1人の敵に壊滅させられた……こんな突拍子もない話を簡単には信じることはできない」

 マークからの報告を聞いた後、淡々とした口調で告げる責任者。無論、眼前の男が嘘を言っているとは思っていない。それは彼の酷く沈んだ表情を見れば分かることだ。

 しかし、マークの報告が真実であるということについて、彼は確かな証拠を持ち合わせてはいない。ただ、確実に言えること、それは戻ってきた探索者が1人だけであるということだ。この損失は計り知れないものがある。

「いずれにしても、送り込んだ探索者が壊滅したと言うことは事実……マークよ、当面の間、探索者としての活動を禁止する」

 抑揚のない口調をもってして、責任者は容赦のない宣告をマークに行う。探索任務が失敗した以上、誰かに責任を負ってもらう必要がある。今のところ、彼以外の他には誰にもいない。

「(それに当分は探索へ送り込むのも危険だな)」

 俯き加減のマークを眺めながら内心で呟いている責任者。今の彼は酷いショックを受けている状態である。すぐさま探索者の活動を再開させることは死地へ送ることと同じだ。しばらくは探索から切り離す必要があるだろう。

「……はい」

 対してマークは責任者からの沙汰を素直に受け入れる。どうであれ、何もできずにおめおめと逃げ帰ってきたのである。当然のことだろう。

 さらに言えば、マーク自身、これから先、探索者として活動するつもりもなかった。これ以上、続けることに何の意味があるのだろうか。

 探索失敗の報告が終わった後、責任者と面談していた部屋から退出し、外へ出ようとしているマーク。そうした中、彼は下働きの男達と出くわす。

「おい、聞いたか?探索に失敗したってよ」

「ああ……無様に帰ってきて探索者の面汚しだな」

 マークが黙々と通り過ぎる中、下働き達の話が耳に入ってくる。まるで彼の失敗を話のネタにして楽しんでいるかのようだ。

「……」

 両手を固く握り締めながら、外へ向かって歩き続けるマーク。普段であれば、気にも留めないのだが、戦いの場から逃げたという負い目があるためか、ひそひそ話でも堪えるものがあった。


 全てが終わった後、石造りの建物から出てきたマーク。現在、彼の視界にはうらぶれた集落の景色が広がっている。

 スフィア領のドワンゴ地区。オーガスト王国の南東部に位置しており、探索者マークが生活している地域である。

 やがて、ドワンゴ地区の街中を歩き出すマーク。空気はどこか重たく息苦しい。この地域の閉塞感を象徴しているかのようだ。

 トボトボと街を歩いているマーク。今日に至るまでの出来事が思い起こされる。探索者になるために訓練と勉学に明け暮れた日々、ダンジョンの探索とモンスターとの戦闘、苦楽を共にした仲間達、どれも忘れることのできないものだ。

 すると、マークの視界前方に1人の男性が映り込む。気の弱そうな雰囲気の男性だ。徐々に近づく彼の姿を見るなり、相手はすぐに顔を背けてしまう。

 勿論、男性の住民が顔を背けた理由は分からない。マークが怖かったのかもしれないし、彼のボロボロの姿に気を遣ったのかもしれない。いずれにしても、本人にしか分からないことだ。

 しかし、心身共に消耗しているせいもあり、男性も内心では馬鹿にしているのではないかと思ってしまう。それだけではない。街の人間が蔑んだ眼差しでこちらを見ている気もする。勿論、それらはマークの単なる邪推に過ぎなかった。

