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その飲みかけ致死量につき。――男女比1:4の世界で普通に生活する俺が、飲みかけボトルを置き忘れた結果  作者: ヤッくん


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21話 その奉仕、猛毒につき。―― 漏れる狂乱の悲鳴

―― 結城 悠 視点 ――



おおとり別邸。


そこは「家」と呼ぶにはあまりに無機質で、巨大な墓標のように街の喧騒から切り離されていた。手入れの行き届いた広大な庭園。打ち水がされたばかりのアスファルトからは、湿った土と、どこか刺すような花の香りが立ち上っている。


背後には、音もなく進む黒塗りのセダン。そして俺の隣には、影のように寄り添う、鳳麗華の専属秘書――九条 千尋が立っていた。


彼女の藍色の瞳は、俺を一人の人間としてではなく、磨き上げられるのを待つ「中古の調度品」を見るような冷たさで射抜いている。


「結城様。……いえ、今日からは『結城』と呼び捨てにさせていただきましょうか。それが、ここでの鳳のルールですので」


九条さんの声は、驚くほど静かで、そして鋭い刃物のように俺の耳元をかすめた。


「……はい」


「声が小さいですね。……教育のしがいがありそうです」


(……三億円。俺の人生、何回分だろうな。でも、雫さんが何とかしてくれるはず。それまで耐えるしかない)


玄関ホールに足を踏み入れると、天井のクリスタルシャンデリアが、眩いほどの光を放って俺を射抜いた。ピカピカに磨き上げられた大理石の床。そこに、自分の薄汚れたスニーカーの足跡がつくのが、ひどく恐ろしい罪のように感じられた。





彼女に案内されたのは、邸内の一角にある着替え室だった。

九条さんが用意したのは、漆黒のタキシード。最高級のウール地は、指先で触れるだけで吸い付くような滑らかさを持っている。


俺は、言われるがままに服を着替えていった。

シャツのボタンを一つずつ留めるたび、自由が、肌の上から少しずつ剥ぎ取られていく感覚。硬い襟が首筋を締め上げ、呼吸がわずかに苦しくなる。


「……これで、いいでしょうか」


鏡の前に立った自分を見て、俺は思わず息を呑んだ。


《鳳家執事の正装。それは主君への絶対服従を誓うための儀礼服であり、同時に、着る者の人間性を奪い「高貴な所有物」へと変貌させるための美しい拘束具である》


仕立ての良すぎる黒のジャケットが、肩のラインを強調している。腰回りはタイトに絞られ、足のラインが驚くほど鮮明に浮き出ていた。


バイト先で着ていたエプロンとは、決定的に何かが違う。この服は、着る者の意志を奪い、誰かの「所有物」であることを示すための、気高い奴隷の鎖だ。


「……おいたわしや」


背後で、九条さんの声が微かに震えた。

鏡越しに視線がぶつかる。彼女は、俺の腰のラインや、蝶ネクタイで強調された喉仏を、射殺さんばかりの鋭い眼差しで見つめていた。


(……九条さん? 頬がわずかに赤いし、呼吸が少しだけ早くなっている気がする。怒らせるようなこと、したか)


「男性が『奉仕』の正装を纏うことが、どれほど女性の秩序を乱すか……。あなたは、本当の意味で理解していない」


「……変、ですか? やっぱり、俺には似合わなくて」


「いえ。……あまりに、『マッチ』しすぎて困惑しているだけです」


九条さんは冷たく言い放ち、俺の背中を強く押した。

その指先が、布越しに俺の肩に触れた瞬間、彼女がビクッと肩を揺らしていた。





更衣室を出て、長い廊下を歩く。

壁に掛けられた歴代の鳳家の肖像画が、俺を嘲笑っているように見えた。


すれ違うメイドたちが、一斉に足を止め、俺を凝視する。

彼女たちの瞳に宿っているのは、同情ではない。磨き上げられたショーウィンドウの中の宝石を眺めるような、剥き出しの「所有欲」に見えて、背筋が寒くなった。


生唾を飲み込む音が、静かな廊下に響いた。


「……ここが、お嬢様の私室です」


九条さんが立ち止まったのは、金細工が施された巨大な二枚扉の前だった。


コン、コン。




―― 鳳 麗華 視点 ――



コン、コン。

その音が響いた瞬間、わたくしの背筋に電流が走った。


「……入りなさい」


心臓の鼓動が、ドレスのコルセットを押し戻すほどに、速く、激しい。


三億円。

その対価として買い取った、わたくしの悠様。


「……失礼いたします。執事の……結城、入ります」


あぁ、いい。

その瞬間。わたくしの指先から、万年筆が滑り落ちた。


《漆黒のタキシード。それは男性が「奉仕」を誓うための、この世界で最も不道徳な正装。主の加虐心を煽り、支配の快楽を完成させるための最終兵器》


悠の逞しい肩のライン。タイトに絞られたウエスト。

そして、黒い蝶ネクタイによって強調された、しなやかな喉仏。


(……な、なんなの。この、暴力的なまでのエロ...じゃない美しさは。わたくしの計算を遥かに超えている……っ!)


胃の奥が、熱い鉄を流し込まれたように焼ける。


三億円という鎖で繋ぎ止めたはずの「所有物」。けれど、そこに立っている彼は、わたくしの策略で手に入れた奴隷などではなかった。


わたくしの世界を、一瞬で鮮やかな狂気へと塗り替える「猛毒」そのもの。


「……遅かったわね、結城。……鳳の正解は、五分前行動ですわ」


自分の声が、情けないほどに震えているのがわかる。

彼が歩くたびに、磨き上げられた革靴が床を打つ音が、わたくしの鼓動とシンクロする。


(鳳としての教示に従いなさいな)


そう自分に言い聞かせ、わたくしはあえて冷酷な、支配者の笑みを浮かべた。


「執事としての初仕事ですわ。……跪きなさい」


「……はい、お嬢様」


悠が迷いなく、わたくしの足元に膝を突く。

見下ろす視界。悠のうなじが見える。短く切り揃えられた清潔な髪。そして、執事服越しに伝わってくる、若々しい熱量。


(……あ、あぁ……っ! 悠様が、わたくしの足元で跪いている。……脳が、蕩けてしまいそう……っ!)


