11話 その男、肉体美につき――アイラインの奥、隠しきれない疲労
ピコン、と軽快な通知音がスマートフォンの画面を揺らした。
開いたRINEのメッセージには、一枚の写真が添えられている。先日、雨の中で拾い、浅見 凛さんに預かってもらった白猫だ。
『――ということで、この子は私が正式に引き取ることになりました。名前は「ユキちゃん」です。凛とした雪のように白くて可愛いでしょう?』
写真の中の凛さんは、いつもの完璧な営業スマイルではなく、少しだけ肩の力を抜いた柔らかな微笑みを向けていた。
よかった。……凛さんなら、きっと世界で一番大切にしてくれる。
画面越しに返信を打ちながら、俺はふと、あの日を思い出す。ずぶ濡れになりながら猫を守ろうとした俺に、そっと傘を差し伸べてくれた凛さんの姿。
凛とした美貌でどこか近寄りがたい雰囲気もある凛さんだけど、ユキちゃんに向ける眼差しは、驚くほど温かかった。 彼女のような優しい人の元へ行けたことが、何よりも嬉しかった。
◇
数日後。バイト先へ向かうため、都会の喧騒の中を歩いていた。
ふと視線を横に走らせると、人混みの中でも一際目を引く、洗練されたオーラを放つ女性が目に入った。
あ、凛さんだ。
凛さんは、緊張している様子の若い女性を連れ、取引先のビルの前で足を止めていた。後輩への指導だろうか。手際よく資料を指し示し、淀みのない言葉でアドバイスを送る姿は、まさに「仕事のできる理想の女性」そのものだった。
相変わらず、綺麗な人だな……。
日の光を浴びてクリスタルのように輝く横顔。街行く人々が思わず振り返るほどに際立っている。
あんなに凄い人が、俺にも気さくに接してくれるんだから、本当にいい人だよな。
凛さんの背中を見ていると、自然とこちらまで力が湧いてくる。
よし、俺も負けてられない。今日もバイト、頑張りますか!
心の中で自分に気合を入れ、再び歩き出そうとした。
けれど、すれ違いざま、一瞬だけ見えた彼女の表情が胸に引っかかった。
完璧に引かれたアイラインの奥、ふとした瞬間に零れたその瞳が、どこかひどく、乾いているように見えた気がした。後輩に微笑む唇の端が、僅かに震えていたような――。
いつもの余裕に満ちたオーラの下に、隠しきれない疲労の色が、薄い膜のように張り付いている。
……凛さん、少し疲れてるのか?無理はしてなきゃいいけど。
夕闇が迫る街角で、俺は彼女の背中を振り返ったが、凛さんはすでに戦場へと戻るようにビルの中へと消えていた。
◇
窓を叩く激しい雨音を聞きながら、自宅の部屋で一週間の献立表を作成していた。
そんな時、机の上のスマートフォンが再び激しく震えた。画面に表示されたのは、浅見 凛の名前。
「はい、結城です。凛さん、どうしました?」
「あ、悠くん? 凛です……。ごめんなさい、こんな時間に……」
受話器から聞こえてくる声は、今にも消えてしまいそうなほど細く、震えていた。
あの太陽のように明るい凛さんの面影は、どこにもなかった。
「実は……一緒に拾ったユキちゃんの様子が、どうも変なの。……ええ、なんだか心細くて。……お願い、来てもらえないかな?」
その一言で、心は決まった。
「すぐに行きます。待っていてください」
以前、共に雨の中で助けた小さな命。それが危機に瀕しているのなら、放っておけるはずがない。俺は急いで上着を掴むと、雨が吹き荒れる廊下へ飛び出した。
◇
「失礼します。凛さん、ユキちゃん大丈夫ですか……?」
ドアが開いた瞬間、俺は思わず身を乗り出した。
迎え入れてくれた凛さんは、どこか火照ったような顔で、それでいてひどく怯えたような、奇妙な表情を浮かべていた。
「あぁ、悠くん。来てくれてありがとう。……ユキちゃん、さっきまで元気がなくて、奥の部屋で寝てるんだけど……あ、待って。今、お水持ってくるね」
彼女がキッチンへ向かった後、俺はユキちゃんの様子を見ようとリビングへ足を踏み入れた。
部屋の中は、鏡のように磨き上げられたフローリングに、清潔な香りが満ちている。
「はい、お待たせ……――あ、きゃっ!?」
振り返った瞬間だった。凛さんがスリッパを滑らせ、俺の胸元へと倒れ込んできた。
バシャッ!! という音と共に、俺の視界が白く染まる。
「あ、あぁっ! ごめんなさい、悠くん! 私、手が滑っちゃって……どうしよう……っ」
冷たい水がシャツを透過し、肌に張り付く。
凛さんはパニックになったように俺の胸元を拭こうとするが、その手もまた、ひどく震えていた。
「うわっ……あはは、大丈夫ですよ。ただの水ですから。凛さん、怪我はないですか?」
自分は転倒しそうになったというのに、彼女は涙目になって俺を心配している。
いつも一分の隙もない、あの凛とした凛さんが。
「ダメだよ、そんなに濡れちゃって……風邪引いちゃうから。……ねえ、悠くん。シャワーを浴びていって? その間に服、乾かしておくから」
断る間もなかった。凛さんの必死な眼差しに圧されるように、俺は脱衣所へと促された。
◇
シャワーの熱いお湯が、冷え切った体を解きほぐしていく。
……凛さん、よっぽど不安だったんだろうな。ユキちゃんのこともあるし、仕事も忙しそうだったし。
ふぅ……あー、生き返った。
しっかり体を温め、浴室の扉を開けた。
その瞬間、俺は自分の目を疑った。
「……ひっ!?」
「あ、あれ……凛さん!? な、なんでここに!?」
湯気の中に、凛さんがいた。
一糸纏わぬ俺の姿を見て、凛さんの瞳が大きく見開かれる。
視線が、俺の胸板から腹筋へと、吸い寄せられるように降りてくるのが分かった。
「…………っ!!」
凛さんの顔が、一瞬で耳の先まで真っ赤に染まった。
何かを言おうとして口をパクパクさせ、「にゅ、にゅ〜っ……」という、聞いたこともない声を漏らす。
そして彼女はそのまま、床へと崩れ落ちてしまった。
「……凛さん? 凛さん! しっかりしてください!」
急いでタオルを巻き、彼女を抱き起こす。凛さんは泡を吹いて、白目を剥いていた。
一体、何が起きたんだ?
数分後、ソファに運んだ凛さんが、ようやく薄目を開けた。
「あ……悠くん……。私、……どうして……」
「脱衣所の前で倒れてたんです。のぼせたんですか? 本当、心配しましたよ……」
俺は彼女の額に冷たいタオルを当てながら、語りかけた。
でも、凛さんの様子は明らかにおかしかった。
仕事ができて、誰からも頼られる理想の女性。そんな凛さんが、今、俺の前でボロボロに崩れようとしている。
「……悠くん。……私ね、あなたに……。……言わなきゃいけないことが、あるの……」
凛さんの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
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