 どれぐらい歩いたのだろうか、やがて1軒の店舗に辿り着くマーク。屋根には剣と金槌を描いた看板が掛けられおり、鍛冶屋であることを大々的にアピールしている。

「っ!」

 鍛冶屋に向かって歩き出しそうとした時、マークは足が動かないことに気がつく。ガクガクと震えている。柄にもなく怯えているのだ。

 しかし、このまま動かない訳にもいかない。鉛のような足をひこずる形で鍛冶屋に入店するマーク。店内は外よりも気温が若干高くなっている。

 足を踏み入れたマークは周囲を見渡すが、客を迎え入れる店頭には誰もいない。しかし、人の気配が全くないと言う訳ではない。

「(となると工房か……)」

 店頭には誰もいないことを知り、別の方向へと足を運ぶことにするマーク。この時、店の人間がどこにいるのか、彼は大体の見当をつけていた。

 店内に併設されている工房。火を取り扱っているためか、気温は店内よりもさらに高くなっている。ここでの厚着は厳禁だ。

 熱気が充満する工房の中を訪れたマーク。蜃気楼が揺らめいている中、彼は作業に熱中する1人の女性を見いだす。

 半袖のシャツとショートパンツの服装に身を包み、長身と肉感的な体型が印象的な女性。彼女の名前はアイミ、マークとは幼馴染みであり、鍛冶師として店を営んでいる。

「……」

 作業に従事するアイミを見た途端、マークの胸の中が自然と高鳴る。この時、彼は既に1つの決断を抱えていた。

「アイミ」

「あら、マーク?戻ってきたの?」

 マークからの呼びかけに対し、こちらの方へと向き直るアイミ。普段であれば、気心知れた幼馴染み同士の会話であるが、今回は違う。

「随分とボロボロだけど探索の方はどうだったの?」

「……いや、今回の探索は大失敗だった」

 目の前のアイミに向かって前置きした後、これまでに起こった出来事を話し始めるマーク。この時、彼の声は恐れと興奮が入り交じっているせいで震えていた。

 ドワンゴ地区の責任者からの命令により、仲間達と探索任務へと赴いたマーク。今回の任務は以前、この地区に落下した鉄の船の調査であった。

 順調に探索を進めている中、ある物を見つけるマーク達。それは落下した鉄の船の一部であり、彼等は中へと足を踏み入れることにした。

 全てが鉄でできたダンジョンとも言える船の一部。慎重に先に進むマーク達であるが、そこで彼等は1体の敵と出会う。それは全身を金属の鎧で固めた騎士であった。ただ、人の気配は感じられず、ただただ底知れない不気味さが漂っていた。

 こちらの侵入者と見なしたのか、問答無用で戦いを挑んでくる謎の騎士。マーク達も何とか応戦しようとするものの、結局、相手の圧倒的な強さの前には全く歯が立たず、仲間に促されるまま、ここまで逃げ延びてきた。

「生命惜しさに逃げてきて……本当に情けないよな」

「……」

 自嘲気味に言葉を付け足すマーク。必要以上に己を貶める言動、それは精神の自傷行為以外の何ものでもない。一方、アイミは幼馴染みの話を黙って聞いている。

「おかげで探索者としての活動も当面できなくなった。もう俺は何者でもない」

 自傷的な言動を辞めようとしないマーク。これまでの間、探索者として生計を立ててきたが、他に食い扶持を稼ぐ方法を考える必要がありそうだ。

「それでどうするつもり?」

「……探索者は廃業する。どこか適当な場所を見つけて、そこで下働きをさせてもらうつもりだ」

 まじまじとした視線のアイミからの問いに対し、口の中が渇いた状態で答えるマーク。この時、彼は1つのことを決めていた。それは目の前の幼馴染とは2度と会わないつもりでいることだ。

 戦いに敗れて逃げ帰ってきた。これ以上、アイミとは合わせる顔がない。だからこそ、マークは別れのため、鍛冶屋を訪れたのである。

「今まで世話になった」

 乾いた響きで挨拶を告げるマーク。彼なりの最後の誠意であり、今生の別れのつもりでもあった。その途端、今まで黙っていたアイミが口を開く。

「マーク……もしかして、逃げるつもりなの?」

「……」

 真っ直ぐな視線で辛辣な言葉を投げ掛けるアイミ。一方、マークは何も言えなくなってしまう。それと同時に彼の身体からは汗が噴き出す。工房に暑さによるものではない。もっと別のものだ。

 そして、アイミはマークの本心を目ざとく見抜いていた。彼自身、本当は探索者を辞めたいとは思っていない。

 だけど、どうしてマークは本心と違うことを口にしたのか。答えは簡単だ。戦いに負けて逃げ帰ってきた己を恥じ、情けないと思っているからだ。しかし、それは彼の勝手な思い込みだ。

「さっき、俺は何者でもないって言ってたけど、それは大きな間違いよ」

「間違い?」

「そうよ!大体、マークは手も動けば、足もちゃんと動くじゃない!」

「……」

「世の中にはね。自由に動きたくても動けない人もいるのよ」

 目の前のマークを眺めながらアイミは言う。もしかすると、相手を傷つけることになるかもしれない。しかし、彼女の言葉はまだまだ続く。

「それに今、マークの背負っている物は何?腕につけている物は何なの?」

「それは……」

 マークの背中の剣と左腕の盾を見ながら指摘を入れるアイミ。対する彼は言葉を濁してしまう。

 マークが背負っている装備であるが、長い剣身が特徴的な愛剣である。そしてまた、左腕に装備された盾であるが、小型で円形デザインが特徴である。どちらも先の戦闘で痛んではいるが、修理は十分に可能だ。

