第8話 助言
「助言…ですか? 」
遥希の予想外の1言に、颯は思わず敬語になる。次の言葉を促すように、遥希の顔を見つめる。
「ああ。天音のためになるであろう助言だ」
頬杖をついたまま、遥希は頷く。そして、体勢を崩し、ブレザーのポケットからスマートフォンを取り出す。
ロック画面を解除し、ホーム画面に切り替わる。
スマートフォンを注視し、遥希は指で画面を操作する。
世の中はスマホ社会だ。そのため、遥希は慣れた手付きでスマートフォンを扱う。
「彼女の伊藤聖羅とは別れた方がいい。浮気してるから。しかも石井にNTRれてる」
颯側の机に自身のスマートフォンを優しく置いた遥希。
スマートフォンの画面は1つの画像を映す。
その画像は、石井と聖羅が仲睦まじく身を寄せ合い、ラブホの入り口を抜ける瞬間を、ベストなタイミングとアングルで撮影したものだった。
その画像において、聖羅は石井の左腕に抱きつく。幸せそうな顔も形成する。
このラブホには見覚えがあった。
あの日、石井と聖羅が流れるように吸い込まれたラブホであった。颯が目にした、苦い記憶に混じったラブホ。
「この写真は誰が撮影したの? 」
スマートフォンに映る画像を指差し、颯は尋ねる。この写真を撮った人物を知りたかった。唯の好奇心だった。
もしかしたら、颯と同様に、石井と聖羅がラブホに入る瞬間を、目撃した人物がいるかもしれない。そう思ったから。
「アドバイスをした身だが。その疑問には答えられない。今は、まだ秘密だ」
首を左右に振った後、人差し指を唇に当て、悪戯っぽく笑う遥希。その仕草が、普段の男らしいイメージとは、対照的で可愛らしかったりする。大きなギャップを生成する。
正直、少なからず颯は不満を抱いた。今すぐにでも、視界に捉える写真の撮影者を知りたい。遥希が既知するならば、即座に教えてもらいたい。
だが、追及はしない。しつこい人間だと思われたくなかった。その上、先ほどの遥希のアドバイスに意識が集中しつつあった。
時間が経過するごとに、徐々に脳内で写真の撮影者を求める欲望が消える。
変わって、遥希のアドバイスに関する内容のウェイトが、颯の脳内で増加する。
「アドバイスはこれだけだ。そのクソ1号とは別れることをお薦めするよ。実行するか否かは、天音次第だ。決定権は天音しか持ってないから」
用が済んだとばかりに、机に置いたスマートフォンを、遥希は回収する。そのまま、制服のブレザーに直す。
颯から視線を外し、うどんに戻す。箸を手に持ち、再び食事を開始する。チュルチュルとうどんを啜る。
「アドバイスをありがとう。少し考えてみるよ」
「ああ。そうすればいい。決断には時間を要するからな」
上品に咀嚼したうどんを飲み込み終え、遥希は薄く微笑み、返答した。
その後、2人は会話の内容を切り替えた。授業や日常など他愛のない会話を交わしながら、お互いに注文した料理を味わった。