わたくしは、自分の震える右足を持ち上げ、彼の膝の上に無造作に乗せた。

シルクのストッキングに包まれた、わたくしの素足。


「わたくしの執事としての最初の仕事を命じますわ。……結城、わたくしの脚を新しいストッキングに履き替えさせなさいな」


悠の肩が、びくりと跳ねる。


「……は、履き替え、ですか……?」


「聞き返しましたの? ……鳳に、二度手間という言葉はありませんわ」


わたくしは、履いていた黒いシルクのストッキングを、自らの指先でゆっくりと、太腿の半分まで滑り落とした。白く、熱を持った肌が露わになる。

悠の視線が、わたくしの脚を避けるように泳いだ。


(……いい。もっと、困惑しなさい。もっと、わたくしという美しさに溺れなさい……)


悠が、震える手で新しいストッキングのパッケージを開ける。

繊細な繊維が擦れる音が、静まり返った寝室に異様なほど響いた。


「……し、失礼いたします。麗華さん……」


悠の指先が、わたくしの爪先に触れた。



――ッ!!



熱い。落雷に打たれたような衝撃が、爪先から背筋を駆け抜け、脳の奥を白く爆ぜさせた。


(……う、嘘。ただの指先なのに、なんでこんなに熱いの……!?)


悠は、シワが寄らないよう、信じられないほど丁寧に、わたくしの足の甲から足首へとストッキングを滑らせていく。

彼の、短く整えられた爪が、ときおりわたくしの肌をかすめる。


そのたびに、胃の奥が雑巾を絞るように捩れ、呼吸が浅くなる。


「……結城、……もっと、……上まで、……丁寧に行いなさい」


わたくしは必死に、震えそうになる声を抑え、尊大に命じた。

悠の指先が、今度はふくらはぎをなぞり、膝の裏、そして柔らかな太腿へと這い上がってくる。


(……あ、あぁ。悠の吐息が肌にかかる。……鳳の、わたくしの仮面が、剥がされていく……っ)


見れば、悠のタキシードの袖から覗く腕には、力がこもったことで男らしい血管が浮き出ている。

それを見た瞬間、わたくしの視界は白く爆ぜた。


支配しているはずが、支配されている。

跪く彼を見下ろしているはずなのに、わたくしの魂は、彼の指先の下で這いつくばって、もっと汚してほしいと、もっと触れてほしいと、獣のように鳴いている。


「……結城。……もう、いいわ。……次は、……」


窓の外をふと見ると、一台のドローンが旋回していた。



―― 如月 雫 視点 ――



ビルの下で、派手なスキール音が響いた……なんて悠長なことを言っている場合じゃなかった。


私の事務所は今、完全な「戦場」と化している。


「あ、あぅ……悠くんの指が、あんな……不潔な肌に……っ!」


事務所に設置された特大モニターの前で、深守さんが絶叫した。

ドローンが捉えた高精細な映像。そこには、悠くんが麗華にストッキングを履かせる一部始終が映し出されている。跪く悠くんの、あの血管が浮き出た逞しい腕……。


「テメェ……鳳のクソアマァ!!」


魅夜さんの怒号が、事務所の空気をビリビリと震わせた。

見れば彼女は指先を小刻みに震わせながら、怒りと……何故か興奮で鼻から鮮血を滴らせている。


「アタシだって、まだ脚なんて触らせてねぇのにヨォ! なのにあのガキ、悠の優しさを独り占めして……っ。ブチ殺してやる、あの女ごと別邸を更地にしてやろうかァ!!」


(……ちょっと魅夜さん、落ち着いて! バットを振り回さないで!)


「……消毒、……消毒……汚物は消毒しなきゃ……」


凛さんが、虚空を見つめたまま不気味に呟いた。

その瞳は完全に光を失い、焦点の合わない白目がモニターの光を反射している。手元では、特製の南京錠がジャラジャラと、まるで死の宣告のような音を立てていた。


「あ、あぅ……。……解像度、16Kにアップスケーリング。……悠さんの、呼吸数、平常時の1.5倍。……鳳、心停止シャットダウン、させる……っ」


スピーカーから漏れる深守さんの声が、先ほどから一気に冷たくなっている。

あのドローン、絶対に何か物騒なプログラムを読み込んでるわね。


「……ちょっとあんたたち、モニターに鼻息かけないで! あぁっ! ツバかかってるわよ!」


(……あぁ、でも。悠くんのあのタキシード姿と跪き方、それに袖から見えるあの血管。……背徳的すぎて、私の中の理性が、法律の壁を越えて崩壊しそう……っ!)


悠くんのあの姿、弁護士として助けなきゃいけないのに、女としての私が「もっと見たい」と叫んでいる。


「作戦前倒しよ! 深守さん、突入口を特定しなさい! 悠くんが……あの子の『純潔』が完全に奪われる前に、あの女の手から引きずり出すわよ!」


「あぅ……。……ドローン、突入口の特定、完了。……ターゲット、鳳 麗華。……デリート、開始……!」


狂乱のヒロイン連合が、ついに動き出した。

事務所のドアを蹴破り、夜の街へと飛び出していく彼女たちの背中は、正義の味方というよりは、獲物を狙う狩人のそれだった。



【鳳麗華が悠に〇〇するまで残り――90分】

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