「確かに今回の探索が失敗して、大事な仲間を失った。周りからの信用も失った」

「そうだ……俺は色々なものを失った…・…」

「でも、それだけじゃない!身体は無事だし、装備もまだ使える!マークはまだ戦えるってこと!」

「俺が……まだ戦える……?」

 結論づけるように言葉を発するアイミ。彼女からの言葉を聞いて、マークはハッとする。圧倒的な敗北に打ちのめされるばかり、彼自身、見失っていた事実だった。

「痛んだ装備は直せばいい。失った信用は取り戻せばいい……本当の戦いはこれからなんじゃない?」

「これから?」

「ええ、どんな苦境に立たされても己を信じて戦う。それが探索者でしょ?」

「……そうだな」

 アイミからの指摘を素直に肯定するマーク。幼馴染みと話しているうち、歪になっていた心が自然と和らぐ気がした。

「そしてね」

「?」

「私、マークが生きて帰ってくれただけでも良かったんだから……」

 真っ直ぐな眼差しを保ったまま、顔を優しく綻ばせて告げるアイミ。彼女の瞳には薄っすら涙が滲んでいる。マークの生還を心から喜んでいるのだ。

「おかえりなさい」

「ああ、ただいま」

 眼前のアイミに帰還の挨拶を告げるマーク。この時、彼の中でしこりが消えていくのを感じる。己の犯した過ちが許された気がしたのだ。

「とりあえず、剣と盾を貸して、手入れをしてあげる」

「悪い。実は今、手持ちのお金がない」

「そんな物、後払いでいいわよ。まずは肝心の商売道具を整えるのが先決でしょ?今は使わなくても必ずその時がくる!」

「……すまない。恩に着る」

「よろしい。それなら資材を持ってくるのを手伝って。探索から戻ってきて早々だけど、休ませるつもりなんてないからね」

「その辺は問題ない」

 早速、作業に移ろうとするアイミからの指示を受け、背負った剣と左腕の盾を置くマーク。まだまだ完全ではないが、調子が少しだけ戻ってきた。その後、彼女の言うとおりに手伝いを始めることにする。

「(言ってよかった……裏切らずに済んでよかった……)」

 資材が置かれている場所に向かう中、心の中で独り漏らしているマーク。この時、彼は初めて安堵していた。己の選択を正しいと感じることができた。

 確かに大事な局面から逃げてしまった。だけど、今こうして生きている。犯した失態は必ず挽回してみせる。マークは誰に言う訳でもなく、他ならぬ己自身に誓うのであった。


 鉄の床、鉄の壁、鉄の天井で仕切られた空間。ここはどこなのだろうか、少なくとも自然発生的ではなく、人為的に創造されたものであることは間違いない。

 薄暗く悪寒さえ漂う空間の中、1体の人形が立っていた。全身を頑強な鎧で覆い込み、敵対者と判断した相手を排除する役割を担っている。

 鎧の人形に広がる視界、それは人間の視界とは大きく異なる。敵対者か否かを識別し、あらゆるものが数値として表示される。さらには認識した事象が図表として示されることもある。

 そして現在、鎧の人形の視界に映し出されるもの、それは血溜まりと共に冷たい床で倒れ伏している男達であった。

 倒れている男達は侵入者であった。このため、自らに仕込まれた掟に従って排除した。任務の最中、1人だけ逃がしてしまったが、後で始末することにする。

 男達の赤い血の成分で鉄の匂いが空間の中に充満している。しかし、鎧の人形がそれを感じることはない。余計な感覚は与えられていないからだ。

 やがて、男達の骸は周辺のモンスター達が貪ることになるだろう。全てが鉄によって彩られた空間の中、鎧の人形はただ立ち尽くしているだけであった。

今回は第1回を読んでいただき、ありがとうございました。

冒頭からかなり急展開な話ですが、「挫折から始まる物語」を意識して創作しました。

失敗した時あるいは挫折した時、人は誰にそれを伝えるのか、あるいは誰が支えになってくれるのか、こういったことも合わせて意識しました。

1つ1つの話にエネルギーと時間を投入しているため、次の更新が何時になるか分かりませんが、楽しみに待っていただければと思います。

改めて有り難うございました。

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